表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】初めまして。不法投棄された石像です。  作者: 佐倉 百


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/14

湖の石像3

 どうしましょう。


 私が筆談でアルフレッドと交流しようとしたせいで、研究室に悪霊が出るという話になってしまったわ。アルフレッドを心配する研究員によって、除霊してくれる神官が派遣されることが決定した。


 もしかして、私、除霊されるの?


 魂は現存している体に入っているのよ。石化しているけれど。それとも石化した体に魂が取り憑いている状態なのかしら。じゃあ除霊されたら、私はこの世から消えるじゃないの。


 私は他の人よりも長生きしたけれど、大半は湖の泥の中だったのよ。人生を謳歌したわけじゃないわ。


 悪いことは重なるもの。不安で魔力を撒き散らしてしまったせいで、研究室では紙やペンが浮かぶ事件が多発した。それが悪霊の噂を補強したみたい。研究室のあらゆる場所に悪霊を鎮める札が貼られたわ。


 除霊当日。やってきた神官は研究室に入るなり、魔除けの香を焚いて言った。


「悪しきものが棲みついているようですね。時間がありません。さっそく取り掛かりましょう」


 やる気に満ちた神官は、鎖がついた香炉を振りながら室内を一周して、煙を充満させる。そして私の前を通り過ぎ、本棚に向かって聖水を振りかけた。


「そこにいるのは分かっている。出てきなさい」


 ねえ。あの神官、偽物なんじゃないの?

 私のことなんて見向きもしなかったわよ。


「隠れても無駄だ」


 神官が悪霊に効果があるという聖句を述べると、本棚が大きく揺れた。落ちてくる本をかわし、神官が見えないものを手刀で斬る動作をすると、黒い塊が現れる。塊は神官へ向かって威嚇をしたが、簡単に捕まえられて銀色の袋に入れられた。


 ごめんなさい。あの人、本物だったわ。というか、いつからアレが部屋にいたの?

 袋からはおぞましい叫び声が聞こえてくる。背筋が凍りつくような声だわ。


「殿下。終わりました」

「ああ。ご苦労。何が部屋にいたんだ?」

「低級の悪魔ですよ。ちょっとしたイタズラや、悪夢を見せる程度の力しかありません。神殿で浄化しておきましょう」


 神官はそう言って、うるさい袋を壁に叩きつけた。袋の中身は叫ばなくなった代わりに、啜り泣く声に変わる。


 そんな荒技でいいのかしら。悪魔を大人しくさせる方法って、魔法陣とか部屋中に札を貼って、時間をかけて対話するのだと思っていたわ。


 室内に充満していた魔除けの香が消えるまで、アルフレッドはどこかへ出掛けていった。


 残された私は、今のうちにアルフレッド宛ての手紙を書いておきましょう。今度はこの時代の言葉で。


 まず研究室内で物を動かして怖がらせたことは謝ったほうがいいわね。それから古代語の辞書が間違っていること。正しく翻訳した文章を書いておけば、あとはアルフレッドが情報を整理するわ。たぶん。


 研究室に戻ってきたアルフレッドは私の手紙に気がつくと、まず嫌な顔をした。悪霊が戻ってきたと思ったのかしら。手紙を読むうちに悪霊の疑いは晴れたようだけど、翻訳の正しさについては疑ったままだった。


 私が一日の間にできることは、魔力量で変わる。回復も人間だった頃よりも遅くなっているみたい。だからアルフレッドと頻繁な情報交換はできなかった。


 彼はもどかしかったでしょうけど、仕方ないわ。彼自身、考える時間も必要なのよ。


 しばらく手紙のやり取りを続けるうちに、アルフレッドは私のことを古代文明に詳しい不審者に認識を改めた。私は自分の正体を名前以外は明かさなかったわ。だって、あなたの部屋にいる石像です、なんて言って信じてくれるわけないもの。


 奇妙な交流が続いて、ついにアルフレッドは古代文明研究で論文を発表したらしい。私は会場へ行けないから、誰かが話しているのを聞いただけよ。


 アルフレッドの論文は好評だったんですって。彼は直接会って話がしたいって手紙に書いてきたわ。


 ええ、無理ね。だって喋れないし。

 だから、こう返事したのよ。運が良ければ、いずれお会いできるでしょうって。


 無理なのよ。私は石ですから。



***



 久しぶりの地上。久しぶりの交流。久しぶりに心が動いている感じがするわ。


 泥の中で埋まっていた間の私は、ずっと時間が止まっていたのね。自分ではまだ生きているつもりだったけれど、変わらない環境は少しずつ私の心を凍らせていたみたい。


 何度も手紙をやりとりして、私はアルフレッドの共同研究者になったわ。私はただ自分の知識や経験を伝えているだけだから、共同研究者なんて立場はいらないって言ったのに。


 よく考えてみてよ。研究に着手して、資料と予算を集めて、論文の形にしているのは全てアルフレッドだわ。私がやっていることは彼の一割にも満たないのよ。それで手柄だけもらおうなんて図々しいもの。


 そう伝えたのに、アルフレッドは聞かなかったわ。私の翻訳で研究が進んだからって。見かけによらず頑固なのね。


 あと、彼って本当にしつこいのよ。何度も私に会おうとするの。とうとう根負けして、部屋に置いている石像ですって白状したわ。


「……え? 本当にこの石像がエリンドラ?」


 手紙を持ったまま、アルフレッドは私を見上げた。


 信じられないもの無理ないわ。彼への手紙を書くところは、誰にも見られない夜中にしているから。この日、初めて物を動かすところを見せたわ。そうしたら、アルフレッドは研究室から出て行って、しばらく戻ってこなかった。


 悪いことをしたかもしれない。彼が私を信頼し始めていたのは分かっていた。だからこそ、ずっと近くにいたなんて気持ち悪いわよね。


 私、これからどうなるのかしら。

 また湖に沈められる?

 倉庫行き?


 粉砕はされないと思うけれど。どこかの博物館ならまだしも、野晒しにされるなんてこともあるわ。


 ああ、除霊される可能性も捨てきれない。あの銀色の袋に入れられたら、叫んじゃいけないわね。壁に叩きつけられるわ。


 私ね、アルフレッドのことを友人だと思っていたのよ。でも、仕方ないわね。最後に湖から出られて良かったわ。短い間だったけれど、他人と会話ができた。悪くない人生だったって考えるようにしましょう。


 ところでアルフレッドはどこへ行ったのかしら。人間らしい生活をしているといいけれど。私が生きていた年代のことで一喜一憂して、寝食を忘れるぐらい研究に熱中するから心配だわ。手紙でそのことを指摘したら、少しだけ改善してくれるようになったけれど、また元に戻るんじゃないかしら。


 三日ほど不在にしたあと、アルフレッドは戻ってきた。ボサボサだった髪が整えられているわ。シワだらけだった服も小綺麗になっているじゃないの。良かった。身だしなみに気が回るようになったのね。


 もしかして、ここへ来なかったのは休暇をとっていたのかしら。ずっと働き詰めだったもの。きっとそうよ。私を退治するためじゃなかったのね。神官は来ないし、私を運び出す人たちもいないから。


 元通りだと思っていたけれど、久しぶりに会うアルフレッドはよそよそしかった。あまり私の方を見ない。意識して避けている気がするわ。


 こういう時って、どうすればいいのよ。


 避けられている理由を尋ねる?

 それとも気がついていないふりをして、今まで通りに会話する?


 解決できないまま、時間だけが過ぎていったわ。アルフレッドとの会話は、必要最小限だけになってしまったの。


 何かできることはないかと考えていた私は、研究室を片付けることにしたわ。メモの置き方には彼なりの法則があるみたいだから、机の上には触れていない。せいぜい、開けっぱなしになっているインク瓶の蓋を閉めるとか、雪崩が起きそうな本の山を積み直すぐらいね。


 そんなある日、アルフレッドは日頃の疲れが溜まっていたのか、二人がけのソファに座ったまま眠りに落ちていた。


 仕方ない人ね。見た目を変えても、こういうところは変わらないんだから。


 私はブランケットを彼の上にかけた。前もこんなことがあったわ、と思い返していると、アルフレッドが目を覚ましてしまった。


 起き上がったアルフレッドは、自分の上にかかっているブランケットを見つめたまま動かない。


 どうしたのよ。握りしめたかと思ったら、ブランケットに顔を埋めて。耳が赤いのは怒りのせいだなんて言わないでね。私、やってはいけないことをしたの?


 この日を境に、アルフレッドは研究室で眠らなくなった。規則正しい生活を心がけるようになって、夜は研究室にしっかりと鍵をかけて出ていく。家に帰っているのでしょうね。彼はこの時代に生きている人ですもの。私と違って帰る家があるのよ。


 アルフレッドが人間らしい生活をするようになって安心したわ。私の暇つぶしに付き合ってくれる人が減りそうで寂しいけれど。


 ずっと泥の中にいたのよ。一人で過ごすことは慣れているの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ