20✖︎✖︎年心霊爆弾落つ④ 〜オロチ草の結界〜
尻尾の皮を三味線の胴に貼って、1本が骨の3本尾の猫又で、三味線のお師匠さんをしている三毛さんの使いで、白黒ブチの子猫が、訪ねてきたのは、その日の午後だった。
子猫と言っても、百年は生きてる妖怪なのだが。
心霊探偵は、取って置きの雷電鳥の脚を解凍して、スープ仕立てにした。
子猫は、紅い舌を出して、ペロリと、口のまわりを舐めた。
白蛇の多々良も好物だが、こちらは匂いを嗅ぐだけなので、探偵がいただく事になる。
立派な山芋を土産にもらい、恐縮してると、子猫が笑う。
「3本尾のお師匠さんですもの。
ほら、魚や肉じゃ、お使い物の前に、舌に乗っちゃいますから。」
さっきまで、若い女の子の姿をしていたのに、ここだと安心して、化けを解いている。
「それはそれは。
しかし、子猫さんの尾も、だいぶ二股になってきましたね。」
「そうなんです。
それで、こうして人間のように、蔦屋敷から出て、お使いができるんです。」
スープの中の細く裂いた肉が、舌に絡め取られて、口の中に消える。
確かに、肉や魚では、ここまでもたなかっただろう。
「御船本陣様のご子孫であって、本当にお料理が上手ですわね。
金気の無いのが、わかりますもの。」
探偵は、ちゃんと妖魔用に、包丁やキッチンバサミのたぐいを使わず、調理していた。
金物で切った肉を嫌うのをしっていたからだ。
今度、セラミック包丁、使ってみようかなと、思いついていた。
「ご馳走様でした。」白黒ブチの子猫が、ペコンと、頭を下げた。
三毛さんのとこは、しつけが行き届いている。
子猫のお使いは、厄介な話だった。
「実は、蔦屋敷の霊気にひかれて、オロチ草が、近くにいるのです。」
子猫は自分の携帯を出すと、蔦屋敷の地図を出した。
爪を引っ込められる化け猫は、スマホも使いこなすのだ。
「ここから、オロチ草は、蔦屋敷に向かって来てるのです。」
町名が違っていたので、気がつかなかったが、知ってる家だった。
屋敷妖怪の静香さんが、前回の資料をフワリとテーブルの上に置いてくれた。
「あら、まあ。
ここです、ここです。」
あの山姥の末裔の家だ。
説明すると、ウンウンと白黒ブチの子猫は、頷いた。
「オロチ草は笹の様に、何十年に1度、実をつけますが、それが近いと、うちのお師匠さんが言うのです。」
多々良が、シュウシュウと牙の間から、舌を出し、文句を言う。
子猫を通して観た、オロチ草の鎌首が、気に入らないのだ。
「わかりました。
これは、どうにかしないと。
三毛さんにお伝え下さい。
意に沿わない結果が出る場合もあるでしょうが、対処いたします、と。」
子猫は、深々と頭を下げた。
無事に、お使いが出来たのだ。
子猫が可愛い女の子になって帰ると、早速オロチ草の事を調べる事にした。
30年から50年の間に、実をつけるのが、わかった。
この実が厄介だ。
熟す前に、人や獣に刺さって、移動するというのだ。
厄介なのはそれからだった。
刺さってから、2、3年かけて、熟すのだが、それまでが問題だらけだった。
宿主の芯に刺さり、ジクジクと痛みを蔓延させると書いてある。
静香さんが、ため息を吐く。
悪心が育ち、狂気に囚われるとも、書いてある。
身体の芯が痛いなら、気持ちも平穏では済まないだろう。
実が熟す前に、宿主が死ぬ場合が多く、オロチ草は、中々繁殖しないと、書いてある場面では、多々良まで、ため息を吐き出していた。
厄介なのは、明白だった。
人や獣に刺さらず、そのまま放置すると熟して、紅い実になり、食用に適していると書かれている部分は、笑えた。
3人で笑うと気分がスッキリした。
ナメクジの刺又を使う事になった。
霊薬で、湿ったまま時が止まってる、黒ナメクジを、庭の七輪で炙るのだ。
二本の火バサミを使い、形を整え、蹄鉄の形にする。
心霊爆弾の桜の花びらを一緒に燃やしているので、黒ナメクジは、みるみる先の尖った蹄鉄の形になっていった。
固まりきらないうちに、銀のホークを差し込むと、小さな刺股が、出来上がった。
これで、蔦屋敷のそばの鎌首は、抑え込む事ができるだろう。
今回は、蛇同士で相性が悪い。
それでも多々良が、やる気満々なので、心強かった。
黒ナメクジの霊力で、難なくオロチ草の鎌首は、抑え込む事が出来たので、刺又ごと地面に埋めてきたのだが、これで終わりにはならない。
あの山姥の家の周りには、実をつけだした本体が、トグロを巻いているのだ。
若い実が宿主を探して、はじける前に、結界を張って、人や獣を近寄らない様にしなければならない。
静香さんとあちらこちら調べてみると、満月の夜中に、あの実は飛ぶとわかったのだ。
満月は、今夜だった。
実がなればその後、オロチ草自体は枯れてしまうので、問題はない。
「仕方ない。
時間がないから、多々良の地の神の力を使う事にしよう。」
玄関前を開けて、空と地からの結界をつなげてから、多々良の地の神の力を使い、満月が昇る前に、小さな地震を起こし、山姥の家をほんの少し傾かせた。
夕飯後の時間だったので、家からあの母親と寡黙な息子が飛び出てきた。
北側に陥没を作り、家の土台をひび割れさせる。
二人が逃げた後、玄関前の結界を閉じた。
家がグラグラしているので、近所の野次馬も、到着した警察官や消防職員も誰も近づけない。
満月が、昇るとライトに照らされた家の周りで、オロチ草の実が、鋭い棘を光らせているのがわかる。
だが、結界が邪魔をしているので、飛ぶ事が出来ないし、そもそも的になる生き物が側に来ないのだ。
家がグラグラするたび、野次馬からは感歎とも悲鳴ともとれる声が上がるのだ。
多々良を首に巻き、心霊探偵は、事の成り行きをジッと見守っていた。
月が山に消えると、オロチ草の実は、色を染め出した。
明け方には、真っ赤になって、棘がバラバラと落ちていったのだった。
人の目からはオロチ草が、どう見えているのかわからなかったが、気にも止めていないことは、ありありとわかった。
その頃には、野次馬も半分になり、ほとんどが警察と消防になっていた。
明け方、探偵と多々良は、結界を解いてから、ようやく帰途についた。
屋敷妖怪の静香さんに守られながら、しっかり寝て、起きたのはもう昼を、過ぎていた。
軽い軽食でお茶をしていると、万年腹ペコ高校生の陣内聡、特技いつでもどこでも幽体離脱が、やってきた。
ニヤけながら手には、チーズケーキを持っている。
屋敷妖怪の静香さんが、玄関で白黒ブチの子猫が、化けた女の子と聡が出くわして、ケーキをもらって、入ってきた事を教えてくれた。
なんと、子猫はチーズが大っ嫌いで、聡にケーキを押し付けて逃げて行ったのだ。
みんなで、ひとしきり笑ってしまった。
夕方のニュースが、始まったので、テレビをつけた。
山姥の末裔のあの家の事が、流れ出した。
最近掘り返されたガス管工事の影響での事故という事になっていた。
どうやら、家の修繕代は、ガス管工事した会社が出してくれるらしい。
「あそこは脱税してるから、ちょうど良いだろうさ。」
と、言って白蛇の多々良が、シュウシュウと笑った。
チャッカリ、ガス管工事のところにまで、亀裂を走らせていたのだ。
「そうですね。
壊したままじゃ、心苦しいですからね。」
チーズケーキに、ホークを入れると、紅い実が、所々に入っている。
「この赤いの美味い。」
確か、食用に適してると、書いてあった、オロチ草の実だ。
口に入れると、酸味と甘みがうまい具合に絡みつく。
チーズケーキの風味と、それがあうのだ。
馬鹿喰いの高校生が、ほとんどを平らげた。
まあ、やたらと幽体離脱出来る体質なのだから、半分妖怪の仲間だろうさと、多々良。
心配はいらないでしょうと、屋敷妖怪の静香さん。
探偵も食べてみて、美味しかった。
「あの子、お礼ですって、言ってたけど、なんか仕事したんですか、今回。」
お腹がふくれると、質問してきた。
オロチ草の話をし、これがその実だ、と教えると、慌ててケーキの皿から、身体を遠ざけた。
「あの霊体の時、ぶっ飛ばされた山姥の家庭菜園なんですか、これ。
鎌首のある草って、俺、蛇になりませんか、こんなに食っちゃって。」
多々良がニヤリとした。
「そしたら、弟子にしてやる。
いや、弟子じゃないな。
下僕だな。」
探偵が、新しい珈琲を入れながら、多々良の軽口を笑う。
「大丈夫ですよ。
妖気もないですし。
もう、ただの草の実ですからね。
それにしても、あれだけの実が入っていたのですから、随分たくさん摘んだものですね。」
屋敷妖怪の静香さんも、微笑んでるので、心霊爆弾の桜の匂いが香る。
「オロチ草も、少しは役にたった、て、わけっすね。」
食欲魔人の高校生は、探偵得意のバナナとトマトが入った挽肉のカレーライスを、夕飯に食べ、静香さんに手伝ってもらって、宿題を終わらせると、満足して、帰って行った。
最近、成績が上がったので、親の機嫌が良いことまで、ベラベラと話して行った。
屋敷妖怪の静香さんが、オロチ草の載ってる本を探偵の前に広げた。
備考欄に、オロチ草の完熟した実は、媚薬効果がある事が、したためてあった。
しばらく異性がまとわりつきます、とも書いてあった。
「これは、内緒にしておきましょう。
自らもてたわけじゃないと知ったら聡君が、がっかりするでしょうから。」
「モテ期延長の為に、オロチ草を探されても、迷惑だしな。」
心霊探偵と白蛇の多々良と屋敷妖怪の静香さんから、苦笑いがこぼれた。
陣内聡の高校生活が、明日からしばらくは、大変だろうね、と。
今は、ここまで。