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【連載版】初めまして。不法投棄された石像です。  作者: 佐倉 百


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こんにちは。元石像です。

 人間に戻った王女様は、王子様といつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。


 もし私が童話の主人公なら、そう締めくくられていたでしょうね。そしてその後の生活は、読者の想像に委ねられるの。読んだ人の数だけ未来があるって面白いと思わない?


 でも私は童話の登場人物じゃない。石化が解けたら終わりじゃなくて、人生が続いていくのよ。面倒なところは飛ばされて、結婚式みたいな大きな出来事が急に始まる奇跡はないわ。だから、この気まずい状況も自分で解決しないといけないわけ。


「本当に、石化させられていたんだ……」


 アルフレッドは緊張の糸が切れたように、その場に座りこんだ。


「え、ええ。まさか今になって解けるなんて思わなかったわ」


 石化が解けたのが湖の中にいるときだったら、人間に戻った瞬間に溺死していたところよ。それとも泥で窒息死かしら。


 どちらにせよ、ろくな死に方じゃないわ。私を引き上げてくれたアルフレッドたちに感謝しないとね。


「あのね、とりあえずこれだけ言わせて。ありがとう。ずっと石になったままだと思っていたわ」

「俺は別に……何もしてないよ」


 アルフレッドは掴んでいた手を離し、落ち着きなく視線をさまよわせた。


「そんなことないわ。私を見つけて地上へ運んでくれたじゃない」

「君を運んだのは研究のためだ。ただの石像だと思っていたんだよ」

「動機なんて関係ないわ。私を助けたって結果は変わらないから。どうやって私を見つけたの?」

「どうって……あの湖はブランモールの精霊信仰で名前がよく出てくる場所だから。何かしらの儀式とか、文明の痕跡が見つかればいいなと思って探索していたんだよ。魔力に反応する道具を水の中に向けたら不自然な反応があったから、地元の漁師を雇って引き上げてみたんだ」


 自分の専門分野になったら饒舌になるのは、アルフレッドの特徴だわ。嫌いじゃないわよ。だって楽しそうだもの。


 でもね、そろそろ私も喋りたいわ。あなたばかりずるいわよ。


「君はずっと意識があったんだよな? 俺は、その……何か失礼なことをしなかっただろうか」

「なかったと思うわ。私から泥を落とすときは、女性の研究員に任せたでしょう?」


 石化して感覚がないとはいえ、男性にはあまり触れてほしくないの。下心がなくても、嫌なものは嫌なのよ。


「なんとなく、触れてはいけない気がしたんだ。彫刻が細かくて、人間みたいだったから……自分で泥を落とそうかと思ったけど、やらなくて良かった……」


 話が研究から逸れた途端に、アルフレッドの喋る勢いが落ちた。最後なんてほとんど聞こえないわ。照れた顔で言われたら、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないの。


 もし私についた泥を落としたのがアルフレッドだったとしたら、とても丁寧に作業をしてくれたと思うわ。それとも途中から観察に忙しくなって、手が止まってしまうかも。


 きっと後者ね。そして一緒に作業をしていた研究員から、邪魔だから観察は後にしてくださいって言われるのよ。アルフレッドはそんなことお構いなしに、発見したことを解説し始めるに違いないわ。


「これからどうしよう……?」


 アルフレッドはため息をついて言った。


 私に質問したのではなく、自分の疑問を口にしただけのようね。でもその言葉は私たちの今の心情を表していた。だって全てが予想外だったんですもの。私は石像として、彼は石像を愛する変人として生きていく覚悟を決めた直後だったのよ。


「アルフレッド?」


 初めてアルフレッドの名前を呼べたわ。手紙には何度も書いたのよ。会話っていいわね。だって独り言と違って、予想外の言葉が返ってくることもあるわ。


「何も思いつかないなら、私から言ってもいい? 私ね、あなたたちが研究室で食べていたお菓子が食べたいわ」

「菓子?」

「それから自分の足で外へ出るの。現代の町を見て、お祭りにも行ってみたい。もちろんアルフレッドの研究を手伝うのは忘れないわよ。今日からは、あなたがまともな生活をしているのか監視しますからね。もう床で寝ちゃ駄目よ」


「ま、待ってくれ。一度に言われても」

「でも、まずはこの服を捨てたいわ」


 私は花嫁衣装の袖を引っ張った。良い思い出がない服なんて、さっさと脱ぎ捨ててしまいたい。


「えっ……それを捨てるのか?」


 信じられないという顔でアルフレッドが見てくる。


「だってもう必要ないのよ。結婚相手だった王子は生きてないし、国も無くなったわ。いつまでも花嫁衣装を着ているのはおかしいでしょう?」

「捨てるぐらいなら俺が買い取る!」


 アルフレッドは私の手を自分の方へ引き寄せて、袖口がよく見えるように広げた。


「当時の織物が色褪せずにそのまま残っているんだぞ。まずは現代の織物と比較して、染色技術の違いを確かめないと。縫製の差は? 可能なら再現したいな。誰に声をかけようか……まず服飾史に詳しいマーゴット夫人は外せないぞ。彼女なら染色の職人に伝手があるかもしれない」


 まずいわ。彼の探究心を刺激してしまったみたい。情熱的な眼差しを私の服に注ぎながら、自分の世界に入りつつある。


「この赤色は何を原料にしているんだ? レッドベリーみたいな深みがある鮮やかさは見事だ。でも現代では失伝しているんだろうな。これと同じ色を見たことがない。襟の模様は神殿跡にあったものと同じか? ただの装飾じゃなく、何かを象徴したものだと思うんだが。太い線の中に刺繍で細かい模様を入れているのか。しかも金糸? 金属加工の技術は、俺たちが想像しているよりも高かったのかもしれない……」


 もし彼が喋っているのが研究に関することじゃなくて愛の言葉なら、うっかり恋に落ちる女性がいてもおかしくないわね。だって出会えて嬉しいって気持ちを全く隠さずに、次々と語りかけてくるんですもの。


 でも服だけじゃなくて、私のことにも言及してほしいわ。今までの人生で一番綺麗な姿になっているはずなのよ。学術的な視点から観察するのもいいけれど、石化が解ける前に言ってくれたことをもう一度聞きたいの。


 まあ、研究に没頭しやすい性格って知っているから怒らないけれど。


「分かったわ。この服はアルフレッドにあげる」


 そう言った瞬間のアルフレッドは、今まで見た中で最も輝く笑顔になった。

 ちょっと。どうして私が生身の人間に戻った時よりも喜んでいるのよ。自分の服に嫉妬するわ。


「でも代わりの服を用意してからよ」

「もちろん」

「アルフレッドが選んでね。可愛い服じゃないとイヤよ」

「可愛い……?」


 つい意地悪なことを言ってしまったわ。案の定、女性の服なんて詳しくないアルフレッドは、私の肩に手を置いたまま黙ってしまった。


 きっと彼の頭の中では、可愛いとは何かって質問が飛び交っているのよ。これがかっこいい土器についての質問なら、十や二十ぐらい瞬時に出てくるのにね。


 どんな服を選んでくれるのかしら。ここで働いている女性は、仕事がしやすいように質素な服装をしているわ。でも休日まで飾り気のない服を着ている人は少ないはずよ。


 今からでも、誰かと相談してもいいわよって付け足した方がいいかもね。専門じゃないことを一人でやるのは辛いから。


「アルフレッド様。予算の配分について問い合わせが――」


 私たちがお互いに考え事をしながら見つめ合っていると、紙の束を持った男性が入ってきた。


 確か、サイラスという名前だったわね。研究員じゃなくて、アルフレッドの秘書なんですって。長年の付き合いがあるみたい。


 サイラスは床に座って向き合っている私たちを見つけた途端に、険しい顔で近づいてきた。もしかして、私のこと不審者だと思ってる?


 彼は私が人間に戻るところを見ていないわ。元石像だと正直に言って、信じてくれるかしら。でも黙っていたら部屋から追い出されるわ。


「あ、あの。私」

「アルフレッド様。生きている人間に興味が出たのは大変喜ばしいことですが、時と場所を選んでください」

「何の話だ」

「えっ……異国の女性を口説いていたわけではない?」

「違う!」


 アルフレッドは急いで私から離れた。


 せっかく彼の顔色が落ち着いていたのに、また一気に赤くなったわ。右手は口元を覆って私やサイラスから目を逸らしているのは、羞恥心からくる行動よね。でもそれは私の役割だと思うのよ。だって、ものすごく可愛く見えるんですもの。


 私なんてアルフレッドに向かって手を伸ばしかけた姿勢よ。色気も何もないわ。訪問者の口付けを待つ女性像から、見捨てられた女性像へ格下げね。


「では、こちらの女性は?」


 急いで立ち上がった私は、できるだけ友好的な態度で微笑んだ。現代のことは何一つ分からないけれど、人間の本質は変わっていないわ。笑顔を向けられて攻撃する人なんて、滅多にいないはずよ。


 とにかく最初の印象が大切なの。笑顔は武器って二番目のお姉様が言っていたわ。


「こんにちは。元石像です」


 サイラスはものすごく残念なものを見る目で私を見た。奇遇ね。私も自分のことを残念だと思い始めたところよ。


 やっぱり私は咄嗟の状況に対応するなんて無理だったわ。昔はここまで酷くなかったはずなのに。他人との交流を忘れているのかもしれない。


「……アルフレッド様。なんと言いますか……」

「言いたいことは察するが、事実だ。この部屋に置いていた石像を覚えているか?あれは石像じゃなかった。石化した人間だったんだよ」

「言われてみれば石像と同じ格好をしているようですが」


 彼はまだ疑っているようだけれど、アルフレッドが言うことを否定しなかった。


「アルフレッド様が石化を解いたのですか?」

「どうやらそうらしい」

「では医者の診察を受けた方が良いのでは? 体の一部を石化させられた騎士から聞いた話ですが、元に戻ってから数日は違和感が消えなかったそうです。彼女がいつから石化していたのかは存じませんが、影響が全くないとは思えません」


 私とアルフレッドは思わず顔を見合わせた。彼の言う通りよ。石化が解けた喜びで、自分の体にまで気が回っていなかったわ。


「言われてみればそうだな。エリンドラ。医者のところへ行こう」

「ええ」

「サイラス、手配を。付き添いは……」

「ソフィア様が適任かと。アルフレッド様の乳母ですし、秘密は守ってくださるでしょう」

「他に頼れる女性もいないしな。準備ができたら呼んでくれ」

「かしこまりました」


 サイラスはすぐに研究室を出て行った。


 ずっと石像として研究室を見ていたせいかしら。これから自分が外へ出て、医者のところへ行くなんて信じられないわ。


「ねえ。アルフレッド。あなたの乳母に会えるってことは、あなたの子供時代のことを聞けるってことよね?」

「そんなもの聞いてどうするんだ」

「好きな人の過去を知りたいって、おかしい?」

「好き……!?」


 言ってなかったかしら。そういえば言っていなかったわ。アルフレッドの告白を聞いた時は、まだ石像だったわね。


「アルフレッドが気持ちを打ち明けてくれて嬉しかったわ。私も同じ気持ちだったのよ。交流は筆談しかできないし、両思いになっても人間と石像の恋って難しいでしょ?」


 もし第三者が石像の私に語りかけるアルフレッドを見たら、ついに狂ってしまったかと思うじゃない。彼が治療のために幽閉されてしまったら二度と会えなくなるわ。


「医者に会いに行くまで、まだ時間があるわね? まず私たちは、お互いをよく知るところから始めるべきじゃないかしら。あなたは私に聞きたいこと、ある?」


 アルフレッドは机の上にいつも置いているメモを取った。私が最初に書いた挨拶ね。


「古代ブランモール語の発音が聞きたい」

「あなたって本当に研究熱心ね」


 恋愛じゃなくて好奇心に偏っているところが。



***



 ――夢じゃないよな?


 アルフレッドは粗末なイスに座るエリンドラを盗み見た。彼女は文字と発音の関連について説明してくれているが、別のことに気を取られて内容が全く頭に入ってこない。


 灰色一色だった石像が色鮮やかになったときは、本当に驚いて言葉が出てこなかった。エリンドラのことは石像にされた人間ではなく、石像に魂が宿ったと勘違いしていたせいだろう。


 物に精霊が宿ることは、歴史を紐解いてみれば珍しくない。石に変えられた人間が元に戻った例もある。だがそれは石化直後か数年以内の話で、千年以上も前の石化が解けた話は知らない。


「――これが基本の発音。分かった?」

「いや……一度ではちょっと」

「そうよね。私も外国語を覚えた時は、何度も練習したわ」


 懐かしい、とエリンドラは昔を思い出すように言った。彼女が生きていた年代のことは資料が十分ではなく、想像で補うしかない。アルフレッドにとっては遥か昔のことでも、彼女にとっては自分が生きてきた過去だ。


 エリンドラが喋る古代ブランモール語は音楽のような響きがある。現代の言葉よりも音素が多く、文字に表されない音が含まれているようだ。ある単語は別の単語が前にくると音が変化するといった、文字情報だけでは知り得ないことも、エリンドラが教えてくれた。


 誰も話さなくなって久しい言葉を直に聞くことができるなんて、なんて贅沢なのだろうか。


 ――でも、駄目だな。集中できない。


 婚礼衣装を着たエリンドラが気になる。石像の時から綺麗だと思っていたが、生き生きと動いている姿はもっと美しい。冷たい石像から血が通った人間へ変化する様子は、神秘的ですらあった。


 手紙では物静かな印象だったのに、目の前で喋っているのは好奇心旺盛な年相応の女性だ。その差が面白い。


 ――これから、どうしよう?


 アルフレッドは何度も自問していた。


 彼女を見捨てる気はない。大切な共同研究者であり、自分の気持ちを伝えたばかりだ。自分の屋敷に滞在させることはそう難しくない。問題は、彼女の存在を世間にどう受け入れさせるかだった。


 対応を間違えて、エリンドラが珍獣のように扱われるのは避けたい。


 ――誰を味方につければいい?


 アルフレッドは第三王子だが、母親は側室のため王族としても権力は、たかが知れている。だからこそ古代文明の研究という学問に傾倒しても、誰からも文句を言われなかった。権力争いから距離を置ける反面、立場の弱さからできることが少ない。


 父親である国王を味方にするのが最良だが、そのためにはアルフレッドに力を貸す価値があると示さなければならなかった。国の発展に役立つことをすれば間違いないが、今からでは遅すぎる。


「アルフレッド? 聞いてる?」


 いつの間にかエリンドラの説明が終わっていた。不思議そうにアルフレッドを見つめるエリンドラから、香油か香水の香りがする。研究室では馴染みのない香りには、心臓の鼓動を早める効果があるらしい。


「すまない。考え事をしてた」

「そうみたいね」


 楽しそうに笑うエリンドラを見ていると、心の中が温かくなる。この笑顔が曇るところは見たくない。


 ――いつまでも研究ばかりしていられないな。


 せめて自分の周囲に手出しされないだけの力が必要だ。アルフレッドは自分の立ち位置について、ようやく考え始めた。

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