虹色アイズ
みんなそれぞれの気質に合った色や好きな色を一つだけ、自分の両目に宿している。それが僕らの世界だ。
僕の目は虹色だった。生まれた頃は大体みんなそうだ。たくさん宿しているか、くるくると変える。大きくなるとそれぞれ決まった色に落ち着くけれど、僕だけはずっと虹色のままだった。
「どれか一つに決めなさい」
「落ち着きがないと物語っているようなものだ」
「みっともないよ」
小さい頃から言われ続けてきた。親、周りの大人、友達にでさえ。けれど
「じゃあ僕の目をつぶしてしまえって言うの?」
言われる度に僕は言い返して、決して色を一つに絞らなかった。他の誰の為でもなく、僕の映したいものを映していたかったから。
「――欲張りだって言われなかったのか?」
「沢山言われた」
僕はへらっと笑って、向かいであぐらして夕食の鍋を掻き混ぜているベルを見る。彼とは少し前に会って、同じく旅をしてるらしく一緒に行動することになった。今日は森で見つけたこの洞穴が寝る場所だ。そんなに奥まってなくて小さめだけど、二人で過ごすには十分の広さがある。
「人に言われたから色を変えるなんて、そんなもったいないこと出来ないよ。大人でも特定の物を見ると目の色が変わる人だって沢山いるんだし、人の目の色に口出すなんて余計なお世話だ」
「それは同意だな。自分の目の色が変えられるからって、他人のも出来ると思わないでほしい。嫌な押し付けと期待だ」
右の虹色と左の白は鍋を見つめたまま、けれど言葉には力を入れてベルは喋った。
僕は頷く。
今まで散々言われてきた。「一つにしなさい、絞りなさい」って。それが嫌で街を出た。もう耳のたこはカッチカチだ。
「時間が経てば興味をなくしてくれるか、陰口に変わるか。だけど僕は面と向かって言われるよりそっちの方がいい。面倒くさいもん。偶に好意的な人もいるけど」
僕は故郷の雑貨屋のおじさんを思い出した。彼は僕の目の色が虹色でも構わずずっと可愛がってくれた。
少し前にベルにそのことを話したからか、彼は思い出したらしく「羨ましいよ」と呟いた。小さく息を吐いて、彼は目を伏せる。鍋をかき混ぜていた手が少し遅くなった。
「でも君は強いじゃない。単色のオッドアイの人は偶にいるけど、虹色と白の人とは初めて会ったもん」
それを聞いて彼は少し困った顔をして後ろ頭を掻いた。左右で違う色の目が横へ移動する。
「強いのはお前だけだ。俺は逃げてきたんだから」
「逃げた? でも色は変えなかったんでしょ?」
十分すごいよ、と続けようとしたらベルは首を横に振った。
「これは事故でこうなっただけだ。お前とは違う。アイル、俺の目をよく見てみろ」
言われて鍋の横を回って、彼の右側からじっと見てみる。左の白い目はいつも通り、ほんの少しの輪郭線でそこに目があることが分かる。どこまでも澄んだ石のようで綺麗だ。そして右の虹色の目は、円状の線の幅を変えながら水面のように揺らめいている。
「俺はな、元々両目とも白かったんだ。それも生まれた時から」
「生まれた時から⁉︎」
そんな人は滅多にいない。神童と持て囃されたんじゃないだろうか。
「でもある時事故で右目を怪我して、義眼にすることになった。でも、その義眼は白くなかった。……なんでこうなったんだろうな。医者の考えたことは分からない。もしかしたらいつかコントロール出来るのかもしれない。でも今はこの通り、ただの鏡だ」
ベルは自分の右目を指す。虹色の瞳……。
初めて会った時、同じ色だと感動した。でもそれは彼の色ではなくて、僕の色だったんだ……。
「両親は自分達が白い目だったから、俺の義眼の秘密に気付かなかった。でも、外に出たら大騒ぎで。……俺は小さい頃は持て囃されて育ったんだ。生まれた時から両目とも白かったからな。でも義眼になってから人は離れていった。左右の目の色が違うだけならともかく、この目は人によって色を変える。そんな落ち着きのない瞳じゃ赤子と変わらない」
ベルは軽く笑ってみせる。
天才だと彼を持て囃していた周囲は、がっかりしたかもしれない。でも、一番傷付いたのはベルの筈で。どれだけ寂しかっただろう。悲しかっただろう。
「事故のことはみんな何も言わなかったの? 知らなかった?」
「知ってはいたさ。でもそうなった。両親はまた医者を探すとか言ったけど、腫れ物扱いされるのも、治った後あの街でまた暮らすのも嫌だった。だから俺は街を出た。自分で医者を探してやろうと思って」
ベルは真面目な顔で鍋を見つめている。スープを掻き混ぜていたのをやめると、左手と同じように太ももに右手を置いた。
「……僕、君に『綺麗な虹色だ』とか言っちゃったことあるけど……ごめん」
「別にいいさ。いちいち気にしてちゃキリがない。ただ、アイルは強いやつだって思っただけだよ」
ベルは笑う。でも、その顔にはやっぱり苦しさが見えた。
「――羨ましいよ」
さっきそう呟いたベルに、何か出来ることはあるだろうか。
考えていて、ふと思った。ベルは生まれた時からずっと白い目だったと言っていた。でも途中から片方の色をなくしてしまって……。
僕はベルの瞳を見つめた。僕の色を映す鏡の右目、そして白を映している左目。
色を変えるには、強く思って想像するんだって昔習った。変えよう。僕の目の色を。
「え⁉︎ 何してる、アイル、なんで白い目に……」
人生で初めて変えた色。それは
「何これ⁉︎」
虹色と全然違う。世界の色は変わっていない筈なのに、何かが違う。ぼやけているとも、回っているとも取れる。
僕が挙動不審に動き回るのを止めようとベルは立ち上がって「落ち着け、元の色に戻ればいいから」と肩に手を置いた。もう目が回りそうだった僕は、耐えることが出来なくなって止む無くいつもの虹色に戻った。
「どうしたんだよ、急に」
「いや、僕が白い目になればベルも白い目になる筈で。そしたら少しは笑顔になってくれるかなって。お医者さんを見つけるまで一緒にいれば、みんなに何か言われることもない訳だし」
僕を落ち着けようと座らせてくれていたベルの動きが止まった。
「……馬鹿だな。お前の色は虹色なんだ。変えたら目を回して当然だ。好きな色、気質に合う色、親しい色をみんな見つけて映してるんだから」
そう、言われて気付いた。そっか、そうだった。僕はいつからか『一つの色を選ぶ』ことが正解で、そうしなきゃいけないと思ってた。でも、僕の目だって見方を変えれば虹色っていう一つの色なのか。これが僕の色なのか。一つだけど、一つじゃないこの色が。
「ベル、ありがとう」
「え、何がだ?」
「僕は虹色だったんだなって」
「ずっとそうだろ」
「うん。でもベルの目もまた虹色に……」
僕が言うとベルは小さく笑った。
「いいんだ」
優しく放たれた言葉からは、諦めのようなものが消えている。
「俺は街を出て良かった。アイルに会えたから。お前は初めて俺の鏡の目に寄り添ってくれた人間だ。俺は今一番旅して良かったって思ってる」
「本当?」
「本当だ。ありがとう、アイル」
左右で違うベルの目。それが二つともきらきらして見える。
「ベル……うわっ」
嬉しくて見つめていたら、力強く頭をわしゃわしゃと撫でられて、僕は前方に傾く。多分彼の照れ隠しだ。
「医者に会えなくてもいい気がしてきた。この右目は、きっと何にでもなれる魔法の目だ。きっと何より自由で、綺麗で、沢山のものを知ってる。ありがとう、アイル」
ベルが撫でるのをやめたので顔を上げると、見えたのは出会ってから一番の彼の笑顔だった。釣られて僕も頬が緩む。
「良かった、ベル」
「ああ、お前のお陰だな」
鍋を温める火の色で、洞穴の壁が温かく照らされている。二人で微笑み合うと、もっと空気が温かくなった気がした。
「あれ? ベルの目……」
「ん?」
何があったのか、突然彼の目が二つとも
「「白い!」」
「なんで? 何があったの?」
「いや、俺も分からない。ただ突然……コントロール出来るようになった?」
まだ困惑したままの僕達は、中途半端に立ち上がる。けれどまた座り直して、僕は微笑んだ。
「良かったじゃない。お医者さんを探す苦労はなくなったし、元の瞳の色に戻って」
「うーん……」
けれどベルはどこか迷ったような納得いかないような声を出す。そして、何故か右目を虹色に変えた。
「な、なんで? 折角白になったのに……」
「いや、なんか虹色の方が落ち着くというか。お前といる内にこれが馴染んだのかな」
「……いいの?」
「『いいの』って、俺が自分で変えたんだからいいに決まってるだろ」
ベルはからからと笑う。それは本当に楽しそうで、僕は心配が無用だったことを知った。
「アイル、お前はこれからも旅をするのか? どこかに住むか?」
「うーん、完全に決めた訳じゃないけど、まだ旅を続けるよ。色んな景色を見るのって結構楽しいし」
ベルにも会えたし。
「俺も引き続き一緒にいていいか?」
「もちろん」
「良かった。じゃあこれからもよろしくな、アイル」
「うん。よろしく、ベル」
差し出された手を握って二回くらい軽く振る。と、何か突然じゅーっという音がした。
「あ、鍋こぼれてやがる!」
「えっ、もったいない!」
慌ててミトン代わりの布を用意して鍋を火から外す。
どたばた慌ただしく動いて、やっとそれぞれの小皿に移したスープは少し焦げの味がした。でも「これも旅の醍醐味だよね」なんて僕らはまた笑い合って、洞穴には温かい声が響いていた。
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