黄の欲求:上
おっ、お久しぶりです(震え声)
前の話から飛びますが、この話の時期的には犬と主人公がなんやかんやしてるあたりです。
噂には聞いていた。
表には出回らないような、裏でひっそりと囁かれているような噂。
僕の所には様々な情報が集まる。
それこそ庶民の間で噂されているような他愛もない話であったり、国が必死に隠しているような醜聞であったり。
情報に良いも悪いも無いと、僕は思う。
どんなに無価値に思えるような些細な情報であっても、もしかしたら活かし方によっては何らかの価値を秘めている可能性がある。
まぁ、流石に最初から価値の無いとわかりきったものは切り捨てている。
それにあまりにも下らない話を僕の元まで持ってくるような無能は僕のもとにはいない―――否、必要ない。
情報の選別に関しては僕の部下は優秀だ。あらゆるところから情報を拾い集め、価値のあるものを僕のもとまで運んでくる。
必要なのは、価値のあるモノ。
それは形に見える所では“カネ“であり、見えない所では正確な“情報“だ。
僕が重きをおいているのはこの2つ。
同業の中では大切なモノは“人“だとか言う奴もいるけど、僕はそんなもの信用なんて出来やしない。
僕だって人を多く雇っているし、使っている以上ある程度任せる部分だってあるけど、それがなんだって言うんだろう。
僕が僕を心から信頼なんて出来て居ないし、価値を見い出せないんだ。他人なんてそれ以下。当たり前でしょう?
近しいものほど、僕のことをよく理解している。
使う側と使われる側。お互い損得で繋がっているし、形に見えるそれらのあり方のほうがまだ理解できる。
だから僕は、無能が嫌い。
自分にとって価値が無いものなんて、僕のもとにいる意味が無いからね。
僕の部下は優秀。それ以外に表す言葉は、要らない。
そんな僕の“優秀な“部下が集めてきた情報の中で、中々に面白そうで、価値がありそうなものを耳にした。
部下によるとまだ確証にまでは至らないまでも、信憑性があり、むしろその証拠を掴ませないように手回しされている形跡がある、と。
“白百合殿下の薄紅花“。
病弱ではあるが、慈善事業や様々な活動で実績のある第二王子。
そして氷の宰相と呼ばれ、あらゆる事に手抜かりなく冷酷な面を持つが、その手腕は正確で実に見事という他ない、まだ若き宰相。
その二人が、一人の少女に入れあげている、というなんとも荒唐無稽な話。
白百合殿下が花や草木を愛する事は周知の事実。特に、百合などの白い花や、可憐で小さな赤い花を好むという。
品種改良などにも熱心で、最近では薄紅色の美しい花を生み出したようだ。
そんな殿下が好む花に少女を例え、噂の時期的にもその少女の為に生み出したともされる“薄紅の花“に揶揄したこの通称。
儚く柔らかな雰囲気の白百合殿下と、有能ではあるが冷酷な氷の宰相。
この二人を実際に直接目にしたことなど無くとも、その行いなどは様々な情報を通して入ってくるのだ。人物象は自ずと浮かんでくるというもの。
僕がこの二人に対しての評価は優秀であり、自分たちの弱みを握らせないような立ち回りができるほどに自分を隠すのが上手い者達、だ。
そんな二人が、入れこむのがただの少女で有るはずがない。
最初はただの好奇心。この少女がどんな人物なのか。知ればそれは、二人に対しての弱みと成り得るか?
僕が本気になって、二人の情報を――あけすけに言えば弱みを集め、同時に少女の情報を集めているにも関わらず、どちらも大したものは出てこない。
弱みを握った所でそれを活用する気などはない、ただそれを握っているという自身の満足感の為。
悪趣味上等。国の偉い人の秘密を知ってるって、なんとなく楽しいでしょ?
もちろん、活用すべき場面があれば遠慮なく利用はするけれど。
そうして探りを入れてるにも関わらず、彼らの問題となるほどの醜聞などは、何も出てこないのだ。
評価通り、後ろ暗いところの無い清廉な人物という事は―――僕の勘で言えば、無い。
それに、何も出てこない――というよりは、消されているような気がする。
普通は気づかない程度の、ごくささやかな違和感。
何かを掴もうとすれば――たどり着いた時にはそれは消されていた。そこにあったのが、モノや、ヒトであっても。
街の日常風景。普段と何ら変わりがないというように、実に巧妙にそれは消えていた。
少女の情報に関しても、徹底的に秘されているような感じだった。情報を握っているだろうものは徹底的に口を噤み、ごく僅かのものしか情報が行き渡らないように統制されているように感じた。
そこまでして隠さなければならない少女。
面白いと思った。
僕ははじめてと言っていいほど、興味を覚えた。
国では評判がよく、民の人気も高い二人。
その二人が執着する、“少女“という存在。
何故か僕はこの情報に信憑性が有る、いや正確に違いないと思っていた。
どうしてかは分からない。けれどこの時確かに、僕は見も知らぬ少女に対して、興味を覚えていた。
後から思えばそれは必然であり、またそれは“彼ら“と同類である自分の求めていたモノだったから、本能に近い部分で感じ取ったのかもしれない。
自分の中の、よく分からない欲求に突き動かされ――それは、好奇心かもしれないし、初めて感じた執着だったかもしれない――無意識に、報告のために脇にいた部下に対して命令を下す。
「もっと調べて。出来たら―――どっちかに接触したい。――出来るよね?」
しかし、彼らの周りのガードが思いの外固く、相当の苦労と出費を強いられる羽目にはなり。
そうしてようやく宰相と接触を持てることになった頃には、かの少女の周りには、今はいないらしいものの、やたらと秀麗で甘い容姿の侍従が控えていたり、更にいつの間にやら腕の立つ騎士団長が増えていたり、更にはあの暗殺者の黒狼に付け狙われているという、なんとも言えない情報が入ってくる。
「なんていうのかなぁ、彼女、ツイてないよねぇ」
「は? なんと申されました?」
「うぅん、なんでも」
頭の痛い情報を報告してくれた部下の前で零れた、ため息混じりの言葉を拾われ、気にするなと軽く手を振る。
見も知らぬうちから彼女を気に入っている僕が言うことじゃないけど、不憫な子だなとは思うよ。
どう考えても、クセがありすぎる面子に付きまとわれている、彼女。
まぁ、普通の思考であれば男を侍らせている悪女だとか、そういう風に捉えるのだろうけれど。
実際に、部下は報告を挙げながらあまり少女をよく思っていないことが伺える。表面には出していないけれど、言葉の端々に少女への嫌悪が見て取れる。
僕はわざわざ部下の少女への評価を正すわけでもなく、興味なさげに「ふぅん」と返事をするのみだ。
実際に、報告を聞く限りではそう捉えるのも無理がない話だし。
けれど何故か僕は、そうでないと確信しているのだけど。
きっと少女の周りには、自然と集うのだ。
僕が今、こうやって行動しているように。自然と、本能から、彼女の元へ。
自然と口元が緩む。
そんな僕の様子に部下は一瞬気味が悪そうな表情をしたものの、すぐに表情を正して普段の無表情へと戻る。
「あはは。楽しみだなぁ。どんな顔してんだろ」
もう間もなく、件の宰相閣下がココを訪ねてくるはずだ。
僕が念入りに手を回して、彼をここへとおびき寄せた。僕が持てる限りの手蔓を使って、わざと彼を僕のもとへ来させる状況を起こした。
「顔……ですか?」
「うん」
部下がこちらの意図を掴みかねているのか、怪訝な顔をしている。
確かに、容姿だけならば、絵姿が出回っているため知っている。彼の冷たさを感じる玲瓏で整った容姿は、ご婦人方に人気があるために絵姿になり街中で売られている。
けれど僕が知りたいのは、そんな表面上の顔じゃあない。
知りたいのは――僕と同類で、狂っているであろう男の、本当のカオ。
上手く繕っていても、その匂いは、きっと分かる。
僕は、少女を知りたい――近付きたい。――――あわよくば、手に入れたい。
簡単にはいかないだろう。少女の周りには、僕と同じような奴等がいるんだろうから。
見も知らぬ少女。
どれだけ調べても、その薄ぼんやりとした容姿以外は、名前すらも出てこない少女。
早く、ねぇ早く。彼らと同じ立場に、僕も―――……。
元々細い糸目を更に細めて笑う。
部下が更に嫌なものを見たとでも言うように顔を逸らしているのが分かったが、どうだっていい。
「まずは、興味を持たせないと、だねぇ。彼らにとって、有益で、利用できて、価値があると思わせなきゃ」
少女を手に入れる。そのためにはまず―――。
―――コン、コン
ノックの音が狭い部屋に響く。
部下に目配せをして、それに応えた部下は戸を開く。
そうして入って来たのは、予想に違わぬ人物で。
外套を着たその人物の顔は陰になっていて良くは判別出来ないが、こちらを不機嫌そうに睨みつける眼差しに、こちらも胡散臭く見える笑顔を貼り付けて見つめ返す。
「ようこそ、よくぞいらっしゃいました―――」
表面上は軽く、しかし心からの歓迎。
ようやく、捕まえた。彼女へと至るための、手段を。
向かい合った宰相閣下は胡散臭い僕の表情に不機嫌丸出しに鼻を鳴らしている。
おやおや? 無機質で無表情、冷たい表情を常に浮かべ、感情を読ませないという噂の宰相閣下。随分と聞いていたのとは違うじゃないか。
本当だよ?
僕はあなたを歓迎しているんだから。
だから丁重におもてなしをしなければ、ね?
僕は無意識に上唇を舐め、湧き出た感情に目を細めて笑った。
青と白の会話で出てきてた、初めての接触。
実は黄色の思惑通りでした。
次は時間が飛んで、彼女と接触する辺りの黄色視点かな?