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第十一話

「ストレスが溜まるな……」


 誰にも聞こえないように小さな声で呟いた。

 今は授業が終わった直後、放課後だ。

 日鞠ちゃんに話し掛けるというミッションの再チャレンジをしたいのに、美空が昭和女子に捕まった。


 そして気がつけば日鞠ちゃんはいない。

 ……暴れていいですか?


「わたくしのことは華鈴と呼んでくださいまし!」

「分かったよ。華鈴さん」

「! よ、呼び捨てでいいのよ? それはそれで素敵だけれど……」

「ねえねえ海人様、私のことは『おい、哺乳類!』と呼んで頂けますか?」

「あ、それ、アニメのキャラクターが言ってる台詞じゃない?」

「! そうなんです~海人様のお声がそっくりなんです~!」


 美空は笑顔で対応しているが俺は居辛い。

 美空がいれば俺は用なし、二人の眼中には入っていない。

 いや、入りたくないけどね?


 この様子を見ているとまだ暫く解放されないだろう。

 美空を引き連れて日鞠ちゃんがまだ近くにいないか捜索したいところだが待っているのは嫌だ。

 仕方ない……諦めるか……。


 恨みを込めた視線を投げて美空に『先に帰る』と伝えた。

 『あっ!』と日鞠ちゃんがいなくなってしまったことに今気がついた様子だった。

 女子にちやほやされるのが楽しくて忘れていたな?

 もしくは女子と話しながらも鹿鳴のことを見ていたから、何か意図があってやっているのかもしれないが……日鞠ちゃんのことが最優先って言ったのに!

 最優先っていうのは最も優先するってことだからな!

 帰ったら猛抗議だ、覚えてろよ!


 怒りと悲しみで方を落とし、とぼとぼと教室を出た。


「やっぱり帰っちゃったよなあ」


 昇降口で溜息をついた。

 日鞠ちゃんの下駄箱を見ても置かれていたのは上履きだった。


「やっほー! そらちゃん!」

「?」


 背後に嫌悪が湧く気配が……。

 顔を顰めながら振り返ると、クラスメイト先輩チャラ男鳩羽が立っていた。

 はい、スルー決定。

 視線を戻して靴を履き、さようならだ。


「ちょっと待ってよ! ひまちゃんの下駄箱見てどうしたの? あ、ひまちゃんとこ行くの? おれも一緒に行く! 両手に花がしたいな~」

「『ひまちゃん』?」


 それは日鞠ちゃんのことか?

 勝手に親しげなあだ名呼びか?

 この野郎……!!

 日本中の不幸がこいつの元に集まればいいのに!!


「水沢さんは帰りましたっ!」


 お前には日鞠ちゃんと時間を共有する権利など与えない!

 だから去れ!

 二度と現れるな!

 来世まで待機していろ!


「ええ? でもひまちゃん、今池のところにいたけど?」

「えっ!?」


 日鞠ちゃんがまだ学校にいる!?

 なんて素敵な情報!!

 勢いよく振り向くと、鳩羽は『何?』と小首を傾げた。

 いや、お前に用はないんだけどな!


「意外に役に立つじゃん!」

「え? 痛っ! ちょっと、そらちゃん!?」


 『でかした!』と鳩羽の腕をバンッと叩き、池を目指して駆け出した。

 追ってくる様子もないし、ちょっと見直したぞクラスメイト先輩!


 今日はもう話せないと諦めていたのにチャンスが巡ってきた。

 早くしないとまた間に合わないかもしれない。

 スカートを気にせずダッシュだ。


 池は中庭にあって、そんなに距離があるわけでは無い。

 あっという間に着いたが、割と本気で走ったので息が上がった。


「はあ……はあ…………居たっ!」


 池の際にしゃがみ、水面を覗き込んでいる愛らしいあの姿は日鞠ちゃんだ。

 可愛い……。

 後ろから抱きつきたいが、やってしまうとただの痴漢だ。

 ……いや、今は美空の体だからセーフか?

 駄目だ駄目だ。

 誘惑に負けそうになる気持ちを断ち切った。


「水沢さん」


 名前を呼ぶだけでも緊張する。

 ドキドキしながら声を掛けると、日鞠ちゃんは鯉を追っていたらしき視線をゆっくりとこちらに向けた。

 しゃがんでいる彼女は、立っている俺を見上げていて――。

 ほら、一々可愛い。

 

「鯉を見ていたんだね。帰らないの?」

「……もう少ししたら」


 クラスメイトだと覚えて貰っているか心配だったが大丈夫そうだ。

 自己紹介の時に俺達が双子だということに担任が触れてくれていたから助かった。


 そうか……帰るのか……。

 だったら一緒に帰りたい。

 少しなら待つ。

 長くても待つ!

 よし、言うぞ……誘うぞ!


「い、一緒に帰りませんか!」


 ……言ってしまった。

 ただ『一緒に帰ろう』と誘っただけなのに、告白したような緊張だ。

 日鞠ちゃんはこちらを見たまま動かない。

 駄目だろうか。

 怖くて日鞠ちゃんを見ていられない。

 思わず池で優雅に泳いでいる鯉に目を移した。

 柄のない鯉で白というより少し肌色っぽい。

 あまり綺麗では無い。

 錦鯉の紅白が見たいな。

 こんなところで飼ったら泥棒されてしまうか。


「……あの人達は?」

「え?」

「前に教室で誘われていたでしょう? 家に行くって。 今日はいいの?」

「ああ」


 緊張で現実逃避していてすぐに頭が回らなかった。

 昭和コンビが家に連れて行けと言ってきた時の話が聞こえていたのか。


「そうなんだけど、あの人達はカイトが目当てみたいだったから。今日は本人がいたから俺っあ~……ワタシには用が無いみたい」

「……そう」


 危ない、日鞠ちゃんの前だとすぐ『俺』に戻ってしまう。

 早く慣れたい……って慣れたら戻ったときに困るな!

 本来の姿の時に『ワタシ』と言ってしまったら頭を打ち付けたくなるだろう。


「家はどっち?」

「え? あ、えーと竜谷の二丁目なんだけど」

「近所」

「え」

「行こ?」


 それは……一緒に帰っていいということ?

 理解した瞬間、頭の中でクラッカーの祝砲が鳴った。

 やったぜええええ!!


「おう! あ、うん!」


 はしゃぎたい衝動を抑え、日鞠ちゃんと肩を並べて歩き出した。




※※※




 日鞠ちゃんの歩く速度は遅い。

 美空よりもずっと背が低いし、気をつけないと置いて行きそうになる。

 でもその分長く一緒に居ることが出来ると思うと幸せだ。


「……じゃあ思ったより色んな店があるんだね」

「うん。本屋さんは二つある」

「そっか。漫画を買いたかったから良かった。毎週通販で頼むのは嫌だったし」

「タンマにも少し置いてる」

「『タンマ』? ああ、タジマ? あはは! タンマになってるなあと思ったけど地元でもそう呼ばれちゃってるんだ?」

「うん」


 歩き始めたときは何を話そうかと焦ったが、以外にスムーズに雑談が出来ている。

 日鞠ちゃんも『おしゃべり』なタイプではないけれど、ちゃんと返事をしてくれる。

 この時間が終わらなければいいのに。


 そうだ、今『タンマ』の話が出たから丁度いいかもしれない。

 心配していたことを聞いてもいいだろうか。


「もう大丈夫?」

「え?」

「ええーっと……カイトから出会った日のことを聞いて。心配だなって」

「……」


 ……聞かなければ良かったかもしれない。

 日鞠ちゃんの表情が一気に暗くなった。

 少しすると完全に俯いてしまい、歩く速度も落ちた。


 そうだよな……やらされていたとはいえ、万引きをしていたことを勝手に話されていたら嫌だよな。

 話題を変えようかと迷っていると、日鞠ちゃんが顔を上げた。


「……ありがとう。大丈夫。お兄さんにも、お礼を言っておいてください」

「……うん」


 余計なことを言って嫌われたかもしれないと焦っていたのだが、以外に声も表情も柔らかかった。

 あれから辛いことは起きていないのかな?

 まだまだ心配だが、一先ず大丈夫そうだと少し安心した。


 そういえばメッセージの返事をまだ出来ていない。

 何を書けばいいか迷いすぎて返せずにいるのだ。


「……あの」

「ん?」


 今日にでも返すべきか考えていると声を掛けられた。

 話すことに迷っているのか視線を遠くに向けている。


「お兄さんは……他に私のことを何か言っていましたか?」

「え?」

「……なんでもないです」


 雑談の間も控えめなトーンで話していた日鞠ちゃんの声が、一段と抑えられていて聞き取り辛かったが……。

 顔を見ると少しだが頬がほんのりと赤く色づいているように見えた。

 ……え?


 これは……俺のことを気にしてくれているのだろうか。

 淡い期待が湧いてくる。


 何か話さなければ。

 日鞠ちゃんが話題に出してくれたのだ。

 これで終わらせたくない。


「一緒のクラスになれて良かったって! う、嬉しいって!」


 焦って必死になった結果、異様に力が入ってしまった。

 力説するような内容じゃないのに大声で言ってしまった。

 日鞠ちゃんを見ると、きょとんとしていた。

 ……恥ずかしい。


「そう、ですか」

「!」


 わ、笑った!

 必死すぎてダサい自分を殴りたい衝動に駆られていたが……それどころではない!

 日鞠ちゃんがニコリと微笑んだ!

 こんな笑顔を見るのは初めてだ。

 今度は俺が赤くなる番のようだ。


「……私もです」

「!」


 私も?

 日鞠ちゃんも俺と同じクラスで嬉しかったってこと?

 顔が熱い……耳まで赤くなっているのが分かる。


「あの、あなたも……話し掛けてくれてありがとう」

「!」


 見惚れていた笑顔を向けられた。

 なんだこの連続攻撃は……体が持たない!


 幸せだ……この幸せを『今日だけ』にしたくない。

 美空の力を借りなくても、自分でも頑張らなければ。 


「あの!」

「?」

「友達に……仲良くなれないかな」


 まずは日鞠ちゃんを知りたい。

 辛いことがあるなら近くにいたい。

 早く元の体に戻りたいけど、それが叶わないなら今出来ることを全部したい。

 改めて『仲良くして』なんて言うのは恥ずかしいけれど、はっきり伝えるのが一番確実だ。


 『一緒に帰ろう』と誘った時より何倍も緊張しながら返事を待った。


「……うん」

「! あ、ありがとう!」


 よしっ、やった!!

 叫びたいほど嬉しくなった。

 こんなに嬉しいと思ったことは初めてかもしれない。

 今なら約束を反故にした美空を許してやれる。


「……あなたが、『一緒にいてもいい』と思ってくれている間は」

「え?」

「……なんでもないの。私はこっちだから」

「あ、うん。バイバイ!」


 ぽつりと呟かれた言葉を聞き取れなかったが何と言ったのだろう。

 表情に陰があったようで気になったが……。

 去って行く背中を見る限りでは変わった様子はない。

 いつもの小さくて可愛い後ろ姿だ。


「……ちょっと距離が縮まったな」


 ニヤけそうになる顔を慌てて引き締めた。

 電話とかしたいな……あ!

 既に海人として連絡先を教えていた。

 美空として連絡を取るにはどうすればいいだろう!?


 スマホをもう一台買うか!?


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