4-1 深く考えないことが幸せなのかもしれません
魔法が使えるようになって数日たった。
ユウキ自身理由はわからなかったが、詠唱無しでも魔法は発動するようで、ノルンたちも念のために呪文式を思い浮かべないようにと厳重に注意されてしまった。
ノルンたちのいうことはもっともだったが、せっかく覚えた魔法が使えないというのはユウキにとって耐えがたい。
それでもその危険性は十分に理解できていたため、こうして一人街の外にでて、一人練習しているのだ。
あの日使った火魔法は何度か成功したのだが、発動した時と発動しなかった時の違いをメモに残し、条件を絞り込んでいく作業を続けること数日、なんとかその理由にアタリをつける。
「んー、結果を明確に想像した場合の発動率が高いみたいだ。あとはそうなると信じて疑わなかった時か」
何枚ものメモに書かれた要素を比較し、ようやく見つけた可能性に祈るように魔法を行使する。
(वायु !)
心の中で思い浮かべ、木々を薙ぎ倒す突風をイメージし、しっかりと結果を見つめる。
ゴォオオッ
手元から風音がして髪がはためき、木々が風に軋む。折れた枝が宙に舞うが幹は撓むだけで折れなかった。
「んー、想像通りになるってわけじゃないのか」
予想は当たっていた。
だが結果は少し違う。こちらの魔力が足りなければ想像よりも結果が弱くなるようだった。
(これは一度どれくらいのことができるのか一通り試してみる必要があるな)
そう思いながら別の呪文式を試していく。
集中して、それ以外のことは考えないようにしつつイメージする。
一通りの呪文式を試し終えた頃には、発動率が9割を超え、ほぼ問題なく使えるようになっていた。
「んー、呪文式を思い浮かべながら想像するって意外と難しいな」
練習中であればただそれだけを考えればいいのだが、体を動かしながら眼前の敵を見据えて想像するのはかなり困難だと思えた。
敵を燃やす、敵を風で吹き飛ばすといった簡単なイメージはできるがこれでは繊細な操作などできず、結果もまた魔力量に左右される。
詠唱が要らない以上、前衛として戦いながら魔法も使う「魔法剣士」のようなかっこいい戦い方をしてみたかったが、できるようになるにはかなりの練習が必要になりそうだ。
(ひとまず、発動条件もわかったし、ノルンさんに報告しとこうかな)
組合でも無詠唱の魔法という点に期待しているのか、何かわかれば報告してほしいと頼まれていた。
詠唱式は短くても明確にイメージを伝えるにはどうしても一文程度の量になり、さらに強化するにはより強固に形容詞や修飾語を付ける必要があり発動に数秒かかる。
それらが無詠唱で行えるとなれば、魔術師の価値があがるだけでなく、とっさの防御魔法など冒険者全体の生存率の上昇にも繋がる。
この方法が他の人間でも使えるかはわからないが、その内容を伝えることは悪いことではあるまい。
(今更だけど不用意に目立つのもなぁ・・・)
そんなことを思うが、だからと言って嘘でごまかすつもりもなかった。
こちらに来てからボルドやノルンには世話になりっぱなしだと思う。
明らかに怪しい素性の自分を受け入れ、冒険者として生きていくためにいろいろと教えてもらった。だからこそ、この恩は返しておきたい。
ユウキは目立つ可能性よりも、人としての情を優先することにした。
(もし、無詠唱が自分にしか使えないようなら全部話してみるか)
そう考えながら冒険者組合へ向かった。
ノルンは珍しく忙殺されていた。
白に近いグレーだったユウキの重要度が急に上がったため、今までの経緯を書類にまとめ直していたからだ。
「ねぇ、ロイちゃん?口答じゃだめかしら?」
そう側のソファーで今までの報告書を読む男に尋ねた。
ノルンさんと同じ水色の髪の男は書類から顔を上げると、眼鏡越しに目を吊り上げる。
「“母さん”職場では組合長と呼んでください」
そう言うと再び、書類に目を落とす。
すでに読んだ内容ではあったが確認のために読み直したそれは、実績は有望な冒険者、経歴は黒、人間性は白という印象を変えることはなかった。
「はぁ、こんな面倒な人間どこで見つけてくるんですか」
そう言って溜息をつくと眼鏡をはずし瞼越しに揉む。
無詠唱魔法、その方法が他の人間でも習得可能であればかなり有益な成果だ。
こういった成果には報酬で答えるのが基本であるが、それは相手の背後関係が白の場合だ。
下手に役職に就けて裏切られでもしたら目も当てられないし、金銭で解決しようにもその内容を第三者に伝える必要があれば彼に逃げられるわけにはいかなかった。
ボルドのところで面倒を見てくれれば助かるが、確実に組合側に首輪をつけるように要求してくるだろう。いざとなれば一市民で切り捨てられる、冒険者組合での地位はそういったものでしかないからだ。
それらを考えると今から頭が痛い。
有益ではあるが、コイツ以外使えないでくれと願わずにはいられないほどだ。
「ボルドが見つけてきたのよ。それも怪しいから頼むってね」
そう言って笑うノルンは確実にわかって言っている。
実力行使可能な組織であり、領地にとって大した情報のない組合側で面倒を見ることになるだろうことを最初から予想していたのだ。
まだ厄介ごとだと決まっていない、だが予想されるなら対処しておかねばならない。
貧乏くじを引かされたとロイは頭を抱える。
「次の大規模遠征の費用はボルドの実家持ちで手を打ちましょう」
そう決めてボルドを丸め込む腹案を考えようとして、あっさりと飲みそうだなと結論付けた。
ユウキの重要度とリスクがあがりすぎたのだ。
これが個人でしか使えない能力だったとしても野に放たれた場合どうなるか、冒険者家業を続けるならまだいい。
暗殺者として活動し始めたなら・・・、そう考えるだけで寒気が走る。
今はまだ上級冒険者ほどの実力はないが、無詠唱で魔法を使用できるとくれば、これほど暗殺に適した能力はないだろう。
魔法を察知しようにも魔力感知に長けた魔術師が必要で、防ぐための沈黙の魔法すら無意味になるのだから、どうしても対処が一手遅れる。
「あら?それだけでいいのかしら」
ノルンはガリガリと書類を書く手を止めずそう答えた。
割に合わないことはわかっているがそれ以上の要求を飲ませる手段は思いつかなかった。
今の段階では、杞憂だと言われてしまえばそれまでだからである。
「彼、家持ちなのよ?管理しているのは誰かしら」
そう言ってノルンは笑う。
責任の所在と、彼の立場、そういうことか。
上手くすればボルド側で首輪をつけることもできるだろう。
「まぁ、母さんはうちで面倒みるのに賛成だけどね」
そう言って書き上げた書類を渡してくる。
ロイは渡された書類に目を通しながら、なるほどと感心する。
「中級冒険者に上げたうえでこの街での市民権を認める、双方で首輪をつけるということですか」
これであれば、組合としても美味しいし、リスクは双方での分散となる。
しかも、彼が白であれば恩も売れると至れり尽くせりの案であった。




