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その知らせが王都に届いたのは、勇者が魔王討伐の為に旅立ってから凡そ半年後の話で、一目勇者を見た国民の殆どが抱いていた不安が的中してしまった訳だが。
それもそれもそのはず、勇者の風貌には不安を抱かざるを得ない要素しかなかった。
茶髪に鼻ピアス、ぶかぶかのよくわからない言語の書かれた衣服にだるだるのズボン、もうチャラい、こんな言葉ここの人に言ってもわかんないだろうけど、チャラいんだよホントに。
こんな奴の為に俺の生涯が使われるって聞いた時は耳を疑ったさ。でも事実だった。
俺がこの世界に来てから、もう半年が経つ。免許取得の為に免許センターで車の練習して、路上に出たら車線乗り越えて突っ込んできたダンプにぶっ飛ばされ、気が付きゃもうこの状態だった。
この状態がわからねえって? 奇遇だな、俺もわからねえ。今回の勇者と紹介されたチャラ男の写真を見せられた瞬間に目隠しされ、棒をかまされ、手足を繋がれてそれきりだ。
自分でもわかるくらい身体が衰弱していくのがわかる。ただ、そのまま衰弱死させてくれるわけでもなく、最低限の食事を口から入れられる。
その時に文句の一つでも言わせてくれりゃあいいんだけどさ、無理、言えないの。もうね、勢いがヤバイ、ホントに詰め込んでるって感じ。でまた棒をかまされる。発狂してもおかしくないレベル。
それでも、俺が今まで耐えられたのは二つの声のお陰だった。
一つは毎日聞こえる、外の情報を俺に話してくれる女の子の声。いや、声だけで年はわかんねえけど多分女の子、のはず。ただそのお陰でここで使われている言語は俺でもわかるようになっているらしい。聞いてる分には、日本語にしか聞こえない。
もう一つは、泣き声だった。一週間に一度、誰かが来る音がして、俺の前に来る。その度に、俺の頬に優しく触れた後、すすり泣く声が聞こえ、一言、言ってくれるんだ。
「ごめんなさい」
俺は何のためにここにいるのかわかんねえけど、そいつはそれを知ってて、だからこそ、謝ってくれているのだろう。
それだけでも割と救われたもんだ。何の意味もなくここにいるんじゃないって、ちゃんと意味があるんだって。
それも、今の報せを聞いて無に帰った訳だが。
まぁ、いつも話聞かせてくれる女の子の焦った声が聞こえたんで、それはそれでよかったかな。
つっても、勇者が魔王に敗北したのは前例が無かったらしく、状況が悪くなりつつあるのは間違いないらしい。
「咎人さんよ、そろそろ…いや、やっとおめぇさんの出番が来たみたいだぜ」
「…?」
知らない声が響いた。いつの間にか、俺の背後に回っていたらしい。壮年の男の声だが、その割には、少しやんちゃというか、そんな感じがする。
耳からしか情報が入らないせいか、耳ばっかり良くなってやがんな…。
それはさて置き、俺の背後の声の意味を反芻させる。
俺の出番って何だ…?ここに繋がれてるのが俺の役目なんじゃないのか。
「咎人のフリをするのはもう終いだ。お前はこれから、役目を果たせなかった勇者の罪を贖いに行くのさ」
なんだ、やるこたぁ結局尻拭いかよ。
「そう残念そうにするな。お前にはここにいなきゃいけなかった理由もちゃんとあるんだからよ」
俺の心の中を読んだかのように男が言った。俺がここにいなきゃいけなかった理由って…なんだ?
「おっと、時間切れだ。最後にコレだけ言わせてもらうぜ」
遠くから足音が聞こえてきた所で、逆に男の声が遠くなっていく。
楽しそうな声だけが、頭の中に響いてきた。
「ようこそ、咎の勇者。その力で世界を変えてくれ」