1-1 少女拾いました
路地裏で少女を見つけた。
それは泥と自分の嘔吐物に塗れて倒れていた。
生きているのか死んでいるのかすらわからない。
「大丈夫ですか?」
声をかけてしまったのはなぜだろう?自分は子供好きであっただろうか?
特段子供好きということはなかったように思える。
返事はなく、ただ熱に潤んだ瞳でこちらを見上げてきた。
額に手を伸ばす。
それは手が伸びると一瞬びくりと怯えた様に体を震わせたが、やせ細ったその体に逃げる体力はなく、されるがままに手を押し付けられる。
ぼさぼさで伸びっぱなしの髪、痩せこけた頬、ボロ布としか言いようのない服の上からでもわかるほど浮いた肋骨、棒のような腕と脚、下腹部だけが内臓による膨らみをもち、まるで餓鬼のようだといえばいいだろうか?
そんな風貌のせいでわかりづらいが年のころは10歳くらいだと思うが、その姿は栄養状態が悪いのか7〜8歳にしか見えなかった。
ふと、怒りを覚えた。
どこか怒るような要素があっただろうか?そう首をひねって考える。
(あぁ、何の責任もない子供の不幸という理不尽が許せなかったのか)
安っぽい正義感だと思うが、見捨てる気はなかった。
見て見ぬふりをするなら、最初から声をかけるべきではなかった。
すでに死んでいる、どうせ助けられないと通り過ぎればよかったのだ。
「熱があるな、家に来て休みなさい」
そう言って私はそれを抱きかかえた。
それは驚いたように目を見開いたが抵抗はしなかった。
いや抵抗する気力すらもはやないのだろう。
「・・・まずは風呂だな」
嘔吐物に塗れた少女を抱えたまま、私はあまりの臭いに吐き気を催しながら、家へと急いだ。
ろくな人生じゃなかった。
少女は自分の人生を振り返りそう結論付けた。
親が死ぬまでは貧しいながらも幸せであったように思うが、親が死んだあと家は奪われ、拾われた親戚の家では奴隷のごとく働かされた。
それだけであれば、成長してから家を出るという選択肢もあったが、不作の年に口減らしとして商人に連れられて街に送られた。
奴隷として売られていればまだマシだっただろう。食べることはできるのだから。
だが、年不相応に成長の遅いこの体、特に良いわけでもない器量では、商人すら買い渋った。
それでも街まで連れてきてくれたのは、哀れに思ったからだろうか?
その小さな親切も街につくまでで、強く生きなさいなどと宣って、彼は次の街へ旅立った。
生まれてこの方田舎の農村で暮らしてきた娘が、街で自活できる能力などあるわけがなく、路地裏で寝泊まりする浮浪者の仲間入りをするのは早かった。
雨が降っても屋根のある場所は先住している浮浪者がおり、主に男性が確保していたため、少しでも濡れないように家の壁にくっついて震えて過ごした。
体を売ろうにもろくに食べれずこの体ではそれすらできず、さらに痩せ細っていった。
どこまで痩せれば人は死ぬのか、そんなことに挑戦したくはないが常にそんな状態であったように思う。
食事は泥水と虫が中心で、残飯等は良い場所は抑えられていたので、各家庭で出たようなおよそ食べられたものでない芋の皮や腐った肉の脂しか手に入らなかった。
それでも、死にたくないと、たまにある教会の炊き出しを啜り、道端の屋台で投げつけられたゴミを口にし、辛うじて生を繋いできたのだ。
だから、熱を出して倒れたときは、「あぁ、ようやく終わりが来た」と思った。
「大丈夫ですか?」
その言葉が私にかけられたとき、それが自分に向けての言葉だとは思えなかった。
朝から晩まで畑を耕していた時も、納屋でぶたれていた時も、路地裏で残飯を漁っていた時も、私にそんな声をかけてくれた人はいなかったから。
むしろ大半の人は眉をしかめるか、追い払うように罵声を浴びせるのだ。
(・・・なんだろう?痛いことしないといいな)
もう終わるのだ、最後くらいは安らかに死にたい。熱に朦朧とした意識でそう考えて見上げると、男の眉をひそめた糸目が見えた。
目が開いているのか閉じているのかそれすらわかりづらいその目からは意図は読み取れず、ただよく見る侮蔑、嫌悪といった感情も見えなかったのでひとまず安心する。
男は何も言わずに手を伸ばし、私の額に触れると「熱があるな、家に来て休みなさい」そう言って泥と汚物に塗れた私を抱き上げる。
言われた意味がわからなかった。
(奴隷商人ですら買取を拒んだ私を、路地裏で体すら売れなかった私を助ける?)
助ける意味はないと思う。どうせ商人の彼のように捨てるか、嫌なことをされ、扱き使われる。
今までの経験上思いつく未来は、生き延びても待っているのは昨日と同じ地獄だと告げている。
(これ以上辛い思いするなら・・・、このまま死なせて)
そう思いながら、私の意識は闇に落ちた。