1-4.5
「あーあ、派手にやったな」
誰も入れないはずの地下室に男が踏み入る。地下室には三人の死体があった。一つは心臓を一突きで射抜かれ無様に転がり、一つは鎧の隙間を綺麗に切断され達磨のまま血を垂れ流し、最後の一つは腹を貫かれたまま壁に貼り付けられていた。
濃い緑色の長いローブに身を包み、深くかぶったフードからその表情を読み取ることは出来ない。
「その割に随分と楽しそうだな」
「そうか?…まぁそうだな、お前が倒されてそのまま繰り返すより何倍も楽しい。いや、楽しくなるぞ」
「…ふん、あんなクズに負ける方がおかしいんだ」
「それはお前の運が良かっただけだ。『無限魔力』なんてスキルがあっちゃあ、何もできねえだろうな」
「『魔導図書館』を俺に寄越したのはお前だろう」
黒いコートに身を包んだ青年が男を睨む。白いワイシャツにジーンズ姿の青年は、服の所々を煤で汚しながらも、服を変えた様子は無い。黒い髪の隙間から覗く紅い瞳は、丸い瞳孔では無くなっていた。
見えるように差し出した手の上に一冊の黒いハードカバーが現れる。青年が手を握るとまたその姿を消した。
「魔王にはもってこいだろ?『虐殺の心得』じゃあ物理しか補えないからな。魔術を一からやるのも時間がかかる。だったら、スキルが腐る前に覚えておいて損はねえさ」
鼻を鳴らして男に問いかける。
「それで、お前は俺をどうする気だ」
「どうもしないぜ、好きな様にしてくれや。このままあいつが勇者になる前に世界を滅ぼしてもいいし、正面からやりあうもよし。ま、せっかくこっちの世界に飛んで来れたんだ、自由に楽しめよ」
「………、一つ、聞いておく」
「なんだ?女の誘い方ならいっぺん叩かれた方が覚えるぞ」
「ばっ!リリスの事じゃねえよハゲ!」
顔を赤らめて取り乱した青年に、くつくつと意地の悪い笑い声が聞こえた。
「チッ!からかってんじゃねえよ。そうじゃなくて、俺が世界を滅ぼす事は、お前の望みとは違うんだな?」
「あぁ、それは支配が人間から魔族や魔物に移るだけの話。また勇者が現れて同じ歴史を辿るだけさ。だが、咎がいるのといないのでは訳が違う。アレが解き放たれた前例は無い。お前の持つ魔王を除いた、勇者、経済士、軍士、書士、調停者がその力を恐れた所為で、咎は二代目の時からずっとこんな風に繋がれ続けるんだ」
「そんなに強いなら自力で抜け出せたはずだろうが」
「所がどっこい、それに関しては初代魔王がやらかしてんだなぁ。この腕輪、持ってみろ」
蹴飛ばされた鎖付きの腕輪を拾うと、その瞬間から体の力が抜け、青年は立てなくなってしまった。立て膝をつき、手から転げ落ちたその腕輪に目を見張った。
「なんだ…そいつは…!」
「『吸気の楔』、元は勇者を捕まえる為に用意したらしいんだが、使う前に魔王が死んじまったからそのまま勇者の手に渡ったんだ。んで、それが今咎を縛る楔となっている、って事さ」
「…なるほど、これじゃあ抵抗もクソも無さそうだ」
「そゆこと。じゃあ、こっちからも質問だ」
男は魔王に向き直ると、彼に尋ねた。
「こいつと、戦いたいか?」
魔王はその問いに、答えることはしなかった。
ただ、地下室に不気味な笑い声が響く。