呼ぶ声が、聞こえる
『彼』は苛立っていた。
年の頃は20代半ば。
無造作に背中でひとつに束ねられた銀色の長い髪がサラサラと流れる。
微笑むだけで全てを虜にしてしまいそうな美貌の主だったが、今はそのくすんだ紫色をした切れ長の双眸が不機嫌そうに細められている。
彼が持つ美しい金色の宝石が小さくカタカタと震え、今にも『彼』の元から飛び立って行こうとしていたからだ。
それを無理矢理押さえ込みつつ、『彼』は小さく舌打ちをする。
─アーラェが呼んでいるのか。
カタリ
まるでそうだ、と言わんばかりに金色の宝石が震えた。
元々球体であったとすぐに分かる、四分の一に欠けた美しい金色の宝珠。
『時の宝珠』と呼ばれる、全ての時と全ての時空を渡る事が出来る魔法の玉。
『彼』は『時の宝珠』を見詰めながら眉根を寄せる。
─アーラェが呼ぶ時は次なる者が見付かった時。だが、まだ見付かる訳にはいかぬ…。
『彼』は短く息を吐き出し、玉座のような椅子から立ち上がって巨大な窓に向かって歩いて行った。
漆黒のマントを羽織り、漆黒の鎧に身を包んだ『彼』のブーツが大理石のような石で出来た床を叩き、硬い金属音を響かせる。
『彼』はそんな事を気にする素振りも見せずに外を眺め、腕を組んだ。
眼下に広がるのは広大で不気味な森。
空には今にも泣き出しそうな重そうな雲。
─気分が重いな…。
もう一度溜息を吐き、左手に握り込んでいた『時の宝珠』を見詰めた。
「陛下」
その呼びかけに『彼』は左手を握り締め、振り返る事無く返事を返す。
「なんだ」
「そろそろ皆の前へお越し下さい」
その言葉に、『彼』はようやく振り返る。
視線の先にいたのは、人の体に牛の顔をした魔物だった。
「分かった」
しかし、『彼』は気にする事無く漆黒のマントを翻し、歩き始める。
その後ろを二歩ほど離れて魔物が従う。
「いよいよ人間界に攻め込む時が来たのですね」
「準備は整ったからな。まず我々が手に入れるべき場所は人間界での拠点とするテュルク公国だ。山奥だが、他国の人間達に気付かれる前にゲート機能を使うには最適な場所だろう」
「御意」
─これは、あの女への復讐の第一歩。
『彼』はその美貌に薄い笑みを浮かべた。
「魔王様?」
滅多に笑みを浮かべない『彼』の笑みに困惑する魔物に、『彼』─魔王は口元だけを笑みの形にして見せた。
「しくじるなよ、タウルス」
「御意」
─『宝珠』の持ち主も見付けなくてはな…。
魔王は左手にある『時の宝珠』に願う。
─まだ、この時代に貴女の代役を送ってくれるなよ…。
場所は変わって。
明るい太陽の下。
広い草原のまんなかで、茶色い髪と薄い青の瞳の少女が羊を追っていた。
「あー…良い天気」
脇に逸れた羊は愛犬のベンが群れの中へと誘導するので、基本的にあまり忙しくはない。
あくびをひとつ噛み締め、少女は大きく伸びをした。
「サラーー!」
名前を呼ばれた少女─サラはびくっと肩を揺らして呼ぶ声の方を見る。
「レインか、びっくりしたぁ~」
遠くから駆け寄って来たのは幼馴染の茶色の髪と目をした少年だ。
「レインかぁ~じゃないって。巫女様が呼んでたぞ?」
「母さんが? 何の用で?」
首を傾げるサラに心当たりはないようで。
「それは知らないけど…とりあえず羊たちは草食ったんだろ? 村へ帰ろうぜ」
「そうだね」
あっさりと頷いたサラは、口笛で愛犬ベンに指示を出す。
ピューイ、ピュイッ。
ベンは素早く羊を集め、村の方へ誘導を始めた。
白い尻尾が走るたびにブンブン振られて可愛かった。
羊たちの後ろをサラとレインは付いて行く。
「そういえばさ、最近雨が少ないよね」
「だよな。まだこの辺りは大丈夫みたいだけど、下流の方は枯れて来てるって話だぜ」
「そっかぁ…もしかして、雨乞いする準備でも始めるのかもね。」
「かもな。てかお前、次の巫女長候補なのにかーちゃんに付いて巫女様修行しなくて良いのかよ」
サラは拾った小枝をブンブン振り回しながら唇を尖らせた。
「別にあたし巫女長になんてなりたくないし」
「そうは言っても決まってる事だろ?」
「そうだけどさぁ~あたしにそんな才能なんてないじゃん? 精霊の声なんて全く聞こえないし」
はぁぁ…と、大きな溜息を吐く二つ下の幼馴染に、レインは同情の眼差しを送る。
彼の幼馴染はノキア村の代々巫女長と呼ばれる村長を輩出するの家系に生まれた歴とした巫女だ。
それだけで、彼女の人生が決まってしまっているのだ。
「…どっか遠くに行きたいな…」
「サラ…」
その呟きは、風に乗って流れて消えた。
見慣れた景色だが、村が見える小高い丘からの景色が好きだった。
しかし、今日は何故か様子がおかしく、羊たちもベンも丘を越えようとしなかった。
2人は怪訝に思いながらも他愛のない会話をしつつ羊たちを追い越し、その小高い丘に来てようやく前を見る。
そして、驚愕に目を見張った。
遠くてあまり見えないが、村の方で火事があったのだろう。
煙と炎が見える。
しかし、一軒ではない。
村全体が煙と炎に包まれていた。
「なに、これ…?」
「火事? 村を出た時はなんともなかったのに…」
走り出そうとしたサラの腕をレインは慌てて掴んだ。
「サラ、どこに行くつもりだ?!」
「どこって! 村に決まってるでしょ!」
そして、よく目を凝らせば鎧に身を包んだ人影がチラチラと見える。
まだこちらに気付いていないようだが、逃げた方が良いのではないだろうか…?
レインはサラと村の方を何度か見てから決断を下した。
「サラ、まだこっちに気付いてないみたいだから今のうちに逃げるぞ」
「逃げるって…まだ村の人たちが…!」
レインの手を振り払って走り出しそうなサラを肩に担ぎ上げ、レインは元来た道を走って引き返す。
「レイン! 放して!」
「放したら村に行くだろ? 安全が確認出来るまでだめだ! ベン、来い!」
「わんっ」
「レイン!」
レインは大急ぎで村の避難所に指定されている洞窟に向かう。
しかし…。
「ぐるるぅ…」
「ベン?」
守るかのように側を走っていたベンが、もう少しで洞窟に到着する寸前でレインの前に出て唸りながら足を止める。
レインは嫌な予感を覚え、踵を返して違う避難所へ走る。
「ベン、他の避難所で安全な場所は?」
「わんっ!」
まるで人の言葉が分かるかのように、ベンはレインが向かおうとした避難所とは違う場所へ向かって走って行った。
辿り着いたのは、この山を庭のように遊び回っていた彼等でさえも知らなかった這わなければ入れないであろうほど小さな入り口の洞窟だった。
人が一人入るのもやっとなほどの小さな入り口を前に、レインは困惑した。
「…ベン、ここは安全なのか?」
「わんっ」
またもや返事のように一声鳴いたベンは、さっさと洞窟の中へと入って行く。
その様子に、肩に担がれたままだったサラは不機嫌そうにレインの背中を殴った。
「好い加減に降ろしてよ!」
「痛いって! …とりあえず降ろすけど、ちゃんと避難してくれよ?」
そっと肩からサラを降ろし、ベンが入って行った洞窟の中へ押し込む。
「ちょっと、お尻に触んないでよ!」
「良いからさっさと入ってくれ」
2人は延々と匍匐前進でずりずりと洞窟内を進み、ようやく開けた場所に出た時には全身が痛いわ、泥だらけだわでぐったりだった。
「疲れた…」
突っ伏してぼそりと呟いたサラに、レインもぐったりとしたまま頷いた。
「オレも…てか、こんな所にこんな洞窟があるなんて誰も知らないんじゃね?」
「だよね~。…いつ見付けたの? ベン」
「キュイーン」
尻尾をフリフリし、ベンは突然入って来た入り口に走って行った。
「ベン?!」
そしてそのまま姿を消す。
「…どうしたんだろう?」
「分からないけど…とりあえず、様子を見よう」
レインは立ち上がり、洞窟内を改めてよく見る。
ほんのり明るいのは、光りゴケでもあるのだろう。
高さは3メートルほどで鍾乳石が天井から伸びており、広さは…端の方には光りゴケがないようでよく見えないが、かなり広いようだ。
少し離れた所に地底湖が見える。
レインは用心深くそちらの方へ足を進めた。
「レイン? どこにいくの?」
「あそこに地底湖があるから様子を見に」
むくりと立ち上がり、サラがレインの背中に張り付く。
「サラ?」
「は、離れてる時に何かあったら大変でしょ?」
ぎゅっと服の端を握って言う少女に、レインは気付かれないように微笑んだ。
─いっつも生意気な事ばっかり言うけど、こういう時って可愛いよなぁ~。
「な、なにさ」
「いや、なんでもない。それよりも離れるなよ」
─からかって拗ねられたら後が大変だからなぁ。
さり気なく手を握り、レインは地底湖へ近づいて行った。
深さは20センチほどで広くもないが、水の流れが奥の方から来ているようで目を凝らしてみる。
「どうしたの?」
「奥に入り口があるみたい」
今度は屈めば通れるくらいの大きさの入り口が見えた。
「…みたいだね」
「じゃあ、次を見よう」
続いて壁に沿って他に通路がないか確認したが、どうやら地底湖の奥の入り口と、入って来た入り口しかないようだった。
顔や服の泥を洗い流し、少し落ち着いた所にベンが頭の先から尻尾の先まで泥まみれで戻って来てサラに寄り添った。
そんなベンを撫でながら、サラは呟く。
「そういえば、羊たちってどうしてるのかなぁ…? 村はどうなったのかなぁ?」
答えを期待しての問い掛けではない。
レインはそっと息を吐く。
「さぁ…」
火があれば少しは気分も落ち着くのであろうが、枯れ木も枯葉もないので、焚き火すら出来ずにいた。
何時間ここにいるのかさえも、分からなくなっている。
しかし、出ようとするとベンが出口を塞ぐので、危機はまだ去っていないのだと悟る。
「サラ」
「なぁに?」
すっかり元気を失っている少女に、レインは提案した。
「地底湖の奥の入り口に行ってみないか?」
「え…だって濡れちゃうよ?」
「分かってるだろうけど、出口があるかも知れないじゃん?」
その言葉に、グッと言葉を詰まらせる。
サラとて思っていなかった訳ではないが、地底湖の水が冷たすぎたため中々踏ん切りが付かなかったのだ。
「それとも、このままここにいる?」
「…行く」
レインは頷き、立ち上がった。
ベンも立ち上がり、先に地底湖の方へと歩いて行く様子を見ると、どうやら地底湖の先には危険はないようだ。
そしてザバザバと地底湖に入って行く。
「冷てぇ~」
「冷たすぎるよ」
ぶつぶつ言いつつ、二人は進んでいく。
先を歩いていたベンが不意に入って来た入り口を振り返り、小さく唸った。
「ぐるる…」
「ベン?」
不思議そうにベンを見るサラに対し、レインは危機感を覚えて彼女の腕を掴んで地底湖の入り口に向かって急ぐ。
「レイン?」
「しぃっあんまり大きな音と声を立てないように行くぞ」
その只ならぬ雰囲気に、サラは無言で頷いて進んで行く。
そしてベンを先頭に入り口に入ってしばらくした後、声が聞こえて来た。
『入り口が枯葉と枯れ枝で塞がれていたから来てみたが、こんな場所があるとはな』
『誰かいないか調べてみよう』
『もしいたら…入り口が狭いし、運び出すのが大変だな』
『その時は喰ってしまえば良いさ。魔王様とてそれぐらいお許しになるだろうさ』
ケケケと笑う声と内容に、2人は青褪める。
怯えて振り返ったサラの頭を撫でつつ、レインは口元に指を当てて黙るようにジェスチャーし、ゆっくりと進ませる。
─火を焚かなくて良かったな…。
もしも焚いていたら、一発でバレて見付かるまで探されていただろう。
─それにしても、今、こいつら…『魔王』って言わなかったか…? 村を襲ったのも、もしかしたらこいつらなのか?
心臓が早鐘を打つ。
昔から魔物はいたし、『魔王』の存在も耳にしていた。
しかし、こうして『魔王』の存在を確認させられるとは…。
ぎりりっと唇を噛み締めるレインの耳に、更に魔物と思しき声が聞こえる。
『他に出入り口は見当たらないみたいだな』
『ただのだだっ広い空間だな。水もないから人間は一日も生きていけないんじゃないか?』
─水がない? 地底湖があるのに?
思わず振り返ったレインに、ベンは小さく鳴く。
「キュゥーン」
『何か聞こえなかったか?』
2人はぎくり、と身を強張らせる。
しかし、もう片方には聞こえなかったようだ。
『いや、なにも』
『人間の匂いもしないし、期待外れだったな』
その言葉に2人はますます首を傾げるが、万が一見付かっては命が危ないので先へと進んで行く。
この際疑問は後回しだ。
『戻るぞ』
『ああ』
2つの気配が遠ざかって行くが、それでも2人は引き返す事無く進んで行った。
そして辿り付いたのは、先ほどまでいた場所よりも少し狭い開けた場所。
ベンはブルブルと体を震わせて水を払い飛ばし、2人を振り返った。
「わん」
「とりあえず…助かった、のかな?」
「多分ね。あいつら、地底湖が見えないはずないのに何で水がないって言ってたんだろうね?」
「さぁ…それより、本当に魔王の手下だったのかな…村はどうなったんだろう…」
ホッとしたのもつかの間、段々と不安が込み上げてくる。
そんな2人の周りをベンがくるくると回った。
「わんっ」
「ベン?」
意識が自分に向いたのを確認したベンは、更に奥へと走って行った。
「待って!」
「追うぞ」
不安からかどちらからともなく手を繋ぎ、2人はベンを追って走り出す。
そして更に細い通路を通り、出た場所はさきほどよりも少し大きな開けた場所だった。
「ベンはどこにいった?」
「えっと…あれ?」
キョロキョロと周りを見回すが、ベンの姿が見えない。
光りゴケの数が少なくなって暗いせいもあるだろう。
とりあえず、2人は手を繋いだまま光が強い方へと足を進めた。
光の方へ近付くにつれ、さほど大きくない祭壇のような物がふたつ見え、その上で何か小さな物が光っていた。
「な…なんだこれ?」
「…宝石? 淡い青色が綺麗ね。そっちは…黒い宝石?」
「そんな事より、宙に浮いてる事に驚け!」
レインのツッコミに、サラは『あ、』と今更ながら驚いた。
そう、祭壇に奉られていると思しき宝石は、10センチほど宙に浮いて輝きを放っていたのだ。
宝石は完全な球体で、両方とも同じ大きさ。
片方は淡青の淡い光を放ち、片方は漆黒でありながらも光っているという不思議な宝石であった。
「…こんな所に宝石が奉られているなんて話、聞いた事もないんだけど」
祭壇の周りをゆっくりと回りながら、サラは呟く。
「ノキア村で奉ったやつじゃないのかな?」
「それも分からないけど…文字がかなり昔の物っぽいよ。ほら」
指差すサラの指先に視線をやり、レインは掘り込まれた文字に目を向けた。
しかし、それは全く見た事がない文字だった。
「外国語?」
「その割に古そうだと思わない?」
「うん、確かに」
古代語のようにも見える不思議な文字に、2人は解読を諦めた。
「…不思議な宝石だよね」
「そうだな」
2人は中々触る勇気もなく、顔を寄せてふたつの宝石を眺める。
いつの間にかベンが足元に帰って来ていた。
精神的にも肉体的にも疲れていた2人は、祭壇に背を預け、ベンとお互いのぬくもりで暖を取りつつウトウトしていた。
そんな2人の耳に小さな囁きが聞こえる。
『…よ…』
「…?」
先に気付いたのはサラ。
顔を上げて辺りを見回す彼女に、レインが目を開けて尋ねた。
「どうした?」
「何か聞こえたような気がしたんだけど…」
『導か…し…』
「ほら、また」
しかし、レインには聞こえないようで首を傾げる。
「聞こえないぞ?」
『ほう…に……者…よ…』
「ほら! 呼ぶ声が聞こえる!」
主張するサラを、逆にレインは心配そうに見詰める。
「大丈夫、か…?」
「大丈夫か、はこっちの台詞! 何で聞こえないの?」
大変ご立腹なサラの様子に、レインは困惑する事しか出来ない。
「そうは言ってもなぁ…」
『宝珠に…し者…』
「お?」
やっと聞こえたらしいレインの様子に、サラは腰に手を当てて睨み付けた。
「耳つんぼ」
「悪かったな」
『聞こえ…か?』
少しずつ、感度が良くなっていく声に2人は顔を見合わせる。
どうやらこの声は女性のようで、こちらに話しかけているようだった。
『宝…に…導かれ…者…』
レインはゴクリ、と唾を飲み込み、サラの手を握っていつでも守るために動けるようにしながらその声に応えた。
「あんた、誰だ?」
レインの緊張した声に対し、姿の見えない声はホッとしたような声音に変わり、しっかりと聞き取れるようになった。
チャンネルが合った、というべきか…。
『良かった…ご無事ですか?』
どうやら姿の見えない声は彼らの状況を知っているらしかった。
しかし、レインは警戒しつつ問い返す。
「誰だ、と聞いた」
『あぁ…失礼しました。私はマリー・クリスと申します。今からそちらに少年がお2人迎えに行きますので、宝珠を持ってこちらに来て頂いても宜しいですか?』
「宝珠? …この宙に浮いてる宝石の事?」
「サラ!」
慌ててサラの口を塞ぐレインに対し、マリー・クリスは柔らかい声で言う。
『私も、これからそちらへ行く少年も、貴方方の敵ではありませんよ』
それでも、レインの警戒が解ける事はなかった。
そんな彼に対し、サラは握っている手に力を込めた。
「サラ?」
「ここでじっとしてたってどうしようもないじゃん? 行こうよ」
「危険かも知れない場所にお前をやれるか!」
過保護にも聞こえる言葉に、サラは頬を膨らませる。
「だって、そんな事言っても村にはもう帰れないだろうし、いつまでも食料がない今の状態を続けられる訳ないじゃん。もしかしたら外にはまださっきの魔物だっているかも…」
その言葉に、レインは眉根を寄せる。
─四面楚歌、か…だったら、弱そうなこっちに賭けたほうがまだマシ、なのか…?
悩むレインを放置し、サラがマリー・クリスに声を掛けた。
「マリーさんって言ったっけ。この宙に浮く宝石って何? 持って来いって言ったけど、何の目的?」
「サラ!」
「うっさい」
レインの後頭部に平手を食らわせ、サラはマリー・クリスの言葉を待つ。
マリー・クリスは言い淀む事無くはっきりきっぱりと答えた。
『今、そちらの時代には魔王がいますね? 『彼』にこれ以上力を付けさせないためにも、『水の宝珠』と『大地の宝珠』の二つを渡す訳には参りません。本当ならば私が直接行って回収すれば良いのでしょうが、その時代に措いて宝珠に触れられるのは貴方方2人のみなのです』
「どうして私達だけが水と大地の宝珠? に触れるの?」
『それは貴方方が双方の宝珠に選ばれた存在だからです』
「選ばれた覚えなんてないんだけど…」
『魂の結び付きですよ。私も『時の宝珠』と繋がっています』
聞けば答えるマリー・クリスに、サラは満足気だ。
レインの警戒心も少し薄れる。
「じゃあ、今から迎えに来るって少年は何の宝珠に選ばれたんだ?」
『彼は私の遠い遠い子孫に当たる子で、私と同じ『時の宝珠』です』
その言葉に、2人は顔を見合わせた。
「子孫?」
「若そうな声なのに?」
『今、私がいる場所と、貴方方がいる場所、更にこれから行く子は生まれた時代が違うのです』
『僕って『時の賢者』様の子孫だったの?!』
突然の第三者の叫び声に、2人はびっくり。
『トオル、詳しい話は彼らが来てからにしましょう。迎えに行ってくれますか?』
『はい…』
『それでは、お願いしますね』
それから瞬きをする間に光で出来た柱が彼らの目の前に出現し、その中から華奢な少年が一人、出て来た。
そして2人の顔を見るなりぺこりと頭を下げる。
「えっと…初めまして。鳴矢透留です。迎えに来ました」
「あ、初めまして。サラです、よろしく」
「レインだ」
警戒心バリバリなレインにトオルは苦笑しつつ、両手を差し出した。
「『光の道』の移動に慣れていないので、手を握って貰っても良いですか?」
「はい」
「…分かった」
それでも素直に手を握った2人に、トオルは微笑む。
「では、一緒に行きましょう。…この犬くんも連れて行っても?」
「それは勿論! ベン、おいで」
「わんっ」
トオルの右手をサラが、左手をレインが握り、ベンの首輪をサラとレインが掴んで輪になった。
そして3人と1匹は『光の道』へと足を踏み入れたのだった。