第98話 興味ない
どうして私は、時々不安に襲われるんだろう。一気に自信をなくす時がある。聖君は優しくて、桃子ちゃん一筋だから、なんて言ってくれるのに。
一緒にいて、そういうことを言ってくれると、安心できる。だけど、しばらく会えないと不安になる。
もし聖君が沖縄に行っていたら、不安はこんなもんじゃなかったんだろうな。
翌朝、駅にちょっと早くに着き、菜摘を待っていた。
横に、やはり友達を待ってるだろう男の人がいた。最近同じ時間帯になることが多い。多分大学生だ。
いつも、改札口で彼も友達と待ち合わせをしているようだ。
ちらり、ちらりと彼のほうが時々私を見た。何かな。私どっか、変かな。スカートのチャックが開いてるとかじゃないよね。
なんとなくその人を見ると、目が合ってしまった。そしてにこっと微笑まれた。
え?なんで?私に微笑みかけてるの?もしかして、後ろに誰か立ってるとか?
「よく会うよね」
いきなり声をかけてきた。私は思わず、きょろきょろ辺りを見回したけど、誰も周りにはいなかった。
「あはは。君だよ。君に話しかけてるの」
「え?!」
なんでそんなに親しげに、話しかけてくるの?
「友達待ってるんでしょ?ショートヘアーの元気な子」
「はい」
「君は、桃子ちゃん」
「え?!なんで名前?!」
「だってその友達がいつも、元気に桃子おはようって、やってくるじゃん」
「あ、それで?」
「くす」
え?笑われた?
「○○高校でしょ?女子校の」
「はい」
「何年生?」
「3年です」
「そうなんだ。じゃ、あと1年しかこうして会えないわけだ」
「は?」
「俺、今年から大学生」
聖君と同じ年。
「あ、自己紹介し忘れた。俺は、穂高秀敏。君は何、桃子ちゃん?」
「椎野桃子です」
「そう。椎野桃子ちゃん。可愛い名前だね」
「……」
これ、軟派?!私ってば、今頃気づくなんて!!!
なんで菜摘、来ないの?
「あ、メールだ」
穂高さんが携帯を取り出した。
「あれ?なんだ。梧郎のやつ、今日遅刻だ」
その時、私の携帯も振動した。慌てて見ると、
「あ、菜摘は休みだ。昨日は元気だったのにな」
と、口に出して言ってしまった。
「菜摘ちゃんっていうのが、友達?」
「はい」
「じゃ、友達来ないなら電車乗っちゃおうよ」
「え?」
「途中まで一緒でしょ?」
「は、はい」
こ、困った。でも、同じ方向だし、ここで別れるのも変かな?
ま、待てよ。私ってきっと、こういうところがすきがあるって、言われるところかもしれない。
「桃子ちゃんの学校、女子校だよね」
「はい」
「なんだか想像つかないな、女子校」
「そうですか?」
そういえば、この人今、気がついたけど、馴れ馴れしいというか、人懐こいというか。あ、そういうところが聖君に似てる。
あ、でも聖君は、女の子苦手で話さないんだっけ。じゃ、違うか。
あれ?でも私には普通に話してきてた。あ、そっか。だから葉君が、聖は桃子ちゃんに普通に話してたしって言ったんだ。
待てよ。普通って言うより、からかわれていたって言ったほうがいいかも。だって、いつも面白いって言って、笑ってた。
「ね?」
ん?今、なんか言われた?私。
「聞いてなかった?」
「あ、はい」
「次が桃子ちゃんが降りる駅でしょ?」
「え?はい。そうです」
「じゃ、また明日の朝、会えるかな」
「え?」
「またね」
駅に着き、私は何も答えず、慌てて降りた。
やっぱり、軟派?これ、軟派?
それから携帯を出して、学校までの道、菜摘にメールをした。
>どうして学校、休んだの?風邪?
菜摘からすぐ返信が来た。
>腹痛。まじで昨日、食べ過ぎたのかも(><)
え~~~~!!
>ねえ、菜摘。最近よく新百合の改札にいる、大学生の男の人二人、知ってた?
>大学生?
>一緒の電車になることも多かった。
>知ってる。一人はあれでしょ?なんだか、天然パーマで、ぼさぼさの。
>そう。その天然パーマでない方に今日声かけられた。
>軟派?!!!!!桃子、どうしたのよ?
>菜摘もいないし、その天然パーマもいないから、二人で途中まで一緒に来ることになって。
>浮気!?
>違うよ~~~~~。
>軟派だ。兄貴にすぐに報告。
>やめて!
>なんで?内緒で浮気?!
>違うったら~~~。聖君に報告するような、そんなたいしたことじゃないから。ただ、明日も会えるねって言われて、私どうしたらいいか。
>明日には私、元気になるから、ちゃんとガードしてあげる。
>うん。お願い。
ほ…。菜摘にそう言われて、ほっとした。
ああ。こんなこと聖君に知られたら、呆れられる。すきがあるからだって、怒られるかもしれない。
菜摘なら、声をかけられても、うまくかわすんだろうな。
なんだか気が重い。
聖君が、すぐ近くにある大学に行っていたら良かったのに。それこそ、朝会えたり、帰りも会えたりしたかもしれないのに。
家から遠いなら、うちから通うとか。あ、でもそうしたら、れいんどろっぷすの手伝いができないか。
その日の帰りは、わざわざ花ちゃんを誘って帰ることにした。一人でふらふらしていて、あの穂高って人にまた会ったら嫌だし。
「桃ちゃんと帰るの久しぶりだね」
「うん。そうだよね」
「桃ちゃん、元気だった?」
「うん。元気だったよ」
花ちゃんといろんな話をした。果林さんの話も、好きなアイドルの話も。
「お姉ちゃんは、今、友達と遊ぶのに夢中で、彼氏なんていらないんだって」
「専門学校行ったんでしょ?」
「そう。実習も多いし、忙しいみたいだけど、すごく楽しくて充実してるってさ」
「良かったよね」
「そうだ!この前、○○君のドラマの撮影のロケ、見に行ったの。すぐ近くで見れたんだよ~~。かっこよかった!」
「良かったね~。花ちゃん」
「聖君とは、デートしてるの?」
「うん、時々」
「そうか。まだ続いてるんだね」
「うん」
「今も聖君は、もててるの?」
「大学でももてるらしいよ」
「そりゃそうか、あれだけかっこよかったらね。芸能人でも通用するもんね」
「うん」
「じゃ、桃ちゃんはいつも、安心していられないね」
「そうなんだよね」
それだ。聖君がもてるからだ。それに、聖君の内面を知ったら、もっともっとみんな好きになっちゃうからだ。だから、心配なんだ。
花ちゃんとはまた、一緒に帰ろうねって言って別れた。花ちゃんは、彼氏はまだまだいらないって言っていた。
夜、またかんちゃんがひまわりを送ってきた。その時母が出てしまい、
「送ってくれてありがとうね。お茶でも飲んでいかない?」
と誘っていた。
「いえ、もう遅いので」
かんちゃんはそう言って、お辞儀をして帰っていった。
「礼儀正しい子じゃない」
母が言った。
「そうなんだ。それにしっかりしてるし、かっこいいし、だからもてるんだよね」
「あら~、そうなの?」
母はにんまりとした顔で、ひまわりを見た。
こんなに頻繁に送ってくるのは、やはり、ひまわりに気があるからなのかな。
寝る前に、聖君から電話が来た。
「桃子ちゃん、お腹、こわさなかった?」
「うん、大丈夫」
「良かった。菜摘のやつ、お腹こわして痛くて、学校休んだって言うからさ。あれは食いすぎだな」
「かもね」
良かった。菜摘、私が声かけられたのは、黙っててくれたんだ。
「ひまわりがね」
私は突然、そんなことを言い出し、聖君に聞いていた。
「バイトが一緒の男の子が、家が近くで、送ってくれるんだ。それって、ひまわりに気があるからなのかな?どう思う?」
「それしか考えられないけど」
「え?でも、暗いし危ないからって、ただそれだけかもしれなくない?それに家が近いから」
「う~~ん、そうかもしれないけど。でも、どうでもいい子だったら、どうかな。送るかな。やっぱりあわよくば、仲良くなりたいなんて、考えてるんじゃないの?」
「そんなもの?男の子って」
「女の子もでしょ?近づくには、そういう何かのきっかけや、チャンスを逃したら、なかなか好きな子には近づけないじゃん」
「……。聖君も?」
「俺?!う…。う~~ん。そうだな。俺もけっこうずるいところあるしな」
「え?ずるい?!」
いつ、どこで?誰に対して?
「だって、桃子ちゃんに恋人のふりしてもらったり、いつまでも、俺の相談役でいてって頼んだりさ」
「え?私に?」
「そうだよ。他に誰がいるんだよ」
「……」
「ひまわりちゃんは、その子のことどう思ってるの?うざいとか?」
「ううん。好きみたい」
「なんだ~~。じゃ、そのうちにくっつくよ。時間の問題じゃない?」
「その子、かんちゃんって呼ばれてるらしいんだけど、あ、名前がね、神林君っていうから」
「うん」
「もてるんだって。競争率高いって言ってた」
「へえ。でも、ひまわりちゃんを送ってくるんでしょ?そりゃ、気があるからじゃないかな。大丈夫だよ。どんとアタックしちゃえって、ひまわりちゃんに言っておいて」
「え~?いいのかな」
「はは!ひまわりちゃんなら、大丈夫だって。あの天真爛漫さ、男の子に好かれると思うよ?」
「そっか」
そういえば、前に付き合った子も、向こうから告ってきたって言ってたな。
「そうだ。杏樹のやつ、最近変なんだ。なんか知ってる?」
「え?」
ドキ!
「変ってどんなふうに?」
「まず、食べる量が減った。それに、髪、朝長い時間かけて、ブローしてる。それから、リップクリーム塗ってた!どんなに唇がガサガサだろうが、気にしなかったやつがさ!」
「そ、そうなんだ」
「何か知ってる?」
「知らない。あ、おしゃれに目覚めたんじゃない?友達の影響かもよ?ほら、クラス変わって、友達も変わって」
「そうかな~~」
「うん。そうだよ」
やばい。好きな子ができたなんて、ばらせないよ~~。
「桃子ちゃん、何か隠してない?」
ドキ~~~。そ、そんなにしつこく聞いてこなくても。杏樹ちゃんのことそんなに心配?
「例えば、駅で誰かに声をかけられたとか」
「ええ?!」
私の声がいきなり、裏返った。
「だ、だ、誰が?」
「桃子ちゃんが、大学生に」
菜摘~~~!!ばらしてる~~~!!!!
「そ、それは、だって。隠すも何も」
「軟派でしょ?それ」
「違うよ」
「じゃ、何?道でも聞かれた?」
「う…」
「明日も朝、会うの?」
「会うわけじゃ!ただ、同じ時間に電車に乗るから」
「ふうん」
わ~~。聖君の冷たい「ふうん」だ!怒ってる?怒ってるんだよね?!
「それ、なんで俺には内緒なの?」
「え?な、菜摘なんて言ってた?」
「兄貴には内緒って言われたけど、一応報告しておくってさ」
うわ~~~~~~~。なんで、そんなことまで!!!
「友情よりあいつは、兄妹愛か?」
「え?」
「なんてね。菜摘は菜摘で、心配なんだよ。ほら、桐太のこともあったし。桃子ちゃんのこと、守らないとって正義感があるらしく、でも、自分だけじゃ抱えきれないから、俺に言って来たんだと思う」
「正義感?」
「桃子ちゃんが悲しんだり、苦しむのは嫌だって。親友として、それは避けたいんだって。あいつ、桃子ちゃんのことすげえ、大事だからさ」
「……」
うわ。なんだか、感動してじ~んってしてしまった。
「で?なんで内緒?」
「怒られるかと思って」
「俺が?何を?」
「私にすきがあるって」
「どうして?まさか、仲良く話をしたわけじゃないよね」
「う、うん」
バクバク。心臓が早い。今、聖君、怖い。
「桃子ちゃんは自覚してるの?」
「何を?」
「自分がもてること」
「ないよ!もてないから!」
「やっぱりね」
「え?」
「あのさ。前よりもずっと桃子ちゃんは綺麗になったんだよ。俺が出会ったときよりも。背も伸びて、女らしくなって、可愛いっていう雰囲気から、ちょっとずつ変わってきてて」
「私が?!」
「菜摘が言うには、俺の影響だって。俺と結ばれてから、変わったってさ」
「む、むす?」
か~~~~!!!思い切り恥ずかしくって、顔がほてった。
「俺の勘違いでも、錯覚でもなかったんだよ。本当に桃子ちゃんは綺麗になった。だから、他のやつが見たって、綺麗だって思うんだって。その辺、ちゃんと自覚して、変な男につかまらないように気をつけてよ」
「……う、うん」
「あ~~~。俺、心配。いっつも桃子ちゃんとくっついて歩いていようかな」
「え?!」
「そいつ、どんなやつ?」
「普通の人だった」
「普通?」
「うん」
「普通ってどんな?」
「だから、あまり特徴もなくて、顔も、そんなに覚えてない」
「へ?」
「印象が薄い感じ。あ、やけに人懐こい気もしたけど」
「え?!」
「もう、声かけられても、困るって言う」
「……」
聖君が黙り込んだ。
「大丈夫だよ。ちゃんとそう言うし」
「じゃ、もしそいつがめっちゃかっこいいやつだったら?」
「興味ないよ」
「まじで?」
「うん。聖君以外の人は、どうでもいいもん」
「……まじで?」
「うん」
「たとえばさ、イケメン俳優が近づいてきたら?」
「どうでもいい」
「じゃあさ、ハリウッドスターは?」
「どうでもいい」
「じゃあさ、じゃあ、えっと」
「聖君以外の人には、興味ないもん」
「……そう」
「うん」
聖君がまた、しばらく黙り込んだ。私、なんか変なこと言ってるのかな。あれ?こんなこと言って、重い女?
「でもやっぱり、心配は心配。菜摘にがっちりガードを頼んだけど、あまりしつこくそいつが言ってくるようだったら、俺に言ってね。俺、朝からそいつに会いに行くから」
「え?」
「俺の彼女に手、出してるなよって、けちらしに行くからさ」
「う、うん」
聖君なら、来そうだし、言いそうだ。
「じゃ、まじで、桃子ちゃん」
「え?」
「内緒ごとはなしね」
「う、うん」
聖君、ずるい気もする。
「ねえ、聖君、朱実さんはどうした?」
「どうしたって?」
「辞めてはいないの?」
「店?続けてるよ」
「でも、聖君のこと」
「ああ、言われた。好きだったし、聖君目当てだったのに、彼女いてがっかりって」
「え?」
「でも、れいんどろっぷす好きだから、バイトは続けるし、他に男さがすってさ」
「…。あっさりとしてるんだね」
「だね…」
だけど、そういうこと内緒にしてるじゃない。やっぱり、ずるい。
「じゃ、今日大学行って、麦さんどうだった?」
「何が?」
「その、ほら、相談にのってたでしょ?聖君」
「会ってないから、話もしてないよ」
そっか。サークルないと会わないのか。
「学部違うと、あまり会わないんだよね。サークル活動も頻繁にないから、会うのはかなり先じゃないかな」
「そうなんだ」
なんだ…。
「俺のことより、桃子ちゃん。桃子ちゃんのことでしょ?」
「え?」
「内緒ごとなしね!」
また言われた。
「はい」
思わず、その力強い声に、はいって言ってしまった。
ずるい。って思ったけど、内緒にしてって言ったってことは、私には心のどこかに、聖君に申し訳ないって思いがあったってことだよね。そうだ。本当に、内緒にしないで、こんなことがあったって、どうどうと話していいんだもん。
聖君はきっと、内緒にしているんじゃなく、取るに足らないことで、私にわざわざ言うほどのことじゃないって、思ってるのかもしれない。
聖君はおやすみって言って、それから、
「桃子ちゃん、俺のこと好き?」
って聞いてきた。
「うん、大好き」
と答えると、
「俺も、愛してるよ」
と言ってくれた。
うわ!愛してるは、まだ照れる!でも、すっごく嬉しかった。私はこうやって、いつも言葉にしてもらえないと、不安になるんだろうか。
聖君、私も大大大好き。他の人なんて本当に、まったく興味ないんだ。聖君に、こんなに夢中なんだ。
菜摘に、聖君から電話があったってメールした。ばらしてごめんってメールが来た。でも、菜摘がそれだけ、私のことを心配してるってわかって、嬉しかったよ、ありがとうと返信を送った。すると、
>桃子ってば~~~!!!愛してるよ~~。
とそんなメールが菜摘から来た。
聖君みたいだ。さすが、血は争えないな。なんてちょっとくすって私は笑ってしまった。