2-1 私が異世界に来た理由
私はしがないサラリーマンだったと思う。
一流とは言えない大学を出て、中堅どころといわれる企業に所属し、異性とも付き合わず、数少ない趣味は時間がないという理由で疎遠になり、ただ働くためだけに生きている。そんな生活をしていた。
簿記などの会計処理や書類作成が得意だったので、外回りの人付き合いの煩わしさとは無縁であったが、営業の無茶振りで残業、決算に追われての残業、書類を溜め込む同僚のおかげで休日出勤等々、なかなかに忙しい生活だったと思う。
だから、仕事帰りに通り魔に刺された時は後悔した。
仕事を優先してしたいことをしなかったことを、女性と付き合ってみたかったし、読みたい漫画や小説もいっぱいあった。積み上げたゲームだって、大学時代にハマっていたようなネットゲームだってもう一度やりたいと思っていた。
まだ、24歳なのだ。やりたいことなど後回しにしろと、仕事に追われ言いなりになっていた自分に腹が立った。
そのうえで、通り魔が神様のお気に入りで逮捕されずに放置されていたため、死ななくていい私が死んだと聞かされた時には、なんだそれとしか思えなかった。
真っ白な空間で、神を名乗る爺さんが謝っている声がどこか遠く聞こえる。
「いやぁ、すまんのぅ。あの子も子供の頃は信心深いいい子じゃったんじゃが・・・」
そんなこと言われても私には何の関係もないし、通り魔になっている以上見逃す因果関係がわからない。え?神様が情に流されるって人間臭すぎない?
あぁ、買ったばかりの家も、買ったままの漫画や小説も、いつかやろうと積みっぱなしだったゲームの山も、もうできないのか・・・。
神様が何か言っているがそんなことお構いなしに打ちひしがれる。
思えば子供の時から要領が悪かったように思う。
小学校の頃は生物係、中学では生活委員、高校では美化委員、時間を取られるだけで進学ではあまり評価されないものばかり、大学では代返したり、ノートを貸してやった友人のほうがよほどいい職場に就職していた。
間違っても朝から晩まで当たり前のように働く会社に就職したのなんて自分だけだ。
(あぁ、どうせならやりたいように生きればよかった・・・・)
「本当にすまなかった、お詫びとして其方が好きなゲームの様な世界に送るので許してはくれないか?」
打ちひしがれる中、その言葉だけははっきり聞こえた。
ゲームの様な世界、それは中世ファンタジー?私が好きなということはそういうことだろう。
「え、そんなことできるんですか!?」
思わず聞き返した。
私にとって魔法や竜やモンスターのいるファンタジーは現実逃避に夢想する世界であり、仕事で忙しい中でも慰めてくれた数少ない幻想なのだ。そんな世界に行けるのなら、殺されたってかまわない。
「うむ、さすがにそのまま送っても辛いだけじゃろうから、其方が買った家も共に送るし、こちらの世界と変わらず生活できるよう手配しよう」
謝り倒してようやく反応があったためか、神様は畳みかけるように条件を詰めていく。
いささか人間臭すぎる気がするが、今はそんなことより大切なことがある。
「えーっと、さすがにモンスターがいる世界で暮らすというのは・・・・。せめて、ある程度自衛ができる力がいると思うんですが、そういうことは可能でしょうか?」
次の人生ではやりたいように生きてやる。交渉事は苦手であるが、一世一代の大チャンスである。
相手の負い目につけこんででも ある程度好きに生きられる力を手に入れなければならない。
「んーむ、さすがに英雄クラスの力はダメじゃが、街道沿いにでるようなモンスターと戦えるだけの力は与えよう。それと魔法もある程度学べば並の魔術師程度には使えるようにしておこう。これくらいで許してもらえんかな?」
乗ってきた!神様ありがとう!もう許した!全部許した!
もはや表情を取り繕うことすらせずに、満面の笑顔で私は神様に握手を求めた。