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もう一度、夢を歌う  作者: 明日羽
第二章 : 武道館編
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第七話 叩き続ける理由

 路上ライブが終わる頃には、夜はすっかり深くなっていた。


 人通りも少なくなっている。


 最後の曲が終わると、拍手が起きた。


 十数人。


 決して多くはない。


 でも。


 最初の日を思えば、信じられない人数だった。


 


「今日はここまで」


 


 真琴がカホンを軽く叩いて言った。


 


 美咲が大きく伸びをする。


 


「疲れたー」


 


 涼は黙々と機材を片付けていた。


 


 私はマイクを置きながら、少しだけ息を吐いた。


 


 喉が熱い。


 でも。


 


 嫌じゃない。


 


「由紀」


 


 声をかけたのは真琴だった。


 


「はい」


 


「声」


 


 私は一瞬身構える。


 


 でも。


 


「昨日よりいい」


 


 短い言葉だった。


 


 それでも、少し嬉しかった。


 


 そのとき。


 


「じゃあ先帰るね」


 


 美咲が言った。


 


「私も」


 


 涼が続く。


 


 沙耶は喉のために先に帰っていた。


 


 気づけば。


 


 その場には私と真琴だけが残っていた。


 


 夜の広場。


 街灯の光。


 


 真琴はカホンをケースに入れていた。


 


 私は少し迷ってから言った。


 


「真琴さん」


 


「なに」


 


「どうして、そこまで本気なんですか」


 


 自分でも驚くくらい、真っ直ぐな質問だった。


 


 真琴の手が止まる。


 


 少しの沈黙。


 


「……昔」


 


 真琴が口を開いた。


 


「プロになる予定だった」


 


 私は息を止めた。


 


「メジャーデビュー」


 


 静かな声だった。


 


「レーベルも決まってた」


 


 夜の空気が少し冷たくなる。


 


「でも」


 


 真琴は空を見た。


 


「バンド解散」


 


 それだけだった。


 


 私は言葉が出ない。


 


「理由は簡単」


 


 真琴は続けた。


 


「メンバーが逃げた」


 


 その声は、少しだけ硬かった。


 


「怖くなったんだと思う」


 


 武道館。


 メジャー。


 プロ。


 


「私だけ残った」


 


 私は小さく聞いた。


 


「それで……?」


 


「終わり」


 


 真琴はあっさり言った。


 


「そのあと、普通に働いた」


 


 私は胸の奥がざわつくのを感じた。


 


 それは――


 


 私と同じだった。


 


 真琴は私を見る。


 


「由紀」


 


「はい」


 


「夢、諦めたことある?」


 


 私は答えられなかった。


 


 歌い手。


 


 あの頃の動画投稿。


 


 再生回数。


 


 誰にも届かない歌。


 


「……あります」


 


 やっと言えた。


 


 真琴は小さく頷いた。


 


「だから嫌なんだよ」


 


「え?」


 


「中途半端」


 


 その言葉は鋭かった。


 


「夢見て」


 


「途中で諦めて」


 


「また戻ってくる」


 


 真琴の声は低い。


 


「それ」


 


 少しだけ間を置く。


 


「一番嫌い」


 


 胸が痛くなる。


 


「私は」


 


 思わず声が出た。


 


「諦めたかったわけじゃない」


 


 気づけば言葉が止まらなかった。


 


「頑張ったんです」


 


「ずっと歌って」


 


「でも誰も見てくれなくて」


 


 視界が少しぼやける。


 


「気づいたら二十七歳で」


 


「普通に働くしかなくて」


 


 声が震える。


 


「それでも」


 


「歌が好きで……」


 


 沈黙。


 


 夜の風が吹いた。


 


 真琴はしばらく何も言わなかった。


 


 そして。


 


「知ってる」


 


 私は顔を上げた。


 


「え?」


 


「由紀の声」


 


 真琴は言った。


 


「諦めた声じゃない」


 


 胸が強く打った。


 


「だから」


 


 真琴はカホンを持ち上げる。


 


「厳しくしてる」


 


 その言葉は、思っていたより優しかった。


 


「本気じゃなかったら」


 


 少し間を置く。


 


「最初から帰してる」


 


 私は何も言えなかった。


 


 ただ。


 


 胸の奥が少し熱くなる。


 


 真琴は歩き出す。


 


 そして。


 


「由紀」


 


「はい」


 


「武道館」


 


 振り返らずに言う。


 


「連れてく」


 


 私はその背中を見ていた。


 


 夜の街灯の下で。


 


 ドラムを背負ったその背中は。


 


 少しだけ――


 


 寂しそうだった。


 


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