第97話 彼の魅力
花火が始まる前に、花火が見えやすい位置に移動した。階段になっている場所で、みんなで座り、花火があがるのを待った。
私は聖君の隣に座ったけど、逆側には麦さんが座っていた。
「花火見るの、何年ぶりかな」
麦さんが言った。
「聖君は?」
「え?俺は毎年江ノ島で見てるけど」
聖君がそう言うと、
「今年もある?私も見に行こうかな」
と麦さんが言った。
う、う~~ん。どう見ても、私のことを気にしていないように見える。まるで、麦さんは聖君と二人でいるみたいだ。
「俺、多分桃子ちゃんと行くから」
聖君はクールにそう答えた。
「二人で?」
麦さんが聞いた。
「…、そう、二人っきりで」
聖君はちょっと、むっとしながらそう言った。
ヒュ~~~~~ッ!
花火が上がった。
「お、始まった」
聖君は上を見上げた。私も上を見た。
ドン!
「わ、でかい!」
聖君が喜んだ。
ヒュ~~~~。ドン!
次々に花火が上がった。
「すご~~~い、綺麗!」
麦さんが喜んだ。
「だよね」
聖君は空を見ながら、麦さんに言った。
私が聖君を見ると、麦さんも聖君を見てるのが見えた。
「桃子ちゃん、俺見てたら、また花火見逃すって」
聖君がちらっと私を見て、そう言った。
「うん」
私は空を見た。また大きな花火が上がった。
花火が終わると、周りにいた人がどっと帰っていった。
「は~~、綺麗だった」
麦さんがため息をついた。
「そんなに感動した?」
聖君が聞くと、
「うん、感動した」
と麦さんが言った。
そして麦さんは、
「バーベキューして、花火見て、こんなの久しぶりかも」
と聖君を見て笑った。
「前はしてたとか?」
「小学生の頃、まだ、両親が離婚していなかった時にはね」
「ふうん」
聖君はまた、気のない相槌をうった。
「兄弟はいなかったの?」
「うん」
「じゃ、再婚して妹ができたんだ」
「そう」
今度は麦さんが、無表情に答えた。
「じゃ、新しいお父さんや妹さんと見たらいいじゃん、花火」
聖君はあっさりとそう言った。
「ええ?!」
麦さんが驚いた。
「なんでびっくりするの?妹ができた、父親ができた、家族が増えたって思えばいいじゃんか」
「思えない。私にはお父さんは一人だけだよ」
「それ、俺も思ったよ。育ての親だろうが、血のつながらない親だろうが、俺には今の父さんが、俺にとっての唯一の父親だって」
「でも、菜摘ちゃんのお父さんとも仲がいいって」
麦さんが聖君の話に、割り込んだ。聖君はそのまま、話を続けた。
「父さんがね、言ったんだよ。二人父親がいるのも、いいかもしれないぞって」
「え?」
「俺の父さんって、考え方がいっつも前向きなんだ。それで俺も、そう思ってみようかなって思った。そっちの方が、楽しいじゃん。わざわざ、辛くなったり、苦しくなったりする方を選ばなくってもいいよなって、そう思ったし」
そうなんだ、そんなこと聖君は思ったんだ。さすが、聖君もお父さんも、前向きだよな~。
麦さんは、黙って真面目な顔をして聞いていた。
「麦ちゃんも、楽しく考えたらいいじゃん」
聖君は、そう言うと、立ち上がった。
「さて、そろそろ帰る?桃子ちゃん」
「うん」
私も立ち上がった。もう菜摘と葉君は立ち上がり、ちょっと離れたところで、いちゃいちゃしていた。
「じゃ、麦ちゃん、またね」
「あ、うん」
麦さんは何か、言いたそうにしていた。
「聖、またな」
木暮さんが麦さんの横に来て、そう言うと、
「じゃ、麦ちゃん送っていくよ」
と、麦さんに笑いかけた。
「うん」
麦さんは、なんとなくまだ帰りたくない雰囲気だった。
「聖君」
聖君が歩き出すと、麦さんは呼び止めて、
「今度、もっと話をしてくれる?」
と聞いた。
「え?なんの?」
「さっきみたいな話。私ももっと、家族と仲良くなったり、楽しみたいし」
「大丈夫だよ。もうそう思えるなら。今日からそうしたらいいじゃん」
「え?」
「いつかそうなりたいっていうんじゃなくて、今からそうしたらいいんだよ。ま、どうなったかはあとで、話を聞いてもいいけど?」
「ほんと?話し聞いてくれるの?」
「……。聞くだけね」
聖君はそう言うと、にこって笑い、
「じゃ、桃子ちゃん、行こう」
と私の肩に手を回して、歩き出した。
駐車場に着くまでの間、菜摘は、
「なんであんなに親切なの?兄貴」
と、麦さんとのことを聞いていた。
「え~?別に、親切にしたわけじゃないけどさ。でも、楽しく生きられるようになったらいいじゃん?」
聖君はそう淡々と言った。
「そんなことしたら、麦さん、喜んじゃうかもよ?兄貴のこと好きみたいだし」
「え?俺には桃子ちゃんがいるって、今日わかったじゃん」
「だとしても!」
「わざわざ、彼女がいるのに、なんで喜ぶんだよ」
「だって~~。彼女がいるのにもかかわらず、横に座ったり、兄貴に話しかけたりしてた。あれ、かなり挑戦的だったよ」
「菜摘の思い過ごしだろ?」
「そんなことないよ、ねえ、桃子」
「え?」
私は困ってしまった。
「そうかな。わざわざ、彼女がいるって知って、彼女が隣にいるのにもかかわらず、挑戦してくる?」
聖君は首をかしげた。
私は何も言えなかった。でも、麦さんは確実に聖君に対して、好意をさらによせたって感じでいた。
葉君は、私と菜摘を車で送ってくれた。後部座席には私と聖君が乗り、助手席に菜摘が乗り、二人で楽しそうにずっと話をしていた。
私は、なんだか麦さんのことが気になり、あまり聖君と話せないでいた。
「桃子ちゃん」
聖君がすごく声を潜めて、話しかけてきた。
「え?」
「さっきの、あれ。絶対にお父さんには内緒ね。桃子ちゃんにばらしたって知ったら、俺、また怒られちゃうかも」
「ええ?」
ああ、そっか。桃子のことを頼むって言ってたあれか。
「お父さんさ、すんごい桃子ちゃんのこと大事にしてて、いつも子どもの頃のことや、生まれた時のこと話してくれるんだよね」
「え?」
「桃子ちゃん、お父さんが忙しくて、どこにも連れて行ってくれないし、約束も守ってくれないって言ってたけど、だけど、すんごい大事に思ってるよ」
「うん」
私はうなづいた。
「桃子ちゃん、2300グラムしかなくて、保育器に入れられたんだってね」
「生まれてすぐでしょ?聞いたことあるよ、お母さんから」
「一歳くらいの頃も、体弱かったって。すぐに風邪引いたり熱出したり。食も細くて、がりがりで、お父さん、すごく心配してたみたいだね」
「うん」
「夜中に熱出して、病院に連れて行ったり、お母さんと寝ずに看病してたって。でも、幼稚園入った頃からだんだんと強くなって、お母さんもお父さんも仕事に打ち込めるようになったって言ってたな」
「そうなんだ」
「仕事から帰って来て、すやすや寝てる桃子ちゃんを見るのが、一番の幸せだったんだって。その寝顔見るだけで、仕事が頑張れたって。結局は家族のためにお父さんは、一生懸命働いていたんだね」
「そんな話いつしたの?」
「前、釣り行った時。俺、聞いてて感動しちゃって。いつか桃子ちゃんに話たいって思ってた。でも、お父さんが、桃子ちゃんには話すなよって言うから、黙ってたんだ」
「お父さんが?どうしてかな」
「恥ずかしいんじゃないの?きっと」
「なんで?何が恥ずかしいの?」
「さあ?でも多分、自分が家族のために一生懸命に働いてるのを知られるのが、恥ずかしいんじゃないの?」
「わかんない」
「あはは、そう?男のプライドなんじゃないの?」
「プライド?聖君にもある?」
「あるよ。ここは知られたくないとか、見えないところで、頑張りたいとか、そういうやつ」
「そうなんだ」
男のプライドで、男どうしなら、話せるのかな。
「桃子ちゃんのお父さんは、俺の父さんとも違うし、菜摘のお父さんとも違う。一番、シャイだね」
「え?」
「本音を言わない、弱みは見せない、そんな男だよね」
「そうなのかな。私にはわからない。だけど、頑固だと思う。いつもお母さんが合わせてるかな」
「なるほどね」
いつの間にか、前の二人が静かになってた。菜摘が寝たらしい。
「葉一、お前らほんと、よくいちゃついてくれるようになったよね」
聖君がいきなり、葉君にそう話しかけた。
「え?俺ら?そんなことないだろ?」
「自覚ないの?それとも、二人きりの時にはもっと、いちゃついてるの?」
「そんなことお前に、教えないよ」
葉君は、バックミラー越しに聖君を見て、そう言った。
「だよな。そりゃそうだ。俺だって、お前に教えたくないや」
聖君は外を見ながら、投げやりにそう言い返した。
菜摘の家に着き、葉君は菜摘を起こし、玄関まで送りに行った。聖君は私と車の中に残った。
「桃子ちゃん」
聖君が突然、キスをしてきた。えって驚くと、
「だって、今しか二人きりになる時ないじゃん?」
と手を握り締め、言って来た。
う、そうだけど。あまりに突然でびっくりしちゃったよ。
「まじで、麦ちゃんのことは気にしなくてもいいよ」
「え?」
「心配になってたんじゃないの?」
「うん」
ばれてたか。
「俺、桃子ちゃん一筋だってば」
「う、うん」
私はきっと真っ赤になった。
「お待たせ」
葉君が戻ってきた。聖君はさっと、手を離した。
それから、私の家まで送ってくれて、今度は聖君が玄関まで着いてきた。チャイムを押すと、母がドアを開け、聖君を見て久しぶりねって喜んだ。
「あがってお茶していかない?」
「あ、車待たせてるから、今日は…」
「お父さん?」
母が聞いた。
「いえ、友達です」
「まあ、そうなの?じゃ、悪いわね」
「すみません、また伺います」
聖君はそう言うと、ぺこってお辞儀をして、車に戻っていった。
「友達って?」
母が聞いてきた。
「高校の友達で、もう免許とって運転してるんだ。あ、葉君って、菜摘の彼氏」
「そうなの。聖君は足も怪我していたし、まだ免許取れていないんだっけ?」
「借り免は取れたからって、最近お父さんに横に乗ってもらって、家の周りを練習してるみたいだよ」
「まあ、そう。じゃ、もうすぐ免許取れるのね」
「うん」
「どう?バーベキュー楽しかった?」
「うん」
「眠そうね」
「うん、お風呂入ってすぐに寝るね」
私はそう言って、部屋に着替えを取りに行き、お風呂に入った。そして、髪を乾かし、半乾きのまま、ベッドに寝そべった。眠くてしょうがなかった。
「あ~~あ」
寝る直前、麦さんのことを思い出した。聖君の言葉で、何かを感じたらしい。楽しく生きていきたいって、そう思ったんだろうな。
聖君って、すごいな。ちょっとの言葉で人の生き方まで変えちゃう。それも前向きに。
花ちゃんのお姉さんの時もそうだったっけ。そうやって、人を変えるくらいの影響力を持っている。それに、人は魅了される。きっと聖君を知ったら、みんなが魅了しちゃう。
一生大事にしていきます。あの言葉、嬉しかったな。聖君は本当に優しい。本当に大事に思ってくれる。だけど、漠然とした不安がある。
私には、そんな力あるの?聖君のことをずっと、惹きつけていられるだけの。そんな魅力ある?
もし、私みたいに聖君の全部を受けいれる人が現れて、聖君のことを大好きになったら?
もし、聖君が心を許せる女の人が、現れたら?
私なんて、色あせて見えるようになったら?
わ、なんだろうか。すごい不安がこみ上げてきた。どうして?
きっと、麦さんの目だ。聖君を優しく見ていたあの目。それに聖君の言葉で、感動していたあの目。
その目を見て、私は焦っている。
聖君の内面を知り始め、麦さんは確実に前よりも、聖君に惹かれてるんだ。
心配しないで。聖君の言葉を思い出した。そう言われると安心する。でも、また一気に不安が飛び出してくる。
この不安はいったいいつまで、出てくるんだろう。聖君からもらった、イルカのぬいぐるみを抱きしめた。ぎゅう。ああ、ここにいっつも聖君がいてくれたら、私はいつも安心していられるのに。
そんな思いをかみ締めながら、私は眠りについた。




