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本文後半、ちょっと下品な発言などの表現がございます。
苦手な方はご注意ください。
山猫の獣人は気まぐれで、時に凶暴になる。特にミリィは身内にした者にはとことん甘く、傷つける者には容赦がなかった。
ミリィの大好物は魚だ。よく池や川に行って、自ら魚類を獲り主食にしていた。そのうち手捌きもよくなり、もっと広い水場で獲物を獲ってやろうと画策するようになった。
ミリィが友と出逢ったのは、海だった。右手に刃物、左手に網を持っていざ出陣と広い海に飛び込み、泳ぎ、夢中になっているさなか、足を取られ波に襲われた。だれも助ける者などなく、このまま死ぬのだと思った矢先、友が救ってくれたのだ。
友となったそいつに「どうして海にきたのか」と尋ねられ、正直に「魚を喰うから」と答えれば、そいつは顔を真っ青にして謝ってきた。
そのときはなぜなのか分からなかった。きっと獲物である魚を逃がしてしまったからだろうと考えた。
「アンタのせいじゃないよ」
そう言うと、そいつはちょっとだけ困ったように眉を下げ、ほほえんでくれた。
かくしてそいつと友達になったミリィ。海へ足を運ぶのは魚を獲るためではなく、友に会うため、になった。とても幸せな時間を過ごしていた。
不幸を呼んだのは、ひとりの男のせい――
「うつくしい。おまえなら眷属にふさわしいだろう」
男はにこりともせずそう言って、ミリィの友を掻っ攫っていった。
――許さない!
ミリィは怒りに震えた。絶対に奴らの息の根を止めようと心に誓う。
友を攫った男とニンゲンたち……刃向う者は容赦しない。
なぜなら、彼らはミリィの逆鱗に触れたのだから。
+ + +
「お頭ぁ~! 客ですぜぇ」
下っ端の男が洞窟の入り口で声を張り上げた。昼間から宴会を開いていた盗賊たちは声の方を見やり、剣呑に表情を歪める。
「客? なんの用でぃ?」
「頭はいつもの『不在』だぜ」
ぎゃははは、と声高に笑いながら盗賊たちは下っ端に答えた。
「ええ~。困ったな。仲間になりたいってヤツが来てて……」
「仲間だぁ?」
「貢物も持ってきたみたいで」
その言葉に、盗賊たちはパッと顔を輝かせた。
「へぇ! 酒か? 女か?」
「えっと奴隷の男ですぜぃ」
男かァ、と盗賊たちは次々に興味をなくす。
村を襲撃し金目のものを奪ったのは三日前。そろそろ次の襲撃日のはずだが、なかなかお頭は許可をくれない。それに「人攫いは絶対にしてはだめ」らしい。欲求はたまるもので、仕方なしに奪った金で花街へ通っていた。その金ももうすぐ尽きる。
「でも、どえらい別嬪で……ありゃぁ、売れば高くなりまさぁ」
下っ端は声に興奮の色をのせて話す。
途端、再び盗賊たちの顔に興味の色が浮かんだ。
「なに、美人かぁ……そりゃあご苦労なこって」
「へぇ。男か女か一瞬迷うような美形でしたぜぃ」
「ふぅん。なら、俺が味見でもしてやるか」
ぼりぼりと無精ひげをかき、ひとりの盗賊が下品な笑みを浮かべる。
他の盗賊たちも数人が、瞳に剣呑な色を浮かべた。
「よぉし、連れてこい。品定めしてやる!」
鶴の一声、とでもいうのだろうか。その一言に酔った盗賊たちは活気づいた。
下っ端はニヤニヤしながらその場を去り、献上品――奴隷の男を連れてきた。
薄暗い洞窟に日の光が射し込むのは入口の近くだけだ。外は眩しいくらいの白い背景で、だから件の奴隷が姿を現したときは、まるで彼が光から生まれ出たような錯覚を起こさせる。盗賊たちのような粗野な男ではこうはいかない。間違っても見とれたりはしない。
奴隷は、とても目を惹いた。
ダークグレーの髪はわずかに湿り気を帯び、頬にかかる髪は肌に張り付いている。口元は土で汚れていたが、滑らかな肌は隠しようがなく、引き締まった口元と意志の強い瞳が印象的だった。特にコバルトブルーの瞳は、奴隷に落とされたとは思えぬほど勝気で、男たちの加虐心を煽る。
たしかに中性的な顔立ちで、一見男か女か迷うところだ。男にしては細身だが、女にしては雰囲気が鋭い。どちらかといえば男に見えるだろうが、決してむさ苦しさはなく、爽やかでうつくしい顔立ちと肢体に、つい目を奪われた。
ごくり、と誰彼ともわず喉をならす。
「酒くさ……」
奴隷の口――ではなく、奴隷を連れてきた『新顔』の男の口から出た第一声。おそらく、仲間入りしたいという奴だろう。
「よぉ。てめぇが俺たちの仲間になりてぇってか?」
ニヤニヤしながら盗賊のひとりが近づいてくる。新顔に話しかけているが、視線は奴隷から外れない。
「ああ。ダグラスっつーんだ」
新人になるとは思えぬほどふてぶてしい態度だが、これだけの供物を献上しようというのだ、それも仕方のないことだと盗賊たちは思う。
二つ返事で、彼らはダグラスの仲間入りを歓迎した。
「こんな別嬪どこで手に入れたんだ?」
「旅してたら奴隷狩りにあっててな。助けてやったんだ」
淡々と、しかしすこし自慢げに男は答える。
「ハハハ! 助けておいて自分の奴隷にするなんてな! 世話ねぇなあ!」
「同情したくなるけどよ、俺たちにとってはありがたいぜ。そろそろたまってきたしな!」
「花街に行かなくてもどうにかなりそうだ」
盗賊たちのニヤついた笑みに、ひくり、と顔を引きつらせたのは新顔ダグラスだった。
「売るの勿体ねぇーし、味見し尽くしてから金にしようぜぇ」
「もちろんだ。だれからヤる?」
「じゃあ俺からいただくぜ」
「俺も俺も!」
とんとん拍子に話は進み、まとまっていく。
先ほどまでの落ち着きようはどこへやら、ダグラスはおどおどし、裏返った声で叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て! 俺はこいつを頭に献上すんだ! おまえら、な、なにするつもりだ!」
声にきょとん、と盗賊たちは目を見開き、やがてゲラゲラと笑い出す。
「なに言ってんだ! 頭は『色』は好まねぇよ!」
「まぁたしかに、えらい美形な男だがなぁ」
「お、男……? こいつが……?」
ダグラスは目を白黒させてつぶやくが、だれも聞いちゃいない。「たしかに初見では俺もそう思った……!」と頭を抱えているが、だれも気にしない。
盗賊たちは順番を決め、欲望に怪しく光る眼で奴隷を見ていた。
「ちょっと待てよ! そ、そう! こいつは男だ……!」
唐突に、ダグラスは大きな声で言った。
「見りゃわかるぜ新入り」
「だからなんだ? まさかてめぇ、男だから抱けねぇとでも?」
ゲラゲラ腹を抱えて笑い出す盗賊たち。どうやら酔っぱらっているだけでの言動ではないらしいと理解したダグラスは、顔を真っ青にさせている。
収集がつかなくなりつつあるその場で、ふいに透き通った声が響く。
「煩い」
奴隷の口からもれた声だった。
声までいい。低すぎず高すぎず。啼かせがいがあるな、と盗賊たちは笑みを深めるが、奴隷は無表情のまま再度口をひらく。
「どうでもいいからさっさとしろ」
「へぇ。奴隷ちゃんは俺たちと気持ちイイことしたいってわけ?」
盗賊のなかでは若い年代の青年がニヤニヤしながら問いかけ、便乗するように他の男たちも歓声をあげる。
しかし奴隷は一瞥し、興味なさげに言った。
「相手をしてやろう。けれどそうだな……もっと広い場所の方がいい」
言って、奴隷は不意打ちに目を細めた。
ごくり、とまた盗賊たちは喉をならす。知らず、手を伸ばしかけている者までいた。
「外、がいいな」
虜になった男たちは反射的に頷いていた。