第三話
俺達が中学三年生になったばかりの頃、両親が離婚した。
親の離婚だなんて子供にとってショッキングな出来事のはずだが、俺達の場合は『とうとうその時が来たか』という感じだった。
女癖の悪い親父で、離婚の決定打になったのももう何度目か分からない浮気だった。
母さんは良く我慢した方だと思う。
高校受験を機に、祖父も祖母も他界したため空き家になっていた母の実家に引っ越した。
こちらには年に一回遊びに来ていたくらいだから、あまり馴染みはない。
元いた場所よりもずっと田舎で正直にいうと不便になるが、雰囲気は良くて住み心地は良さそうだ。
母は近所に顔見知りがいるが、俺達にはいない。
中身は入れ替わっても、外見がおかしくなるわけではないので、今の俺がスカートを穿いていても自然なのだが知り合いには会いたくない。
引っ越して来ていて良かった。
あー、すーすーする。
スタンドミラーに映った自分……というか美空の制服姿は普通に可愛らしかった。
肩まである晴れた空のような青い髪に、ぱっちりとした琥珀の瞳。
少し古くさいデザインの黒のセーラー服もお洒落に見える。
俺達は二卵性の双子なので顔がそっくりというわけではない。
美空の方が整った顔立ちをしているし、スタイルがいい。
一方の俺は……『本来の俺』はというと普通だ。
髪と目の色は美空と一緒だが、身長も低くはないが高くもない。
背の順で並ぶと『真ん中より少し後ろ』が多い。
本当に平均的な高校生だ。
なのに……。
「どう? 格好良いだろ!」
「……」
腰に手を当て胸を張る『俺』を見ると妙にイケメンに見えてきた。
なんで?
普段の俺は冴えないのに、今はキリッとしていて生徒会長をしていそうなイケメンに見える。
中身でこんなに変わるのか?
俺の精神ってそんなに駄目なのか?
「海人はいつも斜に構えているから駄目なんだよ。オレはイケメンだ! って胸を張らなきゃ。素材はいいんだからさ。本当に素材を殺しているよね。飯マズメンタルだよねえ。私の素材まで殺さないでよ? 根暗だとブスになるから気をつけてね。いつものままじゃ駄目だから」
「……そろそろ泣くぞ」
「さあ、高校あーんどイケメンデビューしようっと!」
「……」
登校する前から学校が嫌になりそうだ。
上機嫌で玄関に向かう美空に続き、家を出た。
※※※
「スカートってこんなに面倒くさいんだな」
「面倒くさいの意味が分からない」
「いや、だってさ……気になるだろ」
少し風が吹いただけでも捲れてしまわないか警戒してしまう。
……あれ?
中に短パンでも穿けば良かったんじゃないか?
今気がついた……というか美空も言ってくれよ……いや、わざと言わなかったな!?
「なんかワクワクするなあ。な、ミソラ!」
「全然。全く。微塵も」
「テンション低いな。初登校なんだし、上げていこうぜ!」
「うるせえ」
「『うるせえ』じゃなくって、『うるさいですわよ』だろ?」
「それも違和感あるけど。『お前うるさいですわよ』」
「惜しい! お前じゃなくて『お兄様』な!」
「……」
なんでこんなに楽しそうなんだ。
俺は人の目に触れたくなくて引き篭もりたい。
それに今は不自然な姿はしていないはずなのに妙に視線を感じる。
見慣れない顔だからか?
「何か俺達、見られてないか? あっ」
「はい、千円。そう? 私好みの美少年が私に見つけて欲しいと熱い視線を……あ」
「はい、『私』二回で二千円。……これ、やめないか?」
お互いに破産する未来しか見えないのだが。
一軒家が建ち並ぶ中に畑や田んぼも混在しているという『中途半端な田舎』と言えそうな景色の中を進んでいく。
道幅は車一台はゆったり通ることが出来るが二車線ではない。
幸い車の通りは殆どないので美空と適度に間隔を持ちながら並んで歩いた。
「あ、あの子!」
「ミソラ?」
同じ高校の制服を着ている人がちらほらと歩いているのだが、その中に見覚えのある姿をみつけた。
制服姿を見たことがないからはっきりとは分からないが、後ろから見てもあの綺麗な桜色の髪はきっとそうだ。
少し追いついたので斜め後ろから彼女をジーッと見ていると、視線を感じたのかこちらを見た。
「あ!」
やはり『あの時』の彼女だった。
後ろ姿だけじゃなく、正面も変わらず麗しかった。
彼女は俺を……いや、正確には美空が入っている『海人』を見て目を見開いた。
彼女も俺を覚えている!
「お、おい! 声掛けろ!」
慌てて美空を肘で突き、小声で指示を出した。
「え? 知り合い?」
「そうだ!」
「なんて言ったらいいんだ?」
「なんでもいいから! とりあえず挨拶だけでも!」
「分かった。あ、行っちゃった」
「! ああああ……遅えよ。もっと機敏な動きをしろよ!」
折角の再会を喜ぶ機会をどうしてくれる!
ああクソッ……自分の体だったら!
「ふーん?」
周りの住宅を破壊して回りたいくらいのもどかしさを感じているところに、神経を逆なでする視線が飛んできた。
それが自分の顔だから余計に腹が立つ。
「なんだよ」
「別に? ああいう子が好みなんだなあと思って」
「なっ」
「確かに美人だったよね」
「違う! そんなんじゃない!」
「違うの? じゃあ適当に対応しておけばいい?」
「そ、それは……」
すぐに自分の体に戻ることが出来るなら気にしなくてもいいだろう。
でもすぐに戻れなかったら……。
戻るまでに妙な対応をされてしまったら……!
「慎重な対応を求めます。よろしくお願いします」
立ち止まり、深々と礼をした。
「ふむ、宜しい。普段の海人っぽくやってあげるから。そっちも私っぽく頑張ってくれよな? じゃなきゃ『オネエ』な未来が待っているから」
「……分かったよ」
登校する前から倒れてしまいそうなくらい疲れた。
でも……また会えた。