1-6 子供が熱を出すと結構大変なんです
おフロから出ると、さすがに寒かった。
震える前に彼が大きな布で体を覆ってくれたので我慢できないほどではなかったけれど。
そのあと、彼は見たことがない上等な布で作られた服を次々と着せてくれ、裾などを折り曲げて動きやすくしてくれた。
恐らく彼の服なのだろう。
臭いをかいでみると花のようないい香りがした。
まるでお姫様にでもなったような気分でなぜか涙が出そうになった。
泣いてはいけない。泣けばうるさいと打たれる。だから泣いてはいけない。
先ほどの部屋に戻ると、さっきくれた飲み物をまたくれた。
さっきよりおいしく感じないのはなぜだろう?そう思っていると彼に口を開けるように言われ、口を開ける。
彼は顔をしかめながら中を確認し「少し待っていろ」といって水差しを持ってどこかへ行ってしまった。
そのままソファーでうとうとしていると「チーン!」という音がしてびっくりして飛び起きた。悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。
うるさくしてはいけない。
何が起きたのかあたりを見回していると、彼が湯気が出るカップを持ってきて、「熱いのでゆっくり飲むように」と言った。
カップは白くすべすべしていて、とても綺麗だった。
割ったらどうしようと、慎重に受け取って口を付けると、すごくいい香りがした。
甘い、今まで食べたり飲んだりしたものの中で一番おいしいと思った。
我慢できず涙が流れた、気が付くと彼はふらりとどこかに行っていたので、我慢しなくていいだろう。声を出さずに泣きつつも、カップの中身を少しずつ飲み干す。
おフロで温まった身体が内側からぽかぽかしてきて、このまま屋根のある場所で寝られたらどれだけ幸せだろうと思う。
しばらくして彼が戻ってくると頭に巻いた布を外し、ブラシで梳き始めた。
誰かに髪を梳いてもらうのは母が死んで以来だろうか?目を閉じてされるがままにしていたが、母よりうまい気がする。
ボロボロの髪だったはずだが、引っ掛かりもせず頭が引っ張られることもない。痛くないように根元を抑えて髪が抜けないようにもしてくれているらしい。
もっとも彼は「虫が・・・、卵が・・・」とぶつぶつ言いながら何かを摘まんで捨てることに全力を挙げていたようだが。
優しい人なのだろう、他のことに注意がいっていても他者を当たり前のように気遣える、そんな余裕のある生活をしている・・・少しだけ妬ましく思ってしまった私は悪い子かもしれない。
私はあんな生活だったのに何故!と心が憤りの声をあげる。だけれど彼にそれをぶつけることはできなかった。
彼は優しい、ぶつけても受け止めてくれるのではないかと思う、でも優しさに甘えられる関係じゃない。私は拾われただけ、それも何故拾われたのかもわからない。
(同情?憐れみ?劣情?)
他に目的があるのだろうか?それでもいいと思ってしまった私はかなり扱いやすい人間ではないかと思う。
髪を縛って前を見やすくしてくれた彼はふらりと居なくなり、白と黄色のドロドロを持ってきてくれた。
チュウカガユというらしい。
「冷ましたけどまだ熱いかもしれないから、ゆっくりお食べ」
そう言ってスプーンと一緒に渡されたが、匂いをかいだ瞬間理性が飛んだ。
胃がぐぅぅうと鳴りながら、食べる手を急かす。
美味しいと思うよりも強い渇望が、これが必要だと次から次へと口へ運ぶ。
すごい勢いで食べ始めた私をみて、彼は布を持ってきて服を汚さぬように首にかけ、口元を拭いてくれた。
「ありがとう」彼に初めてお礼を言えた。
彼は怖くない、彼は優しい、父や母のように・・・・。
食べ終えると、白い粒を渡され飲むように言われた。
薬というのは高いものではなかったのか?そう思いながらも言われるがままに飲み込んだ。
彼はなぜここまで良くしてくれるのだろう?同情や憐れみだけでないと嬉しい。
少女は食事を終えると再びウトウトしはじめた。
やはり体力を消耗しているからか体が眠りを欲しているらしい。
さすがに虱だらけの髪で自分のベッドに寝かせると後が大変なので来客用の布団を出して床に敷き、掛け布団と毛布を用意し少女を寝かせた。
与えた抗生物質の効果か汗がすごいので水差しに経口補水液に蜂蜜と生姜を足したものを常温で用意してやる。
身動きすらせず寝ている姿を見るとこれは気絶ではないかと思うが、危険な状況か否かの判断はできなかった。
頭を冷やすため風呂桶に水と氷を入れ、タオルを用意して戻る。
体温計を腋にあて熱を測る。
38.2度、これくらいなら食事をきちんと与えていればすぐよくなるだろう。
熱でうなされていたので濡れタオルを額に当ててやる。
トイレや飲み物のこともあるので今日は側についていてやらなければいけないだろう。
そう思って隣に腰を掛け、本を読みながら時間をつぶす。
水がぬるくならないように氷を追加しつつ、様子を見てタオルを換えてやる。
だいぶ楽になったのか安らかな寝息を聞いていると私も眠くなってきた。
本も読み終えたことだし少し眠ってもよいだろうか?
彼女が起きたとき私を起こしてくれればいいのだが、どうしていいかわからず漏らされたり、のどの渇きを我慢されても困る。
まぁ、座った状態で眠る分には、起きれば気が付くだろう。
そう考えて私は目を閉じた。
喉の渇きを覚えて、私は目を覚ました。
暖かく柔らかい布団に包まれて、路地裏じゃないことに安心した。
自分を拾ってくれた彼がすぐ側に座っていることに気が付いて、また安心する。
額に当てられていた布は、近くに置いてある桶を見るに、彼が取り替えてくれていたのだろう。
何故だろう心臓がすごく跳ねた気がした。
ドキドキとうるさい胸の音を聞きながら彼の顔を眺めてみると、どうやら寝ているようだ。
「・・・起きた?」
そういうと彼は薄く目を開いて、頭が痛かったりしないか?喉は乾いていないか?トイレは大丈夫か?と聞いてきたので「喉が乾いた」とだけ伝える。
水差しからコップに注いでくれたそれは、先ほど飲ませてくれたいい香りのする甘いものだと気づいて、嬉しくなる。
いがらっぽかった喉に染み渡るようですごく美味しくて、思わず彼に聞いてしまった。
「なぜこんなに良くしてくれるの?」
彼は少し困ったような顔をして「やせ細った子供を放っておいたら寝覚めが悪いだろう。偶然、目の前で倒れていたから助けただけだよ」と答えた。
どうやら憐れみで助けてくれたみたいだけど、普通はそんな風に助けてもここまで面倒は見れないと思う。彼は少し不思議な考えの人みたいだ。
まだいろいろと聞きたかったが、「まだ体調がよくないんだから、寝ていなさい」と布団をかけなおされ、額に濡れた布を当てられる。
柔らかい布団に包まれ、私の意識はすぐに遠くなる。
起きたらいろいろと聞いてみよう。どうすれば彼の側に居られるだろうか?
そんなことを思いながら、抗えない睡魔に意識を手放した。