黄の欲求:下
あけましておめでとうございます。
ことしもどうぞ宜しくお願いします!
主人公と黄が出会う直前の、黄色視点です。
ひと目でわかった。
彼女こそが、探し求めていた“少女“であると。
まだ朝露で湿る草の上にドレスが濡れるのも構わず座り込み、花を愛でる少女。
最初はとりわけ特徴らしいものもなく、一言で表すならば、どこにでもいるような平凡な少女だと思った。
しかし、不思議と目を引く存在でもあった。
よく見ると艶やかな黒髪も、きめ細かい白い肌もよく手入れがされているとわかるほどに輝いている。
美しい花々に囲まれて幸せそうに微笑む姿はまるで、御伽噺にでも出てくる妖精のようで。
なんて、僕には到底似合わないことを思ったりして。
何なんだろうね、まったく。僕がこんなことを思うだなんて。それだけで自分自身に対して笑いがこみ上げそうになる。
少女は僕の不躾な視線に気がつかず、さまざまな花の近くに座り込んでは、そっと引き寄せてその香りを楽しんでいるようだ。
花を愛でる手つきはあくまでも優しく、花を傷つけないようにと気を使っているのだろう。
少女の小さく可憐な手で触れられ、愛でられるその花に嫉妬を覚えてしまいそうなほどに。
ふと、そういえばと思い出す。
“白百合殿下の薄紅花“
彼女が今手に持っている花こそ、その薄紅花なのではないか。
僕が聞いた噂で揶揄されている 薄紅花こそが、今目の前にいる彼女なのではあるが。
そのもともとの、白百合殿下が品種改良を重ねて作り出した花というのが、このひっそりと存在する花園の最奥にあるこの場所にあってもなんの不思議も無い。
そう思ってみて見れば、なるほど、他の花とは一段と扱いが違うようにも思える。
それなりに広い花園の一角を占め、それもどの花よりも目立つように工夫を凝らしており。一番この風景を美しく眺められる場所には、丁度よく休めるようにと可愛らしい休憩所もある。
残念ながら少女はその場所にではなく、地面に直接座り込んでしまっているが。幸い、芝生の上なので泥で汚れる心配などは無さそうではあっても、まだ肌寒いこの季節。朝露に濡れてしまっていることだろう。
その当の薄紅花も、とても美しく可憐な花で、薄紅の花弁が幾重にも重なりあい、中央から外側に掛けて色の濃淡があるのが一層見るものを惹きつける魅力を持っていた。
派手ではない。他の色鮮やかな花の中にあれば埋没してしまいそうな花ではある。
けれど、見るものが見れば、惹かれて止まない花だろう。
まさに、白百合殿下が求めるこの少女のような……。
そうして暫くは少女のことをただ眺めていた。
こうしてただ、見つめていたい。けれど、自分は今日を逃せば次はいつ登城できるかも分からない。
彼女をこうして見ることが出来なくなる……そう考えるだけで、胸の置くがぎゅっと掴まれたように痛む。
決して、これきりになどさせはしない。来る前から思っていたではないか。僕は、彼女が欲しいのだと。
その思いを再認識させられた。
どうせ後戻りなど出来はしないのだ。この少女のことを知った瞬間から。
実際にこの目で見て、存在を感じて。
ああ。もう僕は逃げられないのだ、と。
いや、違う。僕から逃がさないのだ。
きっと僕は狂うのだろう。
いや、もとが異常であることは否定はしない。今だって自覚はある。
けれど、もっと深く、彼女のことを知るごとに、狂っていくに違いない。
これはきっと逃れられない僕の運命。
彼女に近づいても、遠ざかってもきっと。
遠くない未来に、きっと僕は……。
この想いを早く伝えたい。名も知らぬ、薄紅のきみ。
僕は、白百合殿下のように、氷の宰相のように。きみのそばにいたいんだ。
そのためになら、僕はきっと自分すら利用してきみの助けとなってみせるから。
どんな手段だって、どんな行為だって、君のためになら悦んで行えるに違いない。
これからのすべては、きみの為に。
そのためにはまず、殿下と宰相に認められなくてはならないだろう。
けれどそれに関してはさほど心配はしていない。前回の接触時の感触と、今回わざわざこうして極秘裏に招かれて、 少女がいるであろう場所を通るようにと指定してきたのだ。
その真意について取り違えるような真似などはしない。
ようは、試されているのだ。
彼女に相応しいかどうかを。
この邂逅を仕組んだのが、殿下なのか宰相なのかは計りかねる所だが……予測では、殿下のほうだろう。
宰相のほうが謀に長けているような印象はあるが、前回会ったときの印象では、冷酷なのは確かだろう。けれど案外と物事を複雑化するよりは、さばさばと片付けるような言っては悪いが、単純な印象を受けた。
それに比べて白百合殿下はというと、市井では清廉潔白な王子という評価ではあるが……そんなはずはない。彼の経歴は、あまりにも綺麗に過ぎる。
いかにも、後ろめたいことがありません、みんなの理想の王子様ですよ、と。
僕に言わせれば、あまりにも押し付けがましいそれ。
有体に言えば、胡散臭いのだ。
僕の勘では、“お優しい白百合殿下“というのは大衆向けの仮面だと思っている。本来の人格はきっともっと計算高いに違いない。でなければああも見事に世間の目を欺けるはずも無い。
しかし、額面通りの人物ならば大したものだろう。
けれど、間違いなく分かっていることがある。それは、自らと同類である、ということ。
ならばやはり評判そのままの、お綺麗な人物であるはずがない。
類は友を呼ぶとでも言うのだろうか、彼ら以降に少女の周りにいる人物たちも、まず間違いなく、同類だろう。
同類だからこそ、同じ少女にこうも皆が執着をもつのか。はたまた、少女が僕らのようなモノを惹きつけるなにかを持っているのか。それはわからない。けれど、分かっていたとしても結局は同じように彼女の周りに集ってしまうのだろう。
「くしゅん」
ふと思考の海に沈んでいたところに聞こえてきた小さな音。
ああ、いけない。
いくら暖かそうな上掛けを羽織っていても、まだ肌寒い早朝である。地面に座り込んでいるので、冷えも一層伝わることだろう。
長い時間思考にふけっていたわけではないものの、あまりに時間を掛けすぎると、誰かが踏み込んできかねない。
ゆったりとしたこの時間をまだ味わっていたい。けれど、今の自分にはそれは許されてはいない。
ならば、僕がとるべき行動は。
軽く目を瞑り、息を吐き出す。今の状態のまま、彼女に会うことなど出来はしない。
次に目を開けたときには、人好きのする明るい青年だ。普段の僕の面影など残さない。まだ、その時じゃない。
指先が赤くなった手を擦り合わせる少女の後姿に向かって、陽気に声を掛けよう。
大丈夫、今までと同じ。この凡庸とも言える容姿の使い方は心得ている。無害で人懐こい人物を演じればいい。
彼女が再びくしゃみをしてしまう前に、心を決めて。
普段からじゃ信じられないくらい、心臓が高鳴る。
いつもと同じ。それがこうも難しいことなのだと思いながらも、最初の言葉を紡ぐために、僕は足を踏み出した。
次回の視点は主人公に戻ります。
間が空いているにもかかわらずお気に入りのままのみなさま、ありがとうございます。年末に熱でてぶっ倒れて正月から寝てすごしてましたが、作者はおおむね元気です。
亀更新な本作品ですが、今年も宜しくお願いします。