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時の賢者と夢の終わり  作者: 石構 紅康
10/13

火事とケンカは江戸の華

 場所は変わって『時の最果て』

 


 レインはのんびりと会話をしている4人を眺めながらそっと溜息を吐く。


 『魔王がフィルという少年なのではないか』『フィルという少年が成長して魔王になったのではないか』、という事に、何故ここにいる連中は気がつかないのか…。


 もう一度溜息を吐き、レインは違う事を問い掛けた。


「マリーさん、クウヤは何の宝珠に選ばれたんだ?」

「『風の宝珠』ですよ」

 柔らかく微笑みながら答えたマリー・クリスに、レインは更に問いを重ねる。

「場所は?」

「レイン、それはオレのセリフじゃね?」

 苦笑しながら言うクウヤを軽く睨み、レインは不機嫌そうに腕を組んだ。

「だったらさっさと行動しろ」

「…なんだと…? そんな言い方ないじゃないか!」

 ムッとして臨戦態勢に入ろうとしているクウヤと、のんきな4人に苛立っていたレインの間にトオルとサラが割って入る。

「坂上君、落ち着いて!」

「レイン、好い加減にしてよね!」

 それでも、2人は一触即発の状態で睨み合う。


「大体にしてなんでそんなに偉そうなんだ! 普通に言えば良いだろ?」

「おれの方が年上だし、やるべき事があるのにさっさとしないからだ」

「あんたの世界の年の数え方がどういう風になってるのかは知らないけど、同じ年かひとつしか違わないだろ!」

「だとしても、お前はガキ過ぎる。何故もっと頭を使って行動出来ないんだ」

 冷淡なレインと、烈火のようなクウヤを抑えつつ、トオルはサラに問い掛けた。

「サラ、どうなっているの?」 

「年の数え方? それなら新年になったら1歳年を取るの」

「数え年か。じゃあ、僕らの世界では君は2つ下で、レインは僕らと同じ年になるね」


 その言葉を聞いたクウヤが更にデットヒートする。

「同じ年じゃないか! それとも、あんたもオレらと同じ『次元の狭間生まれ』か?!」

「次元の…なに?」

「『次元の狭間生まれ』!」

「坂上君、こっちの暦とサラ達の世界の暦は違うんじゃない?」

「知った事か!」

「その次元の狭間生まれがいつなんだか知らないが、同じ年なんだったらもっと頭を使え、この馬鹿」

「ちょっとレイン、言い過ぎ! 好い加減にしなさいよ!」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんだ! それにちゃんと考えてる!」

 このままだと殴り合いにまで発展しそうな勢いな2人に、マリーは溜息を吐きつつようやく間に入る。


 カツン


 決して小さくはない古びた杖の石突が石畳を突く音に、4人はマリーを振り返った。

「好い加減になさい」

 マリーの静かな声に、クウヤはムスッとしたまま反論する。

「だって、レインの言い方がキツイんだもん!」

「それは私も思いました。しかし、レインの言葉にも一理あるでしょう?」

「マリーさんもオレが馬鹿だって言いたいの?」

「違いますよ」

 苦笑しつつ、マリーはトオルに押さえられたままでいる少し背の高いクウヤの頭をそっと撫でた。

「なっ…ちょ…?!」

 慌てるクウヤを尻目に、マリーはゆっくりと言い含めるように二人を顔を見ながら言う。

「良いですか? よく聞いて下さいね。クウヤとレインは風の宝珠と大地の宝珠に選ばれています。相反する属性なので反発するのは仕方がない事なのですが…もう少し言葉を選んで会話をして下さい。そうすれば、自ずとケンカの回数は減るはずですよ」

 そう、諭すような口調で言われたレインはそっぽを向いて腕を組んだ。

 そんなレインの後頭部をサラは容赦なくどつく。


 バシンッ!


「いてっ! 何を…!」


 バシッ!


 頭を抑えてサラを振り返ったレインは、サラのジト目と更なる平手打ちに言葉を最後まで続ける事が出来なかった。

「何を、じゃないよねぇ~? 元々口煩い守役で、幼馴染だけど…失礼な人間じゃなかったはず。それなのに、なんでいちいち突っ掛かって問題を起こすの?」

「そんなもん、さっさと自分の仕事をしないから…」

「レイン、会話は人が仲良くなるためにも、お互いの事を知るためにも必要な行動だよ。宝珠を集めさえすればそれで解決する訳じゃないんだから、ちゃんと会話に参加して。3人がどんな性格をしているのか全く知らないでしょう?」

 その言葉にレインは言葉を詰まらせる。  

 確かに、ほとんど雑談なんてしていないので3人の人となりが分からなかった。

「それに、今のは完全にあんたが悪いよ」

「な…」

 大きく目を見開くレインに、サラは鼻先にビシッと人差し指を付き付ける。

「村が心配だからって焦った所で物事が上手く行くわけないでしょう? 今は落ち着くまで大人しくしてなさい」

 サラの言葉に大きく溜息を吐き、レインは気持ちを切り替えてマリーの方を見た。

「…分かった。じゃあ、言わせて貰うが…」

「まだ何か文句言う気?!」

 すっかり気が立ってしまったサラによって出鼻を挫かれてしまい、レインはぎろりとサラを睨み付ける。

「サラ、邪魔をするな。俺が…」

「だから、何だってあんたってそう人の話を聞かないのよ!」

 その言葉に、レインは眉根を寄せて大きく溜息を吐いた。

「それはお前だ。俺はマリーさんに聞きたい事を聞こうとしているだけだ」

「何よそれ、あたしの話を全く聞いてないじゃん!」

「そもそも、今、俺が聞こうとしている事に3人とも気付いてないからイラ付いてたんだけどな。解決させようと動いているんだから少し口を閉じて聞いてろ」

「なっ…」

 再び怒りに暴走しそうになったサラの頭を撫で繰り回しながら、レインは気を取り直してマリーに質問をぶつける。


「俺が疑問に思った事は2つ。ひとつは『時の宝珠』の欠片に守られて消えた少年、フィルが成長して『魔王』になったんじゃないかって事。もうひとつは『宝珠』は何を基準に持ち主を選ぶんだ? 魂の結びつきと言った口が、次の瞬間にはトオルはあんたと同じ血引いていると言ったな? 何故だ? 俺達にも8賢者とやらの血が流れているって言うのか?」


 その言葉にサラとクウヤは顔を見合わせていたが、トオルは真剣な表情で頷いていた。

「僕も同じような事を感じていたよ。…時の賢者様、ついでに聞きたいのですが…どうして僕等は何不自由なく、『言葉』が通じているんですか? お互いの容姿からして、言語は全く違うと思うのですが…」

「「あ」」

 トオルの言葉に、サラとレインが顔を見合わせる。

 レインの疑問も重大だが、トオルの疑問も重大だ。

「なぁ~んだ、トオルも『言葉』に関して疑問に思ってたのか。俺も初めて異世界に来た時に疑問に思ってたんだ。…俺達は普通に日本語を話しているつもりなんだけど、サラ達は何語を話しているんだ?」

「あ…あたし達はコーセルト語、だけど…ちなみにマリーさんは…?」

「…古代ルビタニア語です」

「ついでにもう一個。日本のお金でトオルだけが買い物出来たんだけど…それもなんでか聞きたいなぁと思うんだけど」

 4人の期待に満ちた視線を一身に受け、マリーは小首を傾げつつ口を開いた。

「確定ではありませんが…多分、『時の宝珠』の影響でしょうね。それか根源大地母神マグナ・マテルのご加護か…」

「マリーさんでも詳しくは分からないの?」

「ええ。ですが、金銭がトオルにしか使えないのでしたら『時の宝珠』の影響が濃厚でしょうね」

「じゃあ、今度実験しよう!」

「え?」

「今度違う場所に行った時に、トオルから離れて俺とサラかレインで話せば分かるんじゃね?」 

 お気楽なクウヤの言葉に、レインの額に青筋がうっすらと浮かび上がって見えるのは気のせいだろうか…?

 いや、気のせいではない。

 すーっと息を吸い込む姿を確認したサラが、慌てて話を変える。

「ま、まぁ、言葉の件は置いとくとして、レインの言っていた事だけど…トオルはどう思ってる?」

 水を向けられてトオルは少し考えてから頷く。

「…えっと…魔王の事なら、時の賢者様の話を聞いた時からそんな感じはしていたよ。『宝珠』が持ち主を選ぶんだったら、魔王が『時の宝珠に守られて消えたフィル』に間違いないと思うんだけど…時の賢者様はその事を否定したいのでしょうか…?」

 遠慮がちに向けられた4対の視線に、マリーはそっと吐息を洩らしてから答える。

「『魔王』がフィルであるのなら…何故『時の宝珠』は『フィルが魔王』だと答えないのでしょうか…?」


 どうやら堂々巡りなようだ。


 クウヤは周りの微妙に落ち込んだ空気を察したのか、いつもよりも真面目な顔をして4人の顔を見回した。

「…魔王が本当に宝珠を狙っているのなら、いつかは出会うはず。それまでは確認出来ない事柄なんだから、本人がいないここで問答をしても仕方がないんじゃね?」

「そうだね。次は宝珠がどうやって持ち主を選ぶか、だっけ?」

「それに関しては、今生では先ほどレインが言っていたように、魂の結び付き組と8賢者の血を引く組に分かれているようです」

 その返答に、4人は顔を見合わせた。

「2パターンあるって事?」

「ええ、受ける気配の感じでは…トオル、レイン、サラは子孫、クウヤは魂の結び付き、のようですね」

「マリーさんはどうやって継承したんですか?」

 サラの問い掛けにマリーは優しい微笑みを浮かべた。

「私はそのどちらでもなく、強い魔力を持っていたが故に大地母神マグナ・マテルによって授けられました。私以外の賢者達も同じだったと思います」

「強い魔力を持っているんだったら、他属性の魔法とかも使えたりするの?」

 目をキラキラさせてマリーに尋ねるクウヤに、マリーは微かに苦笑する。

 ふと他の3人を見ると、クウヤほどではないが好奇心に満ちた眼差しをマリーに向けていた。

 マリーは笑みを深くして頷く。

「ここでは大きな魔法を使う事は出来ませんが使えますよ。宝珠に選ばれたからと言って、その宝珠の属性の魔法しか使用出来なくなる訳ではありませんし」

「オレ達も魔法って使えるようになるのかな?」

「あたしは治癒魔法が使えるけど。後は精霊にお願いすれば攻撃魔法も何とかって所かな」

「おれも火属性なら攻撃魔法と魔法剣が使える。でも、地属性は全く使った事がないが…そんなおれが何で大地の宝珠に選ばれたんだか…」

「剣と魔法の世界! すっげぇ~! RPGだ!」

「坂上君、テンション上がりすぎだよ」

 やんわりと窘められたが、クウヤはどこ吹く風。

 先程までケンカをしていたレインに尊敬の眼差しを向け、それから勢い良くマリーに振り返った。

「マリーさん、オレに魔法を教えて!」

 すっかりノリノリなクウヤに全員が苦笑を浮かべた。

 マリーは柔らかく微笑み、足元で丸くなって眠っていた巨大なトラ猫、チャンク・ポンクを指差した。

「私は人に魔法を教える事が不得手なので、彼にお願いして下さいね」


「「え?」」


 驚きに目を丸くしている4人に、マリーは更に続ける。

「ありとあらゆる武器に精通しているので、もしも武器も扱いたいのでしたらそちらも彼に習うと良いですよ」

「…猫に?」

「ええ、チャンク・ポンクに。彼は私の話し相手兼、護衛兼、暇つぶし相手ですので、実力は折り紙付きです」

 にっこりと微笑んで見せたマリーに、レインは小さく首を傾げて尋ねた。

「…暇つぶし相手って…?」

「長い年月をぼーっと過ごすのも暇ですし、魔法開発とか、模擬戦とかしていますね」

「そもそもチャンク・ポンクって何者なの?」

 おそるおそるといった体で尋ねるクウヤに、マリーは回りに全く気にせず眠っているチャンク・ポンクに優しい視線を向けた。

 そして迷う素振りを見せつつ彼を優しく撫でる。

 チャンク・ポンクは聞いていたのかゆっくりと鮮やかな緑色の双眸を開き、5人の顔を見回して緊張気味に口を開いた。


「…実は、ボクも別の世界からの『時の迷子』にゃ。見ての通り巨猫族出身だけど…戦うために特化した一族の誰よりも戦闘に関する知識や武器に関する知識、扱いがあまりにも凄かったらしくて危険分子扱いをされて暗殺されかけたのにゃ。多勢に無勢で死に掛けていた所に、偶然目の前に光の道が出来たから訳が分からないまま転がり込んだんだけど…帰る場所はなくなったし、未練もなかったけど…行きたい場所もなかったにゃ。それだったら死に掛けていたボクを助けてくれたマリーさまのお側にいる事に決めて、今に至るにゃ」


 なんというか、予想以上に悲惨な人(?)生だった。

 ―こんなに可愛いのに暗殺だなんて…!


 サラがガバっとチャンク・ポンクに抱き、そのもふもふふかふかな毛並みに顔を埋めた。

「にゃ、にゃ、にゃーーーー!!」

「あたしたちは絶対にチャンクやマリーさんを裏切ったり、傷付けたりしないからね」

「サラ……ふ、ふん! ボクはマリーさましか信じないにゃ!」

 そう言いつつ、チャンク・ポンクの声にも目にも棘はなく、ただ戸惑いとテレがあるだけのように見える。

 いつもだったら口を出すレインも、今回ばかりは口を噤んでいた。

 江戸と言えば喧嘩ですが、ほとんどの場合が口喧嘩で終わっていたそうです。

 タンカの切りあいだったとか。


 それぞれの口ゲンカをもう少し書こうと思いましたが、収拾は付かなくなるわ、険悪になって進められなくなったので、多少割愛しました。

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