漆 暴露(バクロ)
あたしと陽子ちゃんは、事務所の上にあるであろう、仮眠室にやってきた。"あろう"と言うのは、あたし自身がまだこの地下の全容を理解していないから。エレベータ移動時の身体にかかるGから考えて、事務所より上の階層にこの仮眠室があることは間違いなさそうだ。先ほど明さんが訓練とかいう言葉を使っていたところを考えるに、この地下には射撃練習場とか、格闘技訓練場、関西支部にあったようなジムがあるのではないかと思う。
あたしはあのタブレットを貰えたら、この施設を一通り巡ってみる気でいる。もしくは、八雲に案内して貰うのも手かも。
仮眠室には談話室と寝室、キッチンとお風呂、至れり尽くせりの設備が整っている。勿論、男女別だ。陽子ちゃんは談話室に置いてある卓袱台に、いつのまにガメてきたのか、二つのグラスと一.五リットル入りコーラのボトルをドンと置いた。
「さて、何からお話しましょうか」
陽子ちゃんは卓袱台の前に座り、ニヤけながら呟いた。あたしは彼女の対面に座り、グラスにコーラを注ぐ。
「そこは、おまかせで…っと、いや、順を追ってお願いします」
頭をぺこりと下げ、陽子ちゃんに両手でコーラの入ったグラスを勧める。
「比女先輩が記憶を封印され…気を失った後のことなんですけどね」
封印されっていう表現は合っているのかいないのか。封印を望んだのはあたし自身であり、あの封印蓋である偽物の湯津爪櫛を髪に挿したのもあたしの手でだ。まあ、あの時は色々と考えてぐるぐるしてたから、あんまり思い出せないんだけど。あたしが目覚めたのは、普通に自分の部屋のベッドだったし。
「八雲さん、すぐ気が付いたのかな。神滅メンバー全員で、二柱の社に降りてきたんです。そしたら、伊邪那岐様と伊邪那美様の目の前に、比女先輩が倒れてるじゃないですか。八雲さん、御二方の話を聞く前に逆上しちゃって…」
逆上?八雲が…?
あたしは、グラスのコーラを一口啜って、じっと次の台詞を待った。
「"比女に何をしやがったー!"って怒鳴って…」
陽子ちゃんが一息置いた。ああもう、焦らさないで!
そして、口に手を当てて、くすっと笑った。
「…殴っちゃったんですよ。伊邪那岐様を。手加減無く全力で」
……マジ?
あたしは、目を丸くした。曲がりなりにも、神滅課のシンボルであり崇拝するべき父を、殴った…?
あたしの表情を見て、陽子ちゃんが声を上げて笑った。
「ウソじゃないですよ、ホントです。まるで神憑に襲いかかる勢いでした。だって、伊邪那岐様は数メートル吹っ飛びましたからね」
「あ…んの、バカ……」
わなわなと拳を握りしめて言ってみるものの、八雲の反応は至極当然だと思う。なぜなら、その前日にあたしは「八雲と一緒に神滅として生きる」って約束してるのだから。
だから、あたしの意見を無視して、凪くんが強制的にあたしの記憶を封じたと勘違いしたのだろう。
あたしは何ともやるせない気分になり、グラスのコーラを一気に呷って新たに注ぎ直した。凪くんが八雲に殴られたのは、あたしが八雲との約束を破ったからなのだ。う~ん、後で凪くんに謝っておこう…。でも、"きっと八雲はゴネる"とは思っていたけど、まさか一足飛びで殴ってしまうとは。それも小学生に。
「でも、あれはあたし自身が望んだことなんだよね…。なんだか、凪くんに申し訳ないわ…」
「ええ、それも伊邪那岐様から聞きましたよ。かなり後…八岐大蛇事件の事後処理が落ち着いた頃でした」
陽子ちゃんもグラスを空にした。すかさずあたしがコーラを注ぐと、彼女は小さく頭を下げた。
「でも、その時の伊邪那岐様は、"自分が強制的に記憶を封印した"の一点張りでした。そして、何度も八雲さんに頭を下げていましたね。余りにも真剣に頭を下げるものだから、八雲さんも毒気を抜かれちゃって…。そのまま、バツが悪そうに帰っちゃったんです」
「子供かぁ!」
思わず突っ込んでしまった。せめて事情の説明を求めるとか、凪くんに謝るとか、すべき事はあったでしょうに!
「で、その後…八雲さんが帰った後ですね。あたしたちは伊邪那美様から説明を受けました。比女先輩は事件に巻き込まれただけの一般人だから、元の生活に戻らなければならないって。恐らく、あの方達の本心だったんでしょうね」
そう言って、彼女は更に一口コーラを喉に流し込み、卓袱台に突っ伏した。
「…でも、ちょっと寂しくもありました。比女先輩、叔父さんが亡くなったとき、私を一生懸命慰めてくれましたし。あれは嬉しかったですよ~」
突っ伏したままあたしを見て、陽子ちゃんがえへへと照れ笑いをする。
「それで、そのあと伊邪那美様が私たちに言いました。"でもきっと、ヒメお姉ちゃんはここに帰ってくるよ"って。その通りになりましたね」
「…そうだね。だけど、この一件に関わっていなかったら、まだ記憶は戻ってなかったと思う。そう考えると、友人達にも感謝なのかなぁ。あ、稲田姫と素戔嗚様にもか。夢ん中で激励してくれたし…」
そう言うと、陽子ちゃんがぴくりと反応した。
「そういえば、新課長に変なこと聞いてましたよね。自分くらい神力が見える人がいたらとかどうとか…。もしかして、その友人さんの話なのですか?」
う、鋭い。ダテに最年少で神滅やってないか…。あたしは誤魔化そうか悩んだ。ここで話してしまって、陽子ちゃんから明さんや那美ちゃん、凪くんに話が伝わったら十中八九、スカウトに乗り出すだろう。只でさえ人員不足なのだから。
しかし、陽子ちゃんなら口止めすれば大丈夫…かな。あたしは、こくんと頷いた。
「同じクラスにいるんだよ。偽物湯津爪櫛の神力や、封印状態のあたしの小さな神力をバッチリ視る人が…。本人はその力を嫌っているみたいだから、出来ればこっち側に引き込みたくはない…かな。でも明日登校したら、あたしの神力視てビックリするんだろうなぁ、彼女」
「へぇ~、女の子なんですね。名前は…」
「津島絵美ちゃん。この子とも、例の噂話の一件で仲良くなったんだ。もう一人いるけど、彼女は完全な一般人で…三人で、この噂話の謎を解くんだ~って息巻いてた。もう、手を引くように言ったんだけどね」
陽子ちゃんが頷いた。
「ですね。もう、一般の人が関わっていい事件ではありません。ですけど、凄いですね。伊邪那岐様が封じた比女先輩の神力を見抜く…ですか。よっぽどの神力を持っていないと、そんな芸当できませんよ!かなり強力な神様の眷属なのか、それとも比女先輩のように神様の転生なのか…どっちかは解りませんけど。今度、紹介してくださいね」
「うん。でも、スカウトしちゃだめだよ。上の人にチクってもだめだからね?」
あたしが半眼で陽子ちゃんを睨むと、彼女は慌ててぶんぶんと両手を振った。
「しませんよ!だけど、興味あるじゃないですか。私たちと同じ力の持ち主なんて…」
陽子ちゃんが振った手を止め、じっと見て拳を握る。
「そうだね。しかし、八雲の弱みを握れるかと思ったら…弱みを握るどころか、あたしが自ら墓穴を掘った話だった…。う~、凪くんにも八雲にも、謝った方がいいなぁ」
今度はあたしが卓袱台に突っ伏す。すると陽子ちゃんは笑って、
「そうですね。一度は謝った方がいいかも。よっぽど大切にされてるんですね、比女先輩。羨ましいです」
「大切に…ねぇ。過保護の間違いじゃない?」
「かもです」
あたしと陽子ちゃんはお互いに吹き出し、声を上げて大笑いした。
「よし!」
あたしは卓袱台に手を付き、立ち上がる。
「寝ようか。明日も学校だし、休む訳にはいかないっしょ?」
「はい!私、ベッドにお布団用意しますね。比女先輩はお先にお風呂どうぞ。タオルとかは脱衣所にありますから!」
「うん、ありがたく使わせて貰うわね」
言って、あたしはバスルームと書かれたドアを開けた。




