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もう一度、夢を歌う  作者: 明日羽
プロローグ
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27才の初担当案件

 最初に「歌い手」という言葉を知ったのは、中学生の頃だった。


 スマートフォンのアプリ漫画だったと思う。

 画面の向こうで歌う人たちは、顔も名前も知らない誰かだったのに、妙に輝いて見えた。


 自分もこうなりたい。


 そう思ってから、歌うことが生活の一部になった。


 放課後のカラオケ。

 動画投稿。

 マイクを買って、録音して、何度も撮り直す。


 けれど、人気が出るのはいつだって古参の歌い手だった。


 新人の動画は、ほとんど再生されない。


 たまに伸びるのは、キャラクターを作った人たち。

 アイドルみたいな設定や、物語を背負った歌い手ばかりだった。


 歌だけでは、届かない。


 そのことを理解するのに、そう時間はかからなかった。


 それでも歌い続けた。


 気がつけば、二十七歳になっていた。


 


 普通に大学へ行き、普通に就職した。


 今は広告代理店で働いている。


 特別な能力があるわけではない。

 普段の仕事は上司のサポートばかりだ。


 だから、その話を聞いたとき、最初は冗談だと思った。


「今回の案件、お前が担当な」


 上司はさらりと言った。


「え?」


「クライアントの希望だ」


 資料を渡される。


 そこに写っていたのは、今もっとも勢いのある女性ロックバンドだった。


 四人組。


 全員、二十七歳。


 遅咲きのシンデレラストーリー、というわけではない。


 彼女たちは普通に進学し、普通に就職し、普通に働いていた。

 趣味で出会った四人がバンドを組んだのは二十五歳のとき。


 それからたった二年で、人気が爆発した。


 そして今年。


 武道館ライブ。


「で、なんで私なんですか」


 上司は苦笑した。


「向こうの要望だよ」


「要望?」


「同い年の担当がいいんだってさ」


 


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥に、黒い感情が浮かんだ。


 同い年。


 つまり。


 ――同じ二十七歳でも、こうも違う。


 そう言われた気がした。


 


 その日の夜。


 私は親友を呼び出して酒を飲んだ。


 普段は飲まないのに、驚くほど飲んだ。


 親友が心配そうに言う。


「珍しいね、あんたがこんなに飲むの」


「……むかつくのよ」


「仕事?」


「同い年で、武道館だって」


 それだけ言うと、グラスを空けた。


 


 帰り道。


 夜風が少し冷たかった。


 駅前の広場で、路上ライブをしている人たちがいた。


 ギターの音。


 小さなスピーカー。


 立ち止まる人は、ほとんどいない。


 


 気づいたときには声をかけていた。


「一曲、歌わせて」


 


 驚かれたけれど、断られなかった。


 リクエストされた曲は、よりにもよって、例のバンドの曲だった。


 イントロが流れる。


 胸の奥がざわついた。


 


 ――二十七歳で武道館。


 


 そんな言葉を振り払うように、歌った。


 


 拍手が聞こえた気がする。


 誰かが何か言っていた。


 


 でも、そのあと――


 記憶は途切れていた。


 


 翌朝。


 頭痛で目が覚めた。


「……最悪」


 ベッドの上でうめきながら、なんとか起き上がる。


 急いでシャワーを浴び、着替え、会社へ向かった。


 


 机の上に、知らない名刺が置いてあった。


 見覚えがない。


 けれど、遅刻しかけていた私は深く考えなかった。


 


 その日、バンドのマネージャーとの打ち合わせがあった。


 初対面の顔合わせ。


 名刺交換をしようと差し出した瞬間だった。


 


「あれぇ?」


 女性が目を丸くする。


「あなた昨日の!?」


「ふえ!?」


 変な声が出た。


 上司が怪訝そうに私たちを見る。


「知り合い?」


「え、いや、その……」


 マネージャーはくすっと笑った。


「そっか。覚えてないか」


 そしてすぐ仕事の顔になった。


「ま、いいや。打ち合わせ始めましょう」


 


 会議は滞りなく終わった。


 帰ろうとしたとき、彼女が声をかけた。


「今日、何時まで?」


「このまま直帰ですけど」


「ほんと?」


 彼女は楽しそうに言った。


「じゃあ、ちょっと付き合って」


 


 連れて行かれたのは、古いライブハウスだった。


 薄暗い照明。


 壁に貼られた無数のステッカー。


 


 そこに、四人の女性がいた。


 例のバンドのメンバーだった。


 


「昨日、路上で歌ってたでしょ?」


 そう言われて、やっと断片的な記憶が戻る。


 


 そして私は――


 服を渡されていた。


「着替えて」


「待ってください」


 


 事情を聞かされた。


 ここは彼女たちがデビュー当時から世話になっているライブハウス。


 今日は昔からのファン向けの小さなライブ。


 武道館ライブを、ここで最初に告知する予定だった。


 


 けれど。


「ボーカル、喉やっちゃってさ」


 


 だから。


「代わりに歌って」


 


 私は全力で首を振った。


「無理です」


 


 しかし。


「でもさ」


 マネージャーが静かに言った。


「楽しみに来てくれる人がいるんだよ」


 


 それ以上、何も言えなくなった。


 


 酒を一杯だけ飲んだ。


 そしてステージに立つ。


 


 客席がざわつく。


「誰?」


「ボーカルじゃない」


 


 メンバーが説明する。


 喉の不調。

 今日は知り合いが歌うこと。


 


 不満の声が聞こえた。


 


 ――そうですよね。


 


 胸の奥に苛立ちが広がる。


 そのとき。


 イントロが流れた。


 


 昨日の夜。


 路上で歌った瞬間がよみがえる。


 


 私は歌った。


 


 全力で。


 


 歌い終えた瞬間。


 ライブハウスは、しばらく静まり返っていた。

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