第84話 変わらない3人
私たちは駅に向かって、歩き出した。後ろで、
「え~~?か、彼女だったの?」
という声がしたが、聖君は振り向くこともなく歩いていた。
駅に着くと、4~5人の女の子がいた。そして聖君を見ると、
「あ、聖先輩」
と声をかけてきた。聖君は、
「まだいた」
と、ちょっと困った顔でつぶやいた。
「卒業おめでとうございます」
一人の子がプレゼントをあげようとしたけど、聖君は、
「ごめん、受け取れない」
とすぐに断った。
「握手してください」
「一緒に写真撮ってください」
「また学校来ますか?」
などなど、みんな口々に言いながら、聖君を囲んでしまって、私は思わず、聖君から離れてしまった。
菜摘や葉君と一緒に、ちょっと遠巻きにして聖君を見ていた。聖君はすごく困った顔をして、時々こっちを見る。どうも、助けて欲しいって顔だった。
でも、どうやって?
すると一人の女の子がいきなり、聖君に抱きついた。
しょえ~~~!!!
私がびっくりしていると、隣で菜摘が、
「げ!兄貴に抱きついてる!桃子!奪回しておいで」
と言って、私の腕を掴み、どんどん女の子の輪に入っていった。
すぐ横まで来ると、その女の子が泣いているのがわかった。泣きながら、
「先輩、もう会えなくなるなんて嫌です」
と言っている。それも、抱きついたまま。
聖君は、目が点になり、固まっていた。そして、私が近づいてきたのに気がつき、目を丸くして、首を横に振った。
何が言いたかったのか、わからないけど、私は一気に頭に血が上った。
さっきまで、片思いをしていた子の気持ちになり、もらい泣きまでしていたのに、今は、私の聖君に抱きつかないでよ!と叫びたい衝動をどうにか、抑えるのに必死だ。
そのうえ、なんで聖君、何もしないで、固まってるの?!
ベリ!その女の子の腕を掴み、その子を聖君からひっぺがしたのは、菜摘だった。
「兄貴!」
と、低い声で聖君を睨み、それから、私の腕を掴んで私を引っ張り、そのあと、私の背中を菜摘は思い切り押した。
ドン!私は聖君に体当たりをしてしまった。
「わ!」
聖君は思わず、態勢を崩しそうになったけど、どうにか足を踏ん張り、まっすぐに立っていた。そして、私は勢い余って、聖君に思い切り抱きついてしまった。
「今度は、誰?聖先輩に抱きついて、ずるい」
と言う声や、
「私も!」
と言う声がとびかった。
こ、怖い。抱きついたのはいいけど、どうしたらいいの?菜摘を見ると、さっさと輪の中から出て、葉君の方に行ってしまった。
え~~~。ひどい。この状況をどうするのよ~?
聖君は、さっきまで固まっていたのに、私が抱きつくと、私の背中に腕を回し、
「大丈夫?」
と聞いてきた。
「菜摘に突き飛ばされた」
と小声で言うと、
「うん、わかってる」
と、聖君も小声で言った。
「今度は私と!」
と、一人の子が聖君に近寄ってきたが、
「悪い!俺、もう帰らないと。家で家族が卒業祝いしてくれるから、待ってるんだ」
と聖君は、大きな声でそう言うと、くるりと菜摘や、葉君の方を向き、
「行くよ」
と声をかけた。
聖君は私の背中に手を回したまま、歩き出した。
「聖先輩、また学校来ますか?」
「文化祭、来ますか?」
女の子たちが質問をする。
「ああ、文化祭なら来るかも」
聖君がそう答えると、良かったという声があがる。
「先輩!なんでその子のこと、まだ抱きしめてるんですか?」
最後に聖君に抱きつこうとしていた子が、聞いてきた。わ、私のことだよね?抱きしめてる?そう見えるの?
「彼女だから」
聖君は、表情も変えずにそう言うと、そのままパスモをかざし、改札を通ろうとした。でも、私がなかなかパスモを出せなくて、一緒に立ち止まって待っていてくれた。
「彼女?!!」
女の子たちがいっせいに、私を見た。うわ。怖い。視線が痛い。
慌てて、パスモを私もかざして、改札口を抜けた。
聖君はいったん、私から腕を離していたが、また私の腰に手を回して、歩き出した。
腰に手?いつもそんなことしないのに、それも人前で。私はびっくりしてしまい、聖君の顔を直視した。すると聖君は、
「そのまま、歩いて、電車に乗っちゃうよ」
と、今ホームに入ってきて、ドアが開いた電車に飛び乗った。
電車に乗ってから、ホームの方を向くと、何人かの女の子が走ってきていたが、ベルが鳴り、電車のドアは閉まってしまい、その子たちは乗れなかった。
先に改札口を抜けた、葉君たちは、違うドアから乗ったようで、こっちに向かって歩いてきた。
「そこ、あいてる。桃子ちゃんと菜摘、座ったら?」
聖君は私の腰に回していた手を離し、つり革を掴んだ。私と菜摘は言われたとおりに、あいている席に座った。
「は~~~~~」
聖君は、重いため息をした。
「疲れた」
聖君の顔は本当に、疲れていた。
「お疲れ様、聖。ま、予想はついてたけどな。卒業式に群がられるだろうって」
葉君がそう言った。
「あれですんで良かったじゃん。さっきなんて、次々に聖に女子が抱きつくんじゃないかって、ひやひやしてたよ」
基樹君がそう言って、聖君の肩をぽんとたたいた。
「だったら、助けろよ」
と聖君が低い声で言うと、
「菜摘ちゃんと桃子ちゃんが、助けに入ったじゃん」
と基樹君が苦笑いをして、そう言った。そのあと、ぽつりと、俺には無理無理とつぶやいていた。
「菜摘、思い切り桃子ちゃんのこと、押しただろ?」
「だって、他の子に抱きつかれてるの、悔しいじゃんね?桃子」
菜摘がそう私に言ってきた。
「え~~?そう?桃子ちゃん、またもらい泣きして、うるうるしてたんじゃないの?」
聖君が、眉間にしわをよせて、私に言った。
「……」
私は黙った。
「あれ?違った?」
聖君は少し、焦った口調で聞いた。
「……」
私は黙ってうつむいた。
「もしかして、怒ってた?なんか、さっき目が合った時、怖い顔してたけど」
「……目、合った時?」
「抱きつかれた時」
「怒ってないよ。ただ」
「た、ただ?」
聖君は、少し緊張した感じで聞いてきた。
「なんで、抱きつかれたままにしてるんだろうって、頭にはきてたけど」
「え?それ、怒ってるんじゃん」
聖君の声が、一瞬裏返った。
「桃子ちゃんでも、嫉妬したり、怒ることあるんだ」
基樹君が横で、びっくりしていた。
「あ、あるよ。私だって」
「へ~~~」
やたらと、基樹君が感心している。なんで?
「お、怒ってたんだ。やっぱり。片思いの子の気持ちがわかって泣いてたから、また、彼女だって自覚が消えてたのかと思ってたけど、しっかり、怒ってたんだ」
聖君は、私に言うというより、独り言を言うかのように、ぼそってそう言った。
「あ~~。それにしても、卒業しちゃったね」
いきなり基樹君はため息をつきながら、そう言った。
「早かったな、3年間」
葉君も、感慨深そうにそう言った。
「葉一は、すぐに社会人だもんな。もう学生じゃなくなるんだもんな」
基樹君がそう言うと、
「まだまだ、学生気分だけどね」
と、葉君は笑った。
「大学生か~~」
聖君がぽつりと言った。
「そうだよ!やっとこ、これで遊べるじゃん」
基樹君が目を輝かせた。それに、
「彼女も作るぞ」
と、意気込んでいる。
「合コンとか参加してみたいよな。な?聖」
基樹君がそう言うと、菜摘が横から、何かを言おうとしたけど、その前に、
「興味ねえ」
と聖君の方が、先にぼそってつぶやいた。
「え?興味ねえの?」
基樹君が驚いて聞くと、
「え?だって、合コンって、彼女作りにいくんじゃないの?お前はいってきたらいいけど、俺、いく必要ないじゃん」
と聖君は、すごく覚めた目でそう言った。
「基樹、それに聖がいってみ?どの子も聖に目がいっちゃって、お前のことなんか、誰も相手にしてくれなくなるよ」
葉君の言葉に
「そうじゃん。わ~~。お前、絶対に来なくていいや。女の子全部持っていかれるなんて、冗談じゃない」
と、基樹君は、真面目な顔をしてそう言った。
「だから、はじめから興味ねえって言ってるのにな」
聖君はぼそってそう言うと、目の前に座ってる私を見て、
「ねえ、桃子ちゃんがいるのに、なんで合コンなんかにいかないとならないんだって、そう思うよね~~?」
と声色を変えて、そう言ってきた。
「え?」
「そうだよ、そうだよ」
隣に座ってる菜摘が、相槌を打った。すると、聖君は、まだ声色を変えたまま、
「彼女がいる人を、合コンに誘うなんて、最低よね。信じられない。ね?そう思わない?」
と、わざと女の子みたいな口調でそう言った。
「思う思う、最低~~」
菜摘までが、一緒になって、基樹君を責めていた。
「なんだよ。お前らは彼女がいるんだからいいじゃん。俺はいないんだから、合コンにかけてもいいじゃんか」
と、基樹君はそう言ってから、
「ふんだ」
と、すねてしまっていた。
「基樹は大学に行ったら、硬派でなく、軟派になりそうだよな」
葉君が笑いながら言った。
「おうよ。そうしてやるよ。今までは聖とつるんでたから、硬派なやつだって思われちゃったけど、大学いったら、思い切り楽しんでやるんだ」
基樹君は鼻の穴を膨らませ、そう言った。
「あはは。いいんじゃないの?大学生活、満喫しろよ、基樹」
聖君が笑いながら、基樹君に言った。
「聖は?スキューバとかすぐにするの?」
葉君が聞いた。
「うん。ライセンスはすぐにでも取りたいね」
「車の免許もだろ?」
基樹君が聞いた。
「ああ、今、教習所行ってる」
「俺はもう取っちゃったから」
葉君がそう言った。
「え?葉君、もう免許取っちゃったの?」
私が驚いて聞くと、
「うん。18歳の誕生日きて、すぐに取ったよ」
と葉君は、答えた。
「いいよな。免許取れたらまた、行動範囲が広がるし」
「うん」
聖君の言葉に葉君はうなづいた。
「どうせ、二人ともデートとかしまくるんだろ?」
基樹君はすねた顔で、そう聞いていた。
「あはは。あったりまえじゃん。そのために免許取るようなもんだよ」
聖君がそう言うと、隣に座っていた菜摘が驚いていた。
「そうなの?兄貴。そんなに桃子とデートしまくるの?」
菜摘の質問に聖君はにんまりと微笑み、
「そりゃね。今まで受験で、デートらしいデートもできなかったんだから、いろんなところ行く予定だよ」
と答えていた。
「え~~。良かったじゃん。桃子~~」
「え?でも、菜摘だって」
と私はちょこっと葉君を見ると、
「そうだね。免許取れたし、働いたらその分、給料増えるしさ、今までよりも遠出もできるかもしれないね」
葉君が菜摘を見ながらそう言った。菜摘は嬉しそうに、こくんとうなづいていた。
「なんだよ~~。ラブラブじゃんかよ~~。俺一人、なんで一人身なんだよ~~。ちきしょう」
基樹君は、すねた顔から今度は、いじけた顔になってしまっていた。
「だから、合コン行って、楽しむんだろ?」
「それで、彼女も作るんだろ?」
葉君と、聖君から基樹君は肩をぽんぽんとたたかれながら、慰められていた。
「くそ。早く彼女、作ってやる」
基樹君はまた、すねた顔に戻っていた。
片瀬江ノ島に着いた。5人で、ぶらぶらとれいんどろっぷすに向かった。
聖君はすっかり、さっきまでの疲れが取れたようで、葉君や、基樹君とバカを言いながらげらげらと笑っていた。その後ろを、私と菜摘は歩いていた。
「なんだか葉君も、兄貴も、卒業しても、変わらないね」
「え?」
「急に大人になったり、しないんだろうね」
「うん、そうだね」
かたや社会人。かたや、大学生。私たちみたいな高校生とは違っちゃうんだ。一気に大人になっちゃうんじゃないかって不安、私もどっかにあったかもしれない。
でも、そんなに変わることはないよね?うん。きっと、このままかもしれない。
ゲラゲラ笑いながら歩いてる3人は、最初に出会った時の、あの海の家での3人と、まったく変わっていなかった。それを見て、私も菜摘もほっとしていた。