第94話 バーベキュー
聖君はしばらく、お店の手伝いができず、その間は聖君のお父さんと、今年中3になった杏樹ちゃんが手伝っていた。
聖君は大学には、松葉杖を使い通っていた。
でも、早くに回復し、店のバイトも再開。教習所にも行き始めた。
ひまわりは今年、高校生になった。今、公立の高校に行き、バイトもしている。部活には入らず、バイトに明け暮れるんだと張り切っていた。
とはいえ、夕方から3時間だけのバイトだ。近くの本屋で働いている。
6月になり、ひまわりはいきなり、男の子と一緒に帰って来た。バイトが一緒の高校2年の子で、家が近いらしく、家まで送ってくれたようだ。
「じゃ、ひまわりちゃん、また明日ね」
玄関でその子はそう言うと、さっさと帰っていった。
「送ってもらったの?」
「うん、っていっても、ここから5分もかからないところに住んでいるんだって」
「ふうん。かっこいい子だったね」
「あ、お姉ちゃんもそう思う?聖君ほどじゃないけど、イケメンでしょ?」
ひまわりって、面食いだったっけ?
「神林君っていうの。みんな、かんちゃんって呼んでる」
「付き合ってるの?」
「まだだよ。かんちゃん、競争率高いんだもん。だけど、家が近いから、送っていくって言ってくれたんだ。これって、脈あると思う?」
「さあ、どうかな」
「ちょっと頑張っちゃおうと思って」
「頑張る?」
「アピールするの。他の子に取られるの嫌だもん」
「……」
アピール…?すごいな~。同じ血が流れているとは思えないや。
私はアピールするどころか、その逆で、どうしていいかもわからず、ただただ、見ているだけだったというのに。
あと、変わったことといえば、いつの間にやら、幹男君が引っ越していたことだ。ちょっと遠くになったから、うちにもまったく来なくなったし、どうやら母が言うには、彼女と同棲してるようだということだった。
わ~~。同棲?元カノのことで、悩んでいたというのに、いつの間に!
桐太は江ノ島で働いている。サーフィンショップで働きながら、本人もサーフィンにはまったようだ。
朝早くからサーフィンがしたいからと、江ノ島に部屋を借りて、住みだしたほどだ。
そしてちょくちょく、れいんどろっぷすに行ってるらしい。でも、私が遊びに行く時には、お店に来ないから、桐太とはここ2ヶ月、ずっと会っていない。
というのも、桐太は、さすがに土日は店をそうそう、抜け出せないようだったからだ。
春から、聖君だけじゃなく、みんなそれぞれ環境が変わり、新しい世界に踏み出している。
梅雨に入る前に、バーベキューをダイビングのサークルのみんなで、することになったらしく、聖君は、葉君と菜摘、そして私のことも誘ってくれた。
ダイビングのサークルに入っていない人でも呼んじゃって、わいわいとやろうよと、部長が言ってくれたそうだ。
2週目の土曜日、葉君の車に江ノ島から乗り合わせ、八景島まで行った。バーベキューの会場まで行くと、
「先輩!」
と、聖君が手を振った。
「お~~、聖!来たか~」
わ!お、おっさん?なんて思ったら失礼だよね。でも、ひげが生えてて、どう見ても、かなりの年上に見える。
「聖の友だちと、その彼女だっけ?」
「はい。あ、それに妹なんです。こいつ」
聖君はそう言うと、菜摘のことを指さした。
「え~~~?聖君の妹?!」
ちょっと離れたところにいた、女の人が驚きながらこっちにやってきた。背が高く細くって、ショートヘアーの女の人だ。
「あら!そういえば、似てるかも」
もう一人、女の人が近づきながら、菜摘の顔をまじまじと見ていた。
「あ、こんにちは。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。高校生なんでしょ?このへんのおやじに気をつけてよね。酒飲んだら、近づかないようにね」
と、その人が言った。すると背の高い女性が、
「だけど、彼氏連れでしょ?彼氏に守ってもらったら?あ、もう一人の子も、守ってもらわないとね?」
とにっこりしながら言った。
私のことかな?
それから、また人がやってきて、他の人たちとわいわいと話し出し、そのうちに、みんなが集まったようで、バーベキューの支度が始まった。
私は聖君が、野菜の皮をむいたり、切ったりしているのを手伝った。菜摘と葉君は、お米を洗いに行った。
他の人たちはそれぞれ、炭を用意したり、肉を切ったり、みんなで役割を分担して、準備を進めていた。
準備が整い、鉄板に材料を乗せ、焼き始めた。それから紙コップに飲み物を入れ、みんなで、乾杯をした。
総勢、15~6人はいるだろうか。聖君が今日は、サークルのメンバーは10人だけって言ってたから、私たち3人の他にも、部外者がいるんだな~、きっと。
女性は3人しかいないって言ってたけど、4人いる。一人は部外者か、新しく入った人なのかな。
「自己紹介していかない?」
背の高い女性がそう言った。
「いいね。じゃ、1年生から」
ひげの生えた男性が、そう言ってから、聖君を見た。
「え?俺から?」
聖君はちょっと辺りを見回してから、
「じゃあ、自己紹介します。今年入った、榎本聖です。え~~と、この前のゴールデンウィークで、ライセンスを取ったばかりの、ド素人ですけど、よろしくお願いします」
とそう言うと、ぺこりとお辞儀をした。
「じゃ、次、俺行きます。聖と一緒で、1年の木暮哲也っていいます。聖と一緒に伊豆でライセンス取ってきました。これからいろんな海、潜りたいって思ってます」
聖君の隣にいた、がっしりとした体型の人がそう言った。あ、この人が聖君が友達になった人か~。
「じゃあ、次は私かな?5月にサークルに入ったばかりで、まだライセンスも取っていません。今度の夏休みに取りたいと思っています。1年の中里麦です。気軽に麦って呼んで下さい」
その人がそう言うと、
「麦ちゃん!可愛いね~~」
という声が男性陣から聞こえた。
新しく入ってきたから、女性が4人なのか。
それから、次々にみんなが自己紹介をして、最後に私たちの番になった。
「聖の連れの3人、お待たせしました。どうぞ」
ヒゲの生えた人は、部長だった。名前は大木戸さんという。その人が私たちに向かってそう言った。
「杉本葉一です。聖とは中学と高校が同じで、今、社会人1年生です」
「え?もう働いてるの?」
大木戸さんが聞いてきた。
「はい」
「そうか~~、えらいな~~。ダイビングはしないの?」
「ああ、はい。すみません」
葉君がそう言うと大木戸さんは、まあいいっていいって、と笑って言った。
「で?その横にいるのが、聖の妹だっけ?」
大木戸さんがそう言うと、みんながどよめいた。
「可愛い!聖、妹いたの?」
「今、何年生?」
そうみんなが口々に話す中、大木戸さんが、
「ほら!みんながうるさいから、自己紹介できなくなってるだろ?ちょっと静かに」
と、大きな声でみんなを黙らせた。
「萩原菜摘です。高校3年です」
菜摘がそう言うと、またみんながざわついた。なんで苗字が違うのか、気になったらしい。
「ほら!みんなうるさい!そういうことは、今話すことじゃないだろ」
またみんなが、大木戸さんの一声で黙った。わ、すごいな、この人って。みんなのことをしっかりと、いつもまとめているんだろうな。
「じゃあ、次」
大木戸さんが私を見た。
「あ、あの…。椎野桃子です。菜摘と同じ高校です。よろしくお願いします」
し~~~ん。みんなが静かになった。というか、私の声が小さいからか、みんな耳をすませたようだ。
「菜摘ちゃんと、桃子ちゃんね?よろしくね。今日は酒飲みのおやじがたくさんいるから気をつけて。葉君と聖君にちゃんと守ってもらってね」
背の高い女の人は、副部長で、菊田さんという。みんなからは菊ちゃんと呼ばれていた。菊ちゃんは私と菜摘に、優しくそう言ってくれた。
「さあ、もう焼けたから、どんどん食べましょう。あとはみんな、各自で食べて飲んで、さわいで、っていっても、ある程度は節制してよ。車運転する人は、絶対に飲まないようにね」
菊ちゃんがそう言うと、みんな、
「は~~~い」
と元気に返事をした。
聖君は焼けたものを、私と菜摘のお皿に取ってくれた。それから自分のも取って、豪快に口に入れ、
「うめ~~~!」
と叫んでいた。
「聖君って、前の懇親会でも思ったけど、ほんと、美味しそうに食べるわよね」
聖君の隣に、麦さんが来て、そう言った。
「ああ、だって旨いから」
聖君がそう言うと、
「なんだか、幼い子どもみたい」
と麦さんが笑った。
聖君はそんなのおかまいなしで、ばくばくと食べていた。
葉君が今度は、焼けたものを私と菜摘のお皿に乗せた。
「聖君、そっちのソーセージ焼けてるかな。取ってくれない?」
麦さんがそう言うと、
「え?ああ、これ?」
聖君は麦さんのお皿に、取ってあげていた。
「ありがとう」
麦さんはそう言うと、豪快に食べてから、
「うん、うまい!」
と笑った。
「はは!すげえ食いっぷりいいじゃん。人のこと言えないって」
聖君はそれを見て、笑った。
「私も、大食いなの。昔からスポーツしてたし、食べても太らなくって」
羨ましい体質だ。
「それに、私食べませんってよく言ってる女子いるじゃない。平気で残す人、駄目なんだ~。あれは絶対に男性の目を気にしてやってる演技だよね。聖君て、そういう子嫌いなんじゃない?」
麦さんはそう言ってから、私と菜摘をちらりと見た。な、何かな。私がそういうふうに見えたのかな。いや、実際に私は小食だけど、演技をしてるわけじゃない。
「人の胃袋ってそれぞれだし、体型もそれぞれだから、小食の人がいてもしょうがないと思うけど?俺」
聖君はそうさらって言ってのけた。
「でも、男の人の前でだけ、態度変える子いるじゃない」
麦さんは同意を求めているようだ。
「俺の周りじゃいないから、わかんない。っていうか、あまり女の子と接してないから、そういうのもよく知らない」
聖君は淡々とそう言うと、コーラをぐびって飲み、また、鉄板の野菜を取って、食べだした。
「男子校?」
「いや、共学だったけど」
「女嫌い?あまり女の子と接してないって」
「ああ、う~~ん」
「こいつ、すげえ硬派でとおってたから、女の子寄ってこなかったんだ」
葉君が助け舟を出した。
「硬派って?」
「男とばっかりつるんでいたし、女子とはほとんど口もきかなかった」
聖君はそう言ってから、ばくっとまた食べた。
「うめ!」
目を細めてそう言うと、お皿をいったん置き、菜摘のコップにはカルピスソーダを、私のコップには、オレンジジュースを入れてくれた。
「さっきから、気がよくきくよね。それで、硬派だとは思えないな」
麦さんがそう聖君に言うと、
「あ、これは多分、職業柄…」
「え?」
麦さんが驚くと、
「バイト、カフェでしてるんだ。俺」
と聖君は、また淡々と言ってから、自分のコップにはコーラを注いだ。
「へ~。どこでしてるの?」
「江ノ島」
「なんで江ノ島?海が好きだから?」
「いや、地元だからっていうか、俺んちだし」
「え?カフェが?」
「うん」
麦さんはさっきから、ずっと聖君とばかり話している。
「お~~~、食べてる?菜摘ちゃんと桃子ちゃん」
どっかから、誰だかわからない人が、乱入してきた。確か、自己紹介したと思うけど、名前まで覚えていない。
「麦ちゃんは確実に、聖狙いだな~~。他のやろうと口きかないもんな~~」
その人は、片手に缶ビールを持っていた。酔っ払ってるようだ。
「菜摘ちゃんだっけ?聖の妹!聖ってすげえもててた?」
「え?はい」
「やっぱり~~?こいつ大学でも、すげえもててさ。特に年上からもてちゃって、大変」
え?え?そうなの?
「蒲田さん、おおげさですよ。俺、そんなにもててないし」
聖君がぼそってそう言った。
「もててるだろ?サークルも入りたいって子、続出してるらしいよ。でも、本気でダイビングしたいかどうかを、部長が聞いて、本気の子しかいれないって言ってたけどな」
「じゃ、麦ちゃんは本気だったんだ。ダイビング」
聖君が聞いた。
「もちろんだよ。水泳部だったしね」
「あ、そっか」
聖君がそう言うと、
「水泳のサークルじゃなくって、こっちに入ってきたのは、聖目当てだろ?麦ちゃん」
と蒲田さんが麦さんに言い寄った。
「もう~~。蒲田さん、お酒臭いし、あっちに行って下さい」
麦さんは、蒲田さんに近寄られ、聖君の方にべったりとくっついた。
「桃子ちゃんだっけ?」
いきなり後ろから、声をかけられ驚くと、木暮さんだった。
「食べてる?あれ?箸が進んでないんじゃない?」
「た、食べてます。もうけっこうお腹いっぱいで」
「え?本当?そんなに食べてないでしょ?遠慮することないよ。どんどん食べてね」
う、困った。遠慮をしてるわけじゃないのに。
私の方を、聖君にぺったりとくっついてる麦さんが見ている。
「菜摘ちゃんは食べてる?」
と木暮さんが聞いたときに、菜摘は思い切りとうもろこしにかじりついていて、
「あ、食べてるね。さすが聖の妹だけあるや」
と感心していた。
「食べ過ぎてお腹こわすなよ、菜摘」
聖君がそう言うと、
「大丈夫だよ!私は大食いだから!」
と菜摘は聖君に向かって、べ~~ってしながらそう言った。
「あはは」
葉君が隣で笑っていた。
「桃子ちゃん、なんか取ってあげようか?とうもろこしいる?」
木暮さんが聞いてきた。
「いえ、いいです」
「じゃ、肉は?ソーセージも焼けてるよ」
と、勝手に取ってお皿に乗せてしまった。ああ、そんなに大きいの、もう入らないよ~~。
こ、困った。でも食べないと。
「俺、もらう」
聖君はさっと場所を移動して私の横に来ると、そのソーセージをばくって食べた。
「なんで、聖が!これ、最後の一個だったよ?」
木暮さんがそう言うと、
「だから、食べちゃった」
と、聖君はお茶目に笑った。
「あのな~~~。食い意地がはってるのにもほどがあるだろ?人のものまで、取るなんて。なあ?桃子ちゃん」
「いえ、いいんです、私…」
だって、聖君、私が困ってるのを見て、食べてくれたんだもん。それに何気に、私と木暮さんの間にも入ってくれたし、麦さんからも離れてくれた。
「桃子ちゃん、もしかしてお腹いっぱいなの?」
麦さんが聞いてきた。
「はい」
私は小さくうなづいた。
「いっぱいなの?今、はいって言ったの?」
「え?はい」
「ごめん、よく聞こえなかった。もっと大きな声で言ってくれる?ほら、みんなさわいでるから、さっきもだけど、桃子ちゃん、声小さくて」
「ご、ごめんなさい」
私は多分、赤くなってる。顔が熱い。
麦さんは少し、いらだってる感じで私を見た。
「あんまり食べてないけど、何か食べてきたとか?」
「いえ」
今度は横に首を振った。でも、あ、声がまた小さかったかと思い、大きめの声でもう一回、
「いいえ、食べてきていないです」
と言うと、麦さんはちょっとため息をした。
明らかに顔が、呆れたって顔をしている。こういう子が苦手なのってそんな顔だ。
「桃子はいつも小食なの」
菜摘が横からそう言った。
「中学の頃からだから。これでも食べるようになったんだよ」
な、菜摘~~。みんながいなかったら、抱きついてるよ。
「食べないから小さいし、声も出ないんじゃないの?」
麦さんにそう言われた。ああ、完全に嫌われたかな。
「あのさ!」
聖君がしびれを切らしたかのように、何かを言おうとすると、葉君が、先に麦さんに向かって、
「いいじゃん。みんなそれぞれだってさっきも、聖が言ってたようにさ、声の大きさが人それぞれでも、食べる量が違っていても、それでもいいじゃん?」
とそう言ってくれた。
前は私に、声が小さいよって注意をしていたのに。葉君、そんなふうにかばってくれるとは思わなかった。
麦さんはむっとして、葉君をにらんだ。わあ、怖い。それから、聖君の方には、笑顔になり、
「これから、焼きそばも作るの。聖君、手伝ってくれる?」
と聞いた。
「焼きそば?わ、旨そう」
聖君はそう言うと、
「あ、いいよ、麦ちゃん。俺と木暮で作るから。な?」
と、木暮さんに言って、材料を切り始めた。
「手伝うね」
と私も、キャベツを切ったりした。
「桃子ちゃん、さっきも思ったけど、野菜切るの手馴れてるね」
木暮さんにそう言われた。
「桃子ちゃん、特技なんだ、お料理。将来はシェフだもんね?」
と聖君が笑って言った。
「そ、そんなシェフだなんて」
私は嬉しかったけど、照れくさくって、真っ赤になってしまった。
「なんか、全部計算してるみたい」
後ろから、麦さんが私に言って来た。
「はっきり言って、あなたみたいな子、苦手」
うわ!本当にはっきり言われた。さすがに傷つく。
「麦ちゃんさ、桃子ちゃんのことあまり知らないくせに、そういうこと言わないでくれない?」
聖君がものすごく怖い顔でそう言った。
「私勘がいいの。女の直感働くんだよね。さもお料理が上手ですって顔をしたり、赤くなって見せたり、小食で食べれないって、かよわいように見せたり。そういうのぜ~んぶ、計算してるんだよ?聖君、騙されちゃ駄目だよ」
「あのね~~!」
菜摘が、ものすごく怖い顔で、麦さんに言い寄った。それを葉君が、まあまあってなだめた。
「だ、だって、悔しいじゃん。なんで止めるのよ!葉君!」
菜摘が葉君に向かって怒ると、
「聖の方が今、頭に来てるから、まかせちゃいな」
と小声で、菜摘に言ってるのが聞こえた。
聖君を見た。あ、確かにかなり怒ってるって顔だ。でも、一回深呼吸をして、気持ちを落ち着かせたようだ。そして、
「麦ちゃんからそう見えても、なんでもいいや」
いきなり聖君は、そう投げ捨てるように言った。
「兄貴?!」
菜摘が、拍子抜けをした。
「だってそうだろ?麦ちゃんが桃子ちゃんをどう思おうが、俺は桃子ちゃんのありのままを知ってるし、菜摘だって、桃子ちゃんの全部知ってて、それでも好きで親友でいるんだろ?」
「そうだよ!」
菜摘が大きな声でそう言うと、
「じゃ、いいじゃん。他人がなんと言おうとさ」
と、聖君はそう言い放った。
「桃子ちゃん、今度は人参、切ってくれる?俺、皮むくから」
聖君はそう言うと、人参の皮をするするとむきだした。
菜摘は聖君にそう言われて、黙るしかなかったからか、何も言わなかった。それに、何かを言われるだろうと身構えていた麦さんは、そのまま、その場を離れてしまった。
「聖、よく耐えたな~。ガツンと一発怒り飛ばすかと思ったよ。俺の時みたいにさ」
葉君が聖君に近づき、そう小声で言った。
「ああ、あんとき?確かに頭にもきてたけど、それよか、お前、なんか抱えて苦しんでいたから、それ爆発させたら、楽になるだろうなって思って、わざとお前のこと怒らせた」
「え~~~?計算づく?あれ、演技?」
「違うよ。まじで怒ってた。お前は親友だし、俺の心のままを見せてもいいって思ってるからさ」
「麦ちゃんには違うの?」
「怒ってエネルギー消耗するのも損だよ。かなりひねくれた考え方してるよね、彼女」
「コンプレックスじゃないの?きっと、桃子ちゃんみたいな女の子に、なりたいんだろ」
「葉一もそう思った?」
「聖のことも好きみたいだし。聖が桃子ちゃんを好きだって、女の勘でわかったんだじゃないの?」
「なるほどね」
葉君と話しながら、聖君は人参の皮をむき終り、半分切って、私に渡すと、残りをどんどん千切りにしていった。
私も人参を切った。横で葉君が、
「聖はやっぱり、クールだね」
と言い、菜摘は、
「私はやっぱり、気がおさまらない」
とぶつくさ言っていた。
そして当の本人の私は、聖君や菜摘、そして葉君が私のことをきちんとわかってくれてるから、それでいいやって、そんなのん気な気持ちになっていた。