第83話 卒業
月曜日、学校まで菜摘と一緒に行くと、菜摘がいきなり、
「明日、3年だけが卒業式出るじゃない?私たちは休みだから、兄貴の学校行っちゃわない?」
と言ってきた。
「え?!」
聖君の学校に行くって?
「卒業のお祝いに、花束でも持って。どう?」
「ええ~~?そんなことして、聖君、怒らない?っていうか、違う学校なのに行ってもいいの?」
「校門の前で待ってて、驚かせちゃおうよ。兄貴喜ぶよ。私は葉君に花束持って行くから」
「…でも」
「会いたくない?兄貴に卒業おめでとうってしたくない?」
「したい!…かも」
「でしょ~~?」
っていうことで、聖君と葉君と、基樹君にも花を持って、駆けつけることにした。
わ~~~、ドキドキする。それも、夜、聖君から、
>明日、うちで夕方から、俺や葉一、基樹の卒業祝いを母さんがしてくれるっていうから、桃子ちゃんも来ない?菜摘も一緒に。
というメールが来て、慌ててしまった。
すぐに菜摘にメールした。すると、菜摘には葉君から、メールがいったらしく、
>れいんどろっぷすでのお祝いに、桃子と行くってメールしたよ。でも、高校まで行くとは言ってないから、桃子も内緒にしておいてね。
と、返事が来た。
そ、そうか。
>菜摘と行くね。夕方って何時かな?
ドキドキ。なんか嘘ついてるみたいで気が引ける。
>4時とか。間に合うかな?でも確か、桃子ちゃんの学校も卒業式なんだよね?午前中で終わる?
>うちの学校、卒業式には在校生が出ないんだ。私たち2年はお休みだから、全然大丈夫。
ドキドキ。あ、こんなこと書いて、やばかったかな。
>なんだ、そうなの?じゃ、3時くらいに来てくれてもいいよ。
>卒業式は何時まで?
>午前中に終わる。多分、12時頃には終わってると思う。
そ、そうなんだ。じゃ、早く行き過ぎて、困らせるかな。
>お店に早めに行って、お手伝いしちゃ駄目?
>まじで?母さん、喜ぶ!卒業式には母さんも来るらしいから、1時か2時なら、母さんも家に帰ってるかな。
>わかった。菜摘にもそうメールしておくね。
>うん。母さんにも伝えとく。じゃ、明日ね!
>おやすみなさい。
>おやすみ!
菜摘に時間のことをメールすると、12時前には学校の前に行って、待っていようねということになり、新百合の駅での待ち合わせ時間も決めた。
ドキドキ。いいのかな。でも、ちょっと見てみたかったんだ。聖君が学校から帰るところとか。それに制服、もう見れなくなるんだもんね。
ぼけ…。机にほおづえをつき、私は妄想を始めた。
聖君の高校生活。たとえば、もし、同じ高校だったら、私は入学してすぐに聖君に、恋しちゃってるかもしれない。
学校ですれ違った時、校庭にいる聖君を見つけた時、きっとドキドキしながら、聖君にばれないように見るんだろうな。
文化祭のステージ、目をハートにして見てる。学食で、体育館で、図書館で、もし見かけることができたら、きっとその日はものすごいラッキーデーになる。
もし、話ができたとしたら、眠れないくらい嬉しいかもしれないし、もし微笑みかけてくれたりしたら、天にも舞いあがっちゃうかもしれない。
でも、卒業式を迎え、どんな気持ちになるかな。もう学校で会えなくなる。見ることもできない。声を聞くことも、できないんだ。
あの桃香さんみたいに、れいんどろっぷすに行く勇気はないだろうな。告白や、バレンタインにチョコをあげるなんてこともきっとできずにいて、ただただ、見てるだけの日々。でも、それすらできなくなるとしたら。
悲しい!切ない!今頃泣いてるかもしれない。
なんてそんな子が、もしかしたら本当にいるかもしれないんだ。
ああ、こんな妄想してるのばれたら、聖君にまた呆れられる。桃子ちゃんは、俺の彼女でしょ?って。
気をとりなおして、明日は、何を着ていこう。それに、花、どんなのを買おうかな。どんな花が好きかな。けっこう、あでやかな花よりも、落ち着いた花の方が好きそうだよな。
なんて気持ちを切り替えて、寝ることにした。そうだよ。片思いの子はいるかもしれないけど、私がその子たちの気持ちにならなくってもいいんだもんね。
…って、思っていたのに……。すっかりしっかりと、片思いをしている子達の気持ちになって、泣くことになってしまった。聖君どころか、菜摘にまで、呆れられるとは…。
翌日の11時50分、聖君の学校に着いた。
菜摘は葉君に、可愛いくて、元気のある、黄色やオレンジの色のブーケを作ってもらっていた。私は聖君に、白を中心としたブーケを作ってもらった。
基樹君には、薄いパープルのブーケ。男の人なら、こういう色のほうがいいかなって思って、そうしてみた。
そのブーケを持ち、校門の前に行くと、すでに、生徒たちが校舎からどんどんと出てきていた。
「間に合ったかな。まだ、帰ってないよね」
菜摘が声を殺して、私に聞いてきた。
「だといいんだけど…」
校門の横のほうに行き、隠れながら、やってきた集団を見た。どうやらその中には、聖君や葉君の姿は見えなかった。
その集団が通り過ぎると、女の子が4人くらいで、歩いてきた。
「ここで待ってない?、もうすぐ聖先輩来るよ。まだ、男子生徒につかまってるけどさ」
と、そんな話し声が聞こえてきた。
「兄貴のことだ」
菜摘は、小声で私にささやいた。
そうか。今、男子生徒たちにつかまってるのか。
「あの男子の中には、入っていく勇気ないね。誰も、女子、近づいていなかったし」
「うん」
そんな会話をその子達はしていた。そうか。また男子生徒たちに囲まれ、わいわいしてるのかもしれないな。
5分が経過した。すると、校門からすごく静かに、葉君が一人出てきて、そのまま駅のほうへと歩いて行こうとしていた。
「よ、葉君?」
菜摘は慌てて、葉君を呼び止めた。
「え?あれ?!」
葉君は振り返り、ものすごく驚いていた。
「なな、なんでここにいんの?」
「はい!卒業おめでとう!」
菜摘は葉君にブーケを渡した。
「え?」
葉君はまだ、事態を把握できていないようで、目をきょとんとさせていた。
「えへへ。どっきり!内緒で来ちゃった~~」
菜摘がぺろって舌を出し、そう言うと、葉君はようやく把握したのか、
「なんだ、驚いた」
と笑っていた。
「兄貴は?」
「置いてきた。多分、しばらく来れないよ。囲まれてたから」
「男子に?」
「そう。女子は近寄れないって感じだったな」
「すご~~」
菜摘は驚いていた。
「基樹君は?」
基樹君のブーケを見ながら、私が聞くと、
「聖と一緒になって、男子に囲まれてたから、きっとまだ来れないと思うよ。どうする?待ってる?それとも、れいんどろっぷす行く?」
葉君にそう聞かれて、私はどうしようか悩んだが、
「待ってるに決まってるじゃない」
と、菜摘は嬉しそうに目を輝かせてそう言った。
「葉君も付き合ってね」
「え?俺も?」
「うん」
菜摘に言われて、仕方ないって顔をして、葉君も校門の横の壁に一緒に並んだ。
そこから、ちょこっと中を覗くと、女の子が増えていた。どうやら、みんな聖君のことを待ってるみたいだ。
女の子たちが10人も集まってくると、向こうから2人でやってきた女の子は、そのまま校門を過ぎ、私たちのすぐ横に並んだ。
「あ、うそ。他校の生徒だ。まさか、聖先輩待ち?」
と、こそこそと話してるが、丸聞こえだった。ってことは、この子たちも、聖君待ち…。
「まだ、一階にいたよね」
「うん。3年の女子に今度はつかまってた」
そうなんだ。
「プレゼント、もらってくれるかな」
「どうかな~。聖先輩、今年はチョコももらってくれなかったって言ってたから」
「あ~~。じゃあ、せめて写真だけでも」
「握手、男子がしてもらってたよ」
「え?握手?私もしたい!」
「だよね、絶対にして欲しい」
わ~~~。握手?写真?
そうか。でももし、私もこの学校で片思いをしている一人だとしたら、それこそ、一緒に写真が撮れたり、握手してもらえたら、泣くほど嬉しいことかもしれないんだ。
「君枝ちゃん。桃香ちゃんの話、聞いた?」
「隣のクラスの?」
「聖先輩のお店に行って、チョコ受け取ってもらえなかったって」
「聞いた。でも、コーヒーをおごってもらったって聞いたよ」
「聖先輩のお店行っても、さっさと追い返されるって聞いたことあったけど、どうなのかな。行っても大丈夫なのかな」
「だとしたら、まだこれからも、会えるってことだよね」
「うん」
「行ったら?実里、中学から片思いしてるんでしょ?」
え~~~!そんなに前から?
「追いかけて、この高校まで来たんだし、絶対にこれで終わりにするなんてさ、切ないじゃん」
そ、そうなんだ。そんなに長く聖君を?なんか、切ない。それなのに、卒業したら、もう今日でおしまい?
「聖先輩、本当は沖縄行く予定だったのを、やめたって聞いたよ。よかったじゃん、実里、江ノ島に聖先輩、まだいるんだし」
「うん。江ノ島にいたら、偶然会えちゃうことだって、あるかもしれないよね?」
「そうだけど、偶然を待たなくても、お店行こうよ」
「聞いてみて、いいって言ったらにする」
「え?なんで?」
「だって、追い返されたら、嫌だもん」
あ~~。その気持ちもわかる。だけど、私だったら、行っていいかを聞く勇気すらないし、お店に行く勇気もないかも。
うるってしてると、菜摘が私を見て、変な顔をした。でも、葉君に話しかけられ、菜摘は葉君の方を向いて、話をしだした。
私はまだ、その子達の話に耳を傾けていた。
「先輩と中学の卒業式でも、話ができなかったんだ」
「なんで?」
「だって、やっぱり女の子がいっぱい回りにいたから」
そうなんだ。
「ガクランのボタン、全部取られてた」
「え~~?じゃ、今日はブレザーのボタン、取られてるかな」
「だけど、ちょっと離れたところから、写メは撮ったの。でも、今日は並んで写真が撮りたいよ」
うん。そうして待ち受けにしちゃうよね!絶対にそうする、私なら。っていうか、なってるけど、聖君の写真、待ち受けに。あ、でもツーショットは恥ずかしいから、待ち受けにしてなかったっけ。
「あ!聖先輩出てきた!」
「ほんと?」
「でも、女子に囲まれてる!プレゼント攻撃受けてるよ。どうする?実里、行ってくる?」
「ううん、待ってる」
菜摘と葉君が、その話を聞き、中を覗き込んだ。
「あ~あ、すごいね。10人以上の女子に囲まれて、身動きできないじゃん、あいつ」
「葉君、行って助けてきたら?あ、基樹君が後ろから来た。基樹君にはだ~~れも、寄って行ってないよ」
「ほんとだ」
見ると、基樹君はてくてくと、そのまま校門の方に歩いてきていた。でも、聖君の姿は、女の子たちに囲まれてて、見えないくらいだ。どうやら、校舎内からまだ、女の子たちがぞくぞくと来ていて、さらに輪が広がってるようだ。
基樹君は校門をくぐると、私たちのことを見つけた。
「あれ?なんでいるの?」
基樹君も、ちょっと驚いていた。まあ、葉君ほどの驚きではなかったけど。
「はい、卒業おめでとう」
「え?」
私が、ブーケを渡すと、今度は相当驚いていた。
「聖にじゃないの?」
「聖君のは、こっち」
白のブーケを見せると、
「ああ、なんだ、俺はついで?」
と基樹君が、苦笑いをした。
「違うよ~~。私と桃子とで、真剣に選んだ花なんだからね」
菜摘がそう言うと、
「ごめん、サンキュー。ありがたく受け取っておくよ」
と、基樹君はにかって笑った。
「やっぱり、聖先輩にあげるんだ」
という声が、横からした。さっきの子達だ。
「聖、いつ来れるかな~~。時間かかるだろうから、俺、お先にって言って、おいてきちゃった。聖に、待てよ!置いていくなって言われたんだけどさ」
「え?」
「助けを求めてたみたいだけど、俺にはどうすることもできないしね~」
「助け?」
「うん。かなり、顔が青かった。困った顔のまま、女子に握手を求められ、しぶしぶしてたよ」
「握手?」
基樹君の話に、横にいた女の子が反応した。
「え?」
「聖先輩、女子と握手してましたか?」
「ああ、プレゼントは受け取れないって言ったら、今度は握手してくださいって言われて、一人にしたら、そのあと、私も私もって、大変なことになってる」
え~~~?それは確かに、助けを求めるかも。
「わ、私もできるかな、握手」
「うん。実里、頑張って!写真も撮ってあげるから」
「ここで、待ってるの?来るかな、聖。そのうちにダッシュで、どっか逃げそうだけど」
「え?それは困るよ。基樹君、つかまえてきてよ」
「俺が?やだよ。女子ににらまれちゃうから」
「いいじゃん、どうせ、硬派で通ってるんでしょ?」
菜摘は基樹君に、かなりドライにそんなことを言った。
「ひで~~。他人事だと思って。だったら、葉一が行けよ」
「冗談だろ」
二人してそんなことを言ってると、
「悪いけど!俺、もう帰らないとならないから。あっちで、友達待ってるし」
という、聖君の声がした。
「え~~!先輩、握手してください!写真も撮らせて」
わ。聖君の声が近くでした。こっちに向かってるんだ。すると、基樹君が、
「よ!待ってたよ」
と、校門の方へ行き、聖君に手を振っていた。
「てめ!先に行きやがって、待てって言ったろ?」
「だから、ここで待ってたんじゃん」
「きゃ!聖先輩!」
実里っていう子が顔を真っ赤にさせ、驚いていた。私と菜摘はそっと、葉君の後ろに回り、影に隠れた。
「……」
聖君は、実里って子を見ると、無言で、ちょっと困った顔をした。
「あの、これ」
その子がプレゼントを渡そうとすると、
「ごめん、受け取れない」
と、即行断った。
「じゃ、写真だけでも、撮らせてください」
実里っていう子の友達が、そう言うと、実里をぐいぐい押して、聖君の横に立たせた。
「え?」
聖君は少し困った顔をしたけど、その友達は、
「はい、チーズ」
と言って、携帯で写真を勝手に撮ってしまった。実里さんは、真っ赤。でも、聖君の顔は困った表情。
いいのかな。そんな顔の聖君とツーショットでも。なんて思うと、胸がちくんと痛む。私だったら、けっこうその写真を見て、落ち込むかも。でも、もう一回撮ってくださいとは、さすがにその友達も言えないようだ。
「あ、握手もいいですか?」
実里さんが聞いた。すごい、すごい勇気だ。
「え?ああ、はい」
聖君はその子と、握手をした。するとその子が、目に涙をためた。
「あの、聖先輩の家のお店、行ったら迷惑ですか?」
実里さんが聞いた。
「別に、客で来るだけなら。でも、俺バイトで出る時と出ない時あるし、俺に会いに来られても、それは困るって言うか」
聖君が無表情でそう言うと、その子はとうとう泣き出してしまった。
「実里?」
と、友達が心配して聞いた。
「そうですよね、迷惑ですよね」
「でも、この子、ずっと聖先輩のことが好きだったんですよ。中学から」
「……」
実里さんの友達にそう言われ、聖君はもっと、困ったって顔をした。
「同じ中学?」
葉君が聞いた。
「はい」
その子は泣きながら答えた。
「あれ?葉一もいたの?とっくに帰ったと…。っていうか、菜摘じゃん。なんでいるの?!」
葉君の後ろに隠れてた菜摘を、聖君は見つけた。
「何?そのブーケ。あ、基樹も持ってるけど、菜摘から?」
「え?俺は桃子ちゃんに」
「え?!!!」
聖君の表情が変わった。
「桃子ちゃんもいるの?」
あ、ばれた。菜摘はばれちゃったからか、私の横にいて私を隠していたのに、その場を離れ、私の方を向き、
「ばれちゃったね、桃子」
と言ってから、ものすごく驚いた顔をした。
「なんで泣いてるの?!桃子」
「え?」
「ほんとだ。どうした?桃子ちゃん」
葉君と、基樹君も驚いていた。それに、聖君も、目を丸くしていた。
「ど、どうしてここに、菜摘と桃子ちゃんがいて、なんで桃子ちゃんは、泣いてるわけ?!」
う、もらい泣きだ。なんて言えない。
「先輩。あの…」
まだ、実里って子がその場にいた。
「え?」
聖君がその子を見ると、その子は涙を拭きながら、
「もし、江ノ島で会ったら、声かけてもいいですか?」
と聞いた。
「え?ああ、えっと」
聖君は頭を掻いた。
でも、
「うん。まあ、いいけど」
とぼそって言った。するとその女の子はみるみるうちに顔を高揚させ、喜んで、
「あの子も、聖先輩にブーケあげにきたみたいです。もらってあげてください」
とそんなことを言った。
「え?」
聖君は驚いていた。実里さんと、お友達は私を見た。隣にいる菜摘も私を見た。
「さっきから、ずっと待ってて、感激して泣いちゃったんだと思います。他のお二人はブーケ、受け取ったんだし、聖先輩も受け取らないと、あの子、可愛そうです。きっと、もっと泣くと思います」
「え?」
聖君は今度は私を見た。私は首を横に振った。泣いてるのは、それでじゃなくって、もらい泣きだったし。
「ああ、そっか~~。卒業のお祝いに花、持って来てくれたんだ。サンキュ」
そう言って、私の前に来ると、花を受け取った。
「……」
こ、困った。あ、でもおめでとうは言わないと。
「卒業、おめでとう」
「うん」
聖君はにっこりと微笑んだけど、そのあとすぐに、いたずらそうな目つきになった。
「握手もする?」
あ、それを言うために、顔つきが変わった?
「……」
私が黙っていると、実里さんが、
「してもらったら」
と、小声でささやいた。
「でも」
と、困ってると、菜摘までが、
「してもらったら!なんなら、写真も撮ったら?記念に」
と、わざとらしく、私の肩に手を回し、そう言ってきた。
聖君は私に握手をすると、横に並んだ。
「桃子の携帯で撮ってあげる」
と言うので、携帯を渡した。
「なんだ、待ち受けも兄貴か」
と、ぼそってつぶやいてから、菜摘は、携帯をこっちに向けて、
「はい、チーズ」
と声をかけた。
「駄目だな。もっと桃子近づかないと、フレームから外れてるよ。くっついて、くっついて」
菜摘は、そう言って私を聖君の方にくっつけさせ、また携帯を向けた。
「はい、チーズ」
と菜摘が言うと、聖君は横でピースをしていた。
「あ、いい写真が撮れたよ。ほら」
菜摘が見せてくれた。私は真っ赤で、聖君はにかって笑って、ピースをしている。
「ほんとだ。こりゃ、記念になるね。俺の卒業式に泣いてる桃子ちゃんの写真。で、なんで泣いてるの?何に感激してたわけ?」
と、聖君は冷静に聞いてきた。
横で実里さんは、
「よかったですね」
と私に向かって声をかけてきた。
「え?はい」
びっくりして、声がひっくり返ってしまった。
「私も、聖先輩と握手もできて、写真も撮れて、すごく嬉しいです。ありがとうございました」
「あ、でも」
「はい?」
私は思わず、実里さんを引き止めてしまった。
「写真、いいんですか?撮りなおさなくても」
「え?」
実里さんは、自分の携帯を取り出し、写真を見ていた。
「あ…」
一瞬、暗い表情になった。
「い、いいんです。一緒に撮れただけでも」
「でも」
「何?どうしたっていうのよ、桃子」
菜摘が聞いてきた。
「え?だって、さっき、聖君、すごく困った顔したまま写真に写ってたから、いいのかなって思って」
そう言うと、菜摘の顔は呆れ顔になった。横で、聖君も「はあ?」って、呆れた声を出した。
「私だったら、けっこう落ち込むだろうなって思って」
「何が?」
聖君が聞いてきた。
「写真、家に帰って、楽しみに見てみたら、すごく困った顔をしていたら、かなり落ち込むし、その写真ももう見たくなくなるかも」
私がそう言うと、聖君は、
「なるほどね。桃子ちゃんには俺に片思いしてる子の気持ちが、よ~~く手に取るようにわかるわけだ。で、ついでに、悲しくなって、泣いちゃったわけだ」
聖君の声は、半分呆れていた。
「はい、もう一回撮ろうか。なんなら、腕でも組む?肩でも手回す?」
聖君は実里さんの横に行き、そう言った。
「えええ?!」
実里さんはのけぞって、驚いていて、その友達も驚いていた。
「兄貴、それはないでしょ」
菜摘がそう聖君に言いにいくと、
「なんで?彼女の許しが出たんだから、いいんじゃないの?」
と聖君は、かなり不機嫌な顔で言っていた。
あ、あれ?怒ってる?もしかして呆れたの通り越して、怒ってる?
「彼女?」
実里さんはきょとんとした。でも、その友達が携帯を取り出し、
「じゃ、今度は笑ってくださいね、聖先輩」
と言って、携帯を二人に向けた。
カシャ。聖君は笑っていて、実里さんは、真っ赤になってひきつっていた。
「それじゃ、もう俺、帰るから」
聖君はそう言って、二人に軽くお辞儀をした。
「ありがとうございました」
実里さんは、感動して泣いていた。
あ、やばい。またもらい泣きしそうだ。うるってきた…。するとすかさず、それに聖君が気がつき、
「もう!なんで泣くかな。まったく!」
と、私の頭をなでた。
そして、
「帰るよ。これから卒業祝い。泣かないで、笑ってね」
と聖君は、私の鼻の頭をむぎゅってつまんだ。
「ええ?」
隣で、実里さんと、友達が目を点にしていた。
「ああ、俺の彼女なんだ。多分、泣いてたのは、もらい泣き」
聖君はそう言うと、私の肩を抱き、
「ほんと、面白いよね、桃子ちゃんってさ」
と、くすくすって笑った。