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時の賢者と夢の終わり  作者: 石構 紅康
9/13

一人戦う者

 魔王城の玉座の間。 

 

 ガシャーン!

「この…役立たず共が!」

 ワインが入ったグラスを叩き付ける音と、銀髪の美青年の怒鳴り声に玉座の階下にいた数匹の魔物達が肩を竦めた。

 そんな彼の側で人の体に牛の顔をした魔物が困惑しながら片膝を付く。

「陛下、一体何をそのようにお怒りになられているのですか? テュルク公国の侵攻は順調に行っております」

「侵攻の事で憤っているのではない! もうひとつ貴様らに与えた任務の事だ!」

「それに関しては未だ調査中で…」

 銀髪の青年はくすんだ紫の双眸で人の体に牛の顔をした魔物を睨み付ける。

「宝珠ならすでにこの時代から消えうせたわっ!」

「な…」

 その言葉に目を見開き、タウルスは数匹の魔物に問いかける。

「お前達、魔王様が指示した場所に行かなかったのか?」

「行きました!」

「見当たりませんでした」

「それらしき洞窟を見付けたので入ってみた所、誰もいませんでした」

「枯葉と枯れ枝で入り口を隠された洞窟を見つけましたが、広い空間が広がるだけで人間の匂いもしませんでした」

 その言葉に、魔王の目が鋭く光る。

「その場所だ」

「…え?」

「その場所に宝珠とそれに選ばれた人間がいたはずだ」

「し、しかしわたしの鼻は魔王様の配下の中でも…」

 狼の姿をした魔物が困惑も露わに言い募ろうとするが、魔王のひと睨みで沈黙し、身を低く伏せた。

 不機嫌覚めやらぬ様子の魔王は、怯えて身を低く伏せている魔狼を消し飛ばしてやろうかと右手を向ける。

 しかし、それに気付いたタウルスが慌てて止めに入る。

「魔王様、おやめ下さい!」

「…分かっている。最初から俺が行けば良かっただけの事だ」

 ぎりりっと唇を噛み締め、魔王はゆっくりと右手を一度だけ振った。

 下がれ、の合図だ。

 それを見た数匹の魔物達は、ある者は石畳に潜り込むかのように、ある者は宙に掻き消えるかのように、ある者は歩いてと、それぞれの移動方法でその場から姿を消した。

 残ったのは、タウルスと魔王本人のみ。

 魔王はくすんだ紫の双眸を鋭くしたままタウルスに言う。

「お前も下がれ」

「いいえ。今わたしが下がれば貴方は暴走してしまうでしょう。なので、落ち着かれるまでお側にいます」

「…」

 魔王はその言葉に何も言わず、玉座に腰を下ろして大きな溜息を吐いた。

「タウルス」

「はい」

「お前は、何故そこまで俺に忠誠を誓う? 俺は魔族ではないんだぞ」

「存じております。しかし、他の配下の者は知らぬ者も多いので、滅多な事は仰らないで下さい。…人と知りつつ、魔界に飛ばされて来た幼い貴方を守り育てたのはわたしです。情というものが何なのか分からなかったわたしが、初めて守りたいと思った方です。死ぬまで貴方のお側にいますよ、シャルフィーク」

 牛の顔のため分かりにくいが、彼は優しく微笑んでる。

 魔王─シャルフィークは自身の片腕であり、養い親のようなタウルスのそんな態度に苦笑した。

 彼の身を包んでいた不機嫌な空気が霧散する。

「名を呼ばれたのは久しぶりだ」

「皆の手前控えているからな。今は誰の気配もないし、問題なかろう」

 本来の口調に戻し、タウルスは立ち上がった。 

「さて、後の事はわたしに任せて報告にあった洞窟に行って来い」

「…なんだ、後でこっそり行って来ようと思っていたのにバレていたか」

「こっそり黙って行かれるより、送り出してじっと待っている方がマシだ」

 腰に手を当て、笑いながら言う牛顔の魔物にシャルフィークは苦笑した。

「そうか。じゃあ、行って来る」

「ああ。気を付けて行って来いよ」

 些か拍子抜けするほどあっさりと送り出されたシャルフィークは、四分の一に欠けた『時の宝珠』を握り締めてその場から消え去ったのだった。

 後に残された牛顔の魔物は腕を組んで窓の方へ視線を移す。

「シャルフィーク、ちゃんと帰って来いよ…」

 その呟きは誰の耳に入る事無く、静かに消えた。




 場所は変わって、サラとレインが逃げ込んだ洞窟前。


 魔王シャルフィークは、魔狼に案内された洞窟の入り口を見るなりげんなりした。

 どう見ても、這い蹲らねば入れぬ大きさだったからだ。

 何故か羊が数十頭いるが、今は気にする事もない。

「こちらです。人の足跡は見当たりませんが、犬の足跡が若干残されていました」

「そうか」

 見上げると、岩壁は一枚岩のようだった。

 左手で岩壁に触れつつ、魔王は洞窟の中に意識を向ける。

 ─聖域になっているな…。

 内部から感じ取られるのは、水と地の強い力。

 魔王はそっと息を洩らし、更に意識を集中させる。

 ─…結界、に近いものが感じられるな…。これでは魔法で破壊する事も叶わないか…。

「…仕方が無いか」

 盛大に溜息を洩らした魔王は、小さな入り口に身を滑り込ませたのだった。


 匍匐前進で狭いトンネルを抜けた魔王は、心底ぐったりしていた。

 それでも、付き従う魔狼にそんな素振りを見せる事無く直ぐに立ち上がり、漆黒のマントや漆黒の鎧に付いた泥を払って周りを注意深く見回す。


 ほんのり明るいのは、光りゴケでもあるのだろう。

 高さは3メートルほどで鍾乳石が天井から伸びており、広さは…端の方には光りゴケがないようでよく見えないが、かなり広いようだ。

 少し離れた所に地底湖が見える。

「何も無いただの広い空間ですが…本当にここが魔王様がお探しの宝珠があるのですか?」

「? 何も無いだと? あそこに地底湖があるだろう」

「地底湖? どこにですか?」

 きょろきょろ辺りを見回す魔狼の目に、地底湖は見えていない様子だった。

 魔王は訝しげな表情を浮かべつつ、指を差す。

「あそこだ」

「? 大きな岩が数個あるだけに見えますが…」

 どうやら魔王と魔狼の目には別の物が映っているらしい。

 魔王の目には大きな岩など見えないのだ。

 魔王はゆっくりと地底湖に近づいて行く。

 魔狼も数歩離れて彼に付き従ったが、地底湖へ辿り着く前に突然何か目に見えない壁のような物で弾かれた。

「ぎゃんっ! ま、魔王様?! どちらへ?!」

 その悲鳴に、魔王は振り返って眉根を寄せた。

「…何をしている?」

「へ? ど、どこから声が…??」

 目の前にいるのに、魔狼は魔王の姿が全く見えないようで周りを忙しなく見回している。

 魔王は確認のために問う。

「俺の姿が見えないのか」

「へ? …は、はい。いきなり目の前から消えてしまいましたが…どちらへ行かれたんですか?」

「目の前にいる」

 そう答え、魔王は地面に視線を落として片膝を付き、地面を調べる。

 土の下から見付かったのは、いにしえの文字。

 ─『我は水を統べる者、魔なる者の目を欺かん』、か…。水の賢者の守護結界か。

 魔王は難なくそれを読み解き、立ち上がってそれを踏み越え、目の前にいるはずの魔王の姿が見えずにオロオロしていた魔狼の前に姿を現した。

「お前はしばしここで待て。…いや、待っていても仕方が無いだろうから城へ戻っていても構わんぞ。どうせここから先へはお前は通れん」

「しかし、わたしは魔王様のお供を仰せつかっておりますが…」

「ここから先は魔物のお前は通れないよう結界が張られている。いるだけ無駄だ」

 きっぱり言われてしまった魔狼はしょんぼりと尻尾と耳を垂らしてしまった。

 そんな魔狼の様子に構う事無く、魔王は首の凝りを解す。

「では、こちらでお待ちしています」

「好きにしろ。…いや、しばし待て」

 魔王は宙に手を伸ばし、どこからともなく紙とペンを取り出して何かを書き付け、封筒に入れて蜜蝋で封をした。

 それを魔狼に手渡し掛けたが、手ではなく前足なので、持つ事は出来ない。

 食わえさせたら涎でベタベタになる。

「ふむ?」

 少し悩んだ魔王は再び宙に手を伸ばし、どこからともなく長めの紐を取り出て魔狼に近づいて行った。

「ま、魔王様?」

 何やら只ならぬ気配を感じ、魔狼は後退る。

 そんな魔狼に冷たい視線を送って凍り付かせてから、そのまま長めの紐を3重に魔狼の首に巻いて手紙を挟める。

「その書状をタウルスに届けろ。…落とすなよ?」

「か、畏まりました」

 魔狼は一礼をしてからパッと駆け出し、狭い入り口を潜って姿を消した。

 その姿を見送った魔王はニヤリと笑って大きく伸びをする。

「やっと鬱陶しいのがいなくなったな…くぅぅ~」

 そして、さきほどの結界を踏み越えて捜索を開始したのだった。

 


 ─やはり、怪しいのはこの地底湖の向こうにある入り口か。

 腕を組んで視線を地底湖とその奥にある入り口にやり、魔王は盛大に溜息を洩らした。

「よほどの事がなければ、入りたくないなぁ」

 魔法で浮いて水の上を歩けば手っ取り早いのだが、魔法封じの結界も併用されているため叶わない。 

 ─大地の結界は魔法封じ、水の結界は目眩ましか…まぁ、仕方が無いか。

 意を決して魔王は地底湖に足を踏み入れ、その冷たさに震え上がる。

「冷たっ!」

 まるで氷水の中のようだった。

 魔王は舌打ちをしつつ、急いで進むが…地底湖はそれを拒否するかのように入り口に近づくにつれ冷たさを増していく。

「…くそっ…これも水の賢者の力か…」

 冷たさよりも痛みを感じ始めた足を動かし、その動きも段々と鈍くなった頃ようやく先ほどまでいた場所よりも少し狭い開けた場所に辿り着いた。

 身体の震えが止まらない。

「く…そ…」

 魔王は宙に手を伸ばし、薪の束と火打ちを取り出して震える手で火を熾そうと試みる。

 しかし凍えすぎた身体は言う事を聞かず、徒に時が流れていく。

 そんな魔王の耳に、小さな声が響いた。

『そんな震えた手で火を熾そうとせず、温まるまで鎧を脱いで毛布を被ると良いと思いますよ』

「! 誰だ?!」

 立ち上がろうとしたが、足が縺れて倒れ込んでしまった。

 それでも注意深く辺りを見回すが、姿はどこにも見当たらない。

『ベルってば、わざわざこんな所まで来なくたって良いでしょうに』

 先ほどの声とは明らかに違う呆れた声に、魔王は警戒心を露にする。

「誰だ、と聞いた」

『あれ? 何かベルと違くない?』

『同じ顔をしていますが…どなたでしょうね?』

 両方とも女の声だったが、魔王は遠い昔にどこかで聞いた事があると思い出す。

「…ハーリティと、ベロニカ…?」

『あれ? やっぱりベル?』

『わたくし達の名前を知っているとなれば、やはりベルナールでしょうか…?』

 魔王は答えずに小さく溜息を洩らし、宙に手を伸ばして毛布を取り出して包まる。

『鎧を脱がなきゃ温まらないよ』

「…毛布の中で消したから問題ない」

『え?』

『ほら、リビだって鎧の下には何も身に着けなかったでしょう?』

『あぁ…そう言えばそうね』

 声しか聞こえないが、彼女達はしっかりと自分の意思を持っている様子だった。

 ─過去の亡霊が何をしているんだか…。

「…で? 水の賢者と大地の賢者が何をしているんだ?」

『あら、やっぱりベルなんだ? その割に『星の宝珠』の力を感じないし、何でか『時の宝珠』の力を感じるんだけど…何で?』

『それに、よく見れば目元が少し違いますよ?』   

 やはり女性はよく見ている。

 魔王は誤魔化そうとも考えたが、苦笑しつつ否定でも肯定でもない答えを口にする。

 勘違いしているのなら、そのままにしておいた方が好都合だ。

「色々あってね」

『色々って何さ?』

「色々は色々だ。貴女方も色々あって今の状態なんだろう?」

『…そうですね』

 少しずつ身体が温まり、何とか手足が動くようになった魔王は毛布を被ったまま立ち上がった。 

『ベル?』

「最近、ここに誰かが水と大地の宝珠を取りに来なかったか?」

 その問い掛けに、微かに警戒した雰囲気を2つの声が醸し出す。

 それが肯定だった。

 ─やはりな。まぁ、ここに彼女達の魂がある時点で宝珠がある事は確定だったしな。

 魔王は毛布の下で鎧を身に着け、ゆっくりと水と大地の力が強く感じる方へ向かって足を踏み出した。

『いくら貴方が星の賢者とはいえ、そちらへは行かせませんよ』

「もう宝珠は次の賢者が持って行ったんだろう? 確認くらいしたって良いだろう」

『それとこれとは話が別だし、そもそもベロニカの魔法封じが効果を発揮している時点で勝ち目はないんだから、引いて?』

 魔王はスッとくすんだ紫色の双眸を細め、彼女達の気配を捕らえる。

 ─剣は実体がないから効かないだろう。魔法はハーリティが言うように、ベロニカの魔法封じの結界が強すぎて俺には無効化出来ないが…。まぁ、それでもやりようはあるだろう。

 魔王は腰の袋に入れておいた『時の宝珠』を取り出し、姿の見えない彼女達の目の前に晒し、ハッタリをかます。

「…何故『時の宝珠』を俺が持っていると思っているんだ?」

 姿は見えないが、彼女達の気配が魔王の掌にある『時の宝珠』に向かったのを感じ、口元に笑みを浮かべる。

 しかし、多くを語ればボロが出るのは分かりきった事なのでそれ以上は語らず、水と大地の力が強く感じる方へ踏み出した。

 彼女達はもう咎める事はしなかった。


 そのまま先に進んだ魔王は、ふたつ並んだ祭壇の前に辿り着く。

 祭壇の上にはやはり予想通り何もなかったが、未だに強い宝珠の気配を漂わせていた。

 その片方の祭壇に指を這わせて側面に彫り込まれた古代語に視線を向ける。

 ─古代ルビタニア語だな。何々…。


『大崩壊に巻き込まれて言葉も右も左も何も分からない、今まで生きて来た場所とは全く違う場所に飛ばされて、あたしは気が狂いそうだった。

 それでも、魔法の力を持たないノキア村の人はあたしを温かく受け入れてくれた。

 魔力を持たない人間は家畜同然として扱われていた魔法国家シェラーフでは、彼等が意思を持って動くなんて考えられない事だった。

 だから、あたしは、彼らに感謝の気持ちを込めて水の賢者としてではなく、ただひとりの人間としてこの時代で生き、魔法国家シェラーフでして来た事を償うと誓います。

 願わくば、いつかあたしの半身である水の宝珠を手にする人が悪意のない、優しい人でありますように…。

 水の賢者ハーリティ・クローブ』


 それは、懺悔文のような物だった。

 魔王は視線を逸らして短く息を吐き出す。

 ─ノキア村…確かこの洞窟から離れた場所に村があったはず。後で行ってみるか。

 続けてもう片方の祭壇の文字に目向ける。 

 心なしか、水の宝珠の祭壇に刻まれた文字や祭壇よりも新しいように見えて首を傾げた。


『大崩壊に巻き込まれてこの時代に飛ばされたわたくし、大地の賢者ベロニカ・ティルースは辿り着いたノキア村にて数十年前に水の賢者ハーリティ・クローブが亡くなったと聞き驚きました。

 他の賢者を見ない所を見ると、どうやら時の宝珠はわたくし達8賢者をバラバラの時間に飛ばしたようです。

 場所も時間も離して飛ばしたのは再び8つの宝珠が揃い、大崩壊を起こさないため、なのでしょうか?

 しかし、そもそも大崩壊とは何故起こったのか? それが分かりません。

 8つの宝珠は、本当に魔法国家シェラーフ一国如きを守るために存在していたのでしょうか?

 それにしては、力が強く感じます。

 それこそ世界を守れるのではないか、というほどに』


 そこで一面を使い切ったらしく、次の面に文章は続いていた。

 ─ベロニカは思慮深いというか、気になった事柄はトコトン探求追求する性格だったからな…。

 そっと息を吐き、魔王は続きに目を通す。


『そこで仮説を立ててみました。

 『宝珠』と呼ばれる力の結晶体は、根源大地母神であるマグナ・マテルの生命の欠片…もしくは生命そのものではないのかと。

 そういう考えに至った根拠としては、魔法国家シェラーフにいた頃感じていた根源大地母神であるマグナ・マテルの強大すぎる力が、この時代では弱すぎる事にあります。

 瀕死状態にある、と言っても良いかと。

 あれほどまでに世界には魔力が溢れていたのに、消えている事もそう考えた証拠のように思います。


 わたくしには魔法の知識はあるので威力の弱まった魔法でも使えました。 

 しかし、魔力がある者に知識を新たに授けてみた所、全く使えませんでした。

 発露すらしないのです。

 しかし、実験的にハーリティの子孫に魔法を教えた所、彼等には使えるようでした。

 これにより、魔法が失われたこの世界であっても8賢者の血を引く者は何かしら魔法を使える可能性が出て来ました』


 まるで論文か実験結果のような内容に、魔王は苦笑しつつ更にもう一面に目を移す。


『元々ハーリティが回復魔法や精霊魔法が得意だった事もあったのか、攻撃魔法を教えてもあまり使えない様子だったので回復魔法を中心に教え込んだ所、彼女の子孫はノキア村で巫女として崇められるようになりました。

 それでも未熟なのは分かったので、私の子を彼女達の守役として付ける事で同意。

 それが吉と出るか凶と出るか分かりませんが…。

 

 話が逸れてしまいましたが、これを読める方は現れるのでしょうか…?

 大地の力を借り、世界の情報を尋ねましたが私より先に来たのはハーリティのみでした。

 未来に現れる貴方はどなた?


 次元を越え、一人戦う者よ。

 希望を失わず、愛する方を見つける事をお勧めします。

 そして子を残し、自分がいたという確かな記憶をこの世界に刻み付け…そして、遠い未来とアーラェに力を貸してあげて下さい。

 

 大地の賢者ベロニカ・ティルース』


 かなりの長文を、大地の賢者ベロニカ・ティルースは手で彫ったようだった。

 思い出すその姿は華奢な黒髪と黒い瞳の女性。

 ─大変だったろうに…。


 魔王はそっと溜息を洩らし、それから首を振って意識を切り替えた。

 そして、2つの祭壇の中心に視線を向ける。

 そこに微かな『時の宝珠』の力を感じるのは気のせいではないだろう。

 魔王は握り締めていた『時の宝珠』をそこに向かって突き出した。


「我は時の宝珠を持つ者。道よ開け」


 しかし、『時の宝珠』は仄かに暖かくなっただけで『光の道』を開く事はなかった。

「…閉ざされているのか?」

『ええ。あの子が閉じたわ』

「そうか…」

 予想はしていたので、さほど落ち込む事はない。

 しかし、帰りが憂鬱だった。

 再びあの冷たい地底湖の中を歩かねばならないのだ。

 魔王は小さく溜息を洩らしてゆっくりと祭壇から離れていく。

『お待ちなさい』

「なんだ?」

『水の加護を持っていない貴方には地底湖を歩いて渡るのは辛いでしょう? 洞窟の外まで飛ばして差し上げましょうか?』

 ベロニカの優しい言葉に、魔王は一にも二もの頷いた。

「それは助かる」

『あら素直。…あたし達はいつでもここにいるからたまには遊びに来てね』

 その言葉に一瞬迷ったが、魔王は頷いた。

 彼女達は肉体を失っていても、幼い頃に世話になっていた人達だ。

 無碍には出来ない。

「分かった」 

『それではアーラェに会ったら宜しく伝えて下さいね』

「ああ、伝えておく」

 そう答えた瞬間、視界が歪み、驚く間もなく洞窟の入り口の前に立っていた。

 魔王は辺りを見回し、入り口に視線を向けてから一礼すると、そのままそこから姿を消したのだった。

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