第96話 彼の未来予想図
私と葉君を残し、みんなジェットコースターに乗り込んだ。
「遊園地は聖と桃子ちゃんも誘って、4人で来るに限るな」
ベンチに座り、缶コーヒーを飲みながら葉君がそうつぶやいた。
「え?」
「菜摘、絶叫系が大好きなんだよね。でも俺、乗れないから」
「私も駄目だ」
私がそう言うと、葉君はやっぱりねって顔をして、
「聖、大好きだよ、ああいうの。家族で行って、杏樹ちゃんと乗るらしい。杏樹ちゃんも大好きなんだってさ」
「うちのひまわりも大好きだよ。でも、私は絶対に乗れない」
「でしょ?だから、4人できたら、二人に絶叫マシン乗せて、こうやってのんびりくつろげる」
「あはは、そうだね」
葉君は、私と似てるかもしれない。あまりはしゃぐこともないし、いつも穏やかだ。
「あの子…。かなり聖のこと気にいってるね」
葉君がいきなりそんなことを言った。
「麦さん?」
「そ…」
葉君も感じていたんだ。
「まあ、聖はなんとも思ってないと思うけどね」
葉君は、冷静にそう言った。
「……」
だけど、なんだか気になる。
「聖さ~、未来がしっかりと見えてるの、知ってた?」
「え?」
「仕事はこれって決めてないけど、でも海の関係の方に進むだろうね。それで海洋学も勉強したいらしいしさ」
「うん」
「できれば、江ノ島に住み続けたいみたい。もし、どこか他の場所に行くなら、伊豆のじいちゃんちだって言ってたよ」
「伊豆?」
「そう。それで結婚したら、奥さんがれいんどろっぷすか、伊豆のカフェで、ケーキ作ったり、料理したりするんだってさ」
え?!それって。
「子どもは二人がいいなって言ってた。男の子と女の子」
「そんな話聞いたことないよ」
「え。そう?」
び、びっくり!
「それで、老後はのんびりとあったかいところで暮らすんだってさ」
「老後~~~?」
「変わったやつだよね。ほんと、俺も聞いてて呆れた。桃子ばあちゃんと、聖じいちゃんって呼び合うんだ。可愛いだろ?って聞かれたけど、なんて答えていいんだかって感じだよな」
え~~~!!!!
「すげえよな。何年後のこと言ってるんだか。あいつの中ではず~~っと隣には、桃子ちゃんがいるってことになってるんだな」
「……」
「その決心も固いのなんのって。だから、どんな子が現れても、桃子ちゃん心配しなくていいよ」
「え?」
「あいつさ。まじで女の子苦手なの。トラウマだね。ずっともてて、いろんな女の子の面見てきたし。あいつが1番興味があるのは海や自然界。それから家族。あとは男とわいわいやってるのが、楽しいらしい。だから、女の子はあいつの中では基本的にどうでもいいわけ。ま、2年の時、彼女見つけるんだってバイトなんかやってたけど、あれも本気だったかどうか」
「だけど、そこで菜摘のこと好きになって」
「ああ、うん。もしかすると女の子苦手って言うのを、自分でもどうにかしたかったのかもね。でも結局好きな子ができても、どう接していいかわからず、話せなかったり、告れなかったりして終わるんだよ。菜摘のこと好きだった時も、なんて話したらいいんだとか、話そうとしても変なこと口走っちゃうよとか悩んでいたから」
聖君が?
「だから、桃子ちゃんのこと好きだって言われて、俺、聖が桃子ちゃんと接するのを見ててさ、自然だし、普通に話してるし、これは絶対に演技だって思い込んじゃったわけ」
ああ、菜摘が妹だってわかって、付き合ってるふりをしてた時のこと?
「付き合ってるふりをした時でしょ?みなとみらいに行ったときの」
「そう、あの時。絶対に俺と菜摘をくっつかせるための演技だって思ったわけ。まさか兄妹だなんて、思わなかったしさ。でもあとで、聞いたら、あんときからもう、桃子ちゃんが好きだったよって言ってたからさ」
え?
「それからも、二人見てたら、あいつ桃子ちゃんとは普通に話すし、それどころかめちゃくちゃ、嬉しそうに話してるじゃん。目じりは下がってるし、にやけてるし…。それにすごい大事にしてるし、幸せそうな顔してるし。ああ、こりゃ、本物だって思ったよ」
「本物?」
「女の子が苦手だったのを、桃子ちゃんが変えちゃったんだって」
私が?
「っていっても、桃子ちゃんにだけなんだよな。今も他の女の子には、クールだもんな。たまに蘭ちゃんみたいに、気が合う子もいるけどさ、男友達みたいに、一緒にバカやれる仲間って感じになってたから」
「……」
「桃子ちゃんは、まじであいつには特別なんだな~」
「葉君にとっての、菜摘は?」
「え?」
「特別でしょ?」
「うん。まあね」
葉君は恥ずかしそうに目を伏せた。
「菜摘、葉君に甘えてるね」
「そう見える?」
「うん」
「なんかさ、甘えてくれるのが嬉しかったりするんだよね」
「男の人ってそうなの?」
「うん、多分。聖もそうだと思うよ。好きな子ならね。あいつ、杏樹ちゃんや菜摘からも甘えられるの、嬉しいみたいだし」
「そっか。私まだ、どこかで遠慮してるかもしれないな」
「甘えてみたら?聖、まじで喜ぶよ。絶対に目じりさがって、にやけまくるから」
え~~~?そうなのかな。
「あ、戻ってきた」
葉君は立ち上がり、菜摘ちゃんに手を振った。
「葉く~~ん、のど乾いた」
「なんか飲み物買って来る?ここに座って待ってて」
葉君は、自販機に向かって駆けていった。
「すげえ、絶叫してるんだもん、菜摘、隣で鼓膜やぶれるかと思ったよ」
「え~~?兄貴だって、騒いでたじゃない!」
二人はそう言うと、ベンチに同時に座ろうとして、
「お前、あっちのベンチに行けよ」
「兄貴が向こう行けばいいじゃん」
とお互い、譲ろうとしなかった。
「桃子ちゃんの隣なんだから、俺がここだよ」
「葉君がここにかけてって言ったんだよ?だから私がここ」
「いいよ、私がどくよ?」
そう言って、私がベンチを立つと、
「え?じゃ俺もいいや」
と、聖君は菜摘にさっさと席を譲った。
葉君が戻ってきて、聖君は葉君を菜摘の隣に座らせた。
「ねえ、聖君、水族館行かない?」
麦さんがそう聞くと、聖君は、
「いや、水族館は江ノ島で飽きるほど行けるから、いいや」
と淡々と答えた。
「俺、見に行きたい。行って来る?まだ花火まで時間あるし」
木暮さんが麦さんにそう言うと、麦さんは顔を曇らせた。ああ、聖君と行きたかったんだな。
「桃子ちゃん、あそこにゲームセンターがあるから、ゲームしに行かない?」
聖君が言った。ああ、私がゲーム下手なの知ってるくせに。
「行く行く!」
菜摘は、飲み物を一気に飲み干したらしく、ベンチを立って、
「葉君も行こう」
と葉君と腕を組んだ。
4人で歩き出すと、
「じゃ、私たちもゲームセンターに行こうよ」
と麦さんが木暮さんに言った。
ゲームセンターで、私はやぱり悲惨な結果を出していた。横で、聖君はいつものごとく、お腹を抱えて笑っていた。ひどい…。
そんな私と聖君を、麦さんが見て、
「聖君って、笑い上戸なんだね」
と聖君に言っていた。
「え?ああ、俺?そうみたい。一回つぼにはまると駄目なんだよね」
聖君は涙を拭きながらそう言った。でもさ、涙流すまで笑わなくてもいいじゃない?
「桃子ちゃん、いっつも面白いんだもん」
ひどい…。また面白がってる。
「ふんだ」
私はすねてしまった。
「あれ?すねてる?桃子ちゃん」
聖君が私の顔を覗き込んだ。
「別に」
と口を尖らせて言うと、
「あはは!に、似てる」
と聖君は大笑いをした。
「何?今度は何に似てるって言うの?」
「杏樹が昨日、桃子ちゃんに似てるって言って、買ってきたぬいぐるみがあって」
「私に似てる?な~~に?くま?犬?」
「かっぱ」
かっぱ~~~~?!!!!!
「口、尖らせるとめっちゃ似てる!!あははははは。駄目だ。腹いて~~~~!!!」
「か、かっぱ~?」
隣でそれを聞いていた菜摘も大笑いをした。
「ひどい~~~」
私がそう言って怒ると、それを見た聖君はさらに笑いだし、
「桃子ちゃん、口尖らせるのやめて!似すぎてるから!」
と涙を流して喜んでいた。本当にひどい。
「びっくり」
その光景を見ていた麦さんが、目を点にしていた。
「あ、これもいつものことですから」
葉君はものすごく冷静に、そう麦さんに言った。
確かに。くまに似てるとか、犬に似てるとか言って、涙流しながら聖君、笑うもんな~。最近ようやく、クロに似てるって言われなくなったと思ったら、今度はかっぱ???
あんまりだよ、杏樹ちゃんも杏樹ちゃんだよ。
それから、お腹がすいたねって言って、みんなでレストランに入った。そこからは海が見えて、綺麗だった。
「江ノ島に住んでるなんていいね。海、近いんでしょ?」
麦さんが聖君に聞いた。
「近いよ」
「聖君の家、行ってみたいな。ね?木暮君」
「ああ、そうだね。店行った事ないから、聖がバイトしてる時間帯に行ってみるか」
「いいよ、でもおごらないよ、俺。バイト代なくなっちゃうもん」
聖君はハンバーグにかじりつきながら、そう答えた。
「いつ手伝ってるの?」
麦さんがまた質問すると、
「土日の夜はたいてい、バイトしてる。あ、今日みたいにどこか行く予定が入ると、妹が手伝いに入るけど」
と聖君は答えた。
「菜摘ちゃんが?」
麦さんが聞いた。
「中3の杏樹って妹がいるんだ」
「え?まだ妹さんいたの?」
麦さんが驚いた。
「そういえば、苗字違ってるっけ。菜摘ちゃんとお前」
木暮さんがちょっと聞きにくそうに、そう言うと、
「ああ、腹違いなんだ。俺ら」
と聖君はあっさりとそう答えた。
「ええ?」
麦さんと木暮さんが驚くと、菜摘が、
「私のお父さん、お母さんと付き合う前に、聖君のお母さんとお付き合いしてて、別れてからお腹に赤ちゃんがいることがわかったんだよね」
と、これまたあっさりと、説明した。
「それ、お母さんもしかして、シングルマザー?」
と麦さんが聞きにくそうに聞いた。
「いや、母さんは菜摘のお父さんと別れてから、父さんと出会って、お腹に子どもがいるのも承知で、結婚したんだ。だから、生まれた時から、俺にはちゃんと、両親がそろっていたよ」
「でも、お父さんとは血のつながりないんでしょ?」
麦さんがそう聞くと、葉君が、
「でもこいつんち、すげえ親子仲よくて、周りが異常だよって言うくらいなんだよね」
と、話に加わった。
「お父さんと仲いいの?聖君」
「うん、友達みたいに仲いいよ。たいていのことは父さんに相談する。父さん、若いしさ」
「そうなんだ」
「でも、私のお父さんとも仲いいよね」
菜摘が今度は話に参加した。
「え?」
麦さんが驚いて聞くと、
「うん。なんだか、菜摘のご両親にも俺、気に入られちゃって」
と、ちょっと照れくさそうに笑った。
「へえ。なんだか複雑だと思ったけど、みんなして平和なんだ」
麦さんがそう言った。ちょっと面白くないって顔をしている。
「なんで?問題があったほうが面白かった?」
それを察した聖君が、麦さんに聞くと、
「だって、そういうことがあると、複雑にいろいろと絡み合うじゃない。うちなんてそうだよ。親が離婚して、再婚したけど、私はもう7年にもなるのに、新しいお父さんになじめない」
と、暗い顔をしてそう答えた。
「そうなんだ」
聖君は無表情に相槌をうった。聖君、こういう時、絶対に同情したりしないんだよね。
「それに妹も、なじめない。お母さんの前だといい子ぶって、影ではお母さんの悪口言って。男の前でも態度が変わる、ほんと私が一番嫌いなタイプだから」
麦さんはそう言うと、眉をしかめた。
ああ、そうか。だから私のことも、あんなふうに言ったのか。
「ふうん」
聖君の「ふうん」が出た。
「妹はお父さんの連れ子か~~」
木暮さんがそう言うと、
「あんな子がいるって知ってたら、再婚賛成しなかったのに」
と、すごく嫌そうな顔をして、麦さんが言った。
「複雑だな~」
木暮さんはそう言ってから、
「でもまあ、そういう家庭もけっこうあるかもしれないし、麦ちゃんばかりじゃないよ、そんな問題抱えてるのは」
と、慰めていた。
聖君はもくもくとご飯を食べていた。
「桃子ちゃんの家は?複雑な家庭?」
「いいえ」
麦さんの質問に私は、首を横に振った。
「兄弟は?」
「妹がいます」
また麦さんが質問をしてきた。
「へえ、今、いくつ?」
「高校1年」
「ひまわりちゃんも高校生か。バイトで明け暮れてるんだっけ?」
聖君が聞いてきた。
「うん。聖君が家に来ないからって、寂しがってたよ」
「まじで?杏樹に会えたらそれで、いいんじゃないの?杏樹言ってたよ。ゴールデンウィークはお兄ちゃん来なくて良かったって。3人でガールズトークで盛り上がったってさ」
あちゃ。そんなこと言っちゃったの?聖君、すねただろうな。
「杏樹ちゃんって聖君の妹でしょ?」
「そう。ひまわりちゃんと仲いいんだ。この前、杏樹だけで、泊まりに行ってさ」
「へ~~~。家族ぐるみの仲とか?」
「うん。あ、でもまだ、うちの母さん、桃子ちゃんのお母さんにもお父さんにも会ってないね」
「そっか~~。お店に行くって言っておきながら、行ってないね」
二人でそんな話をすると、
「じゃ、聖君も桃子ちゃんの家族に会ってるの?」
と麦さんが聞いた。
「何度か遊びに行ってるから。来週の日曜は桃子ちゃんのお父さんと釣り行く予定だし」
「釣り?お前、するの?」
木暮さんが驚いた。
「桃子ちゃんのお父さんに誘われて行って、はまっちゃった。すげえ釣り道具を、大学入学祝いにもらっちゃったし」
聖君は嬉しそうにそう言った。あれれ?いつ釣りに行く約束をしたんだろう。
「お父さんといつ、連絡取ったの?」
私が聞くと、
「先週店に電話があって。あれ?お父さんから聞いてない?」
と答えた。
「聞いてないよ」
「そうなんだ。それからは、携帯で連絡取り合って」
「お父さんと?」
「うん」
うわ~~~~。携帯で電話をしてるの?!!!お、驚き!!!
「桃子のお父さんと、そんなに仲いいの?でも一回派手に、嫌われたってしょげてたよね?」
と菜摘が驚くと、
「ああ、あれね。あはは。そんな時もあったっけ。でも、今、なんだか知らないけど、すげえ気に入られちゃってる。男の子がいないから、釣りも一緒に行けないって嘆いてたし、俺はなんだか、息子ができたみたいで、嬉しいんだってさ」
聖君はまた、嬉しそうにそう言った。
「兄貴は誰とでも、仲良くなるな~~」
「本当だよな」
菜摘と葉君が感心した。
「でも、そのうち息子になっちゃうもんね~、ね、桃子」
菜摘はそう言って、私に目配せをした。
「え?」
私がきょとんとしていると、麦さんが、
「そんな未来のことわからないじゃない?」
と、いきなり口をはさんだ。
未来?え?あ、そうか。結婚ってことか!
「う~~~~~~~ん」
聖君が、ものすごく長く、うなった。
「何?兄貴」
菜摘が気になったのか、身を乗り出した。
私もすごく気になる。
「やっぱりやめておこう」
聖君はそう言うと、最後のハンバーグの一口を口に入れた。
「な、何?気になる、ねえ、桃子」
私はこくんと大きくうなづいた。それを見た聖君はまた、
「う~~~~~~~~ん」
とうなった。
「言っちゃえよ、もったいぶらずに」
葉君もそう言った。
「しゃあねえな。でも、桃子ちゃん、お父さんには絶対に内緒ね。なにしろ、桃子にはばらすなって口止めされてるから」
聖君がそう言うと、みんないっせいに、聖君を見た。
「桃子ちゃんのお父さんに、桃子のことを頼むって言われてるんだよね」
「え?」
聖君の言葉に私は驚いた。みんなは、そんなに驚いていなかった。でも、
「俺が死んだら、桃子のことを守っていくのは、聖君なんだから、それを託すから、頼んだよってさ」
という聖君の言葉には、みんなびっくりしていた。
ああ、やっぱり。前に父は言ってたっけ。死んだら、旦那さんになる人が、桃子のことを守っていくんだもんなって。
そんなことを聖君に言ったの?
「聖、なんて答えたの?」
葉君が聞いた。
「うん。桃子ちゃんのことは、一生大事にしていきますって言ったけど…」
「どひゃ~~~~!それ、プロポーズ、いや違う。その先行ってるじゃんか!」
木暮さんが驚いていた。麦さんも口をぽかんと開けていた。
でもきっと、一番に驚いていたのは私だ。
頭が真っ白になった。
「桃子ちゃん、内緒ね。お父さんには言っちゃ駄目だよ」
聖君は私に、耳打ちをした。それを聞いて、やっとこ頭が働き出し、何を言われたかを理解した。
じわ~~~~。涙が出てきた。やばい。必死にこらえると、聖君が、
「あ、泣くのこらえてる?あはは。桃子ちゃんってば」
と横で優しく笑っていた。