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もう一度、夢を歌う  作者: 明日羽
第一章 : 加入編
5/11

第四話 路上の声

 駅前の広場は、夜でも明るかった。


 人の流れが絶えない。


 会社帰りのスーツ姿。

 学生。

 買い物帰りの人。


 その端に、私たちはいた。


 小さなアンプ。

 ギターケース。

 ドラムは簡易のカホン。


 いわゆる――路上ライブだ。


「よし、やるよ」


 真琴が腕時計を見ながら言った。


 午後七時。


 仕事終わりの人が一番多い時間らしい。


 私はマイクを握っていた。


 手のひらが少し汗ばんでいる。


 


「緊張してる?」


 


 横から美咲が笑いながら聞いた。


 ギターを軽く鳴らしている。


 


「……してます」


 


「いいじゃん」


 


 美咲は楽しそうだった。


 


「路上は慣れたら遊園地みたいなもんだよ」


 


「遊園地……」


 


 その例えはよく分からなかった。


 


 一方、涼はアンプの音量を細かく調整していた。


 


「ギター少し下げて」


 


「了解」


 


「由紀の声、ここだと少し高音きつい」


 


 私の方を見て言う。


 


「無理に張らなくていい」


 


「……はい」


 


 涼は音を作る人だ。


 昨日のスタジオでも思った。


 彼女が少しつまみを触るだけで、音のバランスが変わる。


 


 そして。


 


「始める」


 


 真琴の一言で、空気が締まった。


 


 美咲がギターを鳴らす。


 


 イントロ。


 


 私は歌い出した。


 


 けれど。


 


 最初の一曲は、誰も止まらなかった。


 


 通り過ぎる人たち。


 スマホを見ながら歩く人。


 少し見て、また歩き出す人。


 


 拍手もない。


 


 曲が終わる。


 


 沈黙。


 


 私は小さく息を吐いた。


 


「はい次」


 


 真琴の声。


 


「え」


 


「路上は止まったら負け」


 


 そう言ってカホンを叩き始める。


 


 美咲もすぐギターを鳴らす。


 


 二曲目。


 


 三曲目。


 


 四曲目。


 


 それでも、人は止まらない。


 


 喉が少しずつ乾く。


 


 そして五曲目の途中だった。


 


 私の声が――少し裏返った。


 


 曲が終わる。


 


 真琴が演奏を止めた。


 


「休憩」


 


 その一言で、私はその場にしゃがみ込んだ。


 


「はぁ……」


 


 息が荒い。


 


 美咲が水を渡してくれた。


 


「はい」


 


「ありがとうございます」


 


「思ったよりキツいでしょ」


 


 私は頷いた。


 


「人が止まらないのって……こんなに辛いんですね」


 


 美咲は少し笑った。


 


「最初はね」


 


「でも」


 


 ギターを軽く鳴らす。


 


「いつか止まる」


 


 そのときだった。


 


「声」


 


 真琴が言った。


 


 私は顔を上げる。


 


「弱い」


 


 またその言葉だった。


 


「でも昨日よりマシ」


 


 少しだけ救われる。


 


 真琴は続けた。


 


「由紀の声」


 


「はい」


 


「まだ一人」


 


「……え?」


 


「バンドの声じゃない」


 


 その意味が分からない。


 


 真琴はカホンを軽く叩いた。


 


「歌ってるとき」


 


「後ろの音、聞いてる?」


 


 私は答えられなかった。


 


 正直に言えば。


 


 自分の声で精一杯だった。


 


 真琴はため息をついた。


 


「だから弱い」


 


 そのときだった。


 


「おー」


 


 後ろから声がした。


 


 振り向く。


 


 そこにいたのは――


 


 沙耶だった。


 


 帽子とマスクをしている。


 


「来ちゃった」


 


 美咲が笑う。


 


「ボーカル復活?」


 


「まだ無理」


 


 沙耶は喉を押さえた。


 


「今日は客」


 


 そう言って私を見る。


 


「由紀」


 


「はい」


 


「もう一曲」


 


 私は立ち上がった。


 


 真琴がカホンを叩く。


 


 涼がベースを鳴らす。


 


 美咲がギターを弾く。


 


 そのとき。


 


 さっき真琴が言った言葉を思い出した。


 


 後ろの音、聞いてる?


 


 私は目を閉じた。


 


 ドラム。


 


 ベース。


 


 ギター。


 


 音が重なっている。


 


 その中に――


 


 自分の声を乗せる。


 


 歌い出す。


 


 すると、不思議な感覚があった。


 


 声が前に出る。


 


 音に押されているのに、負けていない。


 


 サビ。


 


 私は思い切り声を出した。


 


 その瞬間だった。


 


 目の前で、誰かが足を止めた。


 


 一人。


 


 また一人。


 


 気づけば、五人ほどの人が立ち止まっている。


 


 歌い終わる。


 


 拍手。


 


 小さいけれど、確かな拍手だった。


 


 私は息を切らしながら立っていた。


 


 真琴が私を見る。


 


「今の」


 


 少しだけ間を置く。


 


「バンド」


 


 それは、初めての言葉だった。


 


 美咲が笑う。


 


「ほらね」


 


「止まったでしょ」


 


 涼も小さく頷く。


 


 そして沙耶が言った。


 


「いいじゃん」


 


 マスクの奥で笑っていた。


 


「由紀」


 


「はい」


 


「武道館」


 


 少しだけ間を置く。


 


「見えてきたね」


 


 私はまだ信じられなかった。


 


 でも。


 


 さっき。


 


 確かに。


 


 誰かが立ち止まった。


 


 私の歌で。


 


 その夜。


 


 路上ライブは、深夜まで続いた。


 


 そして私は少しずつ覚えていく。


 


 バンドで歌うということを。


 


 武道館へ向かう声を。


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