キャッチレスリングは極められないんだよ
カーウィンという男は非常に柔軟な考えの持ち主だ。
今のレスリングに苦言を呈する事も言うが、レスラーも時流に乗って今のようなスタイルで試合をする事も必要だと言う。
「私も現役の頃はキャッチレスリングのみで試合をしたワケじゃない。プロレスとは興行だ。
その時代の流れに乗って様々なスタイルが生まれてくる。
これは良い悪いは別として、レスラーも色々とシフトチェンジしなければならない時がある。
ヒール(悪役)を演じた時もあるし、キャッチレスリングを封印してショーアップしたレスリングをした時もあった。
ナオト、お前もキャッチレスリングに固執する事は無い。
キャッチレスリングをベースに今のスタイルと融合したオリジナリティなスタイルを確立すればいいのさ」
今のプロレスを真っ向から否定するオールドレスラーは数多くいる。
だがカーウィンはそれだけじゃ興行にならない、レスラーを客を呼んでナンボのエンターテイメントな部分も持たなきゃならない、という事だ。
「単純に強さを求めるなら、プロレスじゃなくMMAに転向すればいい。
プロレスラーとは強さと観客を魅了するファイトを必要とされる。
数ある格闘技の中で、相手の技を受けるのはプロレス以外無いからな」
オレは強さばかりを求めていた。
確かにプロレスはエンターテイメント性も必要なのは分かっている。
だが、強さとエンターテイメント、この二つをどう上手く試合で見せるのか、オレはこの矛盾にも思える壁にぶち当たり伸び悩んでいた。
同期の財前はエンターテイメントを全面に打ち出したスタイルで団体のエースになった。
じゃあ強さは?勿論ヤツもこの世界で10年メシを食っている。
エンターテイメントな部分を見せつつ、プロレスラーらしくレスリングでも勝負出来る。
この二つの要素を上手くリングの上で表現し、天才と呼ばれる程のレスラーになった。
財前のスタイルはメリハリのある試合運び、緩急自在の技の組み立て、そして天性のプロレスセンスであっという間にチャンピオンになった。
それに引き替えオレはアイツに遅れをとり、試合の組み立てやセール(相手の技を受ける事)もイマイチで、ラリアットやパワーボムを使うパワーだけの俗に言うショッパイレスラーだった。
道場ではスパーリングの相手になるレスラーがいなくなる程、強さだけを求め、総合格闘技からのオファーを受け、試合に勝って事でようやく世間から知られるようになった。
だがシュート専門のレスラーというイメージが先行し、挙げ句には外国人トップレスラーをジャーマンスープレックスで失神させ、他の外国人レスラーから【受け身の取れないスープレックスは使うな】と言われ、投げ技が得意のオレにしてみれば両翼を取られた鳥のようなもんだ。
スープレックス以外に何か必殺技を身につけなければ…
そこでオレがたどり着いたのがキャッチレスリングだった。
今まではパワー一辺倒のスタイルから脱出する為にラリアットやパワーボムという技を封印し、クラシカルな技を使い、時代を逆行するようなレスラーへとモデルチェンジした。
だがこれで良いのか?
キャッチレスリングを学び、技巧派として生まれ変わり、グランドの展開ばかりするレスラーを今のファンは受け入れてくれるのだろうか?
オレもカーウィンのように柔軟性な考えを持たなければならない。
そして何より今のオレには必殺技というのが無い…
またしても壁にぶち当たってしまった。
斎川とのデスマッチから数ヶ月が経ち、オレはロンドンでカーウィンのジムでキャッチレスリングを教わっている。
キャッチレスリングの奥深さは知った。
だが何か物足りない…
オレはカーウィンと毎日スパーリングをして、何とかカーウィンと対等に渡り合えるような実力を身につけた。
それはオレにとってはとても嬉しい事だし、何よりキャッチレスリングをより一層自分のものに出来たという事が自信に繋がる。
その一方で【これで本当にいいのか?】という疑問も生じてきた。
オレとしては、キャッチレスリングとスープレックスを得意とするレスラーとなって帰国するのが目標だった。
カーウィンからはもっと鋭く速く投げるスープレックスを伝授されたが、このスープレックスを使えば相手はケガをして、次回から試合を欠場させる程の威力だ。
オレは足掻いた。
このまま強さのみを求め、妥協なきスープレックスで相手を叩きつけ、壊してしまうシュートしか出来ないレスラー、そんな先入観で見られてしまう。
ここ最近はカーウィンとスパーリングをしてもどこな気の抜けたような感じで淡々とこなしていた。
そんなオレの気の緩みを察したのか、カーウィンは突如スパーリングを止めた。
「今日のスパーリングはこれで終わりだ!」
カーウィンが珍しく怒鳴り声を上げた。
時計を見るとまだ昼前だ。
なのにもう終了とは…?
「ナオト!何だあの気の抜けたスパーは!あんなんじゃ何度やっても同じだっ!お前は何しにここへ来たんだ?キャッチレスリングを学びに来たんじゃないのかっ!」
カーウィンは顔を高潮させ険しい顔をしている。
互いに来ているシャツは汗で濡れていた。
端からみれば熱のこもったスパーリングに見えるが、カーウィンにはお見通しだった。
オレはリングの上で座り、今の心境を素直に話した。
するとカーウィンはワッハッハッハッハ!と高笑いした。
「スープレックスをやるな?バカな事を言い出すな、WWAという団体は」
何がそんなにおかしいのか?
「構う事は無い、どんどんスープレックスで投げるがいい。
私もアメリカで遠征の頃、プロモーターに言われたが、遠慮無くスープレックスをバンバン使ったさ。ただ相手の技量を見極めて投げる角度を調節させてね。
受け身の上手くないレスラー相手に本気のスープレックスなんかやったら大ケガする。
私は相手によって投げ方を変えていたよ」
成る程、そういう事か!
オレはバカなのか、そんな事を気づかなかったなんて。
そしてカーウィンはオレにこう告げた。
「いいかナオト。キャッチレスリングなんて極められるものじゃない。
私だって10代の頃からキャッチレスリングをしているがいまだに極めたとは思ってない。
ただキャッチレスリングとはこういうものなんだ、という事を分かってくれればいいんだ。
短期間でレスリングなんてマスター出来っこ無いんだ。
キャッチレスリングの歴史は長い。
それらを全てマスターなんて出来ない。
私が言いたいのはその事だ」
そういう事か…
まさか短期間でキャッチレスリングをマスター出来るとは思ってない。
ただキャッチレスリングをとことん追及してやると思っていたが、カーウィンのアドバイスで少し気持ちが楽になった。
「それとナオト。ここでスパーだけじゃなく、たまには試合をしたらどうだ?プロモーターに話をしておくよ」
そんな感じでオレは久しぶりにリングに上がることとなった。




