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女神のティア  作者: 詠城カンナ
第二章 仮面と魔法
14/25

(3)

お久しぶりです……

少し展開がはやいかもしれません。

すみません。


……で、ちょっと変態が出ます(笑)

これからはあまり前置きせずに出す場合もあると思うので。


では、どうぞ。



「では聞くよ。君の望みは? 金? 力? 愛?」

 荒い息のまま、エダは男を見上げた。「ワタシはもちろん力だよ」と豪語する目の前の男に戦慄を覚える。


 鴉の獣人によって仮面の館へ連れてこられたエダは、抵抗することなくおとなしく従った。《仮面の主人》の正体が気になったし、いったいどういうつもりで『招待』したのか興味もあった。つまり、純粋な好奇心からだ。

 しかし、はやくも後悔が押し寄せる。自分の力を過信しているわけではないが、状況の読みがあまかったのは事実だ。

 カラスと呼ばれた獣人はエダを主へ引き渡すと、命じられるままアジェの始末へと再び飛び去った。部屋に残されたエダは、さっそく《仮面の主人》と対面したというわけである。

 男はあいさつもそこそこに、いきなり《獣人殺し》の首輪で拘束しはじめたのだ。

 ――しまった――

 ぎょっとして抵抗したが、身体はだるく思うように動かない――力が使えないと気づいたときにはすべて遅かった。

 《仮面の主人》は名前のとおり仮面をつけている。目が隠されているせいで顔の造形はよく見えないが、わかるのはニビ色の顎のあたりで切りそろえた髪をしていて、小柄な男であるということだけだった。

 部屋は薄暗く、ほのかな明かりは燭台と暖炉にはぜる小さな炎だけ。緋色の椅子に座って紅いワインを飲みながら、男は動けなくなったエダを楽しそうに見やり、冒頭の台詞を口にした。



「君は獣人だろう? うまく化けてたみたいだけどぴんときたよ。匂いがちがうもの」

 エダが無言を貫きとおすこともさほど気にせず、男は淡々と話し出す。

「力が思うように扱えなくて食事をたくさん摂らなきゃいけないんだろう? 知っているよ、全部」

 くすりともらす笑い声に嫌悪が募る。愛らしい顔を歪め、エダは内心舌打ちした。

 はじめ、部屋に垂れこめる匂いは香水かなにかかと思ったがとんだお門違いだ。《獣人殺し》と同じ効力を発揮し、徐々にしかし確実に獣人の身体を蝕む香りなどはじめて嗅いだ。もともと満足な食事で力を補うことができなかったのもわざわいし、気づけば《獣人殺し》の首輪で力を完全に封じられる始末。もはや抵抗らしき抵抗もできない。

 自分が膝をつくなんてハラワタが煮えくりかえりそうなほど許し難い。エダはぎりぎりと歯ぎしりして、絶対に目の前の男を殺してやろうと目論んだ。

 そんなエダに気づいていないのか、《仮面の主人》は愉快そうに肩を揺すり、床に横たわるエダをながめて口をひらく。

「連れとは契約したのかい? ああ、だけどそんなの許さないよ。はやく契約解除しておしまい」

 ワインをぐっと飲み干し、男はつづける。仮面のなかに隠された目の表情は読めないが、見える口元は不自然に笑みのかたちに歪んでいた。

「君もわかっているだろう。契約は獣人にとって負担になるだけなんだから」

 たしかに――たしかに、『真の契約』を人間と結べる獣人はなかなかいないというのが事実だ。口先だけでの『契約』なればそこらへんにいる獣人にもできるし、相棒としてともに生活することも容易い。ただ最近は獣人を力で縛り付け奴隷や観賞用とする人間が多く、人間優位な体制が常なのだが。

 ともかく、血と血、魂と魂で結ばれた『真の契約』をするには獣人にそれなりの負担がかかるのだ。

「へぇ……アンタ、そんなこと知っているなんて、なかなかのニンゲンだね」

 脂汗を額に浮かべながら、エダは気丈に笑う。『契約』の意味を知る人間を見たのははじめてだ。


「余裕だねぇ、お嬢さん」

「うっさいな。僕、男なんだよね」


 ぴくりとエダの眉が不快気に動く。見下す《仮面の主人》の言葉に過剰に反応してしまったが、この際関係あるまい。

 男は、仰天したようだった。しばし口をぽかんとあけ硬直したが、それもすぐに雲散する。

「へえ、本当? ふぅん。それじゃあ、好都合!」

 男の声に好奇の色がまざった。椅子から立ち上がり、エダへ近づく。

「女にはうんざりだ。金ばかり、顔ばかり。ワタシを見てくれない……気持ち悪いというばかり」

 興に乗った男は、エダの顎に手をかけて上を向かせ、ほほえむ。

「だから力が欲しいんだ。ワタシは獣人が大好きなのさ……研究に精を出しているのもそのため」

 いちいち鼻につく物言いをするな、とエダは内心反吐が出る思いで男の話を聞いていた。獣人だと見破られたことも甚だしいが、なにより男の目に映る自分が『イキモノ』ではなく『研究対象』または『コレクション』のひとつであることに嫌悪した。

「ね? いいこだから、さっさと契約解除しなさい。君が男の子ならば、ワタシが愛でてあげるから。大事に大事にしてあげる」

 幼子に言い聞かせるように、男は仮面の奥でほくそ笑む。

「カラスのような駒にはしないよ。君はとってもきれいだから。ちゃんと堕として、ワタシのものにしてあげる」

 《仮面の主人》はゆっくりと、愛おしげに少年の漆黒の髪をなでる。

 エダは白んだ目で男を見やった。

「黙れ。下種が」

 それから表情を一変、満面の笑みへとうつす。

「僕、アンタみたいな自己中、だーいっきらい」

 目を細め、エダは吐き捨てた。

「僕はアジェのもの――アンタのものになんか、ならないよ」







+ + +


 エダが攫われてすぐ、悪態をつく暇もなくアジェは噂の館がある場所へと足を向けた。

 ひらひらと手を振っておとなしく攫われていく少年の姿を思い出し、アジェは怒りをとおり越してもはやあきれた。そして、やはり招待された『お嬢さん』はエダのことであったと思い知り、ほんのすこしだけ悔しいような気分になる。

 しかし、とりあえずはエダを救出しなければなるまい。

 誘拐しにきたのはどうやら獣人らしかった。黒い翼をはためかせ夜の空へと消えていった姿を思い出し、奥歯を噛む。いきなり攻撃してきたことからも、敵とみなしていいだろう。相手は人間ではないかもしれないのだ。

 マントをはおり、剣を携え、宿をあとにする。通りは人の気配なく、静かに寝静まっている。

 ランタンをひっつかみ、駆け足で話に聞いた館への道をたどる。道程、生き物に会うことは一度としてなかった。


 街はずれ、森の入口にさしかかるところで、ふいに空気を切る音がした。ほとんど本能的に飛びずさり、アジェは体勢を整えて剣の柄に手をかける。

 一度見知った気配は忘れない。

 びゅん、と銀のきらめきが頬をかすったが、臆せず足を出しランタンを投げつけ獲物を取り出す。羽音とともに黒い羽根が散った。

 ち、と舌打ちをして、闇夜から現れたのは先ほどエダを攫った獣人だった。

「随分な歓迎だな、誘拐犯」

「その言葉そっくり返してやらぁ」

 月夜の下、見えたのは漆黒の翼をもつ男。ヒトガタをとった、鴉の獣人だ。

 長い黒髪は腰まで伸ばされ、細面で、ひょろりとした体系をしている。ややたれ目で、闇夜に映える紫紺の瞳や右の泣きボクロが独特の色香をかもし出していた。なにより目を引くのは、見える素肌という素肌に、全身にタトゥーが施されているところだろう。

「エダはどこだ」

「あの女の子? さぁ? 館で主とオタノシミ中なんじゃない?」

 アジェの無表情にしわがよった。

「あいつは、男だ」

 眉をひそめて言い切るアジェに、獣人は意表を衝かれたようだったが、次第にケラケラと大笑する。

「ならお気の毒に。主人は女嫌いで有名なんだ」

 涙を浮かべるほど腹を抱えて笑った獣人は、ゆっくりとアジェへ視線を戻す。

「加えて獣人好きだから、きっと今頃アンタの連れは堕ちてるんじゃない?」

 ご愁傷さま、と目を細めて言った男に、虫唾が走った。

 ぎりりと奥歯を噛みしめ剣を構えると、相手もナイフを取り出し切っ先をこちらへと向けてくる。

 アジェは、言いようのない不安に駆られた。無駄な時間を過ごしている暇はない。すぐに館へ乗り込み、エダを救出しなければ――心臓がひどく脈打つのだ。


「俺の名前はクロウ」

 ニヤリとした笑みとともに、獣人は足を踏み出す。同時に素早い勢いで数本のナイフが放たれ、闇を纏い襲う。

 それらをすべて剣ではじき、身を沈めてアジェは地を蹴った。刃と刃がぶつかる。

 武器はナイフと剣。接近戦ではあきらかにアジェのほうが有利だ。されど、相手は獣人。身体能力も洞察力も人間とはちがう。加えて相手には翼もある。

 だが。

「貴様に名乗る名などない!」

 吠えるとともにアジェは剣を振るう。余裕でよける相手の隙を探り、土をひっつかんで向こうの顔めがけて投げつけ、蹴りを入れる。

 地に手をついてぐるりと一回転。僅差でかわした男の懐に休む間もなく飛び込む。

 そのはやさは、人間のできるスピードではなかった。

 片手で身体を支え、そのままにアジェは軸として足払いをかける。よろけて咄嗟につこうとした男の手をはじき、身体をひねって馬乗りになると、倒れ込む相手の顔面すれすれに剣を突き刺した。

 肩で息をした獣人の、驚愕の表情が見えた。


「わたしは生憎――独占欲が強いんだ」


 相棒をかえしてもらうよ、と言ったアジェ。クロウはとうとう両手を挙げ、苦笑とともに降参を告げたのだった。



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