02:犬の騎士・中
続けて投稿。上下で終わらせるつもりでしたが、長くなりそうなので分割。
「……ぁっ!」
頬にぴりっとした痛みが走った。
「――――お前ッ!!!」
黒い影を見咎めた若い騎士が、黒い男に剣を抜いて迫るが、若い騎士の剣など何事もないかのようにあしらっている。
黒いとおもったのは、彼の衣服自体も黒が基調とされているからもあるが。顔をぐるぐると巻いた布からちらりと見えた浅黒い肌の色と、黒い双眸。
広い通路が狭く感じるほどその男の存在感が強くて、ちりちりと肌を刺されるような気配に呑まれてしまう。
若い騎士を、まるでじゃれついてきた子犬と遊んでいるかのように適当に相手をしていることがわかってしまうくらい、目の前の黒い男には余裕がある。
頬の痛みは間違いなく刃物によってだろうが、いまの黒い男は何も持ってすらいない。けれどそんなことに気付く余裕はなかった。
彼の鋭いまなざしがわたしを射抜く。騎士などまるで相手にしていないかのようにひらりひらりとその身を躍らせ、ただただわたしを注視しているのを感じた。
殺されるのだ、とそれだけが頭のなかを巡っていた。
(殺される殺される殺される殺される殺される………ッ!!!)
わかっていても、どうにもできない。あまりにも現実離れした目の前の光景をただ呆然と見詰めるだけ。
頬を伝う血がやけに生々しくて気持ち悪い。
しかし黒い男は若い騎士を相手取りながら、何もしてこない。
何故、何故?と思いつつも動きながらもわたしをその黒い双眸で捉えて離さないのは、わかっていた。
何もしてこないことに逆に更に恐怖心を煽られる。
蛇に睨まれた蛙のようにわたしはただその場から動けずにただただと立ち尽くすしかなかった。
へなへな、と足腰の力が抜けてしまいそうになるのだが、動いたらいけないと何故か感じていた。
ほんの数十秒の出来事だったのだろうけれど、わたしには果てしなく長く感じられ、恐ろしくて体がかたかたと無意識に震えてしまいそうになっていた時
キィンと高い音が響いた。
黒い男が剣を抜いて、金色の騎士の剣をを受け止めた音だった。
「ふ………っ!」
初めて黒い男が声を発したかと思うと、受け止めていた剣を押し上げて弾いてしまった。そしてその大きな体からは想像もつかないくらいに素早く動き、ひらりと窓から逃げ出してしまう。
その様子を見て、今度こそ体の力が抜け、へたりとその場に座り込んでしまう。
「ご無事ですか!!!?」
目の前には見慣れた金色の騎士。忌々しげに男が逃げた窓を睨んでいたが、一つ息を吐いて腰が抜けたわたしと目線を合わせるように屈みこむ。
彼が、黒い男を追い払ってくれたのだとわかっていたのだが。
彼の金色を損なうように、所々に付着した赤い色を見てわたしは意識を手放した。
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次に目を覚ましたのは自室だった。
馴染みのメイドに聞くと、気を失っていたらしく半日ほど経っていた。
あの出来事がどうなったのか知りたかったけれど、聞くのは躊躇われた。
わたしの意識が戻ったことを伝えるべくメイドが出て行ったので、自分の頬をそっと触ってみた。
どうやら手当がされているようで、薬草の香りがしていて触ってもほぼ痛みもなかった。
起き上がり、鏡でみても痕は残らないだろうなと思った。それくらいに綺麗な切り口だったから。
メイドが戻ってきて、少ししたら騎士団長が来ると言うことを伝えられたので、慌ててメイドに手伝ってもらって身支度を整えた。
「失礼します」と声をかけて入って来たのは、わたしを助けてくれた金色の騎士。
彼の服のどこにももう血はついてないというのに、むしろ純白の服を着ていてとても清廉にみえるのに。
血のついた彼が頭から離れてくれなくて、彼が近づいてきた際に一瞬びくっと体を強張らせてしまった。
彼はそんなわたしに一瞬悲しそうな目をしたものの、メイドを下がらせて部屋にふたりきりになる。
怯えてしまった手前、なんとなく居心地が悪くて黙りこんでしまう。
すると、何を思ったか。
彼はわたしの足元に恭しく跪き、頭を垂れて足の甲に頭をつけた。
わたしは「なにを……ッ」と叫んでやめさせようとしたけれど、言葉を続ける前に彼の言葉に遮られた。
彼がわたしの言葉を言わせようとしないのが、珍しかった。いつもはちゃんと聞いてくれたから。
「申し訳もございません……。貴方を守りきれず……。どのようなお叱りでも罵りでも受け入れます」
足元で小さくなって震える騎士の声には悔恨が滲んでいた。なぜあの時わたしのそばを離れてしまったのかと、そう思っているに違いなかった。
けれどわたしは彼を責めるつもりはなかった。不幸中の幸いでわたしはこうして生きている。
「ちゃんとわたしを助けに駆けつけてくれたでしょう?」
「ですが……!!あなたに傷が……っ!!!」
「こんなもの、すぐに治るわ。……あ、そうだ。あの若い騎士は大丈夫だった……?」
これ以上心配をかけたくなくて、あからさまではあるが話題を逸らせた。
ぴくり、と顔を上げないまま一瞬騎士の体が震えた。
でもどうなったか気になったのは本当。あの若い騎士は黒い男とやりあっていた時、随分殴られたり蹴られたりしていたから。
「何故……あ奴を心配なさるのですか?」
「だって……守ろうと、してくれたもの」
自分のために傷つき戦っていた若い騎士に感謝している。実力差が歴然としていただろうに、それでも守ろうとしてくれていた。死ぬかもしれなかったというのに。
わたしの言葉に目の前の騎士が、やっと顔をあげてこちらを見た。
視線がからみ合って、お互いを見つめ合う。
その表情は何の感情もないように見えた。ただ無表情に見られている、そのように見えるのに。
どうしてだろう。足元の騎士からものすごい威圧感を感じた。
―――彼がわたしを見る視線は、つい先程に黒い男がわたしへと向けていた視線とも、とてもよく似ているようにおもえて。
獲物を捉えた獣のように、じっくりとわたしの一挙一動を見逃すまいとわたしを視線で捕らえている。
足元に傅かれて、目線はわたしのほうが上のはずであるのにも関わらず。
何故か、獣がわたしの喉元をぱっくりと咥えて今にも食いちぎらんとしているかのような、錯覚を覚えた。
わんこ覚醒。見直しが荒いので文脈おかしかったらすみません。