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第十話

「海人君!」


 私の可愛いハニー、受けっ子バンビちゃんを探して校内を一人でうろついている時のことだ。


 何処かから声を掛けられた。

 無視をしそうになったが、『ああ、そうか。今は【私】のことだったか』と思い出し、立ち止まった。

 聞き覚えのない声だった。

 誰が何処から呼んでいるのだ? と、ぐるりと辺りを見回して見た。

 あれか?


 二階の窓からこちらに手を振っている三人組の女子がいる。

 あそこは……二年生の教室か。

 誰だ?

 海人の知り合い?

 いや、私も海人もこちらに知り合いはいないはずだ。

 間違いなく『オレ』を呼んでいるのかと、自分を指差しながら小首を傾げると女子達は大きく頷いた。


 また手を振ってきたので、よく分からないが手を振って返した。


「「「きゃー!」」」


 超音波のような甲高い叫び声が響いた。

 女子達が嬉しそうにキャッキャと騒いでいる姿が見える。

 三人組以外にもこちらにスマホを向けている女子もいる。

 盗撮はやめてください。


 私はアイドルか! とツッコミたくなったが……悪い気はしない。

 むしろ気持ちいい。

 凄く楽しい!

 折角男子になれたのだ。

 女子にモテたい!

 BLを満喫することと同じくらいイケメンぶりたい!


 子供の頃から海人と私は、性別が逆で生まれた方がお互い上手くいくのではないかと思うことが多々あった。

 私の方が活発で、海人の方が落ち着いている。

 私が子供の頃に夢中になった空手は、海人は直ぐに辞めた。

 私が大嫌いな料理や裁縫は、海人は上手い。

 ほら、絶対逆がいい!


 別に女が嫌というわけではないけれど。

 ただ、体験してみたかった。

 まさかその夢が叶うなんて!


 双子の兄だから褒めるわけではないが、海人は素材がいい。

 本人は『可も無く不可も無く、普通だ』と言っているがそんなことはない。

 上中下のランクで言えば待ちがいなく『上』だ。


 なのに何故かパッとしない。

 冴えない。

 あの落ち着きが折角の素材を殺し、地味という膜を生み出しているのかもしれない。

 でも、あれが女子なら……美空としてなら上手く合致そうだ。


 その証拠に、クラスメイトになった男子から数件のお問い合わせがあった。


 『彼氏はいるのか』

 『スリーサイズは?』

 『紹介してくれ!』


 大体がこの三つのどれかだ。

 自己紹介で乳に注目された時、恥ずかしいのを我慢して俯きながらプルプルと震えていた姿は私でも萌えた。

 制服を着ていても自己主張をしている乳を見ていると、本来の自分の乳なのに『揉んでやろうか!』と思ったもん。

 教室にいると美空お問い合わせ窓口か、美空と近づくためのダシにされてしまう。

 それも楽しいけどね!

 『男子からモテる海人』と思えばBLだしね!


「オレに何か用ですか?」


 私は忙しい。

 そろそろ本当にバイバイしたい。

 騒いでいる先輩女子達の様子を見る限り特に用事はなさそうだが、黙って立ち去るわけにもいかない。


「なんでもないの! ごめんね!」

「そうですか。では、失礼します」


 案の定名前を呼ばれただけだったが、小さく頭を下げてその場を離れた。

 『先輩達のような綺麗なお姉様方に声を掛けて頂けて嬉しいですよ』、なんて言ってやろうかと思ったがやりすぎは良くない。

 ……そうだな、これくらいかな。


 少し進んだところで振り返ると、まだ窓際にいたお姉様方が私の視線に気づき、こちらを見た。

 三人と目が合ったところで……。


 ――にこり


「「「!!!」」」


 鏡を見て特訓した、海人フェイスが一番輝く『穏やかな微笑み』を送った。

 海人の根が穏やかだからか、屈託のない笑顔よりもこっちの方が攻撃力が高いんだよね。

 もちろん場によって使い分けるけど、ここぞという時はこの微笑みで。

 海人フェイスの微笑み攻撃でお姉様方は静かになった。

 悪い静寂じゃない。

 これは上手く作用したようだ。

 ふふ……わた、オレってば罪な男だ。


「さあて、オレの本命さんはどーこだ」


 女子よりも男子、というかバンビちゃんが最優先だ。

 まだ出会って間もないが計画は順調に進んでいる。

 問題児になりたがっているようなので、私はその問題児を世話する係として担任に立候補も済ませておいた。

 バンビちゃんが提出していないプリントの回収係を名乗り出るだけの簡単なお仕事だ。


「あ、そうだ。ベタな場所を忘れていた」


 私としたことが。

 彼はヤンキーになりたいお年頃なのだ。

 形から入るプリティヤンキーが行きたがる場所といえば……。




 ※※※




「みつけた」


 本来は立ち入り禁止となっている屋上。

 バリケード代わりになっている積み上げられた机の隙間を通って扉を開けると、愛らしい姿を直ぐに見つけることが出来た。

 コンクリートの段に寝転がっている。


 『立ち入り禁止』とか好きそう~、入っちゃいけない場所に入ったら悪い子だもんね~! うんうん!

 ヤンキーは屋上でサボらないとね、うんうん!


 あ~も~~萌え殺されるわ!

 殺される前にヤってやれ、襲ってやろうか。

 養いたい……巣箱に入れて愛でたい……私がいなければ何も出来ないクズに育てたい!

 海人がいると『歪んでいる』と言って止めてくれるのだが今はいない。

 何とかこの溢れる衝動を自分でコントロールしなければいけない。

 深呼吸をしてから寝転がるバンビちゃんに近寄った。


「いい場所で昼寝してるじゃん」


 話し掛けると薄く目を開けたが、すぐにまた閉じた。

 可愛い、ちゅーするぞ。


「オレも横で添い寝しようかな」

「……は?」

「よいしょっと」

「何やってんだお前!」


 バンビちゃんが寝転んでいたコンクリートの段の幅は一メートル程だ。

 その中央にどんと寝転がっているわけだが、手前に二十五センチくらいの余裕がある。

 そこに無理矢理寝転んでやろうとした。


「狭いんだけど、もうちょっと奥に行って?」

「はあ!? 馬鹿じゃねえの、お前! くっつくなよ気持ち悪ぃな!」


 添い寝失敗。

 思い切り突き飛ばされた。

 耐えたけどね。

 ボディタッチがいっぱい出来たから良しとするか。


「……」


 全力で押したのにビクともしていないことに腹が立ったのか、鋭い目つきを向けてくる。

 そんなに私のことを見つめちゃって、好きってこと?


「……何しに来たんだよ」

「プリント出してないよ」

「は?」

「部活の希望のやつ。帰宅部でもいいけど、一応どこかに所属はしないと駄目だってさ」

「……んなこと知らねえよ。どうでもいい」


 無視をすると決めたのか、こちらに背を向けて寝転んだ。

 背中に張り付きたい。


「え? オレと一緒がいいって? 分かった。じゃあ、そう言っておいてやるよ」

「!? 言ってない!」


 あれ、無視するんじゃなかったのか?

 寝転んでいる段に腰を掛けて顔を覗くと再び睨まれた。

 背中に張り付いてOKの合図ですか?


「礼はいいから。今度から自分で出せよ? じゃあな」


 もっと愛でていたいけど、これ以上いると余計なことをしそうだ。

 自我を保つ自信がない。

 程々にして置こうと心の中で歯を食いしばり、バンビちゃんから離れた。


「おい、余計なことするなよ!」


 扉に手を掛けたところで、念を押すような声が飛んできた。


「……オレ、これでも保父さんになりたくてさ」

「あ?」

「お世話されないとプリントも出せないお子様は放っておけなくて」

「なっ……! お前!」


 最後に一弄りして目を向けると、起き上がってこちらを見ている顔は真っ赤になっていた。

 可愛い~~~~!

 叫びたい衝動を殺しながら扉を閉めた。




 その後担任から『鹿鳴がプリントを持って来たよ』と報告があった。

 ちゃんとプリントも無くさず持っていたようだ。

 ひたすら可愛い、辛い。


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