第91話 春休みも終わる
会計が済み、旅館を出た。また、旅館の車に乗り、駅前に送ってもらった。
それから、お土産屋に入り、家へのお土産を各自買い、またお弁当を買って電車に乗った。
菜摘は明らかに昨日とは違っていた。なんだかずっと、葉君にくっついているし、腕も組むし、嬉しそうに葉君に話しかているし。
だけど、お弁当はまた残してしまった。
「なんで?」
聖君が不思議そうに聞くと、
「だって、胸がいっぱいで」
と、菜摘は赤くなりながら答えた。その横で葉君までが赤くなっていた。
聖君と葉君とは藤沢で別れた。
菜摘は電車に揺られながら、ぼ~~ってしていた。でも、いきなり私の方を向くと、
「兄貴と今、桃子って二人だと本当にいちゃついてるの?」
と聞いてきた。
「はあ!?」
あまりにも突拍子もない質問に驚いていると、
「変化ってあるのかな。あ、そういえば、桃子、綺麗になったし、なんだか大人っぽくなったけど、私も変わるかな」
と、菜摘は続けさまにそう聞いてきた。
あ、それ、私も蘭に聞いていたっけ。
「私綺麗になった?変わらないと思うけど」
「そんなことないよ。大人っぽくもなったし」
「…そうかな」
「いちゃついてるって、昨日も兄貴言ってたけど、本当?」
「う、う~~ん」
返答に困ってしまった。
「兄貴、桃子に甘える?」
「ううん」
「じゃ、桃子が甘えてるの?」
「そうかな~」
「…。なんだか、二人のことはよくわからないや。あまり人前でべたべたしてないもんね」
「え?うん。そうかな…」
「葉君は違った?昨日と」
私の方が質問をした。
「ううん、私の方が朝から、べったりとくっついていたかもしれない」
「そ、そうなんだ」
私の方が赤くなったよ…。
駅に着き、菜摘と別れた。それから家に帰ると、誰もいなくって、私は部屋に行き、ベッドに横になった。そして、寝てしまったようだ。
夕方、母が起こしに来た。お土産のお饅頭を持って、ダイニングに行き、お茶を飲みながら二人で食べた。
「ずいぶんと早かったのね。もっとゆっくりとしてくるかと思ってたわよ」
母に言われた。
「だって、何も遊ぶところも、見に行くところもないんだもん」
「そうなの?熱海だったっけ?それもそうか」
母はお茶をすすると、
「さて、明日エステのお客様が来るし、今日のうちに準備しちゃおうかな」
と、立ち上がった。
嘘をついているのは気が引けた。でも、どこかで、親に内緒のことがあるっていうのも、どきどきして、そんなお年頃になったのかな、と思っていた。
夜、蘭がメールをよこした。
>菜摘、とうとう葉君と結ばれたんだね!
あ、もう菜摘と連絡とったんだな。
>なんだか、おのろけ満載のメールが来たよ。
え?じゃ、菜摘の方からメールで報告したのかな。
>また、3人で会って、話をしようね!
そう蘭はメールをよこして、そのあとメールは来なくなった。
ガールズトークか。去年だったら、信じられない内容を3人で話すことになるのかもしれないな。
じゃあ、来年は?卒業したら、それぞれどんな道に行くのだろうか。
私は、専門学校に行き、料理やお菓子つくりを学びたい。それから、そのあとは、やっぱりれいんどろっぷすで働けたらいいなって、そんなことを夢見てる。
その頃、聖君は?まだ、大学生か。
お父さんといろんな海に潜りに行ってるのだろうか。私も一緒に行けてるのかな。
聖君から、そのあとメールが来た。
>お母さんに俺と行ったって、ばれてない?
というメール。
>ばれてないよ。
と送ると、
>俺、ばれちゃってるみたい。
と、そんなメールが来た。
え~~~~?!!!!
>誰に?!
>親に。
え~~~~~~!!!!!
>大丈夫なの?
>うん。葉一と温泉に行ったってことにしたんだけど、男二人で旅行に行くわけがないって、そう父さんが言ってきて、俺、しどろもどろになっちゃって。でも、父さんは、もし桃子ちゃんと行ってたとしても、向こうの親には黙っていてやるよ。借りが一つできたなって、言ってた。
そ、そうなの?ばれちゃったの?
>母さんは、女の子なんだし、高校生なんだし、旅行は早いんじゃないの?ってさ。でも、行っちゃったものはしょうがないよね。
そうだよね。うわ、聖君のお母さんにまでばれてる。じゃ、じゃ、二人の関係までもう?ばれてるの?
あ~~。今度会うのが恥ずかしいよ。でも、どうやら、れいんどろっぷすで私の誕生日会をしてくれるらしく、明日、ひまわりを連れて、お店に行くことになってしまった。
その日は、緊張してれいんどろっぷすに行った。だけど、ひまわりと杏樹ちゃんがきゃ~きゃ~さわいでいるので、私と聖君は影が薄くなり、聖君のご両親にいろいろ聞かれたりすることもなく、時間が過ぎていった。
ケーキを食べ、ジュースで乾杯し、みんながそれぞれプレゼントをくれた。そして、夕飯の前にはお店を出て、聖君と杏樹ちゃんに駅まで見送られ、家に帰った。
ひまわりは久々に、杏樹ちゃんに会えて、本当に嬉しそうだった。
春休みは、あっと言う間に過ぎていった。
4月、もうすぐ学校が始まるという時に、父が聖君を釣りに誘い、川まで二人で釣りをしに行った。
そんなことがあってから、ますます父は聖君のことが気に入ってしまい、聖君も釣りにはまり、父と思い切り、意気投合していた。
二人で釣りから帰って来ても、すっかり二人の世界で、盛り上がっていた。
そのうえ、次に行く約束もしていた。
聖君が帰ってからも、父はご機嫌で、釣りの道具を片付けていた。
「本当に、いい子だよな~。聖君は」
にこにこしながら、父が言う。
「魚が釣れた時には、本当に喜んでいたよ。目をきらきら輝かせてね」
父が私に、そんな話をしてくれた。
なんだか、その光景が目に浮かんだ。
「いつか、桃子も一緒に行くか?」
「え?うん。そうだね。聖君がそんなにはまるなら、私もちょっとやってみたいかな」
「あはは。そうか。じゃ、今度は3人で行けるといいな」
父はそう言って、また嬉しそうに釣竿を片付けていた。
春休みに杏樹ちゃんはうちに遊びには来れなかった。だが、ゴールデンウィークには必ず、泊りに来ると、張り切っていた。
その時、聖君も一緒に来れないかな…。なんてことを、私は期待している。
そんな幸せな日が、これからも続いていくのかな。
そして、ずっと穏やかでいられるんだろうか。聖君は遠くに行くこともなく、ずっとそばにいてくれるし、大学に行っても、私たちは変わらないでいられるのかな。
聖君は相変わらず、可愛いメールをよこしてきたり、二人きりになると、抱きしめてきたり、そんな聖君だから、私は前みたいな不安はなくなっていた。
大学に行き、聖君の生活が変わったとしても、周りに大人な女性がいたとしても、私たちは変わらないんじゃないかって、そんなことを思っていた。
そして、春休みは終わった。私の学校が始まり、聖君は大学生活が始まった。
私は高校3年生だ。始業式、学校へ行くと、なんと菜摘と同じクラスになっていた。
「桃子!一緒のクラスだ!」
二人で喜んだ。
花ちゃんとはクラスが離れ、でもずっと友達でいようねって、教室の前でハグをしてから別れた。
花ちゃんは蘭と同じクラス。蘭が早速声をかけていたが、果たして仲良くなれるかは、私にはわからない。
葉君は4月1日から、もうすでに働いている。仕事帰りにデートを一回したらしいが、葉君のスーツ姿は大人っぽくって、めちゃくちゃかっこよかったよと、菜摘は自慢していた。
聖君は大学が始まっても、れいんどろっぷすでバイトもあるし、サークルには入らないと思うよと言っていたのにもかかわらず、しっかりと初日に入ってきたらしい。
「なんのサークル?」
大人の綺麗な女性がいっぱいの、サークルじゃないよね。ドキドキして電話で聞いた。
「もちろん、ダイビング」
「ダイビングのサークルがあったの?」
「あったよ」
「女性もいる?」
「いるよ。あ、うちの大学生じゃなくても、入れるみたいだし、桃子ちゃんも高校卒業したら入ったらいいよ」
「高校生は入れないの?」
「うん、さすがにね。金もかかるしね」
ああ、なんだか、いきなり、大学生と高校生の線を引かれたみたいだ。
「女性、多い?」
「そうでもない」
「……」
綺麗な人、いる?とは聞けなかった。
「桃子ちゃん、何か心配してる?」
「え?」
ドキ~~!!
「大丈夫だよ。なんだかよくわかんないけど、このサークルにいる女性はみんな、サークル内に彼氏がいるみたいだから」
「え?そうなの?全員?」
「うん。っていっても、3人しかいないんだよ」
そうなんだ。ちょっとほっとした。
「それに、俺ってまじで、女性と話すの苦手みたい。いくら彼氏がいたとしても、何か話しづらい」
「でも、同じものが好きなんでしょ?話、盛り上がったりしないの?」
「ああ、海の話はするけど、でも、そんなでもないかな」
そうか。
「大学、面白そう?」
「まあね」
「全然、高校と違う?」
「そんなこともないよ。まあ、浪人したり、留年したりで、かなりの年を食った大学生とかもいて、いろんな人がいるから面白いかな」
聖君のことだから、すぐに誰か仲のいい人ができたんだろうな。
「ただ、高校よりも女の人、怖いけど」
「え?」
「サークル、誘ってくるんだけど、怖かったよ」
「怖い?」
「腕とかつかまれて離してくれないし、それで慌ててダイビングのサークルに入ったんだ」
「そうなの?」
「入っていてもまだ、勧誘された。俺、女嫌いになりそう」
「そんなに怖かったの?」
「桃子ちゃんだけでいいよ、まじで」
そんなに怖い思いをしたの?
聖君は、そんなことを言いながらも、これからの大学生活を楽しみにしているようだ。
車の免許ももうすぐで取れるって、張り切っている。
大学生の彼氏、今までとは、何か違ってくるんだろうか。