プロローグ1
今日もまた仕事。うんざりだ。
俺は平田茂樹。35歳。ごくごく普通の会社員で、都内に住んでいる。会社も都内。
いつも通りの時間に起き、いつも通りにご飯を食べ、いつも通りに出勤する。慣れ親しんだ通勤経路を使っているので、通勤は楽なもんだ。
今日もバスに乗って会社に向かっている。
その道中は暇なので、「小説家になろう」でも読むか。
俺はスマホで小説を読み始める。
物語の中では、俺と同じような疲れた会社員が異世界で楽しそうに過ごしている。
うん、こういうのがいいんだよ。安心する。ネットでは同じ展開がどうのって叩かれてたりするが、やつらはアホだ。
どうせ日常なんてのは同じことの繰り返しだ。朝起きて仕事行って帰って来て寝る。なんの違いがある?
人生なんていつ何が起こるかわからない。安心なんてないものだ。でも、知っているということは――既知ってのは保険のようなもの。安心感だ。
物語も同じだ。どこかで見たことのある展開だからこそ、受け入れられる。下手に捻ってスベるやつは三流なんだ。
それこそ掲示板の「釣り」と同じだ。タイトルで書いたことと違うことを書かれれば腹が立つ。だから、これでいい。
「でね! ここの新作がめっちゃ美味しいんだって! 行こうよ!」
「しょ~がないなあ」
思わず舌打ちした。最悪だ。何が悲しくて朝っぱらから、高校生カップルのイチャつく姿を見せられなきゃいけないんだ。
こちとらブラック企業に勤めてて、散々な目に合ってるっていうのによ。あーあ、俺も高校時代からやり直せたらな。
「……佐藤、元気にしてるだろうか」
高校時代、クラスのアイドルのような女の子がいた。学校で一番……いや、町で一番可愛いと言っても差し支えないほどの美少女。それが佐藤由起子。
誰もが佐藤を彼女にしたがっていたが、佐藤は告白をことごとく断っていたらしい。俺も当然、彼女と付き合いたかった。が、告白する勇気もなく、結局高校を卒業してからは全く接点も無くなっていた。
だが最近になって、いつの間にか結婚していたらしい噂を耳にした。どこの幸せ者だろうか。
俺は彼女ができたどころか、まともに女の子と話したことすらない。興味がなかったからだ。だが、大人になって周りの結婚だのの話を聞いていると、学生の時に少しくらい付き合っとけばよかったと、思うようになった。
そんなことを考えていたら、会社に着いてしまった。都内でも見劣りしない高層ビルが、まるごとひとつ、俺が勤める会社だ。ブラックのくせに、羽振りがいい。
俺はいつも通りタイムカードを押してオフィスに向かう。
席に着くと同時に、事務員さんに声をかけられた。
「おはようございます。平田さん、社長がお呼びです」
俺のブルーな朝の気分は、さらに真っ青になったのだった。
「――だからね……聞いてるのか?」
社長室に呼び出されてなんだと思っていたら、また説教だった。丸っこい体と寂しい頭部。もう見慣れた社長の姿にうんざりしながら、説教を受ける。
やれ態度が悪いだの、やれ勝手な判断が多いだの、余計なお世話だ。現場の何が、あんたにわかるって言うんだ。
あげく俺が、他の社員とコミュニケーションを取れていないとか言い出す始末。確かにちょっと口下手だが、仕事と関係ない人のプライベートにまで口を出してくるなんてあり得ないだろ。
当然そんな反論を言えるはずもなく、俺は素直に頷いておく。いつも通りはいはい言っていればいい。
まったく……貴重な仕事の時間を浪費しているのはどっちだ。
そうしてしばらく小言を言っていた社長だったが、ひとつため息をついて静かになった。
ようやく終わりか? やれやれ、やっと仕事に戻れる。
と思っていたら、社長が一枚の紙を手渡してきた。そこに書かれていた文字は「解雇通知書」。
解雇通知書には俺の名前と今日の日付、その理由などなど書かれていた。
……は?
俺はあまりの衝撃に目を疑った。これって……つまり、クビ?
この紙っぺらの意味理解できずにいた俺だったが次の瞬間、世界が揺れた。椅子に座ってもいられないほどの振動が、俺を襲う。いや、それは社長もだった。
「な、なんだ!?」
社長は狼狽える。そして次の瞬間、俺たちは謎の洞窟にいた。




