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暗闇ヲ駆ケル花嫁 第弐部~再覚醒  作者: 喜多見一哉
話之参 <復帰戦(フッキセン)>
19/26

伍  歓迎(カンゲイ)

 「よし…っと。おい、もう歩けるか?」

 新塔京スカイツリーの駐車場にサイドカーを停め、エンジンを切りながら八雲があたしに語りかけた。

「ん~…なんとか。走るのは無理っぽいけどね」

 あたしはヘルメットを外し、自分の足をぱんぱんと掌で叩いてみた。戦闘直後は痺れに似た感覚があったけれど、今は大分引いている。ヘルメットを足下に放り込むと、立ち上がってサイドカーから降りる。ちょっとだけ蹌踉けたけど、なんとか二本の足で立つことが出来た。

「あんま、無理すんなよ…」

 八雲はあたしが降りた後のサイドカーに自分のヘルメットを投げ入れると、素早くあたしの横に回って左手を差し出す。あたしは無言で右手で握り、そして、その手をじっと見つめる。

「どうした?」

問われて、あたしは視線を外した。

「記憶取り戻したからなんだろうけどさ、なんかこんな風に気を回す八雲見てると、変な感じがする。初めて会った時なんて、あんなにツンケンしてたのにね」

 あたしと八雲は、スカイツリーの裏口に並んで向かって歩き始めた。やはり疲労は一気に消えた訳じゃなかったから、あたしのスピードに八雲が合わせてくれる形になったけど。

 記憶を取り戻したと同時に、捏造されていた偽りの記憶も消えた。八雲とはついこの間…八岐大蛇事件の時に初めて出会ったのであって、何年も付き合っている訳ではない。最初の八雲は印象は最悪だったのに、いつのまにかこんな事になっている。当時のあたしは、勿論八雲もそうなんだろうけど、こんな風に付き合うなんて考えられなかったんだろうなぁ。

「今更何を言ってるんだ…。まあ、確かにこんな関係になるとはオレも最初は思わなかったがな。お前の第一印象って最悪だったし、勝手はするわ、無茶するわ…大変だったんだからな」

「それはあたしも一緒。どんだけヒドい人なんだろうとか思ってた。おかしなもんだねぇ、それが今はこんな風になってんだから」

ちらりと繋いだ手に視線を走らせる。

「ほんとだな、おかしなもんだ」

 二人して苦笑すると、警備員さんが護る通用門を、手を繋いだまま潜った。警備員さんがすれ違いざまに笑った気がした。

 エレベータに乗り込み、八雲が鞄からタブレットを取り出してコンソールに繋げてを操作する。

 するとガコンという大きな音と共に、エレベータが動き出した。ふっと疑問が過ぎり、それをあたしは八雲にぶつけてみた。

「そういえば、あたしが別コンビで活動するとなると、このコンソールの操作方法とかも知らないといけないんだよね。それってどうやってるの?」

八雲は鞄にタブレットを仕舞いつつ、コンソールに視線を固定させたまま呟いた。

「あ~…それも含めて、いろいろ明が教えてくれるはずだ。今まではなりゆきだったけど、これからは神滅課の正式メンバーだからな。もちろん給料も出るはず。そうだな、アイツは手回し早いから、那美と凪に会った後にでも説明があるんじゃないか?」

「ふ~ん…」

あたしはその答えで納得することにして、エレベータが止まるのを待った。

 「やあ、おかえり!」

 神滅課事務所に戻ってくると、出迎えてくれたのは明さんだった。事務所内を見渡すと、黒服さんたちが縦横無尽に動いている。もちろん、今回の神憑浄化の後始末の手配をしているのだ。そして、課長席の前にあるソファには、見知った人々が座っていてこっちを見てニヤニヤと笑っていた。

 神滅メンバーである大庭さん、蜂須賀さん、陽子ちゃんと直樹くんの四人だ。陽子ちゃんと直樹くんはずっとここにいたとして、大庭さんコンビは仕事帰りなのかな。

 あたしは八雲とそのソファに近づき、二人で同時に、彼らに向かってVサインをした。「よう、おかえり。そして復帰おめっとさん。これでまた、賑やかにならぁな」

これは大庭さんの台詞。大庭さんは大声でガハハと笑った。今にして思うけど、大庭さんって亡くなったおやっさんと、イメージが結構ダブることがあるんだよね。話し方といい、笑い方といい。

「やっとかめだなも。戻ってりゃぁす気がしとったがね」

と、名古屋弁丸出しで喋るのは蜂須賀さん。図体が大きい大庭さんが補助役(サポーター)で、身体の細い蜂須賀さんが接近戦役(オフェンサー)だという、凸凹コンビだ。

「お久しぶり!といっても、一ヶ月しか経ってないけどね」

 あたしは二人に手を差し出し、順に握手をする。

「さあ、積もる話は後にして。ヒメちゃん、二柱(フタバシラ)の社で伊邪那岐(イザナギ)様と伊邪那美(イザナミ)様がお待ちだよ」

明さんの声に、あたしははっとして照れ笑いした。その場にいる人たちに手をひらひらと振ると、事務所の奥に建っている赤鳥居に歩き出した。


 赤鳥居を潜り、蝋燭の照らす薄暗い階段を下りてゆく。

 地下故のひんやりとした空気が心地よくもあるが、ぴんと張りつめた緊張感のような感覚が身にしみる。そう、まるで神社のような。場所こそこんな所だけど、神様がおわす場所なのだと思い知る。 

 当の人物は非常によく知っているのだけれど、やはりあたしたちの"父"と"母"なのだ。

 階段を下りきって、篝火が照らすその空間へと足を踏み入れる。真正面に建立された小さな社には御簾が降りていて、そこに二人の影が映っていた。

 あたしは敷いてある赤絨毯の上を進み、社から二〇歩ほど離れた場所に正座して両手をついて頭を垂れた。

「名椎比女、ただ今戻りました」

すると、御簾の向こうから小さな男の子の声が凛と空間に響く。

『大儀であった、面を上げよ。その様子を見るに、滞りなく済んだ様だな』

「はい、多少イレギュラーがありましたが、速水八雲、名椎比女両名、無事に帰還しております」

『そうか。そのイレギュラーというのは追々尋ねるとして…』

と、そこまで男の子が喋ったところで、隣に座る影から男の子に拳が飛んだ。鈍い音がして、男の子が体勢を崩す。

「あ…」

あたしが呟くと、今度は可愛らしい女の子の怒号が響く。

『なにカッコつけてるの凪!ヒメお姉ちゃんも悪ノリしすぎ!』

御簾ががばっと開いた。そしてそこから、小さな女の子が飛び出し、短い階段を駆け下りてあたしに飛びついてきた。

「おかえり、ヒメお姉ちゃん!」

あたしはその小さな身体を両手で受け止め、ぎゅっと抱きしめる。

「うん、只今、那美ちゃん」

視線を上げると、右頬をさすりながら男の子が近づいてくる。

「先にノったのはヒメ姉ちゃんなのに…なんで僕が殴られないといけないんだ…」

男の子、凪くんも、あたしに両手を回す。

「おかえり、ヒメ姉ちゃん」 

「ただいま」

 二人はあたしから離れて、目の前にちょこんと座る。

「一ヶ月…意外と早かったね。記憶はいずれ取り戻すと思ってたけど、こんなに早いとは思わなかった」

凪くんがあたしの顔をまじまじと見つめて言った。

「今回の事件に関わってなかったら、もっと遅かったと思うよ。それに、稲田姫(イナダヒメ)の後押しもあったしね」

「あのね、毎朝ヒメお姉ちゃんと挨拶する度に、すっごい不思議な感じがしてイヤだったんだよ!でも、これからはいつも通りだね!」

元気いっぱいに那美ちゃんが両手を握りしめて言う。いつも通りっていうのは、八岐大蛇事件以降を指すのだろうけど、既に那美ちゃんにとっては、あの事件以降が通常なのか。「明新課長から聞いたよ、神滅課に入ったんだってね。他の神滅メンバーにも異論はなかったみたいだ。入院中の悟さんたちにも確認を取ったらしい。徹底してるね」

「うん、明さんやることだからね。どのみち、あたし自身がそうするつもりだったし、神刀"草那芸之大刀(クサナギノタチ)"の力も必要でしょ。…と、そうだ」

あたしは右手を凪くんに差し出した。そして一言。

「返して」

 それはもちろん、あたしの"本物の"湯津爪櫛のこと。凪くんは「敵わないな」と呟いた後、自らの手を広げ、そこに神力を集中させる。

 一瞬眩い光が二柱の社を照らし、次の瞬間には彼の掌に、小さな竹櫛が握られていた。

「もう、これがないと違和感ありまくりでイヤなんだよね~」

あたしは凪くんから湯津爪櫛を受け取ると、髪に挿す。すると身体に力が湧いてきた。竹櫛に貯蓄されていた神力が、あたしに戻ってきたのだ。

「戻ってきた早々に悪いんだけど、ヒメ姉ちゃんは今回の騒動についてよく知ってるよね」

凪くんの問いに、あたしは無言で頷く。

「未だにこの神滅課には、ヒメ姉ちゃん以上に神力を視ることができる人材がいない。申し訳ないんだけれど、ヒメ姉ちゃんにはやって貰いたいことがある。勿論訓練とかもそうだけど、それ以外、ヒメ姉ちゃんにしか出来ないことなんだ」

「…なにそれ?」

今度は、那美ちゃんは変わって口を開いた。

「えっとね、神憑になった人たちは、どこかに神力を奪われていってるみたいなの。そして、神力が少なくなって、神憑に対する抵抗力が無くなったときに完全に神憑として覚醒してしまう…っていうのが今のわたしたちの見解。今回の女子高生みたいにね。だから、ヒメお姉ちゃんには、その神力がいったいどこへ奪われていっているのかを調べて欲しいの。やりかたはお任せするから」

「う~ん…?」

 あたしは友人たちの左肩に宿った真っ赤な神力を思い出してみる。ゆらゆらと揺れる神力、あれがあの場で、どこかに奪われていっているとは感じなかった。いや、その時あたしは、まだ力を取り戻していなかったけど。もしかしたら、今なら別視点で見ることが出来るだろうか。

「やってみるけど、難しそうだね。普段からずっと奪われていってる…っていうのなら何とかなりそうだけど、もし件の夢の中とかで奪われてるなら…」

「だから、やり方はお任せするって。そして、それを僕らに報告して欲しい。奪われているイコール、何処かに必ずそれを受け取っている対象がいるはずなんだ。それが今回の事件の大元なのは間違いないから。それが確定次第、神滅課総力を挙げてツブしにいく」

 ツブすって…せめて浄化とか、そういった言葉を使って欲しいもんだわ。

「やってみるけど…。なんかさ、八岐大蛇事件の時もそうだったけど、結構あたしに無理難題ふっかけてくるよね、二人とも」

凪くんと那美ちゃんは、きょとんとして顔を見合わせる。

「…そうだね、なんでだろう?」

「なんでだろうね?よく知ってる人だからかな。ヒメお姉ちゃんには無理言いやすいんだよね」

 …呆れた。あたしは大きく溜め息を付いた。

「あ、でも、無茶はしちゃだめだよ!捜査の最中に、ちょっとでもヤバイって思ったら誰かに助けを求めてね。無理と無茶は違うんだから!」

「なんかそれ、フォローになってないよ…。まあ何かあったら、八雲にでも連絡するから大丈夫」

「お願いね。他の神滅課メンバーには、覚醒前の神力を散らすことに集中して貰うから。元が叩けなくても、少しでも数は減らさないと」

「だねぇ…。でも凄くやっかいだよね、この事件。いたちごっこにも程があるよ」

あたしが腕を組んで言うと、目の前の二人が激しく同意する。

「うん、僕もそう思う。神憑も、手段を選ばなくなってきたって事じゃないかな。こっちも本腰入れないとね」

 ちょっとだけ軽く凪くんは言っているが、別に手を抜いている訳ではないのだろう。神憑の動きが、恐らく彼の想像の域を遥かに超え始めているのだ。伊邪那岐と伊邪那美の遥か上をいく神憑…もしくは、その支配者って、いったいどんな存在なんだろう。

「まあ、難いお話はここまでだよ」

凪くんが何かを思い出したかのように、話を斬り上げた。

「上に戻ろうか。もう準備も終わってる頃…」

と、言った矢先に那美ちゃんの肘鉄が凪くんの脇腹に命中。ぐえっと呻く。

「バカ凪!言っちゃダメだってば!歓迎会のことは明お兄ちゃんに口止めされてるでしょ!」

 …言ってる言ってる。那美ちゃん自分で言ってるってば。

「…自分で言ってるじゃん…」

あたしの気持ちを、凪くんが地面に突っ伏しながら代弁した。それに、那美ちゃんが真っ赤に顔を染める。そしてあたしに向かって、全力で言い訳。

「…あ、あのね、歓迎会なんてウソだから!ここで私たちが時間稼いでいたなんてことないんだからね!」

ああもう、可愛いなぁ。こんなところは、やっぱりその辺の小学生と変わらないんだね。でも、歓迎会ってあたしの?まあ、それしか考えられないんだけれど。

「はいはい、あたしは何も聞きませんでしたー」

言いつつ、二人の頭を交互に撫でた。

「ありがとね。さ、上に行こう」

 突っ伏している凪くんを助け起こし、二人と手と繋いで、二柱の社を後にした。


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