夢みる元石像2
馬に乗ると走らせたくなるのは何故かしら。たぶん開放的な気持ちになるせいね。
私はブランモール文明の発掘調査に同行するついでに、乗馬をさせてもらっていた。アルフレッド以外にも調査員が五人。だから勝手に馬を走らせるのはやめておくわ。他の人たちを置いていくわけにはいかないから。
調査員たちは、ただの作業員じゃないの。それぞれ違う分野を研究しているんですって。古代の宗教とか建築、生活様式を研究している人もいるわ。
アルフレッドは言語学が専門よ。でもブランモール全般に興味があるから、言語だけに限定して調査していないの。他の専門家のところへ足を運んで交流しているうちに、意気投合して合同調査をするようになったらしいわ。
今回の調査も同じよ。今までと違うのは一つだけ。私が加わっていることだけね。
調査員たちは私が何者なのか知っているみたい。ずっと、質問したいことがあるって顔をしているの。でも誰も無遠慮に聞いてこないわ。アルフレッドと彼らの間で、何らかの約束があるのでしょうね。
「久しぶりの乗馬はどうだ?」
並走している馬車の御者台からアルフレッドが話しかけてきた。馬車と言っても牽引しているのは幌をつけた荷車よ。調査に使う道具とか食料を積んでいるわ。もう一台は人だけが乗っている馬車ね。
馬車を操っているのはアルフレッドたち。わざわざ荷運びの使用人を雇ったりしないみたい。身も蓋もない言い方をすると、お金がないからよ。予算が限られているから、できることは全て自分たちでやるの。
「悪くないわ。素敵な馬を貸してくれたのね」
「それは良かった」
御者ができる王子に比べたら、乗馬ができる王女なんて珍しくないわね。私が馬に乗っても、誰も驚かなかったわ。
それにしても用意してもらった乗馬服は快適ね。乗り降りする時にスカートを引っ掛ける心配をしなくてもいいのよ。男性みたいな格好だけど、私は気に入ったわ。
昔、男装して馬に乗ろうとしたら、使用人と町の知り合いたちに止められたっけ。異性の服装を選ぶなんてありえない、悪魔でも乗り移ったのかと心配されたわ。スカートは不便だから、乗馬に合った服を選ぼうとしただけなのに。
でも今では誰も問題にしない。ようやく時代が私に追いついたのね。
街道をしばらく進んで、小高い山の近くまで来た。なんとなく見覚えがある気がするけれど、思い出せないわ。山の形って、よほど個性的じゃないと覚えられないの。例えば半分が断崖絶壁になっているとか。山頂に雪が残っているなら、絶対に忘れないわ。
「この山の山頂には遺跡があるんだ。神殿なのは判明しているんだが、具体的なことは伝わっていない」
馬車を止めたアルフレッドが教えてくれた。
「君の花嫁衣装と同じ模様があると言ったのを覚えているか?」
「ええ。私が知っている神殿なら、調査に協力できるわね。だから連れてきてくれたんでしょう?」
「う……それもあるけど、君の気分転換にもなるかなと思って」
優しい言い方にしなくてもいいのに。私は役に立てるのが嬉しいの。アルフレッドは出世するために、もっと色々なことを利用しないと。
でもね、そこがアルフレッドの良いところよね。人並みに欲はあるけれど、誰かを踏みつけてまで満たそうとしないの。遺跡の調査だって、自分だけの功績にしようと思えばできたのよ。
山への入り口は石を敷き詰めた道になっているわ。もう少しで思い出せそう。
しばらく馬を進めて最初の曲がり角まで来たとき、私は立ち止まって周囲を見回した。
「……この道はずっと残っていたの?」
「掘り起こして地表に出したよ。馬車が通れる幅だから便利なんだ」
「じゃあ昔のままなのね」
三つ目の角を曲がると、傾斜は緩やかになった。真っ直ぐ山頂まで道が続いている。
「この道の両端には商人が店を出していたの。敷物の上で簡単な土産物を扱っていたり、神殿へ来た信者に軽食を売っていたわ。火は使っちゃ駄目だったから、作り置きできる料理やお菓子が多かったわね」
「売っていた品について、後で詳しく教えてくれないか?」
「頑張って思い出すわね」
山頂が見えたわ。山道の終わりから神殿の入り口には等間隔に柱が立っていたけれど、全て倒れてしまっている。石造りの入り口や壁は残っているけれど、屋根は落ちてしまっているわね。大部分は草木に飲まれそうになっていたのかしら。壁は土で変色したり蔦が絡まっているわ。
私が思い出したのは、この神殿が実際に使われているところ。神官たちが毎朝清掃して、綺麗に保たれた敷地。真っ白な神殿。多くの信者が祈りを捧げるために行き交う風景。客を呼び込む売り子の声。収穫祭の日は人だらけで歩くのさえ大変だったわ。
すっかり変わってしまった。私が泥に埋まっている間に、少しずつ廃れて消えてしまったようね。
「……遠い時代に来てしまったわ」
私はようやく自分が未来にいる自覚が出てきた。
***
私が遺跡でやったことは、皆の前で昔の姿を覚えている限り喋ることだった。誰かが質問をして、私がそれに答えることが多かったわね。
落ちているレリーフは神殿のどこに使われていたのか。無くなった天井の素材。祭壇に安置されていた道具と使い方。壁に描かれていた絵や文字。思い出せないこともあるのがもどかしいわ。
私が石像にされる前は、いま存在しているものがいつか消えるなんて考えたこともなかったわ。この神殿だって、いつまでも残ると思っていたのよ。常に信者が訪れて、祈る場所だったんだから。
「豊穣の神に生け贄を捧げていたというのは本当ですか?」
「収穫した麦で作った食べ物を供えていたわ。生き物を殺して捧げていたことはなかったはずよ。別の神と混同されているみたいね」
私たちは豊穣の神を主に信仰していたわ。だって人間は食べないと生きられないでしょう? 恵みをもたらしてくれる神を敬うのは当然よ。
「その食べ物の作り方は」
「ごめんなさい。詳しくは知らないの。収穫祭の日に神官たちが作っていたのよ。薄くて丸い生地に蜂蜜を塗って、信者たちに振る舞うの」
町に出入りして遊んでいた私でも、神殿には用事がなければ行かなかったわ。神聖な場所で遊んだら怒られるから。
「神殿で養蜂していたということですか?」
「そうよ。神殿の裏でミツバチを飼っていたはずよ。この山には花が咲く木が生えていて、その蜜を集めていたみたいね。爽やかな香りがするの。アルフレッドの家で食べた蜂蜜とは味が違っていたわ」
話せば話すほど、現在の姿が悲しいものに見えてくるわ。あんなに信者がいた神殿でも、年月が経てば廃れてしまうのね。変わらないものなんて無いって言われているみたい。
遺跡を一回りしてきた私たちは、馬車の近くで昼食をとることにした。遺跡の保護のために、火は使わないわ。運んできた料理を冷たいまま食べるのよ。
「エリンドラさんはどんな料理を食べていたんですか?」
料理について質問してきたのはミリアムね。私よりも少し年上の女性で、芸術の歴史が専門よ。昔の料理を再現するのが趣味なんですって。
「スープが多かったわ。野菜と塩漬けにした肉を煮て、香草で香りをつけるのよ。魚は湖で獲れたものか、乾燥させた海の魚だったわ。あとは茹でた卵にチーズが出ることもあるの」
「保存食が主体だったのですね。冬の暮らしとあまり変わりなさそうです。魔獣を食べたことは?」
「大型のものは城へ献上されていたわ。小型のものは町の人たちの食料だから、私たちが食べることはなかったの」
小型といっても成犬ぐらいの大きさよ。
「やはり古来より魔獣食は一般的だったんですね」
研究職の人たちって、自分の仮説が正しくても間違っていても嬉しそうなのよね。自分の仮説が捨てられない頑固な人もいると思うけれど、アルフレッドの周囲にはいないみたい。
「ちなみに料理をしたことは……?」
ものすごく望みが薄いと察しているのね。確認のために聞いているような顔だわ。
「豆のスープなら作ったことがあるわよ。町の女性に教えてもらったの」
「今度、再現した料理でパーティをしませんか? 他の時代に流行していた特製料理があって」
私が経験者だと知った途端に、彼女の目が輝いた。この反応、好きなものを見つけたアルフレッドに近いわ。
「面白そうな話をしているね。僕も加わっていいかい?」
最年長の教授が話に入ってきたわ。
「ちょうど昔の製法で陶器を復元したところなんだ。料理を入れる皿にどうだろう?」
「じゃあ俺は古代の楽器を持ってきましょうか」
次々と参加希望者が増えていくわ。
「ねえ。アルフレッド。ここにいる人たちは、同じ時代を研究している繋がりじゃなくて、趣味が同じだから集まっているの?」
「どちらかといえば、そうだな」
アルフレッドは盛り上がっている集団から離れたところに私を連れだした。
「母上から養子の話は聞いたか?」
「ええ」
「養子になるのは、少し待っていてくれ」
「どうして?」
貴族じゃないとアルフレッドと身分が釣り合わないわ。
「形だけ養子になって、俺と早く結婚するように言われたんじゃないか? それも一つの手段だけど、目立ちすぎるんだ」
アルフレッドは研究一筋で婚約者がいないのは、みんなが知っていること。それなのに急に婚約者が現れたら、かえって注目を集めてしまうらしいわ。
私が現代生まれの貴族だったなら、物好きな令嬢かお金のために婚約したと思われたでしょうね。でも出自不明の女が貴族の仲間入りをするのよ。詳しく知りたい人は多いわ。
「私が養子に入る家が、そういった詮索から守ってくれるのよね?」
「母上が養子の話をつけるなら、自分の派閥の中で最も信頼している家になるはずだ。でも侯爵家だから王族や公爵家あたりに突かれると弱い。詳細を知ってもそのまま放置してくれると助かるが、エリンドラの場合は分からない。現代に生きていること自体が珍しくて、俺たちがどう頑張っても知りえないことを知っている。そこに目をつける者はいるはずだ」
お義母様の言う通りにすると、対策も何も無いまま危険地帯に入ることになるのね。
「私がアルフレッド以外の人と、いつの間にか婚約させられている可能性があるってことかしら?」
「君がどこかの養子になっていたら、圧力次第ではそうなるかもしれない。母上が信用している家が、どんなことがあっても俺の味方でいてくれる保証がないんだ。母上は女性同士の争いには詳しいぶん、政治的な視野が少し狭くて」
「自分の家が有利になるために、私を他の家に売るかもしれないのね」
昔から人間がやることって変わらないわね。他人を踏み台としか思っていない相手には遭遇したくないわ。
現状の「アルフレッドの客」という立場なら、絶対ではないけれど安全らしいわ。第三王子とはいえ王族の客を傷つける者はいないでしょう。
「対策方法はあるの?」
「君を独占すると不利益を被ると理解してもらおう。今日、集まってもらった人はみんな、各方面に繋がりがある。どこかが独占しようとすれば、残り全てと対立するように立ち回るんだ」
私にできることは生まれ育ってきた時代のことを喋るだけ。でも歴史に携わっている人にはとても貴重で、お金では買えない情報だわ。多くの人に情報を渡して味方を作って、彼らが牽制し合う状況にするのね。
「……ごめん。俺にもっと力があったら、こんな面倒なことをしなくても済んだのに」
「気にしないで。今も昔も、夫婦が支え合うのは当然よ」
「ま、まだ夫婦じゃないって」
「いずれそうなるんだから、今から名乗っていてもいいと思うわ」
アルフレッドは赤い顔で言い訳らしいことを言っていたけれど、私には聞こえないわ。
ここ最近、アルフレッドが忙しくしていたのは、自分の側についてくれる学者と話をつけていたのもあるのでしょう。政治的な駆け引きってやつね。
私の本音はアルフレッドには好きなことだけをしていてほしいけれど、人生ってそれだけじゃ上手くいかないのよね。今は全てが楽しい私でも、いずれ嫌なこともやってくるわ。
生きるってこんなに面倒だったかしら。でも退屈しなくて幸せよ。




