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時の賢者と夢の終わり  作者: 石構 紅康
13/13

隠し身の賢者

少し短めです。

 緋の勇者ヴァルゴ・サイラスの傷をあっさりと治した真青の髪をした、賢者と呼ばれた女は微笑ながら呆然としているヴァルゴと、満足気な漆黒の竜に視線を向けていた。


 そんな彼女に向かってヴァルゴは呆然としたまま問う。

「無詠唱であの酷い怪我をしっかり治すなんて、あんたはどれだけ名の知れた魔法使いなんだ? それから、どこから現れた。転移魔法を使える魔法使いは国に所属している者しかいないはずだし、このテュルク公国の人間じゃないあんたが何故俺を助けた」

「私はどの国にも所属しておりませんので、私の名前など誰も知らないはずですよ。私が貴方を助けたのは、貴方が私達にとって必要な方だからです。さて、竜王の系譜の方、そろそろ人型になって下さいませんか? 戦意は消されていらっしゃいますが、そう臨戦態勢のままだとこちらの方も落ち着かれないでしょうし」 

『…そうも言ってられない状況だと思いますが?』

 器用に肩を竦めて見せた漆黒の竜は、徐に天に向かって先ほどよりも弱めの炎を吐いた。

 

 ゴオォォォーー


 その様子に、ヴァルゴは厳しい表情を浮かべて素早く立ち上がり、その大きな背中で真青な髪の女を漆黒の竜から庇うかのようにして、大剣を構えて立ち塞がった。

 そんな彼に対し、漆黒の竜の漆黒の双眸が鋭くなる。

『…なんのつもり?』

「緋の勇者殿、竜王の系譜の方は我々を視ようとしたモノを消しただけです。剣を収めて下さい」

「しかし…」

「話が進みません、剣を収めて下さい」

 有無を言わさぬその言葉に、ヴァルゴは暫くの間二人の顔を交互に見ていたが、やがて諦めたかのように剣を下ろした。

 その様子に満足したように頷き、真青の髪の女は二人を見る。

「では、周りに分からないよう結界を…」 

『先ほど貴女に話しかける前に張りました。外から見れば戦っているように見え、貴女の姿も見られていないはずです』

 ファルフォッティーの言葉に、真青の髪の女は微笑んだ。

「ありがとうございます。私はこの世界に存在しない者ですから、視られるのは避けねばなりませんし」

 真青の髪の女の言葉に、ヴァルゴは目を丸くしてまじまじと女を見る。


 そして、初めて見た時に感じた違和感が確かなものであった事に気が付いた。

 

 彼女の輪郭が、まるで蜃気楼か何かのようにゆらゆらと揺れていて定まっていないのだ。

 その得体の知れない様子に思わず剣に手を掛けかけたが、自分を助けてくれた恩人に剣を向ける訳にはいかないと、堪える。

 ヴァルゴのそんな様子に気付き、女は苦笑した。

「私は敵ではありません。そもそも敵であればこのように助けたりしないはずでは?」

「…分かっている。だが…そもそも貴女は何者で、先ほども尋ねたが…一体どこから現れたんだ?」

 警戒心を向けて来たヴァルゴの言葉に、女は一瞬きょとんとしてから、あぁ、と両手を打った。

 漸く自分が名乗っていない事を思い出したのだ。

「申し訳ありません、名乗るのが遅くなりましたね。私の名はマリー・クリス。時の賢者と呼ばれる者です。ただ…今の身は『隠し身』ですが」

「隠し身?」

「隠し身とは実体ではない、という事ですね。精神体、と言えば分かりやすいですか? 本体は別の所にあります。私は、『時の最果て』から離れられませんから」

 その言葉に、ヴァルゴは首を捻りながら蜃気楼のようにゆらゆらと揺れている真青の髪の女─マリーを見詰める。

 そんな彼に、マリーはゆっくりと言う。

「私は、時の最果てがある次元の狭間から貴方を助けるためにと、竜王の系譜の方と話すために参りました。ですが、隠し身のままでは精々2,30分が限度なので先に竜王の系譜の方と話をさせて頂いても宜しいですか?」

「…俺の疑問には答える気がない、と?」

「時の最果てでお話します。貴方には一度来て頂きたいのです」

 柔らかなその言葉と物腰に、ヴァルゴは色々と聞きたい事をぐっと我慢しつつ、肩から力を抜いて頷いて見せた。

「…命の恩人の言葉だ、従おう」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、マリーは漆黒の竜に深紅の視線を向ける。

「竜王の系譜の方、以前竜族に預けた『宝珠』は無事ですか?」

「ええ、無事です。我が王自らが守っています。ですが…」

 一瞬言いよどんだ漆黒の竜の様子に、マリーは微かに柳眉を顰めた。

 しかし、口を挟まず続きを待つ。

『─どうやら、何者かの口より魔王様の耳にその存在が伝わったらしく、引渡しを要求されているそうです』

「…魔王の、耳に、ですか…」

 口元に左手をやり、マリーは考え込む。


 ─早急に回収に向かった方が良さそうですね…。


「─分かりました。今も竜王が守って下さっているのですか?」

『はい。…賢者殿、これは提案なのですが…私は魔王様と協力すべきかと思います』

 遠慮がちに言われたその言葉に、マリーとヴァルゴがそれぞれに反応する。

「魔王は『悪』だろう! そんな存在と…!」

「魔王が独自に宝珠を探している事は知っております。ですが、宝珠を使えるのは宝珠に選ばれた存在のみ…。世界征服をするために宝珠の膨大な魔力を狙っている、と思っていたのですが…その様子だと違うのですか?」

『違います、そんなチンケな理由ではありません。あの方の目的は…』


 そこまで言い掛けた漆黒の竜は、ハッとして空を見上げた。

 そして慌ててマリーの方を見る。

『気付かれた。─賢者殿、逃げて下さい』

 マリーも近づいて来る強い魔力に気付き、柳眉を顰めてつつ頷いて傍らに立つヴァルゴの腕を左手で掴んで右手の古びた杖の石突で地面を突いた。


 ゴツン


「お、おい?」

「我は時を統べる者。我が望み、我が言霊を聞き入れ道を開けよ」  

 詠唱が終わると瞬きをする間に光で出来た柱が三人の目の前に出現した。

「え? うわ、まっ…」

 そこに問答無用でヴァルゴを押し込む事で反論を封じ、マリーは静かに佇んだままでいるファルフォッティーを振り返る。

「貴方は来ないのですか? 竜王の系譜の方」

『私はここで足止めを。傍から見れば未だに戦いの最中なので、これから全力の炎を吐いてヴァルゴと貴女の魔力の痕跡を消しておきます』

「分かりました、宜しくお願いします。─では、いずれまたお会いしましょう。それまでご無事で」 

 深々と頭を下げ、マリーも光の柱に身を滑り込ませた。

 そして、現れた時と同様に瞬きする間に光で出来た柱は消え去り、マリーの魔力の痕跡もきれいに消える。

 彼女がご丁寧に消して行ったようだ。

 それに微かに舌打ちをし、ファルフォッティーは大きく息を吸い込みヴァルゴに向けて吐いた以上の高温と衝撃の純白の炎を地平線に向けて吐き出した。


 ゴオオオオォォォォーーーーーーー


 それは、大地を燃やし尽くすほどの高温と衝撃だった。

 その上で、ファルフォッティーは人型の焦げ跡のような焦げ跡も吐く炎で器用に大地の上に作り出してから、漸く炎を吐くのを止めた。

 その際、ばれないよう周囲に張っていた結界も消しておく。

 ─こんなものですね。

 周囲を見回し、彼等の痕跡が一切ない事を確認したファルフォッティーは近づいて来る者が傍に来る前に漆黒の竜の姿を歪め、人型に戻った。


 漆黒の長い髪と濡れたような漆黒の瞳が美しい存在。

 ファルフォッティーはゆっくりと息を吐き出し、ほんのり紅い唇を真一文字に引き結んで近づいて来る者が目の前に来るのを待ち構えた。

 姿を見せたのは小さなコウモリ。

 小さなその姿からは強い魔力が感じられる。

 そんな小さなコウモリが小さな声で話し掛けて来た。


「『竜王』、緋の勇者を始末したのかえ?」

「ええ、しましたが、何か?」

「…その割りに、血の匂いがせぬが…何故か」

「消し炭も残らぬほどの火力の炎で焼き尽くしたからでしょうね」

 そう言って、ファルフォッティーは地面に作った人型の焦げ跡を指差してみせた。

「あぁ、あそこに緋の勇者だった痕跡が残っていましたね。─あれが証拠では?」

 その言葉に、小さなコウモリはパタパタと可愛らしく羽ばたいて人型の焦げ跡を上を旋回してからファルフォッティーの前に戻って来た。

 そしてその小さなコウモリの姿を歪めて人型になる。


 現れたのは、長い銀髪に銀色の目をした16歳ほどの美少女だった。

 その細い腰には剣が下げられている。

「妾の鼻を誤魔化せると思っておるのかえ? 肉の焦げた匂いはすれど、命を奪うまでの火傷ではあるまい」

 鋭い銀の瞳で睨まれるが、ファルフォッティーは全く怯む事無くほんのり紅い唇に笑みを貼り付けて肩を竦めてみせた。

「さて、ね。そうやって人型の焦げ跡が残っているのだから、緋の勇者は死んだと思いますが?」

「『竜王』…妾は嘘は好かぬ。正直の申せ」

「…『月影女王』、私より格下(・・)のお前が私に命令するのか?」 

 ファルフォッティーは、先ほどヴァルゴと対峙していた時よりもずっと剣呑な雰囲気と明確な殺意を、『月影女王』と呼んだ美少女に向けた。

 

 ファルフォッティーの魔力がゆっくりと威嚇するように溢れ出すと、それに呼応するかのようにビリビリと大地が鳴動し、空には暗雲が立ち込め始める。

 その様子に、『月影女王』は柳眉を顰める。

「妾と戦う気かえ?」

「戦う?」

 ファルフォッティーは腕を組み、美しいその顔に微笑みを浮かべながら小首を傾げて見せた。

 しかし、その漆黒の瞳は笑っていない。

 そんな漆黒の美人のほんのり紅い唇から、言葉が紡がれる。

「蹂躙される、の間違いでしょう? …実力の差を見極められぬ若輩者が年長者に教育されました、と言ったら、ボロボロで帰還した時に部下達も納得するだろうね?」

 

 言外に、『殺す気はないが、あまり調子に乗りすぎると半殺しにするぞ?』と脅しつつ、ククッと喉を鳴らしながら言うファルフォッティーを、銀髪の少女は射殺さんばかりに睨みつけ、腰に下げた剣の柄に手を掛けた。

 しかし、ファルフォッティーは銀髪の少女がそれを抜く前に声を掛ける。

「剣を抜けば、貴女をこの世界から跡形もなく燃やし尽くします」

 ぴたり、と銀髪の少女の動きが止まった。

「私は竜王の系譜の古竜。貴女は吸血鬼の始祖の娘。戦えば種族間抗争が始まりますし、吸血鬼一族の中でも血が濃い貴女の子はさぞかし貴重で大切なのでしょう? 緩やかに滅びに向かっている種族なのですから、自重なさい」

 その言葉にギリギリと唇を噛み締めた銀髪の少女に、ファルフォッティーは優しく微笑んで見せる。

「全ては我が王と魔王様の御心のままに。─これは貴女が口を出しても良い問題ではないのです。分かりましたね?」

 これで話は終わりだ、と言わんばかりにファルフォッティーはそのままの姿で背中に漆黒の皮膜で出来た翼を出した。

 そんな漆黒の美人に向かって銀髪の少女が手を伸ばす。

「待て! 妾の話しはまだ終わっておらぬわ!」

「私にはありません。…ユエイン(・・・・)、私の事を嫌いだからと言って、目の敵にするのは好い加減止めて下さい。迷惑です」

 その言葉に、銀髪の少女─ユエインは一瞬何を言われたのか分からないといった表情を浮かべた。

「なん、じゃと…?」

「ですから、貴女は私の事を嫌っていらっしゃるのでしょう?」

 やれやれ、と肩を竦めて言うファルフォッティーの言葉に、ユエインは何故か泣き出しそうな表情になって俯く。

 その様子に軽く首を振り、ファルフォッティーはその場から飛び去って行ったのだった。

「妾は…嫌ってなどおらぬのに…」

 後に残されたのは、泣き出しそうな表情のままの銀髪の少女と、漆黒の美人が焼き払った広大な焼け野原だけだった。

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