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第八話

 高校生初日の下校って、もっと希望に溢れているものだと思っていた。

 新しく出来た友達とまだ少し距離があつつも『仲良くやっていこう』と語り合いながら帰る、そんな青春の一ページを思い浮かべていたのだが現実は無情だ。


 体が入れ替わっている間は難しいかと少し諦めてはいたけれど、思っていたよりも酷い。

 高校生にもなって妹と下校まで一緒というのも嫌だが、話している内容が最悪だ。


「はああああ」


 口から漏れるのは溜息ばかり。

 登校の時は田んぼを見ると和めたのに、今は気が重いままだ。

 長閑な風景では癒やせないマイナスを生み出し続けている妹を誰か止めてください。


「暗いなあ。そんなんじゃモテないぞ? 元気を出して!」

「お前のせいだからな!」


 隣を歩く美空に猛抗議だ。

 俺の鬱への扉を開きそうな話題とは、さっきの謎劇場についてだ。


「クラスメイトとBLとか勘弁してくれ。入学早々揉め事起こしている奴に関わりたくないんだけど」

「大丈夫、オレ好みに調教するから」

「調教!?」


 微かに性的な匂いのする二文字が飛び出てきて転びそうになった。

 美空が言うと不健全さが三割増しだ。


「あいつのどこがいいんだ? 顔はいいけどさ、ヤンキーじゃん」

「そ! ヤンキー受け! 可愛い~~~」

「ヤンキーが可愛いか?」

「可愛いじゃん! ヤンキーって言っても悪ぶっているだけっていうか。あいつきっと良い子だよ? 成績とか良さそうだもん。あぁ可愛い!」

「……はあ」


 理解の範疇を超えている。

 段々頭が痛くなってきた。


「っていうか、さっきのやりとりは何だったんだよ。俺としては良かったが、嫌われただろ?」

「チッチッ! 分かってないなあ。出だしはこれでいいんだよ。ああいうタイプは力がある者に憧れるんだ。これからは何かとわた……オレに突っかかってくるようになって、いつのまにかオレに夢中ってわけ」

「サムズアップはやめてくれ」


 欧米風なのは留年チャラ男だけでお腹いっぱいだ。

 相変わらず車の通りはないが、人の姿はちらほらとある。

 大きな声で嬉しそうに話すのもやめろ。


「そう上手くいくか?」

「任せろ!」

「いや、失敗希望だから」


 チャラ男にしろ美空にしろ、個性が強くて元気な奴は一緒にいると疲れる。


「ファーストコンタクトでいきなりするのかと思って焦ったよ」

「何を?」

「何って、顔を寄せていただろ?」

「ああ、キス? 一瞬しようかなって思ったんだけどオレのバンビちゃんは小動物系というか、そういうことをしたら逃げられそうだったから」

「ツッコミどころがありすぎてどれから聞いたらいいか分かんねえよ」


 ヤンキーの名字が鹿鳴だからバンビなのか、バンビーノから来ているのか……どうでもいいな。


「突っ込むのはオレに任せて!」

「……」


 どういう意味か怖くて聞けない。

 頼むから、清い体で返してくれ……。


「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫、オレは『攻め』だから使うのは前だけだよ」

「そうか。なら安心……って違う!」

「掘るぞ~~~」

「生きるのが辛い」

「あとさっき『俺』って言ったから、千円な」

「!」


 体が戻る前に破産しそうだ。




※※※




 家に帰り、早く自分の体に戻りたい俺は例のパズルと格闘した。

 どうもこれが気になる。

 これを元に戻せば解決するような予感がする。


「ああ、クソッ! やっぱり上手く出来ないな。ちゃんと嵌まらない」

「まあまあ、もう少し満喫しろっていう神様のお告げだよ」

「そんな神はいらない!」


 美空はまだ元に戻りたくないのか、一切手伝おうとしない。

 今このパズルを元に戻してもまた壊されるかもしれないな……。


「何もしないなら自分の部屋に行けよ!」

「嫌」


 俺のベッドに寝転がり、優雅に薄い本を読んでいる。

 無理矢理見せられたことがあるが、あんなの特殊なエロ本じゃないか。

 人の部屋でそんなものを読むな!

 なんでわざわざ持ってくるのだ!

 しかも俺が読んでいるように見えるからかなりの精神攻撃だ。

 わざとだな。

 BL的な意味だけではなく、性根も腐っている。

 家でまで疲れるなんて俺に安息の地はないのか。


「ん?」


 溜息をつきながら知恵の輪との格闘を再開させたところでスマホが鳴った。

 画面にはメッセージアプリが立ち上がっているのが見えた。

 引越をして身近に友人がいなくなってからスマホを使う頻度は減っていたのだが誰だろう。

 見たことのないアイコンだな……あ!


『水沢です。あの時はありがとう』


「!? 日鞠ちゃん!!」


 思わずスマホを両手で掴み、立ち上がった。

 日鞠ちゃんだ!

 メッセージをくれるなんて!


「え、あの子? やる~! いつの間に交換してたんだ?」


 薄い本から目を離し、興奮する俺を茶化しにきた。

 そうだ、美空に話しておかなければならないことがあったんだ。


「日鞠ちゃんのことなんだけどさ――」


 美空が寝転がっているベッドの縁に移動し、日鞠ちゃんとの『出会い』について話し始めた。




※※※




「何それ!」


 美空は俺のベッドの上で胡座をかき、黙って話しを聞いていた。

 だが話し終わると、布団に薄い本を叩きつけて大きな声を出した。


 あ、表紙が曲がった……と思ったら丁寧に直した。

 真面目な空間に寒い空気を刺すのはやめてくれ。


「海人もさ、そのギャルが鞄に入れた時にとっ捕まえて警察に突き出さなきゃ!」

「そ、そうなんだけど、呆気に取られちゃってさ」


 確かに言われてみればそうだ。

 色々考えすぎたが、すぐに対処すれば良かったかもしれない。


「んー案外計算? 助けてお近づきになろうっていう……」

「そんな分けないだろ!」


 真面目に反省しているところに何を言うのだ。

 あの時はあれでベストだと思ったのだ。

 日鞠ちゃんがあんなに悩んでいたのに、下心で動くなんてことはしない。


「あの子が早く楽になる方がいい」

「……そうだよね。ごめん、冗談で言うことじゃなかった」

「うん」


 俺もからかわれた上に、美空にそんな奴だと思われているのかと腹が立ち、つい大きな声を出してしまった。


「「……」」


 一瞬お互いにシュンと小さくなってしまったが、話しを再開させよう。


「オレ、明日あの子に話し掛けてみようか?」

「! 頼む!」


 それは嬉しい提案だ。

 メッセージには心配になる内容はなかったが、何かあったのかもしれない。

 あれから辛い思いをしていないかも知りたい。

 自分で話しを聞けないのは辛いが……。


「一緒に行こうよ」

「え?」

「女の子同士の方が気を遣わないだろうから、『妹を頼るといいよ』って紹介するからさ。それでまず友達になって、ずっと一緒にいればいいじゃん」

「お前……天才か!」


 そんな策、全く思い浮かばなかった。

 目から鱗だ。


「オレの方も協力して……あ、いらない。自分でやるからいいや」

「……」


 手伝いたくはないけど、見ていないところで動かれるとそれはそれで不安だ。

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