キャッチレスリングの奥深さ
ロイズ・カーウィンというレスラーは
【キャッチ アズ キャッチ キャン レスリング】
別名キャッチレスリング、ランカシャースタイルまたはシュートレスリングと呼ばれ、レスリングに関節技が加わった格闘術で、ヨーロッパ最強の男という称号を得て、日本に来日。
レスリングテクニックを駆使する正統派スタイルで、それまでの外国人レスラー=ヒール(悪役)というギミックではなく、正々堂々とレスリングで勝負した。
かつてカイザー大和が保持していたWWAのベルトを賭け、シングルマッチを行い、60分フルタイムドローという結果だったが、随所に見せるキャッチレスリングでカイザー大和を翻弄した。
またシュートレスラーとしての評価も高く、決して自分からは仕掛けないが、仕掛けられた時は相手が必ず負傷し、再起不能になったレスラーもいる。
オレはロンドン郊外にある、カーウィンが主催する【SWF(サブミッション レスリング ファクトリー)】
というジムでスパーリングに明け暮れていた。
石畳のような坂道を上り、レンガ造りでいかにもヨーロピアンな建物の一階はジムになっており、あまり広く感じないが、リングの代わりにレスリング用のマットが中央に敷いてあり、トレーニング器具やサンドバッグもあった。
サンドバッグはパンチを打つ為の練習で、試合では使う事が無いが、シュートを仕掛けられた時の対応として、パンチのテクニックも必要だと言う。
ジムにはカーウィンの他に常に4,5人の若手レスラーがトレーニング器具を使い筋力アップの為にダンベルやバーベルを持ち上げている。
まだ線が細く、試合をするには更なる筋力を鍛え上げ、レスラーらしい身体付きにする為らしい。
そして天井には二本の太い腕ロープが吊るされていて、腕の力だけでロープを掴み天井まで上がり、そしてまた腕の力で下りる。
この繰り返しを何度も行い、レスリングに必要な引く力、つまり相手と組んだ際に懐に引き込み、テイクダウンさせるには押す力よりも引く力が必要とされている。
グレコローマンスタイルをバックボーンとするオレはそれなりに寝技の技術を持っており、親子程の年の離れたカーウィン相手にパワー、スタミナ共にオレの方が断然上だが、いいようにあしらわれていた。
「どうしたナオト?これしきのスパーでもうギブアップか?」
…いくら挑んでもカーウィンには歯が立たない。
マットの中央で対峙し、互いにやや前傾のクラウチングスタイルで徐々に前にでて積極果敢にカーウィンの手とオレの手が組合いスパーリングが始まる。
手四つのガッチリ組み合った体勢から片手を離すとひょいと片足を上げるとそのまま身体を反転するだけで手首が極ってしまう。
合気道のように手首を固められてしまう。
カーウィンのスパーリングは相手の力を利用してテコの原理で関節を極めていく。
その際、実に分かりやすいように説明をしながらこうやって関節を極めていくんだ、と解説する。
理にかなった方法で、成る程そういうやり方なのか、と目から鱗が落ちる感じでスパーリングを繰り返していた。
これが本場のキャッチレスリングか、オレはますますキャッチレスリングにのめり込んでいった。
キャッチレスリングは奥が深い。
何度スパーリングに挑んでもカーウィンは涼しい顔でオレに関節を極めてくる。
テイクダウンの取り方、ポジションの取り方、そして関節の極め方全てが力を使わずに相手の動きに合わせて常に先を読むようにオレを押さえ込んでしまう。
詰め将棋みたいな戦術で、いくら挑んでも歯が立たない。
今までやってきた道場のスパーリングは何だったのだろうか?と思う程、カーウィンのキャッチレスリングはレベルが違いすぎる。
それともう一つ、カーウィンはスープレックスが得意だった。
オレもスープレックスを武器にしているが、カーウィンの言うスープレックスは更に上を行く受け身が取れない鋭く低空に投げる。
「ナオト、お前のスープレックスはなかなか良い投げ方だ。
だがもう少し身体の柔軟性を生かしたスープレックスを身につければどんな相手でも簡単に投げる事が出来る。お前は身体をもっと柔軟にするようトレーニングに励め」
カーウィンのアドバイス通りオレは身体の柔軟性に磨きをかけた。
ストレッチだけでも30分から一時間ぐらいかけてじっくりと行う。
ヨガやピラティスみたいにとにかく筋力をアップする事よりも柔軟になるよう徹底的に鍛えた。
そしてブリッジも若干形を変えて若手レスラーを乗せて首の筋力を鍛えた。
ここではオレはプロレスラーとしてではなく、キャッチレスリングの練習生という感じで一から鍛え直した。
トレーニングが終わるとカーウィンはジムの3階に部屋があり、そこで住んでいる。
カーウィンは現在一人でこの部屋に住んでいる。
妻は5年前に他界し、子供達も独立して身の回りの事はカーウィン一人でこなしている。
夕飯を食べ、ワインを飲みながら昔の話をよくしていた。
プロレス界の裏話も聞け、カーウィンと寝食を共にして徐々にキャッチレスリングを吸収していった。




