ザ・プロフェッショナルレスラー
プロレスラーとは、格闘技であって格闘技じゃない。
エンターテイメントであって、エンターテイナーではない。
鍛え上げられた己の肉体で相手の技を受け、反撃する。
勝敗よりも、観客をどれだけ魅了させるか。
ファンタジーファイトである。
俺は神宮寺 直人プロレスラーになって10年が経つ。
俺の所属する団体、WWA(ワールド レスリング アソシエーション)は国内でナンバーワンの人気を誇り、観客動員数や大都市でのビッグマッチでは常にアリーナがフルハウス(満員)になる程だ。
いつも会場では観客の熱狂した声援が送られ、レスラーもそれに恥じぬよう、鍛え上げられた肉体とパワー、テクニックで熱戦を繰り広げている。
かつて俺は中学時代に柔道で初段をとり、高校時代はレスリング部に所属、グレコローマンスタイルでインターハイに出場し、優勝の経験がある。それが各大学の関係者の目にとまり、是非ともうちのレスリング部に来て欲しいとオファーがあった。そして将来的にはオリンピックで金メダルを獲得する程の逸材になるだろうと。
だがオレはオリンピックには興味が無く、子供の頃からの夢だったプロレスラーになりたかった。
レスリング部のコーチや監督からも随分と説得された。
【プロレスラーだと?バカ言うんじゃない、お前をこうして欲しがる大学の関係者達がわざわざこうやって来てるんだ。オリンピックの金メダルとプロレスラー、比べるまでもないだろう、お前は大学に入って、更なる力を身に付ければオリンピック代表に選ばれるんだぞ!そんなにプロレスラーになりたいのであれば、その後からでも十分に間に合うだろう!
お前に託されてるのはオリンピックに出場して金メダルを獲る事だ、わかったか!】
だがオレはオリンピックに出たくてレスリングをやっていたワケではない。
プロレスラーになるための下地としてレスリングをやっていただけだ。
そして皆の反対を押しきる形で卒業後にこのWWAに入門した。
プロレスラーになる為、道場では想像を絶する程の過酷なトレーニング、更に封建的な上下関係もある。
例え年下でも、1日でも早く入門すれば先輩になる。中にはかわいがりと言って、理不尽なシゴキやスパーリングでボロボロになり、1日で逃げ出してしまう、なんて日常茶飯事だ。
それでもオレは念願のプロレスラーになるんだ!その執念だけで道場を逃げ出さずに辛抱強く耐え、ようやくプロレスラーとしてデビューして10年が過ぎた。
プロデビューしてそれなりの地位を築き、人気も出てきた。
しかし俺はまだチャンピオンにはなっていない。
タッグチャンピオンになったことはあるが、シングルのタイトルはまだ無い。
1度でいいからあのチャンピオンベルトを腰に巻いてみたい。
そして観客を熱狂させるような闘いを見せつけてやる!いや、見せる!その自信はある。
プロレスはエンターテイメントであり、強くなくてはならない。
技と力、そして鍛え上げられた肉体のぶつかり合いだ。
かの往年のプロレスラーが言った。
「プロレスとは観客との真剣勝負だ」と。
そしてもう一人の往年のレスラーは
「プロレスはホウキを相手にしても出来る」と。
ただ強さを見せつけるだけではない、相手の技も受けなければならない。
セールと言って、相手の技を上手く受けるのだ。
その受けが上手ければ上手い程、相手の技が際立つのだ。
その受けの為に、オレたちは日頃から身体を鍛え上げている。
ヒンズースクワットやブリッジ、プッシュアップそして受身の練習等々。
闘いを通じて相手とのキャッチボールを行い、そして観客を沸かす。
これはかなり難しいことだ。
一歩間違えたら命を落としかねない、現にリング上で命を落としたレスラーもいるほどだ。
そしてプロレスというのは闘う前からストーリーがあるのが定番だ。
まず、誰と誰を争わせようと、会社側でどの選手がいいか、そしてどうやって売り出すかを考え、オレたちはそのシナリオ通りにマイクアピールや試合に乱入して因縁の対決というアングル(ストーリーライン)を作る。
そしてシリーズ最終戦で雌雄を決する。
それを世間では八百長等と揶揄する者たちがいる。
俺はそんなやつらが許せない!
俺たちは八百長なんかじゃない!
リングの上では常に死と隣り合わせの闘いをしている。
まさに命がけの闘いだ。
そして今回、オレにタイトルマッチ挑戦の話が浮上した。
チャンピオンは財前 洋介俺と同期に入団した男だ。
こいつはルックスが良く華もある。
レスリングセンスも兼ね備えておりチャンピオンには相応しい風格だ。
対照的にオレはルックスは良くも無く、悪くも無く、闘い方もラリアットやパワーボム等を駆使するパワースタイルと、スピーディーで華麗な技を得意とする財前とは正反対だ。
デビューして10年、オレはようやくセミファイナルやメインイベントに出場出来るレスラーとなっていた。
だがこのままじゃダメだ、一生中堅レスラーで終わってしまう!
オレだってチャンピオンになりたい、いやオレだけじゃない、誰だってチャンピオンになりたいはずだ。
そしてオレは3年前に出場した総合格闘技Diamondのイベントで試合を行った。
相手はブラジリアン柔術をベースとするブラジルの格闘家だった。
オレはレスリングをベースに打撃の特訓もした。
連日のように打撃と寝技、そして実戦的なスパーリングを何度も何度も行い、試合に挑み、そして勝利した。
これを機にオレのレスラーとしての株が上がり、ファイトスタイルを変えた。
オレは中堅レスラーから脱却できるチャンスを掴み、チャンピオンに挑戦出来るまでこぎつけた。
今回のタイトルマッチの調印式でオレと財前は席に座り、数々の記者団の前で俺たちは会見を行った。
テーブルの上には燦然と輝くチャンピオンベルトが置かれていた。
記者から質問が飛ぶ。
「チャンピオン、今回は3回目の防衛ですが、何か対策はあるのでしょうか?」
まぁありきたりな質問だな。
それでもチャンピオンは答える。
「いつも通りですよ。いつも通りの試合をして勝ちます」
爽やかな笑顔を見せ、サラッと言い切った。
相変わらず余裕綽々だ。