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05:猫の侍従・下

夜も深まった頃。

少女が眠るベッドに近づき、起こさぬようにそっと近寄りその縁に腰掛けた。


少女は気持よさそうにすやすやと寝息を立てていた。


眠るその直前まであれこれと手をつくし、本来の美しさが戻るまで磨き上げた。

今朝は多少荒れていた肌も今はしっとりと柔らかく、髪にも艶が戻っていた。

人見知りの気がある少女ではあるが、押しに弱いために強く出れば断られる事はなかっただろうに。自分が居なかった間に少女の肌が痛むような事になっていたのは許しがたいことであった。

自分の教育が至らぬばかりに、お嬢様を損なわせるようなことがあったなどと……。不甲斐ないばかりである。


とりあえずは、自分の代わりに世話を任せていた侍女には後でとっておきの褒美を与えよう。


そう考えたところで、目の前で無防備に眠る少女へと眼を向けた。


まだ幼さの残るあどけない顔立ち。今は伏せられた瞼の裏には黒曜のような瞳が隠され、今は閉じられた口から紡がれる言葉は鈴の音色のように耳に心地よい。現在は何事かをむにゃむにゃと呟いているその声もまた愛らしい。

長い黒髪はしっかりと重量感があるように思えるが、いざ触ってみると驚くほどに軽い。多少傷み始めていた毛先は切りそろえられ、少し短くなっていた。それでも腰にくるほどには長い。


さらり、とその髪を軽く撫でる。

髪質は柔らかく、手をつくした甲斐もあって傷みなどなかったかのようになめらかで美しい。その結果に満足し、ほくそ笑む。


「んぅ……」


甘く吐き出される吐息にぴくりと指が動くが、撫でるのは止めない。

撫でられるのが気持ちいいのか、眠る彼女の顔がふにゃりと嬉しそうに緩む。


「そんな可愛らしい声を出さないで下さいよ……我慢したくなくなります」


相手は眠っているのをわかっているが、ついついこぼしてしまう。今だって久しぶりに彼女の側に要られるという事実だけで、こんなにも我慢を強いられているというのに。


こうして触れているだけで、凍っていた何かが氷解していく気がする。自分は既に壊れている人間であるが、彼女との繋がりだけが、自分をこちら側に引き止めているのだ。


ふと、この間まで自分に与えられた不本意な命令により相手をしていた女を思い出す。

望まぬ関係を強いられ、ただ相手の興を得るために中身の無い戯言を繰り返した。猫なで声を出して媚びる、人工的な匂いを纏わりつかせた女……。脳裏に浮かんだ記憶の忌々しさに舌打ちする。


「はぁ……」


撫でていた手を止め、視線を彼女の顔から下……腹部の辺りに滑らせた。

音を立てないように立ち上がると、少女の唇を軽く摘む。そのまま指で軽くなぶるように柔らかいその感触を楽しむ。


「うぅ~」


ふい、と少女は顔を反対側へと向けてむずがるようにいやいやと首をふる。


「ふふっ」


退けられてしまった手を、今度は顔から下……少女の腹部にひたりと這わせる。

柔らかく慈しむように下腹部をゆっくりと撫でる。


「んん……」


ピクリと少女は身動ぎする。しかし、起きる様子はない。

その姿に気を良くして、体を滑らせて少女の下腹部にそっと耳を当てようとして―――……。


「おいコラ何やってんだテメェ」


寝静まった部屋に相応しからぬ怒気を孕んだ声が響く。


「煩いですね……もう少し静かにしてもらえませんか?お嬢様が目を覚まされたらどうなさいます」


「んじゃテメェのその頭退けろ」


侵入者のほうに顔を向けることなく少女の下腹部に耳を当てたまま声を潜めて応える。

けれど耳を当ててはいるが、暖かなシーツに包まれた身体からは何も音は聞こえなかった。向き直るまでもなく声の主は誰なのかは分かっていたが、仕方なく倒した身を起こして声の方を向く。

その眼光は鋭く、相手を射るように苛烈なものを秘めていた。不機嫌を全面に表したような声色ではあるが、眠っている少女を起こさぬようにという先ほどの忠告を受けて声は潜めている。

しかしそれらを軽く受け流すように冷ややかな目線で見つめ返せば、相手は更に不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「何の用ですか?」


「……チッ。……決まってるだろうが。お前、帰って来るなり王子のところに顔は出しても、俺んところまで報告に来てないだろうが」


「おや。それはそれは。わざわざご足労戴くとは恐れいります。仕方がありません、優先すべきことがあったのですから」


けろりと悪びれなく言ってのけると安らかに眠る少女を見下ろし、目元が緩む。

自分にとって彼女以上に優先されることなど、ありはしない。


「姫が眠れば来るかと思えば……お前、何やろうとしてた?手を出したらどうなるかわかってんだろな?」


「報告なら後でまとめて提出致しますよ。ご心配なさらずとも、見た通り以上のことなどなにも」


「それだけでも十分不愉快なんだがな。いや、今から部屋を移ってすぐに聞く。ここだと姫が起きる」


「ご心配なさらずとも、お嬢様は朝まで起きられませんよ……大変にお疲れですからね」


くたくたになるまであれこれと世話をされたのだ。彼女にとっては精神的にも肉体的にも疲れたに違いない。現に、今だって起きる気配は微塵もなく泥のように眠ったままだ。それをどう勘違いしたのか、侵入者は盛大に顔を顰めた。


「お前……」


「あの女ですが、明日の朝には愛人宅で冷たくなっていることでしょうね」


何かを言われる前に、相手が尤も気になっているであろう話題を振る。

しかし、昨夜まで相手をしていた女の顔などとうに忘れてしまった。かろうじて今はまだ記憶が新しいので名前などは思い出せるが、そのうち自分の記憶の端にも引っかからない、道端の石ころ以下の存在となり忘れさってしまうだろう。


今は少女のそばで、ただ少女のことだけを考えていたい。それを邪魔しようとするものは、尽く排除してしまいたい……。しかしそれらは自分の願いであって、少女のためにはならない事を知っている。

自分が行う全ては、主のため。そうあるべきだ。だから、たとえ自分がどんなに辛くなろうとも自分の意志で“毒“を用いることはあってはならない……。


しかし少女のためとなるならば、自分の技を使うこともやぶさかではない。

自分の望みはこの人の側にいて守り、尽くすことだけ。

この男が持ってきた仕事内容は、自分が適任であると分かっていたが少女の側を離れなくてはならないことが気がかりで、受けかねていた。正直言えば煩わしいしやりたくもない。


そんな自分の心境を知ってか知らずか、こいつはわざわざ少女に「父親の急病」であると伝え、自分に断りかねる状況を作ってきた。

それでも諦め悪く粘っていたが、最期は少女の「お願い」に破れ、やりたくもない仕事を引き受けた。

身体が、心が乾くようなその仕事が一段落したのである。癒やしを求めて何がいけないのであろうか?

苦々しい思いを込めて、この国の宰相を睨みつける。


「ご心配なく。証拠となるようなものを残すヘマなどしておりませんし、毒も特定できるようなものではありません。わたしの姿に関してですが、知っているものは全て始末しておりますので、私があの場所に居たことを知るものもおりません。聞き出した内容についてはこの場ですぐ話尽くせるものではありませんので、あとで纏め、お届けに参りますが。……私の勤めはきちんと果たしておりますでしょう?」


「……ならいい。報告書は、明日の昼までには提出しろ。俺も暇じゃない……。気に入らねぇが、お前のその腕だけは買ってやる。……褒美は何が欲しい」


「貴方がこの場から立ち去ってくれるならば、それだけで」


「……今だけだ」


吐き捨てて、荒々しく扉を開けて立ち去る男。バタンと少し大きな音を立てて閉まった扉を見て、これでお嬢様が起きたらどうしてくれると心のなかで悪態をつく。そんな心配などなく、相変わらずすやすやと眠ってはいたが。


せっかくの静寂な空気が壊されてしまったことを憤りながらも、興奮した気分が少し落ち着けたのも確かなため複雑でもある。

近づく気配には気づいていたものの、自分の行いを止めることができなかったのが興奮して冷静さを欠いていたいい証拠だ。


再び眠る少女の髪を撫でながら、甘さを交えた溜息をつく。

自分や、二面性のある王子やあんな宰相に愛されるこの少女は、愛しくて……少しばかり気の毒だ。

知らぬ間に犬まで増えているようだし、やはり側を離れてはろくな事にならない。


明日提出する報告のことなど頭の隅にやり、目覚めるまではただひたすらこの眠る少女を愛でようと、彼女の侍従はふんわりと笑うのだった。





翌朝、女伯爵として名を馳せていた王都でも有数の名家の現当主が別荘にて亡くなったという情報が王国では流れた。

昨日更新しようと思ったのに、寝てしまいました。

わんことにゃんことうささんと……あと3匹か。黄色と黒の出番がこない。

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