第88話 部屋に二人きり
部屋に戻り、菜摘とお風呂の用意をしていると、とんとんとドアをノックする音が聞こえた。
「桃子ちゃん、菜摘、露天風呂空いたよ」
聖君の声だった。
「は~~い」
菜摘はそう返事をしながら、ドアを開けた。
「すげえ、気持ちよかったから入ってきたらいいよ」
聖君が菜摘に言った。
「葉君は?」
「ああ、先に部屋に行った」
「じゃあ、入ってくるね。あ、そうだ。兄貴と葉君、外散歩するの?」
「しねえよ。湯冷めしそうだし」
「そうか、そうだよね」
菜摘は明らかにほっとした表情を見せた。ああ、さっきの逆で、聖君たちに私たちの声、聞かれたら嫌だもんな。なんて、こっちは盗み聞きしておいて、それはかなり失礼かな。でも、聞いてたことは、内緒にしてなくっちゃ。
「ゲームコーナーでも行って、コーヒー牛乳飲んで、ゲームでもしてるよ。あ、そういえば、マッサージチェアーがあったな。あれでも、やってるかな」
「ええ~~?じじくさ~~」
「うっせーよ。いいから早く入って来いよ」
そう言うと聖君は、さっさと隣の部屋に入っていった。
「桃子、お風呂行こう」
「うん」
私たちは露天風呂に向かった。
「聖君、浴衣じゃなかったね」
「ああ、そういえば、来た時と同じ服だった。っていう私たちも浴衣、持って来てないし」
「うん」
夜寝る時は、浴衣かな。ああ、浴衣姿が見たいな~~。
「それにしても、兄貴、本気で桃子とお風呂、入りたかったんだ」
菜摘は先に体をさっさと洗い、露天風呂に入りながらそう言った。
「あ!本当に気持ちいい。桃子、早くおいでよ」
「うん」
露天風呂に入ると、空が見えて、木々の緑が見えて、本当に気持ちよかった。
「さっきまで、鼻歌うたって、聖君が入ってたんだよね」
と私は、そんなことを自分で言って、自分で赤くなった。
「なんで、赤くなるの?」
菜摘が聞いてきた。
「え?だって、聖君が入ってたお風呂だと思うと」
「え~~?変なの。それで、赤くなるなんて」
「え?」
そ、そうなの?私変人?
「桃子さ~、まさか、今までに兄貴と一緒にお風呂に入ったこと」
「ないない!」
私は慌てて、首を横に振った。
「あ、びっくりした。兄貴がやたらと冷静に言ってたから、あるのかと思った」
「ないよ~~!」
私はまた、真っ赤になった。
「でも、桃子の裸は見たことあるって」
か~~~~!ますます赤くなった。熱い!もうのぼせそうだ。
「な、菜摘、その話はやめよう。私、のぼせちゃいそうだから」
「え?うん、ごめんね」
「……」
菜摘は黙り込んだ。黙って、何かを考えてるようだ。
「桃子、緊張してる?」
「え?うん」
「してるの?」
「聖君はしていないみたいだったけど、私はしてるよ」
「そうなんだ」
また菜摘は黙り込んだ。それから、はあってため息をつくと、
「葉君も緊張してるんだね。それに、無理強いはしないって言ってた」
「うん。菜摘のこと大事に思ってるからじゃないのかな」
「うん」
菜摘はそう言うと、顔を赤らめた。
「葉君、優しいよね」
私がそう言うと、菜摘はこくんとうなづき、
「本当に優しいの。すごく優しくって、私いいのかなって思うこともある」
と、まだ顔を赤くしたまま、そう言った。
「いいのかなって?」
「私ってわがままだし、葉君に無理ばかりさせてないかなって」
ああ、私もそういうこと思ったことあるな。私の場合は迷惑ばかりかけてないかなとか、そういうこと。
「……。私、葉君のこと好きだよ、桃子」
「え?」
いきなりそんなことを言われて、驚いた。
「すごく好きなんだ。だから、怖いんだ」
「怖い?」
「ねえ、桃子。そういうことになってから、嫌われたりしないかな」
「え?なんで?」
「た、例えばね。例えば、私の裸見て、がっかりするとか」
「ないよ!菜摘、すごくプロポーションよくって、羨ましいもん」
私は力を入れてそう言った。
「じゃ、例えばさ、私が…その…」
菜摘は、すごく話しづらそうにして、黙り込んだ。な、なんだろうか。
「その…。か、感じにくいとか、リアクションが変だとか、そ、そういうの…」
「ええっ?」
何それ。そんなこと考えたこともないし、心配したこともないよ?っていうか、いまだにそんなこと、気にしたこともないけど。
あれれ?そういうのって、普通は気にするものなの?
え?じゃ、聖君も何か、思ってたり?
「何か、兄貴、そういうこと言ってくる?」
ブルンブルン首を横にふった。でも、それから思い出した。
「あ、可愛いって言われた」
「へ?」
「可愛いし、色っぽいし、綺麗だしって」
「何それ。思い切り、のろけ?」
「え?ち、違うよ。ほんとに言われたことをそのまま」
「わかった、わかった。兄貴は桃子にべた惚れだもんね」
「それは、菜摘もじゃない。葉君、菜摘にべた惚れだから、絶対にそんな心配要らないよ」
私は思わずまた、力を入れて言ってしまった。
「あ、なんか一気にドキドキしてきた」
菜摘はそう言うと、露天風呂の岩に腰をかけた。
「のぼせそうになったよ」
と言いながら。
私もその横に座った。
「桃子って色白いね」
菜摘に言われた。
「うん。でも、私は菜摘みたいに小麦色の肌、羨ましいけどな」
「そう?」
菜摘はそう言ってから、
「桃子、やっぱり綺麗になったよね。それ、兄貴とそういうことがあったからだったんだね」
と、そんなことを言ってきた。
「ええ?私、変わってないよ」
「変わったって。胸も大きくなったんじゃない?」
とそう言いながら、私の胸を菜摘が見てきたから、タオルでぱっと隠した。
「ああ、やっぱり駄目だ」
いきなり菜摘がそう言って下を向いた。
「え?何が?」
「私って、こんなだし、嫌にならないかな」
「こんな?」
「体。色黒いし、そばかすあるし、腕や足も毛深いし。あ~~、やっぱり、剃ってきたらよかった」
「そんなことないよ。大丈夫だよ」
そう言ってもまだ菜摘は、下を向いていた。
そういえば、前は怖がってたけど、そういうのはもう、ないのかな。
「怖くはないの?葉君のこと」
私が聞くと、
「え?うん。もう、そういうのはないかな」
と菜摘は答えた。そうなんだ。
「葉君のこと、本当に好きだし」
「うん」
「そう、好きなんだ」
菜摘は、自分自身に言い聞かせるように言った。
「……。だから、思い切って胸に飛び込んでいこうって決心したの」
「うん」
菜摘はそう言ってから、宙を見て、また何かを考えているようだ。
それから、私たちは、髪を洗い、お風呂から上がって、髪を乾かした。
「桃子、さっき、桃子さ」
「え?」
「体、念入りに洗ってたよね」
わ、見られてた。
「私、もう一回洗ってくる」
「へ?」
「だって、さっきいつもと同じように、ちゃちゃって洗っただけだったし」
「でもまた、お風呂入るかもよ?」
「え?」
「夕飯食べてから」
「あ、そっか」
菜摘はそう言うと、髪をまた乾かしだした。
「駄目だ」
またいきなり、菜摘はそう言うと、乾かしていた手が止まった。
「駄目だ~~~」
今度は真っ赤になり、うつむいた。
「緊張するよ~~~」
そう言って、足をじたばたした。
私は何を言っていいかもわからず、一緒になぜか心臓をばくばくさせていた。菜摘の緊張が手に取るようにわかって、逆に何も言えなくなっていた。
部屋に戻ると、私の部屋には葉君がいた。
「あれ?兄貴は?」
菜摘が聞くと、
「聖は隣の部屋」
と、葉君はちょっと緊張した顔でそう言った。
「え?なな、なんで?」
菜摘も、顔をひきつらせながらそう言うと、
「あいつ、俺と一緒にいるより、桃子ちゃんといたいから、お前出ていけって追い出された」
と、葉君は、言いにくそうにそう言った。
「何?それ~~~」
菜摘は顔を赤くしながら、そう叫んだ。私も、思わず、聖君、何を考えてるんだ!と声に出しそうになった。
「しょうがないよ。あいつはもともと、桃子ちゃんと二人で旅行来る予定だったんだから、俺らがいるのは予定外なんだよ。だから、早くに二人になりたいんだってさ」
葉君も顔を赤くしながらそう言った。
「6時から食事だから、それまで、別行動しようってさ」
葉君はそう言うと、私に私の荷物を持たせた。
「桃子ちゃんも早くに行った方がいいかも。あいつ、待ちくたびれてたから」
「え?うん」
私は慌てて、その部屋を出て、隣の部屋のドアをノックした。
「桃子ちゃん?」
聖君の声が中からした。
「うん、私」
と言うと、ガチャっていう音と共に、聖君がにこにこの笑顔で出てきて、私の肩を抱き、さっさと私を部屋の中へと入れてしまった。
ドアが閉まる寸前、隣のドアからそっと、不安げにしている菜摘の顔が見えた。ああ、菜摘、ごめん。あとは、頑張って。
私も、菜摘といるのも楽しいけど、やっぱり聖君といたいんだもん。
部屋に入ってもまだ、聖君は私の肩を抱いていた。そして私の荷物をもう片方の手で取ると、床に置き、いきなり、キスをしてきた。それから、ぎゅって抱きしめてくる。
「桃子ちゃん、すげえあったかい」
「だって、お風呂上りだし」
「いい匂いもする。石鹸?」
「シャンプーかな」
「髪まで洗ったの?」
「うん」
「だから遅かったのか。待ちくたびれたよ、俺」
ぎゅう。私も聖君を抱きしめた。
「桃子ちゃん、あとで、浴衣になるの?」
「う、うん。寝る時かな」
「えへへ」
「何?」
「ちょっと楽しみで」
「浴衣?」
「桃子ちゃんの浴衣姿」
なんだ、同じこと考えてたんだ。
「私も」
「え?浴衣になるの楽しみ?」
「違うよ。聖君の浴衣姿、楽しみで」
「へ?俺の?なんで?」
「なんでって、きっと似合うだろうなって思って」
「変なの。俺の浴衣なんて見ても、面白くもなんともないでしょ?」
「私って、変かな?」
「うん、かなり」
そ、そうなんだ。さっきの聖君が入ったお風呂に入ったので、真っ赤になったのも、やっぱり変なのかな。
そうか、私、変なんだ。普通じゃないんだ。それとも、聖君のこと、好き過ぎてる?だから?
「夕飯まで、あと1時間か~~」
「え?」
あ、なんか、いろいろと計算してる?
「ちょっと、無理かな」
な、何が~~?!!!
「ま、いいか。朝まで一緒にいられるんだし」
やっぱり、そういうこと考えてた?!もう~~~。
「ねえ」
「え?」
「菜摘と葉君だけにさせてていいのかな」
「ああ、隣?」
「うん」
「いいよ。勝手にどうにかやってるさ」
「そうかな」
「なんで?気になる?」
「菜摘、ものすごく緊張してたから」
「ああ、葉一もだよ」
「……」
私と聖君は一瞬、二人して黙った。
「大丈夫だって、あはは。どうにかなるって」
聖君はそう言って無理に笑ったようだ。
「お兄さんとして、心配じゃないの?」
「俺?ああ。そうだよな。一応俺、兄貴なんだっけ」
忘れてた?
「でもな~~。葉一は俺の親友だしな~~。その親友の悩み事も知ってるしさ。なんとも言えないね。あ、これが杏樹だったら、高校生で男と旅行なんて、許さないけど」
「それ、菜摘だとよくて、なんで杏樹ちゃんじゃ駄目なの?」
「う、う~~~ん。なんでかな。あ、でもいざ、高校生になっちゃったら、何も言えないかもしれないけどさ」
「そっか」
二人で、テーブルを囲み、座った。聖君ははじめ、私から離れたところに座り、さっきまで飲んでいただろうコーラを、またゴクンと飲んだ。それから、ぼけっとした顔で私を見ると、さささっと私のそばにやってきた。
そして、私のすぐ横に座ると、私と手をつないだ。
「離れてるの、もったいないもんね」
そう言って、聖君はにかって笑う。
「こんなふうに、ずっと桃子ちゃんと二人でいられるなんてさ、そうそうないしさ」
「うん」
「あ~~あ。あいつらいなかったら、俺、絶対に露天風呂も一緒に入ったのにな」
まだ、言ってる。
「気持ちよかったね、露天風呂」
と私が言うと、
「だろ~~?一緒に、あ~~、極楽って言って、入りたかったんだよ」
って本当に残念がった。
「ええ?おばあちゃんとおじいちゃんみたいだよ、それ」
「いいじゃん、桃子ばあちゃん」
「また、それ~?」
「あはは!」
聖君は思い切り笑った。あ、その笑顔最高に可愛い。
それからまた、キスをしてきた。それに、私を抱き寄せ、頬をなでたり、髪をなでたりしてくる。私は聖君の胸に顔をうずめた。ふわ~~。聖君の優しいオーラに包まれる。
ああ、こうやって、何時間でも聖君と一緒にいたい。二人っきりで、隣で、何時間でも。
それは、聖君も同じ想いだったのか、しばらく黙って私のことを抱きしめているだけだった。
トントン。ドアをノックする音がして、
「聖、そろそろ食堂に行かないか?」
と、葉君の声がした。時計を見ると、6時5分前だった。
「ああ、行く」
聖君はそう言うと、私から離れ、鍵を持ち、
「いこっか、桃子ちゃん」
と、にっこりと笑った。
「うん」
そして廊下に出ると、緊張したままの葉君と、菜摘がいた。
一階に下りる途中、菜摘が話しかけてきた。
「テレビ、何も面白いのしてないし、暇だったよ。外の風景見たり、なんとなく話してたけどさ」
「そうなの?」
「桃子は?何してたの?」
それを聞いた葉君は、少し顔を引きつらせた。どうやら、そんなこと聞いちゃ駄目だよって、言おうとしてるようだ。
だけど、まったく聖君は動じずにあっさりと、
「いちゃついてたに、決まってるじゃん。何言ってんの、菜摘」
と逆に菜摘に、つっこんでいた。
「……!」
菜摘は真っ赤になって、目を点にしてた。私も真っ赤になり、うつむいた。
なんか、今日の聖君、変だよ。今まで、そういうこと菜摘に内緒にしてたほうだし、自分からそんなこと言わなかったのにな。茶化されて、うるせえって照れて、菜摘のことこついたりしてたのにな。
葉君はというと、ますます顔を引きつらせていた。その横で、聖君は余裕で歩いていた。ものすごく対照的だった。
菜摘は、私の横をちょこちょこと歩き、
「いちゃつくって、どんなの~~~」
と、小声で私に聞いてきた。
「どどど、どんなのって言われても」
私は、思い切り照れて、何も言えなくなった。そんなこと、説明できないよ。
私も菜摘も真っ赤になりながら、二人のあとをついて、食堂に行った。