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時の賢者と夢の終わり  作者: 石構 紅康
4/13

時と場合によりけり

 この中世らしい場所に来てから6日目。

 

 坂上少年は、微かな違和感…いや、多大な違和感に気付いていた。

 ──日本のはずないのに、どうして言葉が解るんだ?

 そう、英語の成績はいつも赤点、毎回補習、『えくすきゅーずみー』と、平仮名で書いたような発音しか出来ないはずなのに、ヒアリングなんて『はぁ? 何言ってンだ?』と理解出来ない坂上少年が、外国と思われるこの地にいて、何故言葉が理解できるのだろう?

 何故、理解出来る事に、何故、全て日本語に聞こえる事に、疑問に思わなかったのだろうか? そしてまた、何故鳴矢少年も疑問に思わないのだろう。

「坂上君? どうしたの?」

 一応この世界に則った服装をしている鳴矢少年は、あまり違和感もなくこの中世らしい世界の町並みに溶け込んでいる。

 まあ、絵に描いたような中世貴族の服装ではないのだが、それでも、本で見た事があるような、Yシャツのような物の上にベストを羽織って帽子を被り、膝下ぐらいのハーフパンツに、木で出来た靴を履いていた。

 それは坂上少年も同様なのだけど、どうもこの木靴が足に合わない。

 硬すぎるし、歩く度にガコガコうるさい。

「…いや、木靴が痛いなって」

「ああ…慣れないと靴擦れするからね。大丈夫?」

 そういう鳴矢少年は慣れている様子だった。

 あまりこの喧しい音もさせていないし、痛がっている様子もない。

「なぁ?」

「どうしたの?」

「お前さ、この世界に何回来てるんだ?」

 その問い掛けに、鳴矢少年は一瞬考え、それから答えた。

「この街は初めての街だけど、これくらいの時代にはかれこれ4回くらいかな?」

「独りでか?」

「…うん」

 あまり答えたくなさ気な様子に、坂上少年は考え込む。

 ―もう一週間も一緒に生活してるんだから、もう少し信用してくれても良いと思うんだけどなぁ…。

 そんな坂上少年の気持ちに、鳴矢少年は気付いていないのだろう。

 巻き込みたくなかったという気持ちが、心の目を曇らせているようだった。

 それでも、坂上少年はあえてずっと感じている違和感を尋ねた。

「あとさ、なんで明らかに外国なここの言葉が理解出来んの?」

「え…? っ、あれ? そう言えば…」

 鳴矢少年は全く気が付いていなかったのか、ハッとした様子で辺りを見回して周りから聞こえる言葉に愕然とした。

「…日本語じゃない、ね」

「何だ、全然気付いてなかったのか?」

 自分も最初は全く気付いていなかった事を棚に上げ、坂上少年は呆れ顔。

 鳴矢少年は思案顔だった。

 そんな時である。

『…の子よ…』

 不意に、どこからともなく声が聞こえた。

 坂上少年は足を止めて辺りを見回しながら、鳴矢少年に尋ねた。

「鳴矢? 何か言ったか?」

「ううん、何も言ってないけど…何か聞こえたの?」

「ん…気のせい、かな?」

 どうやら考え事中の鳴矢少年には先程の微かな声は聞こえなかったらしい。

 坂上少年は気のせいだと言う事にして、腹が減っては戦は出来ぬ、という事で食堂へと向かう道を歩き始める。

 時計がないので時間は分からないが、太陽が天中にあるので正午くらいだろう。

「今日は何がお勧めなのかな~♪」

  この一週間の間に、坂上少年は2人が拠点としている宿から数百メートル離れた食堂の主人と仲良くなっていた。

 この何事にも動じない少年の存在に、鳴矢少年は心が救われていた。

 気になる事は沢山あるが、きっと帰ってしまえば彼は忘れてくれるだろうし。

 ―このまま何も起こらないで、現代に戻れたら良いのに…。

 そうなる事がないと分かっていながら、鳴矢少年は祈らずにはいられなかったのである。

 しかし…。

『時…よ』

 今度の不思議な声は、鳴矢少年の耳にも届いた。

 そして、坂上少年の耳にも届いたらしい。

「鳴矢…この声…」

「…『時の賢者』様の声、だ…」

「『時の賢者』? 誰だそれ?」

 眉間にシワを寄せて尋ねて来る坂上少年に、鳴矢少年は表情を曇らせた。

「…この世界という世界、全ての『時』と『時空』を司る方、だよ」

「……はい?」

 坂上少年の頭の中はハテナでいっぱいになっていた。

「世界中の全ての『時』と『時空』を司る方?? 何だそれ? カミサマの事か?」

 その問いに、鳴矢少年は困ったような表情を浮かべて見せた。

「…神様、とは少し違うと思うけど…『時の宝珠』と一緒に奉っている方だよ」

『時の子らよ…』

 今度は、はっきりと2人の耳に女性の声が響いた。

「『時の賢者』様?」

『そのまま南へお行きなさい。そこに小さな祠があります』

「南のほこら?」

 訳が解らないままに、坂上少年が繰り返す。

『そこに、『道』を開きましょう』

「その『道』というのは現代に帰る道ですか?」

 鳴矢少年の問いに、『声』が答える。

『いいえ、私が居る『時の狭間』への『道』です。貴方達に話したい事があるので、こちらへ来ていただきたいのです』

 2人は顔を見合わせ、そして頷き合った。

「分かりました、南の祠ですね?」

『日が沈む前においでなさい、今から行けば日が沈む前には行けるでしょう』

「え~、メシはぁ?」

「坂上君…屋台で何か買って、歩きながら食べよう? ね?」

 その提案に、坂上少年は渋々ながらも頷かざるえなかったのだった。


 宿に戻れる保障もないので引き払いに戻り、折角楽しみにしていた食堂のランチを食べ損なって、通り道にあった屋台で買ったお好み焼きもどきで我慢するハメになった坂上少年はほんの少しご機嫌ナナメになっていた。

「…足りない」

 ぼそり、と不機嫌な表情で坂上少年が呟く。

 鳴矢少年は困った表情を浮かべて恐る恐る答えた。

「…足りないって…同じ味じゃ嫌だって言うから、違う味のを5つも食べたじゃない…」「でも足りない」

 きっぱりはっきりと答える坂上少年。

 困惑する鳴矢少年。

 ―…僕の倍以上食べてるのに。

 そんな思いを知ってか知らずか、坂上少年の腹の虫は収まらない。


 ぐ~きゅるる…。 


 仕方がないので、非常用にと買って来た大きな固いフランスパンもどきを荷袋から取り出して手渡した。

「…干し肉もあるよ?」

「いや、これだけでいい」

 少しだけご機嫌が回復したのか、坂上少年は固いフランスパンに囓り付いた。

「…固い」

「そりゃぁ、非常食用だもん。黴びないように固く焼いてあるんだよ」

 その答えに、坂上少年はまた機嫌を損ねたらしい。

 それでも固いフランスパンを器用に食べながら、2人の少年は南へ向かって歩いて行く。

「…時と場合を考えて欲しいよなぁ~。どうせだったらメシを食った後に呼べばいいのに」

「それは仕方がないんじゃないかな? あのまま食べてたら、きっと日が暮れてただろうし」

「それは分かるけどな~それだったら、朝起きてすぐでも良かったんじゃないか?」

 ブツブツ文句を垂れる坂上少年に、鳴矢少年は少し呆れ顔で言う。

「それはそれで坂上君は文句を言うだろ?」

 その言葉に、坂上少年は怒るどころかにんまりと笑って見せた。

「俺の性格が分かって来てるじゃん」

「まぁね」

 にっこりと微笑んで答え、鳴矢少年は空を仰ぎ見る。

 緑の濃い木々が空を半分以上隠していたが、とても良い天気だ。

「良い天気だよなぁ」

「そうだね」

「こんな日は釣りでもしてるか、昼寝に限るよなぁ」

「坂上君は釣りするの?」

 坂上少年は囓り掛けのフランスパンを竿のように振って見せながら答えた。

「ああ、川釣りもするし、海釣りもする。…今度一緒にするか?」

「え? 良いの?」

「良いのも何も、やってみたいんだろ?」

「うん!」

 珍しく元気で嬉しそうな鳴矢少年の返事に、坂上少年は少々面食らいつつ、笑った。

 ―いつもの少し悲しそうな笑顔よりも、こういう元気な笑顔の方が良いな。 

 何となくお兄さんな気分の坂上少年であった。


 この短い旅路はかなり順調だ。

 時折果樹を見つけては、坂上少年が登って下で鳴矢少年が受け取る。

 それを何度か繰り返し、そして小さな祠を見つけたのが丁度日が暮れる時だった。

「へぇ…ちゃんと日暮れに着いたわ」

「果物を取る時間も知っていらしたのかな?」

 2人の少年が感心していると、再び声が聞こえてきた。

『時の子らよ、無事に着きましたね?』

「はい、『時の賢者』様」

『それでは、早速『道』を開きましょう、2人とも目を閉じなさい』

 2人は言われるままに、目を閉じた。

 そして聞こえてきたのは、不思議な呪文。

『我は時を統べる者。我が望み、我が言霊を聞き入れ道を開けよ』

 その呪文に反応したのか、何の変哲もなかった小さな祠が、金色の光を放った。

『時の子らよ、その祠に入り、こちらへいらっしゃい』

「すっげぇ…」

「…これが、伝承に書いてあった『光の道』…」

躊躇している鳴矢少年の腕を、坂上少年が掴んだ。

 それに驚いて目を丸くする鳴矢少年にウインク一つし、坂上少年は叫んだ。

「さぁ、行っくぞぉ~!」

 気分はまさにRPGだ。

 坂上少年はわくわくする心を抑えきれず、祠に飛び込む。 

 この先にある冒険に心を馳せて…。



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