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無の追憶

 

 そよ風が吹く。水面は揺れ動くことなく。波紋は円を描き、光を呑んで碧く染まる。船は揺陽炎の如く、海鳥たちは青空の下を流れる。雲は渡り鳥のように、陰陽の狭間を漂う。星は空に軌跡を描いたまま、傾くことなく輝きを放つ。

 音など聞こえない。全てが無音のまま。海の音も、風の音も、船の汽笛も、鳥の声も、私の声も。耳を傾けても虚だけが響く。声を出しても、無ばかりが口からあふれる。何もない。何も出ない。何も聞こえない。虚ろいだけが耳に染みる。それさえも虚無に変わって。

 通り過ぎていく風景。どこまでも続く水平線へと。その向こう側へ行こうとも、この青い場所からは抜け出すことはに。青、蒼、碧。どこまでもアオイ世界が広がっている。

 光は止まり、闇は留まる。夜は訪れない。朝は昇らない。ただ狭間が流れては留まる。夜もない、朝もない、夕方でもない何か。それはこの場所を示す道しるべ。

 全てが止まったまま、動くことはない。この世界にあるのは色彩だけだろう。明度はなく、彩度もない。全てが同じように、全てが等しく留まり続けている。この世界に影はない。

 そんな虚ろいを私は歩く。青い上を。蒼い円を。碧い線を。足音はなく、冷たさも感じない。ただどこまでも続くキャンパスが見える。私はただ歩く。あの水平線を目指して。足跡を残して、感情を残して、ただあの水平線を目指して進む。同じ鼓動を繰り返して、同じ時間が流れて行く。世界は動かない。私だけが歩き続ける。

 いつか見た時計のように。進む。進む。ただ同じ場所を。歩けばきっと何かが動くと思った。それでも何も変わることはない。虚が側を過ぎていくだけだった。

 歩く。進む。叫ぶ。止まる。また全ての繰り返し。水平線は茜色のまま。遠のくこともなく、近付くこともない。同じ場所を歩いて行く。閉じられた世界の中で私はまた繰り返す。

 それが「無」であった。

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