1-3
さっきの女の子が走って戻ってきっぽい。ただ部屋に入った瞬間に驚きの悲鳴を上げた。
そりゃあ、するよな、行って戻ってきたら俺の首から上が天井に突き刺さってんだもんな。俺もビックリだよ、準備運動のつもりで垂直跳びしたらコレだもん。誰だってビックリするわ。
にしても、身体の様子がおかしい。一目見て、ここが俺のいたトコロとは勝手が違うってのはわかってた。けどこの身体能力の向上はなんだ?軽く跳ねただけだってのに天井に頭めりこむし、抜けないし。
「えと、何してるんですか」
「なんか…、ジャンプしたらめり込んだ」
俺は天井に手をついて頭を抜き、そのまま着地する。怪我もないし何処かが痛いというわけでも無い。女の子は何ともなさそうな俺を見て、心底戸惑った表情を浮かべる。
「はぁ、えーと…、そ、そうですか。あ、そうだ!これ着替えです!早々にここから出ないと…」
「え、そうなん?」
「そうです!」
そういうや否や、複数の足音が聞こえてくる。彼女が焦った様子であたふたしている間に、それは俺たちの前に現れた。
「動くな!貴様が咎人だな、我々に同行してもらう!拒否権は無い!」
槍を構えた兵士が三人、俺に向かって偉そうな口を聞いた。
顔は兜で見えないが、鎧自体は硬そうだ。準備運動にはもってこいだが…。
「………、」
ちらりと女の子の様子を見る。俺に隠れる様にして睨む彼女に尋ねた。
「知ってる?」
「…王国の兵士です。貴方を連れに来たのでしょう。次の勇者にする為に」
思ったよりも早かったです。
悔しそうに言う彼女に、もう一つ尋ねる。
「ついていくべき?ぶっ飛ばしてもいい?」
「…え?」
「貴様、抵抗するつもりか!」
槍がずい、と押し出される。突けば刺さると言うのに、俺は何故か落ち着いていた。
この程度、恐るゝに足らず。
自分の中の知らない自分が、俺に自信をくれる。自信だけじゃない。体の動かし方も、振る舞いも、体の底から湧き出る様だ。
「……、できるんですか」
「当然、俺を誰だと思っている」
「咎人…」
「そうだ。俺は咎人、世界の罪を背負う者。贖いきれぬ罪を代わって贖う者。俺の役目は俺が果たす。悪いがロールプレイは得意じゃないんでな、勇者なら他を当たれ」
口を突いて出る言葉は滑らかだ。最早自分に驚くのもバカらしくなってくる。どうしたんだ俺は、こんな中二病拗らせた奴じゃなかったろうに。疑問しか湧かない。
だが、俺の言葉を抵抗と受け取った兵士たちは、改めて槍を構えて言い放つ。
「抵抗するなら仕方ない、多少痛めつけても構わんとのお達しだ。恨むなら、己の役割を恨め!」
一番槍が突き出される。俺は槍の柄を掴み取った。
「なっ!」
光の筋が見える。何本も伸びた光の筋は、見た瞬間に俺の頭にその意味をインプットさせた。言葉での知識ではなく、体が感覚で理解する。
筋の一つに身体を沿わせる。
半身になりながら左足で踏み込み槍を掴んだ右腕を引く。そのまま左手の手刀を兵士の腕に振り下ろした。キン!と甲高い音がする。
『ウェポンスティール』
ベゴッ!
「おっ…ぁあっ!!」
甲冑ごと腕がひん曲がり、槍から手を離した。
…なるほど、あの光の筋は技の発動条件か。その通り身体を動かせばそれに見合った技が発動する。この世界は、そういう仕組みらしい。
ゲームみたいにステータスが見れりゃあ良いんだが、それは後にしよう。
「き…さまぁ!」
二番槍がすぐさま俺に向かって来る。振り下ろされた槍に沿う様に槍で槍を絡め取る。筋が強く輝く。
キンッ!
『アーマーストライク』
グッ!と身体に力が入り、甲冑を貫通して槍が突き刺さる。兜の隙間から吐き出された血が零れ落ちた。
………、何故だろう、人を殺すなんて重たい罪を、今犯したっていうのに、俺の頭は妙に冴えている。
いや、冴えているどころか…。
「邪魔」
高揚してる…のか。
払う様に投げ捨て、残りの二人に目を向けた。
「で、誰が誰を痛めつけるって?」
あぁ、今ならわかる。
俺は今、楽しんでいる。