第二話
「戻らない……」
朝日が昇る頃には元に戻っているかもしれないと思ったが駄目だった。
窓から見える日の出が目に染みる。
泣きそうだ。
遅くまで戻る方法を探していたから寝不足だし辛い。
頭がクラクラする。
例のパズルも戻らない。
溶接して一塊にしてやりたい衝動に駆られている。
でも、それで永遠に戻れなくなってしまったら困る。
俺、戻れるのかな……辛い……。
「初日の出でもないのに、なんで感動してんの?」
「感動で泣いてるんじゃない」
俺を起こしに来たのか、いつの間にか背後に実空が立っていた。
相変わらず、こちらも俺の姿をしている。
「さ! 元旦じゃないけど、今日から高校生活開始だよ!」
「分かってる。お前、凄く元気だな」
「元気だよ! いっぱい寝たし! 朝ご飯出来てるから、すぐに来てちょんまげ!」
「俺の体でくだらねえこと言うとぶっ飛ばすからな!」
「ぶっ飛ばされても海人の体だもんね~」
憎たらしい表情でスキップをしながら去って行く姿に枕を投げたが届かなかった。
朝からテンションの高い自分の姿を見るのは疲れる。
※※※
「で、あんた達はまだ入れ替わってるって設定なわけ?」
「設定じゃないから!」
朝食を食べに下に降りると、朝の挨拶より早くそんな言葉を投げてくる母に素早くツッコミを入れた。
俺の定位置となっている席に、中身が俺な実空が座ったからそう思ったのだと思うが……。
昨日もあれほど説明したというのに、全く信用していないようだ。
確かに信じられないような出来事だが、息子と娘の言葉を信じて欲しい。
「ま、どっちでもいいわよ」
「よくねえよ……」
絶対信じてないな、母さん。
分かって貰えるのは難しそうだ。
早く元に戻らなければ。
「美空、女の子なんだからそういう言葉遣いはいけないわよ」
「! そうよね! 言葉遣いは気をつけなきゃね!」
何かのセンサーに引っかかったのか、食べ終わっていた美空が駆け寄ってきた。
「海人は急にオネエになったわね。まあ、元から美空よりは女子力はあったけど」
「なっ……俺がオネエだって!?」
「あんたは美空でしょ?」
「海人だって!」
「まあまあ。お母さん、洗濯機が止まったよー」
「あら。じゃあ干してくるから、食べ終わったら片付けておいてね」
オネエ疑惑だけは許せない。
誤解を解いておきたかったのだが、母は軽快な足取りで炊事場の方へ行ってしまった。
美空は母を追い払って話をしたかったようで、姿が見えなくなったのを確認すると身を乗り出して話し掛けてきた。
「ねえねえ。お母さんも混乱していることだし、戻るまでは私が『海人』、海人が『美空』でいいじゃん!」
「はあ!?」
楽しそうに何を言い出すのだと思ったら、素っ頓狂なことを言う。
正気か!?
「学校だって、どう見ても『男』な私が『妹の美空です』って言っても信じて貰えないよ? 戻るまではお互いにフリをして過ごすしかないでしょ。幸い知り合いもいないからバレることはないだろうし」
確かにこの状況を学校に説明しても信じて貰えないだろう。
戻った時のことを考えると、今はお互いのフリをして無難に過ごすことがベストか。
いや、そんなことより早く戻ればいいだけの話で!
「今日は休んで戻る方法を探そう!」
「入学式をサボるなんて無理だよ。お母さんだって見に来るんだし。それに双子で入学式サボったなんて変に目立っちゃよ」
「ぐっ」
反論出来なかった。
確かにその通りで、すぐに戻れるという保証のない今後のことを考えると納得せざるを得ない。
「じゃ、制服着てみよう! 海人も早く食べ終わってね。あ、違う。『ミソラ』!」
「ああ? 二人の時はいいだろ!」
「駄目。徹底しなきゃボロが出るもん。オネエにならないよう言葉遣いも気をつけるし『私』って言うのも止めて『オレ』って言うね! わあ、楽しくなってきた! ミソラもちゃんと『ワタシ』って言わなきゃ駄目だよ? 言わなきゃ罰金千円ね」
「はあ!? 何で俺まで!」
「はい、千円」
「!?」
そんな罰金システムはいらないだろう!
抗議をしたが美空の耳には届いていないようで、平然と俺の鞄を探って財布を見つけ出し、千円を抜いてこちらに見せた。
「戻った時に俺っ子になってるの嫌だもん。海人が『ワタシ』って言ってくれないんだったらオレは『私』って言うから。戻った時には海人は立派な『オネエ』だね!」
「……」
「戻るまでの辛抱なんだから」
確かにその通りなのだが『ワタシ』だなんて言いたくない。
でもオネエにはなりたくない。
……。
仕方ない、善処しよう。
「分かったけど、罰金は次からにしてくれ。今のはなしで」
「駄目。さ、着替えるよ! スカート穿いてね!」
「! うわ……そうか……」
『ワタシ』と言わなければならないことよりも精神的ダメージの大きい試練が待ち受けているのであった。