狼系男と子豚ちゃん
ナツ様、花ゆき様の【童話パロ】企画に参加です。
あるところに一匹の雌豚……ではなく、ちょっぴり恰幅のよいおかみさんがいました。
おかみさんには3匹の子豚……ではなく、ぽっちゃり気味な可愛らしい娘が3人おりましたが、三人の娘たちがあんまりにもたくさん食べるので、家はどんどん貧乏になっていきました。
そこで、おかみさんは「お前たちで玉の輿に乗って食べていきなさい」と言って、三人を家から追い出しました。
まず一番目に出掛けた長女は、賭事で小金を掴んだ男に出会いました。
「家を追い出されたんです。お嫁さんにしてください」
すると、その人はお嫁さんにしてくれましたが、もともと金遣いの荒い男でしたので、次第に貧乏になり、終いには夫に娼館へ売られてしまいました。
二番目に出掛けた次女は、戦争が終わって里へ帰る傭兵に出会いました。
「家を追い出されたんです。お嫁さんにしてください」
すると、その人はお嫁さんにしてくれましたが、夜に大変強い男でしたので、次女は10人の子どもを生み育てることになりました。戦争で稼いだ金は底を尽き、次第に貧乏になっていきましたが、これはこれで幸せでした。
三番目の娘は、貧乏くじは引くまいと心に強く誓い、家を出ました。どこぞの貴族と結婚して玉の輿に乗るか、そうでなければ一人で生きていける術を手に入れようと人生設計を立てていました。
そこで、起業で成功したばかりの成金や、老舗の商会のドラ息子には目もくれず、王室御用達のレンガ職人の家に土下座して弟子入りし、堅実に手に職を付けました。
真面目に修行をしたので、やがて娘のレンガ作りの腕は、師匠に認められるところとなりました。
貴族との玉の輿など夢物語だと悟った娘は、森に近い土地を買い、自分で作ったレンガで家を建てました。
ある日、娘が家でまったりと休日を過ごしていた時のこと、オオカミ……のように野性的な魅力のある青年が訪ねてきました。
その男は、娘が修行中に師匠の家に住み込みしていたときに、客として度々見る顔でしたが、娘はあまり好きではありませんでした。
なぜなら男は娘のことを「子豚ちゃん」と呼びからかうのです。
銀髪の髪に灰色の瞳。精悍なマスクに均整のとれた筋肉質な身体。そんな男前過ぎる容姿も信用できません。きっと不実な男だと娘は決めつけました。
この男に関わってはいけない。
娘の直感はそう警告を出していましたので、男に決して近づかないようにしていたのでした。
「ねぇ子豚ちゃん、開けておくれよ?」
男は扉を叩いて言いました。
「何言ってるのよ。開けるわけないでしょ!」
娘は扉の内側から言い返します。頑丈な鍵が掛かっているのを目で確かめました。
「それなら仕方がないね。少々手荒になるけど扉を蹴破っちゃうよ?」
「やれるもんならやってみなさいよ」
そこで男は、思いきり扉を蹴りましたが、分厚い木材と鉄で出来た扉はびくともしません。
ついでに外壁に拳を叩き込んだようでしたが、ガツンと鈍い音をたてた後、男は拳を握りこんでうずくまってしまいました。
しばらくして立ち上がった男は、優しい猫なで声を出して言いました。
「美味しい蕪の採れる畑に子豚ちゃんを案内したかったんだけどね」
蕪のシチューは娘の好物でしたので、思わず耳をダンボにしました。
「へえ。それは何処なの?」
男は薄い唇に笑みを浮かべると答えました。
「スティーブ家の野菜畑だよ。私とスティーブ家はちょっとした知り合いだから、一緒に行って幾つか蕪を貰ってあげるよ。明日の朝6時に迎えにくるから」
そう言い残して、男は帰って行きました。
「はん。バッカじゃないの」
娘はその次の日5時にスティーブ家に行き、パン焼き窯の修理のためのレンガを融通する約束をして、代わりに蕪をたくさん貰ってきました。
そして、男が迎えにくる6時には、甘い香りの蕪のシチューを鍋に一杯煮込みました。
時間通りに迎えにきた男は、娘が既に蕪を貰ってきていることを知ると、不機嫌な顔になりましたが、娘はそんなこと知ったことではありません。
男は気をとりなおすと、再び猫なで声を出しました。
「ねえ子豚ちゃん。林檎は好き? いい林檎のなる樹を知っているんだけどな。そうだ、一緒に林檎狩りに行かない?」
娘はアップルパイも好物でしたので、思わず聞き返しました。
「まあ良いわね。どこの農園かしら?」
すると今度も男は答えました。
「メリー家の果樹園だよ。もし子豚ちゃんが俺を騙さずいい子でお迎えを待っていられたら、林檎をたくさんあげるよ」
「何時に迎えに来てくれるのかしら?」
「そうだね、5時にしようか」
「5時ね、分かったわ」
娘が従順な返事を返すので、男は満足した様子で帰っていきました。
娘は、今度も男が迎えに来る頃には帰ってアップルパイを焼いていようと思いましたので、4時に起きてメリー家の果樹園に向かいました。
けれども、メリー家の果樹園は遠く、しかも林檎の樹は高く……。パン焼き窯も故障しておらず、建物の修理も必要ないとメリー家の執事に言われて、娘は林檎の樹の前で途方に暮れてしまいました。
「これって勝手に採ったら犯罪よね。仕方がない、林檎は諦めるか」
そう呟いたとき、背後から男がやって来るのが見えました。
娘はとっさに林檎の樹によじ登りました。ぽっちゃりさんだった娘は、レンガ職人の修行をしている間にほっそりと痩せ、しかも腕力が付いていたので、自分でも驚くほどスルスルと樹に登れたのでした。
「やっぱり子豚ちゃんは先に来たんだね。どう?その林檎はいい林檎だろう?」
男は林檎の樹の下に立ち、娘を見上げて言いました。
「そうね。でもあちらの樹になっている林檎の方が美味しそう。採ってきてくださらない?」
娘は果樹園のずうっと端にある林檎の樹を指差して言いました。
「仕方がないね」
男はそういうと、娘が指差した樹の方へ歩いて行きました。
娘はその間にエプロンのポケットに林檎をふたつ詰め込むとするすると樹を降りて、走って家に帰ってしまいました。
次の日、娘はもいできた林檎でアップルパイを作ろうとしましたが、バターがありません。
林檎をたっぷりの砂糖で甘煮にしたあと、娘はエイカーの街にたつ市へと出掛けていきました。
バターを買って、パイ生地を作ると林檎の甘煮を詰め、見事なアップルパイが焼けました。娘がそれを切り分けて食べていると、オオカミ……ではなく、あの男がやってきて扉をノックしました。
「子豚ちゃん、開けて俺を中に入れてくれない?」
「開けるわけがないでしょう?」
娘はすげなく追い返そうとしましたが、男はうっすらと笑みを浮かべて甘い声でいいました。
「子豚ちゃんはメリー家の果樹園から勝手に林檎を持って帰っただろう?勝手に持って帰るのは泥棒になっちゃうよ。俺は子豚ちゃんを警備隊には引き渡したくないんだ。だから返してもらいに来たんだよ」
娘はぎくりとしてテーブルの上の半分になったパイを見つめ、苦々しく呪いの言葉を吐きました。
「クソッ、謀られた!」
「ほら、開けて。俺なら子豚ちゃんを助けてあげられる」
窓の外を見ると、黒い制服に身を包んだ警備隊の男が二人、男と一緒に立っています。
万事休す!
「でも、貴方もあの果樹園から林檎を盗むつもりだったんでしょう!」
娘は言い返しましたが、男はゆっくりと頭を横に振ると言いました。
「俺なら泥棒にはならないよ。なぜなら俺はメリー家の長男だから。ほら開けて、俺が子豚ちゃんを助けてあげるから」
娘は嫌な汗を掻きながら、喉はカラカラ。
男の甘言に惑わされてはいけないと思いながらも、とうとう扉の鍵を開けてしまいました。
「いい子だね」
男は娘を見て、心底嬉しそうな顔を見せると、娘を促しながら家の奥へと入って行きました。そして、食卓テーブルの上の半分になったパイを見つけ、にこりと微笑みました。
「ああ……林檎を食べてしまったのだね」
娘はうつむき、両手でエプロンを握りしめました。
「ええ。だから、もう返せないわ」
娘は警備隊に引き渡される覚悟を決めました。男は、そんな娘の様子を楽しそうに見たあと、娘の頤に指を掛け、くいっと上を向かせました。
「いや、返せるよ。林檎を食べた子豚ちゃんを俺が食べればいい」
男は楽しそうにそう言うと、ペロリと娘を食べてしまいました。
「もちろん子豚ちゃんを食べちゃった責任は取るよ? 俺の妻になってくれるよね?」
男は娘をメリー家に連れ帰り、幸せに暮らしましたとさ。
「うーん。まあ、メリー家と言えばこの辺りでは名門のお貴族様だし、玉の輿計画は成功したわけだし……今じゃ名前で呼んでくれるし、まあいいか」