第六話
入学式は特に感動することもなく普通に終わった。
受験でも特に苦労はしなかったし、あっさりしたものだった。
母の姿も見ることが出来たが眠そうにしていた。
『子供の成長に思うところはないのかよ!』とツッコミたくなったが自分達も何も感じていないのだから言えた口ではない。
事務処理的に入学式を済ませ、教室に戻ると『お約束』な自己紹介タイムになった。
人に注目されることが苦手な俺はこれが嫌いだ。
嫌だな……別に追々分かっていけばいいじゃないか。
この自己紹介のデータを参考にする人がどれだけいるのだろう。
心の中では愚痴ばかり湧いてくる。
中止を願ったがそれは叶わず、淡々と名前の順にクラスメイトの自己紹介が始まった。
まずは男子からだ。
皆と似たようなことを言おうと耳を傾けたが、名前と何か一言を添えるだけのシンプルな内容だった。
良かった、これだと俺でも緊張せずに出来る。
漫画であるような個性的な自己紹介が次々と始まったらどうしようかと思った。
「鳩羽颯介、一年生二回目でーす。同級生だけど先輩だからなんでも聞いて! ただし女子に限る」
「……」
……俺の心の声は『フリ』じゃないぞ?
落ち着いていると思った矢先にキャラが濃い奴が登場するなんて。
「可愛い子のチェックがしやすい自己紹介って最高だなー。男子はさっさと終われよ」
「鳩羽、座れ!」
担任に注意されると、誰に言っているのか分からない大きな呟きを残して座った。
こいつから教わることは何もなさそうだ。
基本的に関わらない方向でいたい。
「チャラそうだね」
「でも結構格好いいよ」
女子のヒソヒソ話が聞こえる。
確かに見た目は悪くない。
背はパッと見で百八十以上ありそうだし、目は少し垂れ目だが整った顔立ちをしている。
髪は派手なオレンジで、長めの髪を後ろで尻尾のように纏めている。
学ランは着ていない。
シャツのボタンも止めていないので、中に着ているTシャツの柄がはっきり見える。
確かに遊んでいそうでチャラい。
しかし、俺の嫌いな自己紹介を有効に使っている奴がいたとは。
「鹿鳴! おい、鹿鳴!」
テンポ良く進んでいた自己紹介だったが、急に流れが止まった。
その原因となった者の名前を担任が連呼しているが、自己紹介が進む気配がない。
担任の視線の先、後方の席をちらりと盗み見ると金髪の派手な頭をした男子が退屈そうに窓の外を見ていた。
学ランは着ているが規定の白シャツは着ていない。
柄物のTシャツの上に学ランというスタイルだ。
ピアスがいくつかあり、全体的に派手である。
見た目の印象を一言でいうと『分かりやすいヤンキー』だ。
背は本来の俺より低いがチビという程でもない。
百七十に届くか届かないかというところだろう。
顔は中性的で可愛らしい、というかアイドル顔だ。
「鹿鳴、早くしなさい!」
担任が苛々し始めているが、ヤンキーは自己紹介をする気は全くないようでガン無視だ。
面倒くさい奴だな。
名前を言うだけでもすればいいのに。
妙なキャラ作りは止めて欲しい。
「可愛い」
「え?」
どこからか声が聞こえた。
『どこから』というか、見慣れた顔の奴が座っている隣から聞こえたような気がしたが……。
恐る恐る横に目を向けると目が合った。
――ニコッ
「ッ!?」
美空が笑った。
一見すると、母親が小さな子供に向かって微笑んでいるような穏やかな笑みだが、背中がゾクリとするこの微笑みは……。
だっ、駄目だ、今美空が考えていることを読み取るのは危険だ。
碌でもない匂いがしている。
怖い怖い、意識を美空から引き離そう。
結局ヤンキーが動くことはなく、諦めた担任が次へと進めた。
場は乱されたが気を取り直し、名前と『よろしく』の一言を言う心の準備をしていると隣の『カイト』の番になった。
そうだ……今回は俺だけじゃなく、美空が何かやらかさないかという心配があったのだ!
美空は稀に吃驚するような行動を起こす。
俺と入れ替わって『BLってくる』なんて言っていたが、目的を達成するためならどんなことでもやりそうだ。
頼む、普通にしてくれ。
お願いだ、普通であれ!
「鷲峯海人です。よろしくお願いします」
……良くやった!
百点満点だ!
心の中で腕が千切れそうなくらい拍手を送った。
「格好良いね」
「ねー!」
さっきの女子達が再びヒソヒソと囁いた。
今『格好良い』と言ったな?
嬉しいじゃないか!
でもこれも美空補正がかかっているからで……うん。
あまり考えないようにしよう。
美空を見ていると目が合い、再びにこりと笑った。
『大丈夫、大人しくしているよ。……まだね』
そう言っているような気がした。
安心が一気に不安に変わった。
心を落ち着かせるために、お姫様なあの子を見た。
『わしみねかいと』
「!」
思わず叫びそうになった。
彼女が俺の名前を呟いていた。
声は聞こえないが唇の動きで分かった。
どうして呟いたのかわからないがドキッとした。
うわっ、顔が熱くなってきた……。
……あ。
そういえば……連絡先を書いたレシートには電話番号とメッセージアプリのIDを書いただけで名前を書き忘れた。
俺の名前が分かったから呟いたのかな。
「じゃあ、次は女子だな」
頭の中が騒がしくなっている間に女子のターンになった。
おっと危ない、自分の番に備えておかなければ。
それにお姫様の名前がとうとう分かる!
「待ってました-!」
合コンの自己紹介ではないのだ。
留年チャラ男、お前は黙れ。
クラスがシンとしている中で、一人空気を読まず騒げる勇気だけは認めるが。
女子のトップバッターはさっきの昭和女子コンビの地味な方だった。
「池畑知子です。よろしくお願いします」
こう言っては悪いが、想像通りの記憶に残らない普通の自己紹介だった。
でもそこがいい。
俺は個性は強いよりも薄い方が好きだ。
そんな俺好みの自己紹介が幾つか進み、今度は派手な方の番になった。
「田嶋華鈴ですわ。どうぞよしなに」
立ち上がる時の振る舞いもどこか芝居がかっていた。
お嬢様キャラを徹底しているようだ。
これはこれで応援したくなる。
そしてとうとうこの時が訪れた。
自己紹介なんていらないと思っていた俺が、手のひらを返したように自己紹介を支持する党に鞍替えだ!
あの子に順番が回ってきたのだ。
俺も名乗らなかったが、あの子の名前も知らない。
どんな名前なのだろう……妙に緊張してしまう!
「……水沢日鞠です」
静かに立ち上がり、名前だけ言うと座った。
彼女のことは殆ど知らないが、不思議と『彼女らしい』と思い、胸が温かくなった。
水沢日鞠、日鞠ちゃんか。
名前も可愛いなあ!
「日鞠ちゃん可愛いね! 連絡先交換しよ!」
留年チャラ男が立ち上がった。
死ね!
幸せな気分に浸っているのにぶち壊すな!
「……あの人、水沢さんのこと知らないんだね」
「ねえ」
コメント係のようになった女子達のコソコソ話がまた聞こえた。
どこか陰のあるような言い方だった。
どういうことだ?
彼女たちは日鞠ちゃんのことを知っているようだが、何かあるのだろうか。
「ミソラだよ」
「あ、うん」
日鞠ちゃんのことを考えている内に自分の番になっていた。
美空に言われ、慌てて立ち上がった。
「鷲峯か……じゃなくて美空で」
「美空ちゃん可愛い! デートしよ!」
「す……よろしくお願いします」
留年、遮るんじゃねえよ。
「おっぱい大き……スタイルいいね!」
そう言いながらヒューと指笛を鳴らした。
古い。欧米か。
恥ずかしい奴だ。
あと胸に注目するな。
今の台詞のせいで、クラス中のチラ見視線を胸に感じる。
これ、なんていう公開処刑!?
自分の胸だけど妹の胸で……どんな感情でいればいいんだ、俺は!
あとなんで美空はそんなに面白そうに笑っているんだ?
注目されているのはお前の体だからな!
留年チャラ男、嫌い。