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暗闇ヲ駆ケル花嫁 第弐部~再覚醒  作者: 喜多見一哉
話之肆 <包囲網(ホウイモウ)>
22/26

壱  新人(シンジン)

 翌朝。

 あたしは五時にセットした目覚ましの音と共に起床した。睡眠時間は四時間程度。あの暴露話の後にベッドに横になったまま、なんだかんだと陽子ちゃんと話していたら深夜の一時になってしまった。

 だから、多少ではあるけど睡眠不足だ。あたしは上体を起こして大あくび、そして伸びをすると、ベッドから降りて未だに寝息を立てている陽子ちゃんの身体を揺すった。すると陽子ちゃんはうっすらと目を開け、しばらく天井をぼーっと見つめた後に小さく口を開いた。

「あ…おはようございます、比女先輩…」

「おはよう、帰る支度しないと学校に遅れるよ」

彼女は再び天井を見つめ、五分ほど経過しただろうか。いきなり目を見開くと、がばっとベッドから起きあがった。

「び、びっくりした…」

「そうでした、ここ仮眠室でした!早く準備しないと!」

言いながら、枕元に畳んであった成城高校の制服へと手を伸ばす。

「そこまで急がなくても時間あるけどね…」

あたしは苦笑すると、下着姿のままで簡単なストレッチをする。そして、昨晩着ていた服を身につけた。

 陽子ちゃんを伴い、神滅(カメツ)課事務所まで戻る。あたしはまだタブレットを貰っていないので、エレベーターを動かすには陽子ちゃんのタブレットが必須だ。事務所には数名の神滅課職員(くろふく)さんと、恐らく昨晩たらふくお酒を呑んだであろう明さんがすでに業務に入っていた。

 事務所に入ってきたあたしと陽子ちゃんに明さんは気が付くと、あたしをちょいちょいと手招きをする。

「おはよう、明さん。もう仕事してるの?」

「ああ、おはよう。昨日の事件の後始末だよ。なんだかんだで、被害者のケアとか、病院の手続きとか色々あるからね。ほぼ徹夜さ」

「…タフだねぇ…。あんなにお酒呑んでたのに」

「あ~…呑んだウチに入らないよ。ヒメちゃんたちが仮眠室に消えたあとはあんまり呑まなかったからね。缶ビールを一ケースくらいかな」

 いや、それは十分呑んでるって!ビール腹になっちゃうよ!

と、内心で突っ込みを入れつつ。あたしは明さんに呼んだ理由を尋ねた。

「で、何の用なんです?」

「ああ、そうだった」

明さんは机の引き出しを開けると、そこからノートサイズくらいの薄い段ボール箱を出してきた。

「神滅課御用達、タブレット端末だよ。機密品だから、無くしたり落としたりしないようにね。暗証番号は、自分で好きに決定出来るようになってるから。最初に起動すると、必要事項の入力画面になるから、漏れなく入力して。終了すると、自動的に神滅課のサーバーに転送され、登録される仕組みになってる。あと、今日中に銀行口座の開設も忘れずにね。オンラインバンクでいいから、既にあるならその口座でもいいよ。そこにお給料が振り込まれるから」

「あ~…、やっぱり、お給料発生するんだ…。八雲からチラッと聞いたんだけど、なんかそういうのって…何と言うか…」

 あたしはその段ボール箱を受け取りながら、苦笑いをする。

「仕方ないね、労働させたら給料を出さなければいけないってのが日本国憲法であり労働基準法だから。まあ、アルバイトだと思えばいいんじゃないかな。ちょっと危険なアルバイトだけどね」

明さんも苦笑する。そして、手元に置いてあったコーヒーを一口啜った。

「ちなみに、そのお給料に関しても、タブレットに説明が出るから良く読んでね。あと…」

急に明さんの声のトーンが落ちた。

「これだけは伝えておく。もしも万が一、神憑(カミツキ)との戦いでキミが命を落としてしまった場合……キミという存在は、この世界に元から存在していなかった、という扱いにされてしまう。それだけは了承しておいてくれ。まあ、死なせる(そんな)ことは絶対にさせないけどね」

 あたしは、無言でこくりと頷いた。

 やっぱり、そういう対処になるのか。でも大丈夫、あたしは死なない。神刀草那芸之大刀(クサナギノタチ)もあるし、何よりもあたしには稲田姫(イナダヒメ)の加護と、素戔嗚(スサノオ)様がついている。みんなを…そして、何より八雲を悲しませたりはしない。

「うん、頑張るよ。神憑をこの世から無くしてみせる」

 力強く微笑みながら頷くと、明さんも微笑み返してくる。

「よろしく頼むよ。さて学校の時間だろ、行かないと。そして問題の八雲なんだけど…」

明さんは、身を乗り出して課長席前のソファを覗き込んだ。そこには、大庭さんが突っ伏して寝ていて、反対側のソファには八雲がだらしなく涎を垂らしながら爆睡していた。

 二人とも、あまりにも静かに爆睡してたから、気が付かなかったよ!

「さっきから何度も起こしてるんだけど、まるで目を覚ます気配がなくてね」

 あたしは苦笑したあと、溜め息をつきながら八雲の横まで移動すると、どすんと彼の上に馬乗りになって右腕を振り上げた。

「コレには、こうすればいいのよ」

振り上げた右掌を、全力で八雲の左頬に叩き付けた。すぱぁん!と小気味よい音が事務所内に響く。そして、返す掌で右頬にもう一発。あまりの音に、事務所内で動き回っていた神滅課職員さんたちがびくりと、音の方に振り返る。明さんが困った顔をして目を背けた。

「んあ…っ」

八雲が反応し、薄目を開ける。あたしはニコリと笑うと、

「おはよう、目が覚めた?」

と、八雲に声を掛ける。

「……あのなぁ…その起こし方、なんとかならんのか…?」

八雲は頬をさすりながら呟いた。

「声を掛けられて素直に起きれば、こんな風にはしないんだけど?」

「…それもそうか…」

あたしに乗っかられたまま、八雲は両腕を伸ばした。そして、右手をひらひらと、あたしに「どけ」と言った。あたしは素直に、八雲の上から降りる。

「なるほど、ボクも次はそうするよ…」

明さんが頬を引きつらせながら、小さな声で言った。


 事務所で陽子ちゃんと別れ、あたしは八雲のサイドカーに乗って自宅に戻った。お母さんにちょっとだけ小言を言われ、お姉ちゃんに冷やかされながらも、あたしは準備を終え、無事に遅刻時間ギリギリで学校に到着することが出来た。

「じゃあ、行ってくんね~」

サイドカーを降り、ヘルメットをサイドカーに投げ入れて八雲に手を振る。

「おう、頑張って勉強してこい。あ、そうだ」

あたしは立ち止まって振り返り、八雲の一言を待つ。

「今夜八時に、那美と凪が事務所に来いって言ってたぞ。昨日言い忘れてた事があるそうだ」

「ふ~ん…なんだろ」

腕を組みながら、思案を巡らせる。しかし、何も思いつく事は出てこなかった。

「さあな?」

八雲も解らなかったのか、両手を広げてみせた。

「まあ、いいわ。今日のお迎えは?」

「ああ、いつもの時間にな」

「は~い」

 そこまで話すと、図ったかのように予鈴のチャイムが鳴った。あたしは鞄を担ぎ直すと、再度八雲に手を振って駆け始めた。

 「おはよう~!」

 教室に駆け込むと、あたし以外のほとんどの生徒が既に出校してきていた。所々から「おはよう」とか「遅かったね」とか声が飛ぶ。あたしは自分の席に真っ直ぐに向かうと、鞄を机の脇に掛けて椅子に座る。すると、すぐに相田さんと津島さんがやってきた。

「おはよう二人とも」

「「おはよう」」

相田さんと津島さんの言葉がハモった。そして案の定というか、あたしの"変化"に津島さんが気が付く。

「…名椎さん、なんかあった?昨日とは全然…」

もちろん、あたしの身体から溢れる黄緑色の神力(シンリョク)のことだろう。今回は本物の湯津爪櫛(リミッター)を頭に挿しているけど、身体から溢れ出る神力は相当な大きさのはずだ。

 あたしは、とりあえずとぼけてみせる。

「何かって?別に普段通りだけど?」

これについては、彼女に説明する訳にはいかない。説明すれば神滅課のことも、神憑のことも説明しなければならなくなる。彼女がこの力を嫌っている以上、巻き込む訳にはいかないのだ。彼女自身が望めば別だろうけど、あたしが説明しない限りそんな機会はまずないだろう。

 ウソを見抜いたのか、津島さんが(いぶか)しげにあたしの顔を見た。う、ごめん。心の中で謝罪しつつ、微笑んでみせる。そのあたしと津島さんのやりとりを見ていた相田さんまでもが、あたしたちの顔を交互に見て半眼に睨んできた。

 だから、ごめんってば…。

 何度も心の中で謝りつつ、あたしは自分の鞄の中から、読みかけの古事記を取りだしてページをめくった。


 昼休み。

 あたしと相田さん、津島さんは、定例行事となった屋上でのお昼ご飯を楽しんでいた。やはりメインの話題は例の噂話についてだ。首を突っ込まないと誓ったのにもかかわらず、やっぱり二人はこの現象を気にしているようだった。彼女たちの左肩には、今は真っ赤な神力は憑いていない。約束通りに夢を試すのはやめたようだ。

 そして、今日のデザートであるマンゴープリンを三人でパクつきながら、津島さんがあたしの神力について、突っ込みを入れてきた。

 やっぱり、"普段通り"では誤魔化しきれないか…。だって、彼女の目には、ばっちりと巨大なあたしの神力が見えている。おまけに、昨日までは持っていなかった見慣れない"どこ社製かも分からない"タブレットを一心にいじっているのだから。

「…隠し事はナシだって、昨日約束したよね?」

と、これは相田さんの台詞。痛いところを突くなぁ…。でも、一体どこまで説明するべきなんだろう。

 ぶっちゃけ、神滅課の事を省くと神憑については説明出来ないし、神憑の事を説明すると今度は神滅課を説明しなければならない。

 あたしが額から冷や汗を流しながら困っていると、校舎内に続くドアがバーンと音を立てて開いた。

「比女先輩、こんなところにいた!」

 小脇にお弁当箱を抱えてそこから現れたのは、まぎれもなく陽子ちゃんだった。あたしと、もう二人の視線が入ってきた新入生に集中する。

「えっと…誰?」

 呆気(あっけ)に取られて、相田さんがあたしに説明を求めてきた。津島さんも眼鏡を人差し指で上げながら、あたしの顔を見てこくこくと頷く。

「あ~……えっと…その…」

口を開き掛けると、陽子ちゃんはあたしの横に走ってきて、ぽすんと座る。

「初めまして!比女先輩のバイト先の先輩、木村陽子で~す!」

右手を高々と上げ、元気いっぱいに自己紹介をする。またわかりにくい説明を…比女"先輩"のバイト先の"先輩"ってなによ。

「あ…っと、昨日始めたバイト先にココの生徒がいて…。それがこの子、木村陽子ちゃん。だから"先輩"なわけ…」

 そう説明すると、二人が二人して「バイトぉ~?」と再び声をハモらせた。

 …しまった!よくよく考えたら、ウチの高校はバイト禁止だった!相田さんと津島さんは顔を見合わせて、にやりと不敵に笑う。

「なるほど…バイトねぇ。成城(ウチ)ってバイト禁止だったよねぇ…うふふ…」

 わかった、言わんとしていることは分かったよ。要するに、口止め料なわけね…。

 あたしは脇に置いてあったお財布の中身を確認すると、

「分かりマシタ…明日のデザートはあたし持ちにさせて頂きマス……」

半ば口から魂を吐き出しながら、虚空を眺めて呟く。目の前で、二人が満面の笑みを浮かべて両手をぱちんと打ち合わせた。

 …でもこれで、話題を逸らせることができたかな。ちょっとだけ陽子ちゃんに感謝。


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