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【連載版】初めまして。不法投棄された石像です。  作者: 佐倉 百


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10/10

元石像、職を得る

 遺跡調査で親しくなったミリアムから正式にパーティ招待状が届いた。正式といっても、作法に則っているのは招待状だけね。パーティの中身は同好の士で集まって騒ぐ集会なの。だから服装も自由よ。


「本当に自由な服装でいいの?」


 私は何度か参加しているアルフレッドに尋ねた。不安なことは経験者に聞いておかないと。一人だけ場違いな格好をしたくないわ。


「自由だよ。普段着でも仮装でもいい。昔の格好で参加する人もいるんだ」


 たぶん、私はブランモール時代の服装を期待されている気がするわ。でも今回は時間がないから普通の服ね。


 料理は主催者のミランダが用意するけれど、私は一品だけ協力してほしいと要請があった。材料を伝えればミランダが準備してくれるんですって。もちろん引き受けたわ。


 せっかくだから私も当時の料理を再現してみようかしら。まだ作ったことはないけれど、作り方を知っている料理があるの。アルフレッドに相談したら、面白そうだからやってみようって言ってくれたわ。


 まず豚肉の塊に塩を振って、香草と一緒に茹でるの。肉の中まで火が通ったら表面を焼くだけ。食べる時は薄く切って、ワインから作る調味料とか、魚を発酵させた調味料をかける。茹でた卵やチーズを添えることもあるのよ。


 どの香草を使えばいいのかは屋敷の料理人に相談したわ。食材を無駄にしたくなかったの。私のせいで冬を越す食料がなくなったら困るから。


 料理人は私が伝えた調味料を当てるだけじゃなくて、現代風のソースも考えて作ってくれたのよ。特にね、砕いたナッツを入れたソースが美味しいの。これはミランダのパーティに持っていくべきよ。肉の油とナッツの香ばしさって合うのね。ぜひみんなにも食べてもらいたいわ。


 料理に関して私はほとんど何もしていないけれど、使用人をうまく使うのも私の仕事ですよって料理長が言っていたわ。いつかこの屋敷でパーティをする時の練習になるから。


 パーティ当日は、開始時間よりも早くミランダの家へ行ったわ。あらかじめ作った料理を渡したら恐縮されてしまったけれど。ミランダの前で豆のスープを作って、会場になるホールに並べて準備が終わった。


「これが当時の料理……まさか直に見られるとは思いませんでした」


 ミランダは感動してあらゆる角度から眺めているけれど、私としてはあまり見ないでほしいわ。他の料理に比べて地味ですもの。味付けも現代に比べると素朴よ。


 持ってきた料理は、ミランダが見栄え良く皿に盛り付けていたわ。彼女の家にも料理人はいるけれど、再現料理を作る時は手伝いに徹しているようね。


 パーティに集まった人は様々な時代の服装をしていた。普通の服を来ているのは数えるほどしかいない。アルフレッドが解説してくれたけれど、半分ぐらいしか覚えられなかったわ。今度、本気で歴史を勉強しないといけないわね。


「アルフレッド。頭に船が乗っている人がいるわ」

「貴族女性の間で、あんな格好をした時代もあったらしい。とにかく奇抜な髪型で注目を集めるのが目的だったんだ。ほら、向こうの夫人は貝殻を髪につけているだろう?」

「今があんな時代じゃなくて良かったわ」


 もし私が引き上げられる年代がもっと早かったら、個性的な髪型で人前に出ないといけなかったのね。顔を下に向けたら首が痛くなりそう。それとも頭が悲惨なことになるのが先かしら。私の好みから大きく外れているわ。


 会場の一角では、古代の楽器を使った演奏が始まった。


 あの笛やハープは見たことがあるわ。年代を問わずに楽譜が残っている曲を演奏しているから、ブランモールで流行していた曲は含まれていない。


 そもそも当時は基準になる表記法がなかったのよ。あの時代の演奏家たちは、耳で聞いて覚えていたから。良い曲をみんなが真似をしたの。演奏者の癖やアレンジを繰り返して、原曲からかけ離れた曲もあるわ。生き物が世代交代をするように、音楽も新しく生まれて消えていったのよ。


「君が聞いていた音楽はあった?」


 曲の合間にアルフレッドが聞いてきた。演奏している人たちは打ち合わせ中よ。みんな趣味で音楽をやっている人たちだから、パーティを楽しみつつ演奏するみたい。


「音は懐かしいわ。でも同じ曲はないみたいね」

「あの時代はどんな曲があったんだ?」

「そうね……」


 私は覚えている部分だけを口ずさんだ。


 町で演奏が聞ける場所といえば、広場か酒場だったわ。演奏家にお金を払えば、好きな曲を演奏してもらえるの。明るい曲をお願い、とか。勇ましい曲を弾いて、とかね。自由に使えるお金を持っていない私は、やったことがないけれど。


 歌い終わる頃になると、楽器を持っていた人たちが私に注目していた。


「もしやその曲は……当時の?」


 恐る恐る尋ねてきたのは、一緒に遺跡の調査へ行ったサイモンね。楽器を持ってくると言っていたうちの一人よ。


「ええ。町で聞いた曲なの。一部しか知らないけれど」

「なるほど。基本の旋律はこう――」


 彼はその場でハープを演奏してみせた。


 すごいわ。一度聞いただけなのよ。弾き方が上品なせいか、別の曲のようにも聞こえるわ。元の曲は、もっと荒々しい旋律よ。


「もう一度、歌っていただけますか? 細かいところが違うような気がして」

「ほどんど同じに聞こえるわよ」


 私が歌ってサイモンが真似をする。昔と同じ伝達法だわ。まるで私が歌の師匠になった気分。


 自然と別の演奏者が伴奏に加わり、主旋律とは違う旋律が乗ってきた。即興で作られた曲とは思えないほど完成度が高いわ。だって曲が終わる頃には、会場にいるみんなが耳を傾けていたのよ。


「あの人たち、本当に趣味で楽器を演奏しているの?」

「そうらしいよ。ところで何について歌った歌なんだ?」

「歌詞の意味を翻訳すると……酒を飲ませろ、店ごと持ってこい。金がない奴には一滴も飲ませるな、って意味になるわ。町で人気だった曲なの」


 歌詞を聞いた途端に、アルフレッドは声を抑えて笑った。あなたの自然な笑顔が見られて私も満足よ。


「パーティ会場じゃなくて、酒場じゃないと似合わないな」

「じゃあ芸術劇場ならどうだ?」


 演奏を終えたサイモンが戻ってきたわ。


「今度、芸術劇場で古代の曲を演奏する話が出ているんだ。その中の一曲にしないか? さっきの曲を即興で終わらせるなんて、とんでもない。どうせならもっと多くの人に聴いてもらおう。歴史に興味がない人は、古代の芸術は程度が低いと思っている。その間違いに気づいてほしくてね。そのためには、触れてもらうことが重要なんだ」


 知らないものを理解しろなんて無理よね。聴いてもらうのは賛成よ。


「だから、エリンドラさんも協力してくれないか? 編曲は俺たちがやるから、歌ってほしい」


 この人、とんでもないことを言い出したわ。私に歌えですって?


「待て。サイモン。その話はどこまで決まっている?」


 アルフレッドは真剣な顔で、とんでもないことを言い出しそうな雰囲気を醸し出しているわ。


「出資者として一枚噛ませろ。エリンドラを含めた会場の警備はどうなっている? 口出しは可能だろうな?」

「心配しなくても、そっちの協力も要請する予定だったさ」

「それならいい」


 二人はとても気安い仲のようね。私を置いて話が進んでいくわ。この疎外感は石像だった頃と同じよ。


「で、でもね。あの歌詞は問題しかないわ。アルフレッドみたいに興味を持った人が調べたら、幻滅すると思うの。酒場で酔っ払った男性たちが歌っていた、酒乱の曲なんだから」

「じゃあ歌詞を新しく作るか?」


 アルフレッドが案を出してきた。


「もう少し上品な言葉で。古代の詩を当てはめてみるとか、エリンドラが作詞を――」

「それは無理」


 私は即答した。当時の先生からは「乳児ですら、もっとまともな詩を書きますよ」って言われたほどなのよ。古代芸術の良さを広めるどころか、見下される原因を増やすだけになるわ。


「古代の詩か……文学作品をあたってみよう。じゃあエリンドラさんは歌を担当するということで。大丈夫。舞台向きの良い声だったよ」


 私の返事を待たずに、サイモンは演奏者たちのところへ喜んで走って行ったわ。新しいおもちゃを手に入れた子供のよう。もう私が歌うことは決定みたい。


 自分の声について、考えたこともなかった。子供の頃から歌うのは嫌いじゃなかったわ。王族はそんなことしませんって禁止されていたから、披露する場面が無かっただけ。


「石像の次は歌い手ですって。予想がつかない人生だわ」

「でも泥の中にいるよりは刺激的じゃないか?」


 間違いないわね。


 翌日から始まった歌の練習は楽しかったわ。喉を痛めないように短時間しかできないけれど、禁止されていたことを思いっきりできるようになったのよ。大勢の観客の前で歌うことは不安だけど。


 客席は花畑。客は草花だと思っておくわ。歩く人面花よ。舞台の上で思い出し笑いしないように気をつけないと。


 私が劇場で歌うことを知ったお義母様は、衣装の相談に乗ってくれたの。


「アルフレッドは美的センスが独特すぎて尖っているのよ。気をつけてね」


 そう忠告してくれたお義母様に、アルフレッドは不満そうだったわ。でもね、試しに聞いてみた案で察したの。お義母様は決して意地悪じゃないわ。とっても優しい表現で大切なことをおっしゃっていたのよ。


 あの衣装案を初めて聞いた気持ち、現代の言葉ではなんと言えばいいかしら。


 アルフレッドの研究室に出入りしている研究員たちが、ちょうどいい言葉を使っていたの。確か、ないわって言っていたはず。


 ないわー。そのセンス、マジないわ。


 これで否定の表現も完璧よ。



***



「ギルバート様。例の王子に動きがありましたよ」


 側近の一人が差し出した紙には、見たこともない文字が書いてあった。すぐ下の文章は、その文字を翻訳したものらしい。


「わざわざ芸術劇場を使って、カビ臭い昔の音楽なんてものを演奏するとか。物好きですね」


 どうやら「弟」は演奏会の出資者として名前を連ねているようだ。側室の子供とはいえ一応は王族だ。客寄せにはなる。


「……歌姫エリンドラ? 知らない名前だな」

「どうせ、そのへんで拾ってきた平民でしょう。劇団の歌手なら、わざわざ偽名を使うことはしません」


 側近は名前が書いてある部分を指先で軽く叩いた。


「あの王子。最近は研究室にはあまり寄り付かないようです。己に集まる注目と称賛を、権力の集中と勘違いしたのでしょう。人脈を広げるような動きもしているようですし、油断なりません」


 ギルバートは肯定も否定もしなかった。


 腹違いの弟は王位に興味がないと主張して、研究へ逃げた過去がある。社交的ではない性格も手伝って、誰もが余計な争いを避けられたと思って安堵していた。


 側近が言う通り、研究していた成果が認められたことで気が大きくなり、玉座への野心に火がついたのか。


「魔術師団の長とたびたび面会していると聞きます。無用の争いを避けるために、手を打っておくべきでは」

「しかし、疑わしいだけでは動けない」

「噂によると、屋敷に素性不明の女を連れ込んだとか。複数の商人が女性向けの商品を携えて、屋敷を出入りしております。その女が王子をそそのかしている可能性もあるのでは?」

「もしそうなら、勝手に自滅するだろうよ。女に惑わされた愚か者の末路など、どれも似ている。だが……」


 外見にほとんど頓着しなかった弟が変わった。女の影響だろうとギルバートは予想している。


「あれを変えた女には興味がある。悪女か、それともただの珍獣か。気に入ったらカナリア代わりに飼ってやってもいい」


 多少なりとも弟は抵抗するだろう。派閥を持たずに隠れていた弟ができることなど、たかが知れている。無駄に足掻く姿を見物するのも悪くない。

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